リンドグレーンの戦争日記 1939-1945 1939~1945

  • 岩波書店 (2017年11月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784000255745

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

戦争という混沌の中で、スウェーデンの主婦であり著名な作家が綴った日記は、独自の視点から歴史を掘り下げています。参戦しなかった国の住人として、著者は中立の立場を維持しつつも、その実態には複雑な背景がある...

感想・レビュー・書評

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  • 『長くつ下のピッピ』の生みの親で、私生活では二児の母でもあったリンドグレーン氏。
    彼女の名前を聞いてまず思い浮かべるのは、子どもや木登りが大好きな元気いっぱいのおばあさん。何年も前に絵本雑誌MOEで見た肖像写真はどれも表情豊かで、幼少期に知り合っていたら、間違いなく懐いていただろうなーと思う。

    だが本書での彼女は、一貫して文章がこわばっており、のちの児童文学作家像とはなかなか結びつきにくかった。(当時の肖像写真も凛としていてイケメンなんだけど、私のよく知る屈託のない笑顔からは程遠かった)
    第二次世界大戦の開戦(1939)から終戦(1945)までを日記に綴っていたというリンドグレーン氏。日記には家族の動向だけでなく、ヨーロッパを中心とした世界各国の戦局が、詳細に書き込まれている。そうした情報は、ラジオや新聞記事・自身の職場(手紙の検閲)から収集したという。
    いくら「何が起こるのかをはっきりさせるためだけ」とはいえ、「一市民(それも二児の母)の日記」と呼ぶには、「歴史的価値」という重厚感があり過ぎる。(ヒトラーやムッソリーニを「二人の図々しいガキ」とコケにする等の点に関しては、日記っぽいけど笑)

    「これほど悪い状況になったのはつい最近のことだから、人間はもっと悪くなっていくと考えることで、いつも少しは慰められるのだ」(1940. 4. 14)

    訳者同様、ヨーロッパの第二次世界大戦は私も見識がなく、経過内容については未だによく覚えていない…汗
    しかし、ヨーロッパの中でもスウェーデン国民はほぼ無傷で生活できていたことや、隣国フィンランド(ロシアとの戦いで疲弊していた)を援助する動きがスウェーデン国内で高まっていたこと等、驚きと発見で満ちていた。

    特に王室とメディア。
    亡命する王族もいる中で、中立姿勢を貫いたスウェーデン国王や、ナチスに毅然と立ち向かったデンマーク国王が、政治家以上に頼もしく映った。何事も国民ファーストで、一度で良いからこんな強い君主に仕えたいと願ったほどである。
    スウェーデンのメディアも、私が読んだ限りでは、日本のような偏向報道(※)は見られなかった。現に注意深いリンドグレーン氏も、メディアを疑う様子はなかったし。
    (※)それでもウソを見破っている日本人は、当時大勢いたみたいだけど…

    開戦時、長男ラッセは13歳、長女カーリンは5歳。
    ラッセは思春期だからか、家族から離れることが多く、カーリンとは違い誕生日の記述が皆無だった。他国と比べ貧困や爆撃の心配がないとはいえ、やはり二人の身を案じる氏の親心が、痛いほど伝わってくる。

    だが少なくともリンドグレーン家は、記念日を盛大に祝えるくらい生活に余裕があった。
    氏はもちろん感謝の気持ちや他国の現状を忘れなかったが、他国に合わせようともしていなかった。まずは自分たちの生活を守る義務があるし、第一、育ち盛りの子どもを二人抱えている。

    悲惨な世界に囲まれていても、スウェーデンの美しい初夏や子どもたちの成長ぶりのように、目を見張るべき景色が必ずそばにある。
    「ねえ、生きてるって、ほんとうに素晴らしいことだわ」
    ピッピのあのセリフが、自然と頭をよぎった。

