精神を切る手術――脳に分け入る科学の歴史

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000258432

作品紹介・あらすじ

脳の中を切るロボトミーなどの精神外科は、非人道的な手術として、日本では封印された。しかしそれは、「過去のあやまち」として片付けてよいものではなく、現代の脳科学の研究・臨床とさまざまな形で関わっているのではないか。「精神を切る手術」の歴史から考える、刺激的な脳科学論。

感想・レビュー・書評

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  • 知識が無いのに関わらずロボトミー=悪という単純な認識だったことをまず反省した。
    有用性のためだけに科学を評価してはならない、
    相互批判の保証を前提とし、科学者同士、科学と社会でお互いに批判しあい、それを乗り越えて行く必要がある。
    これからのES細胞やiPS細胞、STAP細胞の研究にも当てはまるであろう。科学の視点と生命論理の視点、
    社会の一員として、科学の発展を望み、有用性に希望を持ちつつも、厳しい社会の目として機能しなければならないと思う。

  • 身体
    精神

  • 脳への介入を取り上げていましたが、
    医療行為や実験対象として人間にどこまでの介入が許されるのか?
    前書に引続き学問とは?知的好奇心は無制限に満たされていって良いのか?という問いに対して、倫理面も含めてこれから考えて整備していかなければならない課題だと思いました。

  • 「科学と論理が互いに相反した時に、高次の部分で均衡を図ること(止揚)が可能と考えるか」あるいは「それは理想論に過ぎず、科学という便益によって論理がないがしろにされてはならないと考えるべきか」によって、この本から得られる印象がいくぶん異なるのではないと思います。

     近代の科学技術の発展は主に前者の可能性に重きをおているように思います。たとえば、脳の機能解析において、近年もちいられる脳の画像解析は直接メスを入れるわけではないため、非侵略的であり、高次均衡の可能性を示しているといえると思います。
     
     しかしながら、私はこのような考えに対して、以下の立場から、疑問を感じるのです(私が近年の脳科学ブームに感じている違和感のきっかけともなっています)。

    1. 科学技術の限界という立場から
     画像解析は行動と脳の血流の相関関係を観測しているに過ぎず。そのようにして得られた命題は、事実を束ねたに過ぎず、いわゆる帰納的な解釈といえると思う。

     そのようにして求められた命題が果たして脳の複雑な機能を示しているといえるのだろうか。

     また、仮に脳の機能を解明するために、脳にメスや何からの電気刺激などの操作を行うことによって、一部の能力を一時的になり無効化や減退たらしめたとし、トライ・アンド・エラーのような形で検証することができたとしても、そこから得られた命題は脳の複雑な機能を示しているといえるのでしょうか。

    2. 論理の面から
     論理という垣根を超えてまで、社会の便益を優先させることが果たしてよいことといえるのでしょうか。

    3. 最後に
     私は、論理よりも全体の便益のほうが優先される社会が人間にとって幸せなことではないと考えます。二律背反に陥った時にどこかで立ち止まる必要性も考えるべきと思います。本書では脳科学を題材に取り上げていますが、これをもとに広義の科学者の論理について考えるきっかけになりました。

  • 日本ではタブーになってしまった精神外科。その歴史、なぜタブーになったのか、そして精神外科は間違っていたのか。

    実際の精神外科の方法なんかを紹介してるあたりは細かな描写がなかなか強烈。「役に立つ」から精神外科は正しいのか。「わからない」から何もしないのがいいのか。科学と社会の在り方まで踏み込んだ論文のような一冊。

  • 精神外科、つまりロボトミーはじめ、脳味噌を切り刻む手術の、日米での歴史と現状について。
    おそらくは専門の道へ歩み出した人のために書かれた本。
    著者は批判的な立場だけども、頭ごなしに否定するのではなく、むしろ語ることすらタブー視されてる日本の現状を嘆き、もっと科学と倫理の面から語られるべきだと主張する。

    とはいえ、最初のほうに出てくる具体的な手術の解説図はやっぱり強烈。
    前頭葉バッサリ切ったり、脳の深部を切除(吸入器で吸い取ったり、薬品で焼き切ったり)したりしても、人間って死なないし、完全に廃人になるわけでもないんだなーと、シロート目に感心してみたり。
    更には、脳細胞を作るという研究まで。
    精神外科というのがどうにも忌まわしく感じるのは、それが回復不可能なだけでなく、ココロを外科的手法で変えてしまう、それが可能だということを、認めたくない本能が働くせいかも知れない。
    「科学のためには必要な研究だ」ということもできるかも知れない、だけど、ソモソモ、何のために科学を研究するのかと。

    ♪心を忘れた科学には 幸せ求める夢がない

    著者の主張は斯様なのだとみた。

  • 楢林先生が定位脳手術を始めた目的が、精神外科目的だったというのが驚き。精神外科手術を忌むべき物として封印するのではなく、評価すべき部分は評価すべきという意見と、一方で恣意的に非侵襲性とレッテルをはる医師の態度を批判しており、好感が持てる。

  • ロボトミーを扱った本は何冊か読んだが、翻訳ものばかりであったせいか、本邦における歴史的な経緯については本書で初めて知ったようなことも多い。松沢病院の廣瀬貞雄という人が日本で一番ロボトミーを行なっていたとか、術中に脳組織を集めたことが当時、台批判の急先鋒として用いられていたとか。

    無秩序なロボトミー時代、脳を単なるモノのように扱い、議論も反省もなく臭いものにフタ、とばかりにタブー視してしまった結果、分子生物学の時代を迎え、やはり脳は筋肉や肝臓と同じように扱われてしまっている。本邦のロボトミーは全てがよい結果であったとは言いがたい状況ではあるが、その時代のベストエフォートの結果であり、何の検証もなく目を瞑ってしまうのはやはりよくない。一度立ち止まって、深い、真剣な議論を持つことが必要なのではないだろうか

  • ぬで島 次郎 (著)
    脳の中を切るロボトミーなどの精神外科は、非人道的な手術として、日本では封印された。しかしそれは、「過去のあやまち」として片付けてよいものではなく、現代の脳科学の研究・臨床とさまざまな形で関わっているのではないか。「精神を切る手術」の歴史から考える、刺激的な脳科学論。

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