シビリアンの戦争――デモクラシーが攻撃的になるとき

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000258647

作品紹介・あらすじ

「軍の暴走」は本当に起きるのか。シビリアン・コントロールを問い直す挑発的な議論。

感想・レビュー・書評

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  • 戦争の火ぶたをきるのは、軍事国家の独裁者や、軍服を着た男たちとは限らない。

    著者は民主的に選ばれた軍人でない(シビリアン)政治家が好戦的にふるまい、戦争を始めた4つの事例を研究し、その傾向を明らかにしています。
    なかでも、中心になるのはイラク戦争で、それを補足するようにイギリスのクリミア戦争、イスラエルの第1次第2次レバノン戦争、イギリスのフォークランド戦争が扱われています。

    ・政治家、民意、メディアという民主国家に必須な道具立てが、さして必要性のない戦争を推進するために一致団結してしまうクリミア戦争。
    ・戦争の絶えない国家ゆえに、軍首脳ももてあますほどに好戦的な人物が政府首脳として選ばれて強引な侵攻が行われた第1次第2次レバノン戦争
    ・それでは女性で軍産複合体と縁のない中産階級出身の首相ならどうかというと、それはそれで閣僚の反対を押し切り鉄の信念で攻撃しかない、と決意してしまうフォークランド戦争

    どの戦争も、攻撃が拙速に過ぎ、緒戦では優秀な兵器の力で侵攻に成功するものの、大詰めの段階で地上部隊に悲惨な被害が出ています。
    レバノン戦争で、開戦時は戦争を支持したイスラエル国民が、やがて反戦運動を支持しだす経緯は興味深い。国民皆兵の軍事国家イスラエルでもこういう動きは起こり得るのですね。
    サッチャー政権が、フォークランド諸島がアルゼンチンに占領されるまでは、海外領土維持やフォークランド諸島の領有権維持に強い意志を持っていなかったというのも興味深かった。

    そして、最も多くのページ数を割いて解説しているイラク戦争でもまた、あいまいな根拠、強引な政治主導で戦争が開始されます。
    民衆がそれを支持してしまうのも同じ。
    イラク戦争の開戦計画は、ネオコン政治家・政治任用スタッフによって軍の首脳に情報を明かさずに立案されます。
    やがて、この計画を知らされた米軍の高官たちは、豊富な経験を活かし、治安維持面で貧弱な計画だと喝破します。
    さらに、情報を小出しにマスコミにリークしたり、退役将軍を使って反対を画策し世論に訴えようとします。正義、あるいは命を守るために。
    この命令だからといって自分の良心を見失わない軍人たちの勇気はとても興味深いものですが、残念ながら功を奏せずイラク戦争は開戦。
    戦前の警告通り戦争後の治安確保に失敗、兵士と民衆に多大な被害を発生させます。

    このように、シビリアンの政治家は戦争を決断する。
    その理由は、何なのか。
    有権者が、政治家が行う政治的決断のコストに無関心であることが理由なのではないかと著者は問いかけます。

    これは、戦争だけでなくあらゆる政策においていえる事なのかもしれません。

  • プライムニュースで見て興味を持ったので借りてみましたが、難しすぎて読みが進まず期限切れで断念しました。
    題材としては興味深かったので、自分のバカさ加減がほとほと残念。
    時間のある時にまたチャレンジしようかな。

  • 393.2||Mi

  • 授業では、戦争をしないために文民統制(シビリアン・コントロール)が実施されていると習い、そうかそれなら安心だと思っていたが、民主主義の国で選挙で選ばれたリーダーや、国民感情の後押しが、戦争を回避しようとする軍を押し切って開戦することが少なくないことに驚いた。本書にはなぜそういうことになってしまうかのメカニズムが実例を伴って解説されており、非常によく分かる。読後、戦争を回避するにはどうしたら良いかを考えてみたが、一つは軍の専門性を高めることで「しろうと」司令官の読み違えを無くすことができる。つまり、兵士はプロフェッショナルであり、全く犠牲のでない戦いはあり得ないことを知っているから、戦争回避の選択肢を重視する。もう一つは徴兵制。だれだって実際に自分や家族が戦場にいくことは避けたいはずだし、自分と軍を一体視することで、戦争をより身近なリスクと感じるはずである。今の日本にはどっちも無いので、むしろリスクが高いように思う。

  • つくづく面白い。歴史論ってこうやるのね。

  • 確かに、僕たちは固定観念というか、幻想に囚われていて
    きちんと再検証していなかったのかもしれない。

    軍部が独走して戦争に突入することもある。
    が、文民(シビリアン)が独走して戦争に突入することもある。

    近代的民主国家においてそれが起こり、また国民もそれを支持するところが恐ろしいところだ。

    日本語が少し分かりにくいところが多く分かりにくい部分もあるが、
    内容はとても丁寧に検証されており、刺激的な一冊でした。

  • ここで言う「シビリアン」とは、ケースによって異なるが、公約数を取ると政治指導者を中心に政治任用の高官、議会及び国民を指し、筆者は開戦の動機を政治指導者の歴史的使命感、正義感、支持率や得票率向上への期待、人命コストへの許容としている。本書での重要な例示であるイラク戦争を思い起こせば自然に納得できるが、多くの例示を行うことでブッシュ大統領個人の個性に帰着させていない。

