歴史が後ずさりするとき――熱い戦争とメディア

制作 : リッカルド・アマデイ 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 111
レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000256629

作品紹介・あらすじ

政治、社会、メディアの現実に鋭い批判の矢を放つウンベルト・エーコの二一世紀発言集。グローバリゼーションが進むなかでの軍事衝突、原理主義の台頭、とめどなく娯楽化してゆく一方のメディア-。社会が狂信と軽信にますますおおわれ、歴史があたかも進歩をやめて後ずさりしはじめたかに見える二一世紀の行方に、エーコは知識人の使命を問い直しながら、激しく警鐘を鳴らす。

感想・レビュー・書評

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  • アイロニーとウィットに富んだウンベルト・エーコによるエッセイなどをまとめたもの。あの小説郡を書いたエーコがどんな事を考え、どんな事を訴えようとしたのか、これを読むととても納得感がある。同時に彼があの様な知識と薀蓄に満ちた、そして真実の危うさを伝えるとてもアグレッシブな物語を編もうとしたことは必然のように思える。
    リッカルド・アマデイというイタリア人の人が翻訳をしていたのも良かった。丁度エーコの文章の中にも翻訳業について書いた物があったが、イタリアと日本の2つの文化が翻訳を通して触れ合う意味が訳者解説を読んでより感じられた。

  • 難解だと言われるウンベルト・エーコだが、エッセイなのでそれほどでもないだろうと思い読んでみた。
    なるほど、そこかしこに著者の博識、知性をたっぷりと感じさせ、幾つかの章はキリスト教や哲学の知識がないととてもついて行けない。
    というか著者独特のアイロニー、例えが分からず、唸ってしまうところも多々あり。

    それでも、それほどのバックグラウンドを必要としない章では、その鋭い洞察力を平易な文章で書き下すのでとても読みやすい。
    例えば最初の章、「戦争と平和をめぐるいくつかの考察」では、戦争の意義が歴史上どのような変遷を辿ってきたかを説いてるのだが分かりやすい。
    結論として、グローバル時代のグローバルな戦争は不可能だと言う。
    ちょうど、ブッシュ大統領が湾岸戦争に突入する時期のエッセイなので、批判的になりながらもその無意味さの説得力は強く、十字軍との比較からも納得感が深まる。
    半分ほどはこんな章なので、そちらはずんずんとのめり込める。

    また題名がユニークで、原題では「エビのあとずさり」だそうだが、歴史の中で本来、人類は前進しているはずなのに、実際には後退してしまっていることから付けられたそうだ。
    知ってみれば、こちらの題名のほうがよっぽどしっくりと来るのだが。

    ともあれ興味深い作家。
    「薔薇の名前」にも挑戦してみるかな。。。

  • 先週、ひさびさにローマに行って、十年近く前に読んで「ゴミ」だと判断した『天使と悪魔』(ダン・ブラウン著)を再読してみようかしら…、などという思いが頭をかすめいた。しかし、本書に含まれる「ダン・ブラウンを信じる」というエッセーを読んでかつての読後感を新たにし、時間を浪費してがっかりすることなく済んだ。

  • 個人的には後半の宗教・オカルトの話題が面白かった。『パッション』や『ダ・ヴィンチ・コード』のイタリアでの評価は、今じゃなくてその当時に知りたかった。

  • I 戦争、平和、その他のこと

    『楽観主義は必ず、ある程度の熱狂をもたらすものだが、理性の人間は熱狂的となってはならないのである。歴史はたしかにドラマだが、ハッピーエンドのドラマだと考える人間も楽観主義的であると言ってよかろう。私は歴史がドラマであることだけは分かっているが、しかしハッピーエンドのドラマであるかは、それを知るすべを持たないので、分からない。』ー『ノルベルト・ボッビョ/I 戦争、平和、その他のこと』

    ウンベルト・エーコの本を読んで何かを語るのは勇気がいる。それは自分がエーコの語っていることを理解出来ているかについて今ひとつ自信が無いせいだと自覚するが、そんな単純な言明ですらすぐに単純ではなくなってしまう構図もエーコを読むことには内包されているので、より厄介な気分となる。

    何を可笑しなことを言うのかと思うだろう。もちろん、あとがきにもあるように、エーコの文章は適度に難しい哲学的概念を平易な言葉で書き下してあり、決して判り易いとは言えないけれど、反語的言葉遣いに慣れてしまえば主旨は明確に理解出来る。しかし、これまたあとがきにもあるように、そしてエーコの創作の中でも頻出するように、エーコの文章には過去に存在した文章への言及が多い。それに気付きながらオリジナルの文献に当たることがないままに読み進めていくことが、徐々に不安を募らせる要因となる。更に言えば、引用していることが明示されないままに引用される文章もあるらしく、エーコがこの文章で為そうとしていることのどれだけを自分が掬い上げられているのかと考え出すと、さっきまで分かっていたと思えた文章が瞬く間に意味不明な文字の羅列に見えてくるのである。

    しかも問題はそんなナイーブなレベルには留まらない。エーコ自身がこの本の中でも何度も言及しているように、作家の意図とかけ離れた結論を勝手に引き出すことは、どうやら人間の持って生まれた性質らしい。判り易い部分だけを頭の中で繋ぎ合わせて、エーコはこんなことを言いたいらしいなどと結論を出すこと自体、とんでもない勘違いであるかも知れないのだ。そう解った上で敢えて何かを語るのか、と自問してみるが、答えの返ってくる気配はない。

  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、2階開架 請求記号:974//E19

  • 晩節を汚した老人というのはみっともないものですな
    ダラダラとワシが危険が危ない世界時勢を神経症的なエッセイで書いてるだけ
    同じ論旨でもいくらでも優れた書籍は山ほどあるし、ファン以外の方が読む必要はとりあえず感じない

  • 「こんな本は無駄だと思う。政治家やマスコミが聞く耳を持ってる筈無いから」。と言うのは間違い。
    それは兎も角、2月に文庫化される「小説の森散策」(多分「エーコの文学講義」)が楽しみ。。。

    岩波書店のPR
    「政治とメディアの現実を鋭く批判するエーコの評論集。グローバル化の中の軍事衝突、原理主義の台頭、とめどなく娯楽化していくメディア――。社会が狂信と軽信にますますおおわれ、歴史があたかも進歩をやめて後ずさりし始めたかに見える21世紀の行方に、エーコは知識人の使命を問い直しながら激しく警鐘を鳴らす。」

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著者プロフィール

ウンベルト・エーコ(Umberto Eco)
1932年1月5日 - 2016年2月19日
イタリアの作家・評論家・研究者。イタリア共和国功労勲章受章者。
1980年に小説『薔薇の名前』(lI nome della rosa)を刊行。それまでの中世美学や記号論の知見や研究成果をふんだんに用いて、フィクションの記号論的分析、聖書分析、中世思想研究、文学理論などを盛り込んだミステリー作として全世界でヒットし、映画化もされた。その他の小説作として『フーコーの振り子』(Il pendolo di Foucault)、『前日島』(L'isola del giorno prima)、『プラハの墓地』(Il cimitero di Praga)、『バウドリーノ』(Baudolino)など。
本来の出自である美学者・記号論学者としても、『中世美学史』『記号論』『ウンベルト・エーコの文体練習』など、世に知られた作品は数多い。

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