本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784000258654
みんなの感想まとめ
日中戦争における蒋介石の外交戦略を深く掘り下げた本書は、彼の政治思想や戦略を明らかにしています。特に、一次資料である「蒋介石日記」を用いて、彼がどのようにアメリカの世論を意識し、抗日戦争を国際的な文脈...
感想・レビュー・書評
-
「蒋介石日記」も使い、国民党特に蒋介石を中心に据えて日中戦争を見る。序章では、共産党の抗日戦争史観に異を唱える著者の姿勢が明確だ。
書名に最も合致するのは第4章と第5章だ。日中戦争開始後、蒋介石は持久戦論を前提に粘りつつ、マルチの場や対米外交で中国の正当性や日本の侵略を訴えていく。一方でこの外交自体がどの程度米などに影響を与えたかは本書からは必ずしも明確ではなく、1940年の日ソ中立条約は蒋介石にとって誤算だった。結局のところ事態を大きく動かしたのは日独伊三国同盟であり、蒋介石はこれを歓迎し、米の態度が「急変した」との報告を受ける。結果論としては、蒋介石は志願兵派遣を含む米の援助を受け、更には太平洋戦争が勃発し、蒋介石が望む「以夷制夷」の展開となるのだが。
その前史も本書でもちろん描かれる。満洲事変時に日本との武力衝突を避けたのは、「安内攘外」もあるが、揚子江氾濫による被災民救援や日中関係になお楽観的だったこと、これらを前提に国際連盟への提訴で解決しようとしたと分析されている。また日本の南京入城時の蒋介石の撤退決心(と、南京の民を「棄民」とせざるを得ない苦悩)にはいくつかの理由が考えられるが、日記からは徹底抗戦がもたらす共産党勢力の拡大を警戒していたことが分かる。蒋介石の対共産党観は時期により異なるも、第二次国共合作下でも、「敵」ではないにせよ、共産党を常に意識しなければならなかったようだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ふむ
-
これまで日中戦争というと、蒋介石は戦わず、共産党の一人勝ちという見方が強かったような気がする。しかし、1931年の満州事変のあとも、留日留学生の数が史上最大になる年もあったし、中国語教科書もたくさんつくられている。中国がすべて抗日だとしたら、どうしてこんなことが起こるのか、これまで疑問だった。それは、日中戦争を多面的にとらえていなかったからである。国民党や国民党の軍隊の果たして役割を評価していなかったからである。日本は占領した都市に親日政権を打ち立てていったが、それは中国の領土の半分近くにもなっていたほどである。それは、中国が日本の侵略にもかかわらず和平への道を模索していたからである。さらに、大きな原因の一つは、本書のように、日中戦争時、蒋介石がなにを考え行動したかが、戦後ほとんど問題にされなかったからである。戦後蒋介石が「以德報怨」ということばで、日本から賠償を要求しなかったことはよく知られていて、それに恩義を感じる日本人も古い世代には多いが、ぼくたちの世代はそれをまともには見ていなかった。しかし、蒋介石は終始、日本の人民には同情的で、日本と中国で東亜の新秩序を打ち立てようとしていたのである。それは、わざわざ爆撃機に宣伝ビラを積ませ、九州にまかせに行ったりしていることからもわかる。蒋介石は、外交は無形の戦争と考え、国際とりわけ英米の同情を取り付けようと努力した。それは、日本とまともに戦っては勝てないという自覚があったからで、日ソ戦、日米戦の開始を期待していた。つまり、第二次世界大戦の中に日中戦争を位置づけようとしていたのである。そして、戦力を温存するために、南京を死守せず、日本軍の行く手を阻むために黄河を人為的に決壊したりもしている。そのことで逆に各国の注意を引き、日本の侵略をうったえようとしたのである。さらには、戦後において中国が国連での常任理事国の地位を得たのも蒋介石ぬきでは語れないのである。本書は新たに公開された蒋介石の日記や擋案資料を丹念に読み解いていった成果である。一つ注文をつければ、国民党は軍事的にどのように日中戦争を展開したのかももっと知りたかった。
著者プロフィール
家近亮子の作品
本棚登録 :
感想 :
