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Amazon.co.jp ・本 (284ページ) / ISBN・EAN: 9784000255806
作品紹介・あらすじ
少年時代に、ヒトラーの家の真向かいに住んでいたユダヤ人歴史家による追想記。果たして、ヒトラーはどのような隣人だったのか。幸せな一家の上に垂れ込める暗雲……。史実と少年一家の生活をつぶさにたどりながら、不安高まる1930年代を年ごとに描き出す。ヨーロッパ各国で訳出された、希有なドキュメント。
感想・レビュー・書評
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記録された史実だけが歴史なのではなく、そこに存在した多数の立場や視点、とりわけ市民生活から見た時代の認識こそ、本来の歴史なのではなかろうか。本著は、ミュンヘンで暮らしたユダヤ人一家におけるナチスドイツ時代の記憶。その一家の住む家の向かいには、ヒトラーが住んでいた。
5歳の回想から話は始まる。辿々しい言葉遣いや、理解できぬ大人たちの会話。まだ、ユダヤ人差別も深刻化せず、休暇を家族で楽しみ、お手伝いまで雇えていた時代。車に乗る成功したユダヤ人の生活ぶりがよく分かる。言論も自由で、政治批判も飛び交う。1929年の事だ。
目次の章立ては、1年ごと。1930年、1931年と進む。1歳年を取るごとに、語りも理解も大人びていく。また、1年過ぎるごとに、差別は凄惨なものになっていく。友人も失い、幸せな一家は追い詰められていく。
「この日をよく覚えておくんだよ。1938年9月30日を。我が家の向かいに住む男が首相になったあの1933年1月30日と同じように。生きている限り覚えておかなきゃいけない。フランスとイギリスがチェコスロバキアをみすみすナチの手に投げ捨てた日として」
父親のセリフだ。1933年にドイツ国内、1938年にチェコスロバキアへ。他国に逃亡しても、逃げ場がない。正直言うと、この家族に限らず、ドイツから早く抜け出せば良いのにと感じていたが、その答えは本書で得られる。
「パレスチナへ引っ越せたらいいのに」
パレスチナ移住は、ナチ党とユダヤ機関が協力して後押し、当時の更に40年前から始まっていた。しかし、パレスチナは戦争状態、アラブ系住民も移住を快く思わず、襲撃事件もある。当時はまだ大英帝国の保護領であり、ユダヤ人はイフードと呼ばれ、エルサレム旧市街では石を投げられた。ドイツより危険という考えもある。何より、家族は400年以上前からドイツで暮らしてきたのだ。また、著者の親族の半分以上は既にドイツを出ており、このタイミングでユダヤ人の5人に1人はドイツを出ていた。しかしビザがあったわけではなく、いつどこへ収容されるかわからず怯えて暮らしていた。
国家とか愛国主義とかいうものは、戦争と地続きで災いのもと。ドイツの労働組合後継でもある労働者組織は、ドイツ国民に車を与えようとしたり、一生に一度はクルーズ体験をと煽情した。この事が、妙に頭に残った。
自分たちが貶められたというルサンチマンの矛先が成功者に向けられ、多数派が束になって復讐心を高める構図は、今も場面を変えて存在する。あちらの正義とこちらの正義は違う。限定合理性という限定範囲内に通用する正義感の解を導き盲信した集団が、自縄自縛的に暴走する。そこにプロパガンダで大衆層が反応し爆発していく。結果だけを暗記する歴史の勉強ならば、到底足りず、中途半端に対立を植え付けるだけではないか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
筆者とヒトラーとの密接な交流が描かれているのかと思いましたが、そうではなく、家の中から見かけるヒトラーの姿や親類から聞いたヒトラーの人となりなどが描かれている程度でした。
それでも、少年から見た、情勢の変化、大人達の様子、不穏な空気がリアルに描かれていて、読みごたえがありました。 -
ヴァイマル共和国から第三帝国へ…、少しずつではあっても着実に変わっていくドイツの日常をユダヤ人少年の目線で綴る回想録です。
著者は少年時代にヒトラーの向かいに住んでいました。
ドイツが力強く発展する様には嬉しさを感じつつ、ユダヤ人迫害の生き辛さが伝わってきます。
身内の理不尽な逮捕や町の焼き討ち等、大人でも衝撃を感じる事態による子供への心理的影響は計り知れません。
ドイツに住むユダヤ人はドイツ人のはずですが、彼らは突然ドイツ人ではなくなり、更に人間ですらないゴミのような何かに格下げされていきます。
父親は尊厳を踏み躙られ、一家は全力でドイツ脱出を考えます。
恐ろしい時代の生き証人が減る中で彼らが残す文章は重要な記録であり、貴重な記憶です。
人類として、地球人として、再び間違った道へ進まないために、このような戦争に関する資料は幾らあっても足りません。 -
