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Amazon.co.jp ・本 (124ページ) / ISBN・EAN: 9784000253604
作品紹介・あらすじ
嘘や憎しみにあふれた情報の断片を優しさによってつなげ、神話的な力を蘇らせる「第四人称」の語りとは。絶えざる流浪、破局、全体主義を経験しながら、菌糸体のごとき独自の生長をとげた中欧文学の魅力とは。細分化する世界を星座のように再構築する新たな文学の可能性を、『逃亡派』『昼の家、夜の家』のノーベル賞作家が語る。
みんなの感想まとめ
テーマは「優しい語り手」として、異なる視点を融合させる新しい語りの形が探求されています。著者が母親とのエピソードを通じて、自身の存在を因果と確率の法則を超えたものとして位置づける姿勢は、深い感動を呼び...
感想・レビュー・書評
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2018年にノーベル文学賞を受賞したオルガ・トカルチュク(1962~ポーランド)のノーベル賞受賞記念講演と、2013年来日の講演『「中欧」の幻影は文学に映し出される』を掲載。
絵本のように繊細でかわいらしい表紙に思わずにんまりして、わずか100頁ほどの小型本に愛らしさを覚えるけれど、その優しい語りの向こうには、壮大でしなやかな世界が広がっているようで、読みながらどきどきしてしまう。
物語をはじめとする「フィクション」とはなんなのか?
古代ギリシャ時代からの問いに、トカルチュクは真剣に向き合う。昔も今も、おそらくこれからも、洋の東西とわず人々はなぜ虚構の世界にすぎない物語や小説や詩や戯曲に魅力を感じ、癒され、ときにはそれを切実に必要とするのか? そっか~古くて新しい問いでもあるようだ。
「……わたしは、語らなければならないと信じています。世界とは、わたしたちの眼前で絶えず生成しつづける、生きたひとつの全体であり、わたしたちはほんのちいさな、でもそれと同時に力強いその一部であることを語る、そういう物語を」
さらに「存在するすべてのものは相互につながり、一つの全体を成している」とトカルチュクはいう。こうした視点は、ほかのノーベル賞作家のイヴォ・アンドリッチやボルヘスなどにもみられるからびっくりする。神話的思考や宇宙観のような壮大な繋がりで、一見すると途方もない世界観のようで尻込みしそうだが、わたしはわりと好きで……というか愛してやまない(笑)。なのでそれさえ貫かれていれば、ひとつのフィクション作品の中にエッセイあり、論考あり、歌や詩編があってもまったくかまわない。もちろんその内容をうまく理解できているわけではないのだけれど、広々とした世界に解放たれたようで、軽妙で楽しく、それでいて静寂な心もちになるのだ。
また、言葉や言語への信頼を有する西欧文学と、言葉への不信や懐疑を有する中欧文学という視座で考察している。トカルチュクは中欧のことを、西欧と東欧に挟まれた「ベルト地帯」と言い、イヴォ・アンドリッチは「呪われた中庭」と呼んでいて、思わずクスッと笑ってしまう。
「中欧は落ちつかず、永遠に活動する、脈打つ火口に似ています。ここでは生活するのが難しく、折にふれて溶岩が爆発し、世界中に人間たちと思想をまき散らします」
中欧の呼び方はいろいろあっても、るつぼのような空間にあらゆる民族や人種や言語がひしめいていること、そしてトカルチュクの言うように、英語という言語である程度まとまることができる西欧とは違うのだろう。たしかにシェイクスピアの笑いや喜劇性と、カフカやハシェク、あるいはミラン・クンデラやアイザック・B・シンガーの哀しく滑稽で、ちょっぴりグロテスクなそれとは質的に違う気がする。
外からやってくる抗えない歴史に押しひしがれながら、砂粒のような個の存在はいつも不安定でにっちもさっちもいかない……それはときに儚げであはれの心象にもつうじていて、通奏低音としての仏教的世界観や広がりに親和性を覚えるから不思議でならない。
とはいえ中欧の文学は、風の吹きすさぶ急峻な岩場に咲く野花のよう。決してひしゃげたままでは終わらない、たくましい。独特の笑劇で人々は剣呑な歴史を乗り越えていく。したたかさや強靭さ、ある種の諦念のような開放感や脱力感も実っている。それはそれは言葉にできないほど多様で深遠で……だから中欧文学はやめられないのか~。
この本では、あらたな視点でとらえるこれからの文学のありかたと、中欧文学の魅力を優しい語りで披露している。興味のある方にも、さほどない方にもちょっとながめてみてほしいな♪(2022.10.30)