    一方で筆者は軍人と職業官僚というプロフェッショナルこそ政治主導の戦争に抑制的になるとも述べているが、裏を返せばこちらは正義感や使命感に安易に流されることなく、支持率や得票率を気にする必要もなく、人命も含めた戦争のコスト・ベネフィットを政治指導者よりは正確に見積もられるからであろう。

    また、プロフェッショナルと一般国民の解離が進んでいることも挙げられており、その中で一般国民の声(とそれに後押しされる政治指導者)の方が影響力が大きいのなら、デモクラシーとしてはあるべき姿なのだろうが、その政策判断が常に正しいと言えるのか。

    筆者はデモクラシーとシビリアンコントロール「だから」攻撃的戦争を起こしやすいとは言っていないが、好戦的な軍をシビリアンが抑えきれない時に戦争が起こる、というありがちな理解を実証的に崩し、新しい視野を示してくれた。

  •  安定したデモクラシーのもとでも戦争は起こる。「軍の独走」を防ぐ仕組みとしての文民統制が効いているからこそ、シビリアンが戦争を起こしたがり、渋る軍人の尻を叩くという状況がよく見られる。こうした戦争について「ブッシュが」とか「サッチャーが」とか、しばしば政治家の個人の資質によって引き起こされたもののように言われれるけれども、そうではなく構造的な問題があるのだというのが本書。
     クリミア戦争、第一次/第二次レバノン戦争、フォークランド紛争、イラク戦争を分析し、シビリアンの側では誰が戦争を起こしたがったのか、そのとき軍はどのように積極的あるいは消極的だったのか、と事例が豊富でわかりやすい。
     デモクラシーにおいては、政治指導者が支持率回復の為に戦争を望むこともあれば、歴史的使命感や正義といったものがその際にたてにとられることもある。しかし、本質においては、軍の払う人命コストに対するシビリアン側の許容性の問題にいきつくという。要するに、命令するのは俺、闘うのはおまえ、というわけだ。<今日の安定したデモクラシーでは、シビリアンと軍の分断がすすむことは、軍の独走などの危険性を生むのではなく、むしろ軍の孤立を深め、リスクを回避させる方向へと働く><シビリアン/コントロールが強い国では、軍はシビリアンの求める戦争に応じない選択肢はなく、シビリアンがやりたがらない戦争をする自由もない>ということが、事例のなかで明らかになる。
     現代の民主主義国家における戦争のきっかけや、戦争を渋る軍人vsやりたがる政治家・国民という構図がしばしば見られることについて、ひとつの見通しを与えてくれる1冊だといえる。

  • 面白い。「シビリアン(文民)が軍を抑えなければ、軍は暴走し、ときには戦争へと国を引きずっていくだろう──このような「軍の暴走」への懸念がシビリアン・コントロールの根底にある」 しかし、現実には民主主義政権のもと、文民政府が戦争を主導し、プロフェッショナルな軍人が戦争に対して慎重な姿勢を取った例が数多くみられる。911後、テロとの戦争を主導したのは軍ではなくブッシュ政権であり、議会も多くがその後押しをした。その他、クリミヤ戦争、フォークランド紛争、第1次、第2次レバノン戦争などを例示し、文民がどのように戦争へと軍を導いていったかを検証する。
    興味深い。現在の我が国にあっても、ややもすると市民の側は隣国に対して強硬的な姿勢を取る政権を支持しがちであることから考えて、シビリアンの暴走による戦争突入というのは、決して荒唐無稽な想像だけではないだろう。 

  • 三浦瑠麗『シビリアンの戦争 デモクラシーが攻撃的になるとき』岩波書店、読了。戦争を始めるのは軍人…「軍の暴走」の懸念はデモクラシーの政軍関係の基本であり、歴史に対する反省からの知恵である。しかし本書によれば、近年の実態はどうも違うようである。軍人よりも文民が戦争を欲している。

    本書はクリミア戦争からイラク戦争まで綿密に分析。真っ先に死ぬのは軍人だ。勝算のない戦などやりたくない。研究のきっかけはイラク戦争=「シビリアンが推進し、また軍人が反対する戦争」。著者の指摘には驚くし、タカ派政治家の言には枚挙暇がない。

    勿論、現実に軍人が推進する場合もあるし、文民統制が機能する場合もある。しかし文民統制という構造があれば安心というのは早計なのだろう。ややアクロバティックではあるが、著者は、軍務の負担を国民が共有することに一つのヒントを見出す。

    勿論、軍が全て平和的、シビリアンが常に攻撃的と仮定すること自体(その逆も含め)、思考停止であり、人間論としては、人間を抽象化させる立場(ヤスパース)の最たるもの。想像力の翼を広げることが必要か。常識を塗り替え、出発点に引き戻す一冊。

    「執筆を通して、あらためて、人間であれば誰しも『ダークサイド』を持っているということだけでなく、善意であっても結果的に害をなすことがあり、他者の苦しみにに驚くほど冷淡になれるということを考えさせられた」。三浦瑠麗『シビリアンの戦争』岩波書店、あとがき。

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著者プロフィール

国際政治学者。1980年神奈川県生まれ。東京大学農学部卒業。東京大学公共政策大学院修了。東京大学大学院法学政治学研究科修了。博士(法学)。専門は国際政治。現在、東京大学政策ビジョン研究センター講師。著書に『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『日本に絶望している人のための政治入門』(文春新書)、『「トランプ時代」の新世界秩序』(潮新書)。

「2017年 『国民国家のリアリズム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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