  • 現在進行形で進んでいく、参戦しなかったスウェーデンの主婦である著者視点の日記。こういう視点で書かれた本は読んだことがなかったので新鮮でした。

  • 貴重な太平洋戦争の資料が書き記されているスウェーデンのベストセラー作家が遺した戦争日記
    ナチスドイツとその周辺国の関係性が驚くほど良く解る
    衝撃を受けたのは、
    著者の国スウェーデンの立ち位置である
    表面的には中立国を形作っていたのだけれど
    100%中立ではなかったということである
    では、どちらに傾いていたのでしょうか?
    この日記をぜひ読んで
    中立とは何なのか考えておいてほしい
    高福祉国家へと向かう国の一つの側面を
    感じておくことが重要だと思っている
    善と悪、その判断の境界線を引くのは
    かなり難しいということである

  • 即購入予定

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    作家デビュー以前のリンドグレーンが,第二次世界大戦が勃発したその日から書き始めた「戦争日記」.17冊の手帖には,新聞や雑誌の切り抜きが貼られ,戦争中立国スウェーデンに住む子育て中の女性が観察し続けた戦争と,家族の日常の様子が,ユニークかつ率直な文章で綴られている.類まれな日記を全文初公開.[カラー8頁]
    https://www.iwanami.co.jp/book/b325096.html

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    『作家デビュー以前のリンドグレーンが,第二次世界大戦が勃発したその日から書き始めた「戦争日記」.17冊の手帖には,新聞や雑誌の切り抜きが貼られ,戦争中立国スウェーデンに住む子育て中の女性が観察し続けた戦争と,家族の日常の様子が,ユニークかつ率直な文章で綴られている.類まれな日記を全文初公開.[カラー8頁]』(「岩波書店」サイトより▽)
    https://www.iwanami.co.jp/book/b325096.html


    『リンドグレーンの戦争日記』
    著者:アストリッド・リンドグレーン
    訳者:石井 登志子
    出版社 ‏: ‎岩波書店
    単行本 ‏: ‎366ページ
    ISBN ‏: ‎9784000255745

  • 獅子の勇気、狐の知恵、貝の忍耐で戦争をしなかったスウェーデンに住む、リンドグレーンの日記。ケストナーの日記より記録期間が長い。

  • 「児童文学」と「戦争」つながり。
    内容:作家デビュー以前のリンドグレーンが書いた6年に及ぶ「戦争日記」。戦争中立国スウェーデンに暮らす30代の2児の母親が見つめ続けたリアルタイムの第二次世界大戦と、家族の日常が綴られている。

  • あれっと思ったけど、あのリンドグレーンだった。“ピッピ”や“カッレくん”を書く前の家庭の主婦だった頃の第二次大戦記録。手紙の検閲という臨時業務で得られる情報の他は、新聞とラジオだけで戦争全体を客観的に論評できるリンドグレーンの慧眼はすばらしい。中立国としてのスウェーデンのしたたかさと、冷酷にも感じる立ち回り方を客観的に捉えながらも、戦火に巻き込まれる他の北欧国、特に独ソ及び連合国に蹂躙されたフィンランドに対する深い同情と戦争に対する憎しみが切実に記録されている。
    人はだれもが、酢漬けニシンのサラダやバターがたっぷり乗ったパン、記念日のお菓子、家族で映画やサイクリングに行くことで十分な幸せを得ることができる。その幸せは、他人から略奪したり殺しあったりしなくても世界中でわけあう余裕がこの地上にある。先の大戦でなぜそれができなかったのかを再度真剣に考えるべきだろう。
    ナチスは合法的に権力を掴んでいる。選出したドイツ国民に罪はなかったのだろうか?国民として、限られた情報であっても国民として何をなすべきかの的確な判断はできるはずである。リンドグレーンはそれができている。どうすれば戦争が起きなかったのか、何をなすべきであったか過ちを繰り返さない為にも現代の日本国民こそ常に考えていかなければならない。

  • 自国は戦争に参加していないにも関わらず、近隣諸国に胸を痛めるリンドグレーン。
    国々の連盟はオセロのように次々に裏返り、戦時中に信用できるものなんて何もないんだなと痛感した。
    今のアメリカと日本の関係なんて簡単に覆る。安倍はそのときにどうするつもりなんだろう。

