少女たちの19世紀――人魚姫からアリスまで

著者 :
  • 岩波書店
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感想 : 8
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000259422

作品紹介・あらすじ

冒険する少女たちの目はなにを見たのか。19世紀ヨーロッパの物語に登場した新しい少女の群像。「アリス」誕生の謎をさぐる異色の児童文学史。

感想・レビュー・書評

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  • 翻訳家・英国ファンタジー研究者による、「少女」をキーワードとする
    ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』成立過程の探究。

    1.『人魚姫』を読みなおす
     『不思議の国のアリス』に先立つこと25年、
     1837年に発表されたアンデルセン『人魚姫』読解。
     『人魚姫』には様々な邦訳が存在するが、誤訳とは言わないまでも、
     翻訳者の先入観・固定観念によって原文からズレた人魚姫像が広まった。
     魔女の薬で足を得、王子の城で暮らし始めた人魚姫は、
     男子の服を着て自ら乗馬したとアンデルセンは綴っているが、
     それを例えばドレス姿でお姫様抱っこされて……といった描写に
     すり替えたケースが散見されるという。
     記憶を辿ると、幼少期に読んだバージョンも、そんな調子だった気がするが、
     水樹和佳(→和佳子)によるコミカライズでは原典に忠実に、
     人魚姫は小姓のような格好で一人前に馬を操っていたため、
     自分の中では印象が上書きされている。
     ところで、その「男装」は、人魚姫は単に王子に恋しただけではなく、
     彼の身軽さ、自由に憧れ、自らを重ね合わせようとしたものだろう――
     という、フェミニズムの文脈に沿った話になってくるのだった。

    2.よみがえった伝承世界
     「水の精」としての人魚姫像、
     その先駆けはフーケの『ウンディーネ』(1811年)。
     詰まるところ、水の世界の王が娘を人間と結婚させて
     何らかの力、地位の回復を目論む話で、この「復権」は
     18世紀を動かしてきた、
     理性・調和・形式美を追究した古典主義に取って代わった、
     自然との一体感、神秘的な体験などへの憧れを表現した
     ロマン主義の台頭と重なる。

    3.妖精という言葉の魔法
     『不思議の国のアリス』誕生前夜、19世紀半ばのイギリスでは、
     グリムとアンデルセンの英訳が紹介されて児童文学が発展し、
     「メルヒェン」(Ma¨rchen=小さいお話)のニュアンスの取り違えから、
     この語が昔話に相当する fairy tale に置き換えられて定着し、
     妖精ブームが起きた。
     ジョージ・マクドナルドは
     姫君の冒険譚に妖精たちの活躍という彩りを添えた。

    4.少女の目の発見
     『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』は斬新なようではあるが、
     イギリスに多い巨人や妖精が登場する昔話や、
     動物や無機物にキャラクターを付与したアンデルセンなど、
     様々な先行作品の影響を受け、また、ルイス・キャロルが
     8歳年長のジョージ・マクドナルドとの交流から得た
     創作のヒントなどが活かされていた。
     男装の少女が登場するゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』から
     『人魚姫』を経て『不思議の国のアリス』へと続く時代は、
     フランス革命やイギリスから発した産業革命によって、
     人々が新たな価値観を模索し始めた時期と重なり、文学の領域でも、
     それまで軽視されてきた女性や幼児の目線が必要とされ、
     少女の視点を借りた男性作家の「冒険」によって
     児童文学が隆盛を極めるに至った。

    もっと濃いぃアリス話を期待していたので、ちょっとはぐらかされた気分だが、
    別の意味で読み応えがあって面白かった。
    さほど強調して書かれてはいない(と思われる)が、
    19世紀の児童文学がフェミニズム(の萌芽)に
    寄り添っていたらしいことが窺えて興味深い。
    脇先生訳のアリスも読んでみたくなった。
    ちなみに、mad tea party は「めちゃくちゃお茶会」と訳されるそうだ(笑)

  • くらくらしそう「〈少女〉というキーワード」

    岩波書店のPR
    「ユニークで難解なキャロルの『不思議の国のアリス』はどのようにして誕生したのだろうか。アンデルセン、グリム、フケー、ラスキン、サッカレー、キングスレイ、マクドナルドなど、『アリス』の誕生に影響を及ぼしたヨーロッパ文学とその社会背景を〈少女〉というキーワードでたどり、児童文学の揺籃期を明快に読み解きます。 」

    • shimomuuさん
      とてもとても、ジブンゴトで面白かったです...
      とてもとても、ジブンゴトで面白かったです...
      2022/03/04
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      shimomuuさん
      あら、、、ジブンゴト!21世紀になってもってコトかしら?

      じゃぁヴァージニア・ウルフの「オーランドー」(筑摩書...
      shimomuuさん
      あら、、、ジブンゴト!21世紀になってもってコトかしら?