ヒトラーの住居に向かい合う家に住んでいたユダヤ人少年の話。ごく初期にはヒトラーを批判する書籍も発行できていたのに、彼の台頭に伴い物質的にも精神的にも満たされていた幼少時代からどんどん色彩が失われ、希望のない世界を息を潜めて生きざるを得なかった様子が伝わってくる。収容所生活を経験しながらも家族3人何とか生きながらえることができたのは奇跡的ではないか。それでも生き延びた者には生き延びたことの重さがあったに違いないし、生き抜くことの残酷さを思わされる。
こうやって後世に命を繋いだユダヤ人たちの子孫が、自国防衛と称してパレスチナを攻撃していることに何ともいえない無力感を覚える。 -
アドルフ・ヒトラーはいくつかの住居を持っており、そのうち1つはミュンヘンにあった。
プリンツレーゲンテン通りという大きな通りに面した瀟洒なアパートの2階が彼の私邸だった。
その向かいに、インテリの出版人一家が住んでいた。
一家は裕福で、友人も多く、伯父は著名な作家だった。トーマス・マンやベルトルト・ブレヒト、カール・シュミットらとも親しい付き合いがあった。
一家には一人の男の子、エドガーがいた。子守り兼お手伝いさんの白人女性は彼を大層かわいがっていた。
暗雲が立ち込め始めたのは、向かいに住む「ヒトラーさん」一派が台頭しだした時だった。
なぜなら、一家はユダヤ人だったから。
本書はエドガーの目から見た、1929年~1939年に渡る1年ごとの回想録である。
その間、ヒトラーはあちこちを飛び回りながらも向かいの家に時折帰ってきた。
初期には、エドガーの父とヒトラーが、バーなどでたまたま出くわして言葉を交わすこともあった。
だが次第に状況は一家にとって悪化していく。
およそありえないと思われていたナチスの台頭に伴い、ユダヤ人たちは財産を取り上げられ、言論の機会を奪われ、職場から追われていく。
エドガーも親しくしていた友人の誕生日パーティーに誘われることもなくなり、学校ではまるで存在しないかのように過ごすことになる。授業でも指名されることはない。学籍簿にはユダヤ人であることが大きく記載される。
ユダヤ系知識人たちは始めのうち、事態を甘く見ていた。ナチのような思想が主流になるはずがない。確かに最初は微妙なバランスだったのかもしれない。1つ違えばナチの台頭はなかったのかもしれない。
だがナチは徐々に勢力を増した。それに伴って、それまで親しく付き合っていた、ユダヤ人でない人たちもそれに追随していった。
エドガーの両親も、このままドイツにいるのがよいのか、どこかへ移住すべきなのか、話し合いを重ねる。
状況が悪化する中、エドガーはお向かいを見つめる。
あいつは僕たちを憎んでる。僕を憎んでる。僕の存在すら知らずに。
けれどもまた、少年は思うのだ。
ヒトラーだって他人の頭の中にまでは手出しができない。
と。
受け継がれてきたユダヤの物語。一族が共有する歴史。そこに広がる豊かな世界。それらに手出しをすることはできないのだ。
最終的には一家はミュンヘン脱出を決意する。まずはエドガーが、そして時期を見て両親がドイツを出て合流する計画を立てる。最終目的地はイギリスだ。
父は短期間、収容所にも入れられたが辛くも釈放され、命は落とさなかった。だが、知り合いの中には戦後を迎えられなかった人もいた。
回想録の後に、登場人物たちの「その後」と、何枚かの写真がある。
先の見えない時代を生き延びた(あるいは生き延びられなかった)人々の人生を思う。
エドガー少年は、長じて、歴史家となった。
本作の原著はフランス語である。これにはいささか事情があり、エピローグや訳者あとがきに記されている。
1995年、イギリス日刊紙に、「ヒトラーの向かいに住んでいたユダヤ人少年(=エドガー)」を紹介する短い記事が出た。これに目を留めたフランス人ジャーナリストのベルティル・スカリが、エドガーに取材し、その後も親しく付き合うようになる。スカリは長年、エドガーにそのころのことを本にするよう勧めていたが、歴史家であるエドガーはその価値があるとは考えなかった。だが、晩年に差し掛かり、やはり記録を残すべきと考えるようになった。エドガーの語りおろしをスカリがフランス語でリライトしながら本としてまとめたのが本書である。
2013年刊行。すべてが消え失せる前にギリギリのタイミングで残った、稀有な記録である。 -
子どもだった頃に、ヒトラーのお向かいに住んでいたユダヤ人の回想録。子ども口調がわたしには読みにくかった。
そんな無茶なことを言う人が大勢の人の支持を受けて力を持つわけがない、さすがにそんなおかしな事にはならない、と思っているうちに、あれよあれやとその「なるはずのない状況」になっていく様子が、月並みなって言い方だが、今とまったく同じじゃないか…。
やはり何が怖いって人間がいちばん怖い。 -
ヒトラーのお向かいに住んでいたユダヤ人の男の子の話(実話)。
他の国が戦争を許さないはず!ヒトラーの横暴を許さないはず!と思っていたのに
坂を転げ落ちるように 民族浄化へ、戦争へと
世の中を取り巻く雰囲気が変わっていく。
ロシアのウクライナ侵攻もそうだし、
コロナ禍もそうだし、
当たり前のこと、みんな当然こう思うだろうこうするだろう、ということは、予想を超えて