  • 本書は『長くつ下のピッピ』の作者であるリンドグレーンがデビュー以前、第二次世界大戦が勃発した日から書き始めた「戦争日記」です。彼女は、6年間で17冊の日記を書き記しました。日記には、新聞や雑誌の切り抜きが貼られ、戦争中立国のスウェーデン在住女性が感じた戦争と、家族の日常の様子が綴られています。また、彼女は政府管轄の戦時手紙検閲局で働いていたこともあり、日記からヨーロッパにおける第二次世界大戦の推移と全体像を知ることができます。
    リンドグレーンは、戦争時に引き起こされた残虐な行為が、ヒトラーやムッソリーニなど一部の独裁者によって成し得るのかと疑問を持っています。独裁を許した個々の人間、みんなの責任ではないかと彼女は気づいた、と訳者はあとがきにて記しています。

  • 『何より恐ろしいことに、いまやもう、みんなドイツの敗北を願っていないのだ。理由は、いよいよロシアが再び動き始めたからだ』―『六月一八日(1940年)』

    自身の性格として物事に白黒つけたがると自覚しているが故に、なるべく自分自身の判断ではなく他人の主張を総合して結論付けるように心がけている。それは様々な人々が出入りしながら一つの目的を達成するという仕事のやり方、環境の下で働いてきたことによる癖でもあると思う。その癖を多様性という言葉に託して必要以上に肯定的に捉える傾向も、ついでに言えば、ある。しかし多様性の重要性が声高に叫ばれるようなご時世とはいえ、多様性を功利に結び付ける話ばかりが目立つ現実を考えると、逆に余り多様性だのダイバーシティだのと言いたくはない。本当の意味で多様性の意義が問われる話には滅多に出会わないし、単にビジネスモデルが、強いリーダーシップという考え方から、イノベーションにシフトし、その流れで既成概念に囚われないことの効用が取り上げられているだけに過ぎないようにも思える。ついでのついでに言えば、強いリーダーシップというのも全体主義の影がちらつくので好きではないけれど。

    ホームズが読書の世界への入り口だった者にとって、長靴下のピッピの著者というよりは、名探偵カッレくんの著者と言われた方がピンとくるリンドグレーンの日記。これは作家が作家となっていく時期に書かれていた日記としても興味深いのだろうけれど、第二次大戦が始まった日から終わるまでの六年間に当事国としては戦争に関与しなかったスウェーデンの一人の主婦によって綴られた日記という側面から読み取ることの多い日記であると思う。もちろんこの一主婦は非凡な才能を持ち、戦時下における政府の特殊な任務を熟すような主婦ではあるけれど、多くの隣国との関係性を基盤としたモノの捉え方が、政治家でもジャーナリストでもない主婦によって綴られている事実に接する時、本当の意味での多様性という考え方に触れたような思いがする。

    その端的な例が、ロシアの脅威に対する過剰な警戒心と、それに対抗する為になら忌むべきヒトラー率いるドイツ軍への協力も容認するようにも読める発言。もちろん戦争初期のこの発言は後々明らかとなるナチズムの非道さによって徐々に変わっては行くものの、北欧人として心情的には親独(少なくとも一人ひとりのドイツ人に対しては)であり続け、その挾間で思い悩む。そこに北欧の地政学的地位の複雑さが市井の人々にも浸透している様子がうかがい知れ、ヨーロッパ的な多面性を見る思いがする。第二次大戦といえばヨーロッパの全ての国が取ったり取られたりの白黒模様の世界地図を思い浮かべがちな自身の不勉強を棚に上げて言うのだが、翻って我々の隣国、他国への感情は、余りにも単純化され過ぎてはいないかと反省するより他ない。

    少し前に内田樹が尖閣諸島問題について書いていたことだけれど、今すぐ解決出来ない事を焦って解決しようとしてはならない、現状を維持する事も解決策の一つである、という言葉に思わず肯首してのを思い出す。それはどちらかと言えば東洋的知であると思うが、どこかで西洋的知にも繋がるように思う。平面上を複雑に埋め尽くす図柄に正解はないとも言え、歴史上のある断面で正解を定義することは無意味であるだろう。やはり一番良くないのは近視眼的で単視眼的になることなんだろうね。