      じゃぁヴァージニア・ウルフの「オーランドー」(筑摩書房)は如何、、、
      2022/03/04
    • shimomuuさん
      めもめも
      めもめも
      2022/03/06


  • 日本ではあまり知られていないイギリス人児童文学作家ジョージ・マクドナルドがいるのですが、彼と『不思議の国のアリス』のルイス・キャロルの作品なかで見えてくる、一見奇妙に見える物語の出来事や展開、奇妙奇天烈な登場人物たち。

    これらが教えてくれるのは私達は物語を通して、生まれてきて未知の物事と出会ってきた感覚、まっさらな目を持つ感覚を追体験することで、物語を読むことで魂の変容が起こり、物語を持つということが生の種火を心に灯してくれるということではないかと感じました。

    それは安田菜津紀さんのツイッターで紹介されていた佐藤慧さんのエッセイを読んでいて感じたこと、グリーフケアという世界にまで通づる視点なのではと感じたことでした。→

    『悲しみと共に生きる』 第1回:物語を組み立てなおす | Dialogue for People

    まだまだ『少女たちの19世紀』(岩波書店)の魅力を書き切れていない気がして、私が書いた感想だけではなく、本の示唆に富んだ指摘や19世紀の物語やバレエ、演劇などのそれぞれの影響が書かれていて、紹介されている作品も多く、興味のある方にはとても良い導き手だと思います。また、佐藤慧さんも

    取り上げさせていただいて、私の軽薄な感想でお気持ちを悪くさせてしまうのではと思ったのですが、物語の主人公たちを待ち受ける苦難や不条理、暗闇の世界を自分の足元は見えないが一緒に苦難を乗り越える相手の足元は見えるから教えあってくぐり抜けるといった比喩的な死を通して光の世界に

    自ら足を踏み入れていく過程に、佐藤慧さんのエッセイに込められた深い深い悲しみと苦しみと人間の力に同じような畏怖と慈しみを感じたのでした。




  • 前半の「人魚姫」に関する解釈まではまだ面白かったが、後輩の「不思議の国のアリス」についての記述は読んでいて疲れてしまった。

    そもそも色々なところに話題が飛びすぎてまとまりがない。また、こじつけがましい関係性の羅列が多すぎてくどい。

    参考に挙げている作品の知名度が低く、おそらく読者の中でも専門的な知識のある一部の人にしか分からないような内容を『すでにご存知のことと思いますが・・・』などと書き出したりするところがいやらしい。

    児童文学の研究をしている人向けの専門書だと言ってしまえばそれまでだが、これを読んだ後で、ではこの人が訳した物語を読みたいかと問われると、答えは否である。

  • 男装少女は、何を求めた? 少女の冒険はずっと続く。

    思ったよりも、19世紀の少女の実際には触れられていなかったかな。物語に現れた少女像とか、どうして作家がそれを描こうとしたかの分析が中心だった。ジョージ・マクドナルドは死角だったので読みたい。

  • 今まで読んだ脇さんの本の中で、これはおもしろかった。
    脇さんが興味を持って調べたことを市民セミナーで語り、それをベースに本の形にしているので、すんなりと受け入れることができます。

  • 表紙を見てアリスとマクドナルドのおひめさまとあとこれ誰だっけとにかく好き系だ、と思った。
    児童文学の翻訳者による19世紀西欧の文学論。
    人魚姫とアリスと、その間にマクドナルド。

    あれもそうだこれもそうだそういえばこんな物語も…とどんどん話が広がっていくのが楽しい。
    子供のころに好きだった本や大人になって読んだ本や、まだ読んだことのない本が出てくるたびに全部読みたくなる。

    私はそんなに熱心に人魚姫を読んだわけではないので、陸の上の印象があまりない。
    姫抱きのイメージはなかったけれど小姓の覚えもなかった。
    『人魚姫ファンタジア』http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=10260は意外と原作を意識していたのかな。読みなおしたくなった。

    異議を唱えたい部分や物足りない部分もけっこうあった。
    せっかく日本の人が書いているんだからもっとヨーロッパ以外のものも絡めてくれればいいのにとか。
    たとえば「水の精といえばウンディーネ」という発想は違う気がする。
    あれは日本では誰もがまっさきに思い浮かべるほどメジャーじゃない。
    男を水に引きずり込む水妖といえば私は河童やおいてけ堀が先に浮かぶ。
    「にせの花嫁」話なら瓜子姫もいれたいし、植物や無生物が出てくる話なら「だいこんにんじんごぼう」や付喪神も関連付けたい。
    「青い花」の洞窟は「うつほ物語」っぽいとか、「水の子」は「水曜日のクルト」に通じるんじゃないかとも思った。

    でもこういうのは本に対する不満じゃなくて、本に参加できないことのもどかしさ。
    参加したい。こうやって次々に浮かんでくる考えを話して、他者の考えをききたくなる。
    読んで満足して終わりじゃなくて、もっと広げたくなる。
    著者が児童書を大好きなんだろうと思えるから、読んでいるこちらも楽しい。
    面白い、いい本だった。



    関連
    『世界のシンデレラ物語』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/B000J8F4PY
    『本・子ども・絵本』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4479750487


    ちょっと触れられていたヴェデキント。
    『お岩』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4840127336で評論されてた人ではないか!
    読みたい読みたいー。

    p39、ジョルジュ・サンドの母の部分に「従軍慰安婦」という言葉が使われていてぎょっとした。
    ナポレオン軍の、と書いてはあるけれど、今の日本でその言葉は日本軍に使われた人をあらわすものだと思うんだ。もうちょっと気遣いが欲しい。

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著者プロフィール

脇明子

「2018年 『ねこのオーランドー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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