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「フィクションは常に、ある種の真実だ」――アリストテレス『詩学』
「中欧は最小の領土に最大の多様性が存在している」――ミラン・クンデラ詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ノーベル賞受賞記念講演「優しい語り手」と、二〇一三年の来日公演「中欧の幻影は文学に映し出される ー 中欧小説は存在するか」を所収した日本オリジナル構成。
優しい語り手とは。「第四人称」という、あたらしい種類の語り手。みずからのうちに登場人物それぞれの視点を含み、さらに各人物の視野を踏み越えて、より多く、より見ることのできる、時間だって無視できる、そんな語り手。
中欧の周縁性。帰属不明で流動的。国境という概念。
理解できたとはいえないが、興味深く読んだ。周縁、境界、あわい。時間を越えて。まだ生まれていないあなたへも語りかける。
著者の母親とのエピソードがすてきだった。
”もしもだれかを恋しく思うなら、そのだれかは、もういるのよ”
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ノーベル文学賞記念講演と、中欧文学解説の二本立て。
『優しい語り手』と題するノーベル文学賞記念講演は最高に好き。
著者の母親が「あなたがまだ生まれる前からあなたを恋しがっていた」と伝え、そこから著者は因果と確率の法則を超えた、永遠のそばに自身の存在を位置づける自信を得ることになる。それが創作の土台になっている、という冒頭のエピソードに心打たれた。母娘それぞれの愛情と感受性の高さが感じられ、その温かさが講演全体を貫いていた。
今地味に追っている「物語とは何か?」というテーマと、常々疑問に思っている社会体制(経済や世界観)を絡め合いながら論を進めており、興味に合致する内容なのも良かった。取り扱うテーマが意欲的で壮大でありながらしっかり着地させることに成功しており、すごい。
二つめの中欧文学解説も、今中東欧文学を少しずつ紐解こうと思っていることもあって、興味深く読んだ。西欧に対する周縁性、全体主義の経験、不安定さや亡命、と中欧文学に貫かれるテーマは、概ね想定の通りでありながら、それぞれの理解を深められてよかった。-
shokojalanさん
おはようございます♪
オルガトカルチュク『昼の家、夜の家』が途中でとまってます……
でもshokojalanさん...shokojalanさん
おはようございます♪
オルガトカルチュク『昼の家、夜の家』が途中でとまってます……
でもshokojalanさんと続けてアテナイエさんのレビューにトカルチュクの本を見つけたので、そろそろ私も本に呼ばれてる気がしてきました 笑
なんだろ、最近英米文学が面白いなと感じてきたので、よけいに中東欧文学の全く違う雰囲気に二の足を踏んじゃったのかもしれません。
宗教とか政治とか知らないことばかりなので、真から理解はできていないことは百も承知なのですが、それでも海外文学の魅力にだんだんとハマってきてます(’-’*)♪
2022/10/07 -
地球っこさん
コメントありがとうございます♪
トカルチュクも英米文学の比較の中で中欧文学を論じていたので、地球っこさんのおっしゃる通り、雰...地球っこさん
コメントありがとうございます♪
トカルチュクも英米文学の比較の中で中欧文学を論じていたので、地球っこさんのおっしゃる通り、雰囲気は結構違うんだろうと思います…!
かく言う私もどちらもそんなに読み込んでいないので、実感を持って語れないのですが…(^^;)
世界の文学の状況というと、英米文学の強烈な影響力のもと、スタンダード化が進んでいると。そんな中、中欧文学は「西欧の周縁」として影響を受けつつ、独自性を保とうともする、その狭間と葛藤の中で出来上がっている文学なんだという趣旨のことが書いてあったと思います。
文学を、その地域の気候に左右されながら適応進化していく植物の姿に擬えながら論じていて、植物好きの私の心をくすぐるメタファーでした。
各地域の固有性が全く失われてしまうのは寂しいので、中欧文学への応援の気持ちを込めて少しずつ読んでいきたいなと思っています。
あとこの前地球っこさんも読んでくださった『熱源』を読んで、「中東欧はロシアを介してお隣のお隣さんなんだ」という親近感を抱くようになったのも紐解くきっかけになっています!2022/10/08 -
shokojalanさん
おはようございます♪
中東欧はロシアを介してお隣のお隣さん、なるほど!
そんなふうに考えたことはありませんでした...shokojalanさん
おはようございます♪
中東欧はロシアを介してお隣のお隣さん、なるほど!