  • 「長くつしたのピッピ」で知られる児童文学作家、リンドグレーンの第二次大戦中の日記。

    リンドグレーンの住むスウェーデンはスイスと並ぶ永世中立国として有名。とはいえ、隣国のデンマークやフィンランド・ノルウェーは、ナチス・ドイツとロシア(ソ連軍)の進行におびえ、故郷を追われる人もたくさんいたようだ。そして、いやでも聞こえてくるユダヤ人迫害。
    遠い北欧の地で、リンドグレーンは世界を心配し嘆いていた。新聞とラジオくらいしか情報を得られない時代に、ヨーロッパだけでなくアフリカやアジアの情勢を嘆き、ヒトラーの敗北を願っている。日本の参戦や、ヨーロッパ戦の連合軍勝利以降の日本の敗戦・第二次世界大戦の終了をきちんと認識し、世界平和を願っている。
    あの「長くつしたのピッピ」ほ、この時期に娘のカーリンにプレゼントしたものだそうだ。

  • よい本です。
    叙情的に、戦争が怖いとか、平和が大事だとか、はたまた国防が大事だとか大上段に構える政治家達とは正反対のスタンス。
    戦争が起きるとどうなるのか、それは自分にとってどういう意味があるのか。ウクライナやガザに思いをはせながらもう一度読んでみたいですね。

  • 『リンドグレーンの戦争日記 1939-1945』 #読了
    アストリッド・リンドグレーン/石井登志子 訳
    岩波書店

    ーーーこんな本ですーーー
    『長くつ下のピッピ』の著者として知られるリンドグレーンは、スウェーデンのストックホルムに夫、息子、娘と暮らしていた。彼女は32歳で、事務員として働いていた。子どもの世話や家事をこなしながら、新聞を丹念に読み、戦況を伝えるラジオを聞き逃さず、家族の日々も細かく記していった。
    ーーーーーーーーーー
    わたしが福岡で暮らしていた子どもの頃、8月15日は、夏休み中の登校日だった。平和集会という名のその日には、原爆のおそろしさを伝える映画をみたり、被災者のお話を聞いたりして、感想文を書いて下校する。

    子ども心に、その時間がとにかく苦痛だった。どうか今日は、そんなにこわい話じゃありませんように。

    この「こわい」を私たちに植え付けることが、平和のため、戦争を起こさないための、手段なのだろうと納得していた。

    本書を読んで、もう少し、違うやりかたもあるのでは?と思った。

    読み進めながら、戦争はもっと立体的で、もっと長い文脈のなかで形になっていくんだ、、と、当たり前のことに気づく。地球の向こう側で書かれた、戦時中の、ふつうの女性の6年間の日常。それを日記という形をとおして疑似体験することで、もっと冷静に、「私たちは平和のために何ができるだろう」と考えられた。

    >>p.334
    世界の運命を決めるのは個々の人間だということ。これが、平和を願うアストリッドの結論でした。(中略)そう、アストリッドは気づいたのです。戦争へと突き進んでいったのは、独裁を許した個々の人間、みんなの責任ではないかと。

     その彼女の気持ちは328頁に収められている手紙によく現れています。ボニエル社へ長くつ下のピッピの原稿を送る手紙の中で、アストリッドはピッピのことを「まったく普通の環境に移り住んだ、子どもの形をした小さな超人」だと紹介しています。「超人」というのはニーチェの言葉で、深く考えず画一的かつ受動的に行動をする愚かな大衆ではなく、自らの確立した意思でもって行動する人のことを指します。ピッピはまさに自分で考えて行動する超人なのです。
    (「訳者あとがき」より)

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著者プロフィール

1907年‐2002年。スウェーデンに生まれる。1944年『ブリット‐マリはただいま幸せ』(徳間書店)で、出版社主催の少女小説コンテストの二等賞を得て、デビュー。以後、児童書の編集者として働きながら数多くの作品を発表しつづけた。1958年には国際アンデルセン賞を受賞。「長くつ下のピッピ」「やかまし村の子どもたち」「名探偵カッレくん」のシリーズや、『ミオよ わたしのミオ』(岩波書店)など、世界中で今も愛されている数々の物語を生み出し、「子どもの本の女王」と呼ばれた。

「2018年 『長くつ下のピッピの本 決定版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

アストリッド・リンドグレーンの作品

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