あっという間に変わるものなんだと思う。 -
ヒトラーの向かい側に住むドイツ系ユダヤ人の少年の貴重な証言。日常が多角的に変わり果てていく様子だけでなく、アイデンティティを他者から捏造される事で生じる心理的な葛藤も緻密に描かれている。語り手が、事実を隠蔽する大人の努力とは裏腹に全てを理解してしまう純粋な心を持つ子供であるために、当時の状況の正確さが増しているようにも思われ、総合的に読むに値する素晴らしい本だと思う。
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1929年から1939年にヒトラーの向かいに住んでいた当時ユダヤ人少年だったエドガー氏の回想。だんだん1939年に近づくにつれてハラハラしてくる展開。「夜と霧」を読んでいると、収容所に送られるとどんな目に合うかを想像してしまうのでより恐ろしい。1930年代のドイツ市民の心理を知るには本書と、「ヒトラーと物理学者たち」がオススメ。本書のご家族が何とかイギリスに亡命できて本当に良かった。ローズィやフンクの消息が分からなかったのは残念。少年時代の古き良き日々がだんだん破滅していき、家族を守るために必死に奮闘する物語は非常に心が痛くなるが、今でも各国の紛争地で同じようなことが起きていると思うと残念でしかたない。
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ミュンヘンに住む5歳のユダヤ人少年の隣に越してきた人はヒトラーだった。楽しい日々が次第に暗くなっていく10年間を党首、首相、総統と出世していくヒトラーの隣人として子供目線で描いている。
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十代の頃、ミュンヘンの自宅の前のアパートに住んでいたのはヒトラーだったという著者。新進の政治家だったヒトラーがナチス総統となりユダヤ人を弾圧するようになるまで。エドガー自身は、優秀な編集者である父親のもとに集まる当時の著名人たちに触れ、学業も優秀な恵まれた家庭に育つ。刻々と情勢は変わり、家族別々に英国に脱出するまで。
九十歳も近くなったエドガーに取材し、様々な文献の裏付けをしながら別の編集者がドキュメンタリーとして仕上げている。 -
ユダヤ人歴史家による回想録。
隣人。それは、ごく普通の一般の人だ。
もちろん、この筆者の場合も、その”隣人”は普通の人だった。ある時までは。
ヒトラーが台頭していく様子を、ヒトラーの家の向かいに住んでいた少年の回想でたどっていく。
「まさかそんなことになるはずがない」と誰もがおもっていたが、あれよあれよという間に情勢は変わり…。
個人的には、子ども口調の文体は読みにくかった。
ただ、歴史的価値は非常に高く、当時のドイツの情勢と、市民の生活が語られている。 -
これはとても貴重な証言だと思います。この回想の視点は作られていますが、子供の目の大切さを実感しました。
詳しくはブログに書きました。よろしければ覗いてみてください。
https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/201905130000/ -
★4.0
1929年から1939年まで、ヒトラーの向かいの家に暮らしていたユダヤ人歴史家の回想録。1929年当時、著者エドガーは5歳の少年。が、彼の記憶はとても鮮明で、ゆっくり確実にナチズムが浸透していったことが分かる。中でも、世話係・ローズィとの別れ、親友だったラルフとの断絶が辛い。特に後者は、子どもの純粋であるが故の残酷さを、まざまざと感じるばかり。と同時に、ドイツ出国のタイミングや出国先で、人生が180度変わることも思い知らされた。約10年間でエドガーが失ったもの、心に負った傷は本当に計り知れない。 -
アメリカ人小説家フィリップ・ロスが書いた『プロット・アゲンスト・アメリカ』という小説がある。これは再選を目指すルーズベルトが反ユダヤ主義者のチャールズ・リンドバーグに敗れてアメリカに親ナチス政権が誕生したという設定で、日々刻々とアメリカ社会が腐っていく姿を7歳の少年の目を通して描こうとするフィクションであるが、この『隣人ヒトラー』はノンフィクション、つまりリアルな記録である。
主人公のミュンヘンに住む5歳のユダヤ人の少年の家の真向かいにヒトラーが引っ越してきて、その少年は窓越しに、あるいは通りでヒトラーやナチスの幹部の姿を毎日のように目にするようになる。そしてその少年のその後の10年とは、ヒトラーとナチスが勢力を蓄え、ミュンヘンが、そしてドイツが腐っていくプロセスを目撃し、肌で感じ、理解する10年でもあった。悪夢というものがあるとするなら、この少年がイギリスに脱出するまでのこの10年こそ、その名にふさわしいといえるだろう。じつに不気味なノンフィクションである。 -
東2法経図・6F開架:289.3A/H77f//K
平野暁人の作品
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