そんなふうに考えたことはありませんでした。
ずっと遠くにある、おとぎ話のような私にはあまり現実味のない国々のイメージでしたが、そう考えるととても身近に感じます。
そうですね、各地域の固有性が失われていくのは寂しいですね。
生きてきた環境が違うと、理解しがたい部分もあるだろうけど、それらを含めていろんなことを感じていきたいし、知っていきたいです。2022/10/08
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意外とよかった。
こういう系の本は読んだことがなくて、文学にも程遠い自分だけれど。
ものすごく難しくて、わかるところだけを読んでしまったとは思うけれど。
ブクログコミュニティは、まさに時空を超えた優しさの場だなと思った。
何か感じたことを表現したくて、それを読んだ人が時空を超えていいねし合う感じ。
優しいコミュニティに感謝。 -
断片的で繋がりが見えないネットのストーリーとは違う、文学的予兆を捉えた天才が紡ぐストーリーがまもなく書かれる事と、母国ポーランドの文学が西洋のそれとは真逆な「言語への不信感」からなっている話。分析が鋭く深い。
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ノーベル文学賞記念講演「優しい語り手」と、来日講演「『中欧』の幻影は文学に映し出される——中欧小説は存在するか」を収録。
コロナ禍によって分断がより目につきやすくなった世界で、SNSやフェイクニュースに翻弄される人びとにも届くような"新しい語り手"を創造すべきだと話す「優しい語り手」は、ノーベル文学賞受賞をきっかけに世界をつなぐという自らの役割をより強く感じている人のことばだと思った。
対して、「『中欧』の幻影は〜」では、クンデラ以来の〈中欧小説〉という括りにあえて疑問を投げかけつつ、〈ヨーロッパの周縁〉として存在し続けてきた中欧独自の文学観を考えていく。この講演は、いま現在進行中のロシアによるウクライナ進軍、およびそれに対する欧米の反応を読み解くのにも助けになるヒントが散りばめられていた。
西欧諸国は「自分たちが世界の〈主人〉として振る舞うのは当然」という歴史的態度が帝国主義時代から身に染み付いている。だが、中欧は常に〈周縁〉に定義され、文明・秩序・価値基準は西にあり、自分たちは亜流なのだと思い込んで(思い込まされて)きた。
そんな土地柄から生まれた文学は、おのずから西欧の安定した秩序の世界とは異なる、〈言語への不信〉を根っこに持つ世界をつくりあげてきた。私のまだ乏しい中欧文学の知識でも、言語の実験がさかんにおこなわれている地域だというイメージがある。「『どのように』が『何を』よりも強力な世界では、リアリズムは言語遊戯や隠喩に融解します」とトカルチュクは言う。
また、"一度も引っ越さなくてもパスポートの国籍が突然変わることがある"という暮らしの大前提にハッとした。トカルチュクやパヴィチの書くものが移民文学と非常に近いのも、抗いようのない外からの定義でアイデンティティがぐらんぐらんに揺さぶられるという経験が通底するからだろう。
「流動的で永遠に変わり続けるこの不安定な世界では、永続せず儚い人間の『私』が、落ち着きのない地図の中で、たった一つの、安定していて信頼に値する点になります」。トカルチュク自身の小説を解説したかのようなこの一文は、私がフィクションとノンフィクションのはざまに揺蕩う小説に惹かれるわけを説明してくれたかのようでもあった。 -
難しい本である。
表紙がきれいなこととノーベル文学賞記念講演ということで手に取った。
帯にある「優しさは、」4項目を読んだ時、「俺は優しい」と無造作に言う人に読んでほしい。w
優しさの定義はそんなに浅くないよと。
最後の4点目優しさは、わたしたちの間にある結びつきや類似点、同一性に気づかせてくれます。
文学は自分以外の存在への、まさに優しさの上に建てられています。(本文より抜粋引用)
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全ての作り手に届いて欲しい。世界を語り直す言葉、世界を繋げるのは優しさであると語ってくれる作家がいてくれること、そして彼女がノーベル受賞という形できちんと評価されていることが嬉しい。
個人では対処不能な様々な問題を抱える今日の世界における、文学の希望になる素晴らしいスピーチ。 -
2018年ノーベル文学賞受賞作家の講演の記録,人称や中欧観など著者の考えを手っ取り早く知るには良い。
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ヨアンナ・コンセホの表紙がとても優しくて…でもなんか不思議で…好きだな…
オルガ・トカルチュク、普通にしゃべっててもなんか書いてるものみてえな雰囲気なんだな… -
女子栄養大学図書館OPAC▼ https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000055873
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優しい語り手の中で、文学、あるいは書くこと語ることに真摯に向き合い憂え、それでも語ることの大切さを伝えてくれる。感情移入の彼方へ越え行く力を持つ優しさ、聖書の語り手のような第4人称で紡がれるフィクション、語られている言葉の真実に震えました。
「中欧の幻影は文学に映し出される」にもポーランドの持つ地域性も含め興味深かった。
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