近代仏教と青年 近角常観とその時代

  • 岩波書店 (2014年8月28日発売)
3.00
  • (0)
  • (0)
  • (2)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 13
感想 : 2
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784000259880

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 浄土真宗大谷派の僧侶であり、仏教の近代化に取り組んだ思想家である近角常観の生涯と、彼の影響を受けた人びとについて論じている本です。

    西洋との出会いを経て、伝統的な仏教のありかたを革新する運動が起こり、清沢満之などがその担い手となりました。本書でとりあげられている常観も、そうした思想家の一人ですが、長く忘却されていた清沢と同様に、常観の名前も人びとの記憶から抜け落ちています。しかし著者は、常観が近代日本の思想史ないし精神史において幅広い影響力をおよぼしていると主張し、その影響のひろがりを紹介しています。

    前半では常観の生涯が簡潔に解説され、後半では彼の影響を受けた古沢平作、嘉村礒多、宮沢賢治、三木清などがとりあげられます。フロイトのもとで精神分析を学んだ古沢は、常観の議論に依拠して「阿闍世コンプレックス」を提唱しました。古沢の弟子の小此木啓吾によってこの考えが継承されましたが、そのさいに宗教的な背景が切り捨てられたことを著者は指摘しています。

    嘉村の私小説である『業苦』や『崖の下』には、「G師」として常観が登場します。彼は自己の罪を自覚する信仰が倫理につながることを説きましたが、嘉村はそうした常観の示す道を離れて、罪の自覚から文学へとつながる道をえらんだと著者は論じています。

    三木清は、マルクスの思想から影響を受けつつ、社会哲学への関心を示す一方で、若いころから宗教への関心をいだきつづけており、遺稿「親鸞」を執筆しました。従来の研究では、彼の宗教哲学の位置づけが不明確なままでしたが、著者は彼の親鸞解釈が宗教哲学者の武内義範の『教行信証の哲学』を踏まえたものだということを指摘するとともに、両者が常観の影響のもとにあったと論じています。

  • 近代仏教と青年
    ~近角常観とその時代

    大阪教育大学教授・岩田文昭著
    2014年8月発行
    岩波書店

    著者は、私と、中学、高校の同級生。私と違い、当時から文武両道に秀でていて、現在は、宗教哲学者にして、名古屋のお寺の住職をも務める才人です。

    この本は、浄土真宗大谷派(東本願寺)の大僧侶(大僧都)で、(東京)帝大出身の宗教哲学者、近角常観(ちかずみじょうかん)の研究書。常観の本格的な研究が行われたのは、これが初めてらしい。
    滋賀県出身の常観は、東京本郷にある武田五一の手になる説教所「求道会館」の主であり、寄宿舎「求道学舎」には多くの青年が集まり、幅広い青年知識人に多大な影響を与えたとのこと。キリスト教の内村鑑三や海老名弾正にも匹敵するという。
    ※武田五一は、朝ドラ「ごちそうさん」に出てきた建築家のモデルになった人。

    前半は、常観の生涯と活動について、後半は常観の説教や思想が与えた影響について、事例を挙げて研究成果を披露している。具体的には今回は、精神分析学、文学、哲学において紹介。

    日本の精神分析学の父、古澤平作は、フロイトのエディプスコンプレックスに対し、阿闍世(あじゃせ)コンプレックスという概念を提唱し、日本人に適合した精神分析学の構築を図ったが、その元になった「阿闍世説話」の出所が長年なぞだった。それが、実は常観だったことを、今回の研究で著者・岩田氏が解明した。それは古澤の弟子たちにも引き継がれていったが、その中には知名度のある、「甘えの構造」でおなじみの土居健郎がいる。

    文学は、私小説家・嘉村礒多(かむらいそた)と宮澤賢治。嘉村礒多は読んだことがないが、私としては嘉村と常観のところが最も楽しめた。
    宮澤賢治については、妹トシが常観の説教を受け、彼女や父親が常観に出した手紙を岩田氏が発見している。これまた今回の大きな成果。賢治、トシとも、浄土真宗を信仰していたが、最終的に法華経へと信仰を変え、常観の元は離れているが、心はつながっているように読み取れる。

    哲学は、三木清。私の生半可な知識がいけなかった。この部分についてはほとんど、いや全く理解できなかった。マルクスと親鸞が、どう関係するのか?一番知りたかったが、私の知識や想像力をはるかに越えた世界だった。

    この本を手にしたとき、宗教に疎く、哲学にいたっては私のもっとも苦手な分野でもあった。最後まで読めるかな、というのがまずもっての思いだったが、なんのなんの、大変に面白かった。あっという間に、というわけにはいかないが、夢中になって読み進んでいけた。知識がない私でも、岩田氏の筆致が、まるで物語を展開するかのように人を引きつけ、「もっと読みたい」という感覚を残してくれた。宗教、哲学に関して知識も興味もなかった私が、これだけ引きつけられたのだから、誰が読んでも相当な感想を持ち得るのではないかと思える。

    近角常観という人、私はもちろん知らなかった。でも、皆さん、「近角常観」という文字、どこかで見たことがあるような気がしませんか?滋賀県のお寺出身なので、もしかすると仕事で取材したり、資料をあたったりしている時に出会っているかもしれない。
    しかし、この本でこの名を見た時、何か最初から親しげな思いがわき上がってきた。もしかすると、私たちの精神世界にすでに入り込んでいたのかもしれない。うーむ。

    いわいわさん、すばらしい本を贈っていただき、ありがとうございます!

    (メモ)
    内容として理解できない部分がほとんどなので、本題や趣旨とは関係ないところでメモしています。単なる箇条書きです。ほんの一部です。

    常観がベルリン滞在中の1901年4月8日、釈尊降誕会を「花祭り」として盛大に開催。ドイツ滞在中の美濃部達吉ら18人が発起人に。釈尊降誕会を花祭りと呼ぶのは、ベルリンの花祭りが日本に伝わって、東京の仏教青年会がまねて伝播していったため。(12)

    常観は布教方法において、キリスト教から多くを取り入れた。自由に人々が出入りできる説教所、信仰に立脚した学生寮を造るなど。(16)

    政教分離が進み、信仰の自由が保障されてはいても、宗教諸団体が必ずしも同等に扱われていたわけではなく、現在でも、国教制度をとっているイギリスや公認教制度をとっているドイツもある。(52)

    真宗にしろキリスト教にしろ、絶対者による救済を特宗教には理論的難所がある。絶対者の働きを強調すると、人間のなす行為の意味が明確でなくなるという点。そのため、善をなすことの根拠があいまいとなることも起こる。真宗の歴史においては、悪をなしても救いには障りとならないという「造悪無碍(むげ)」という主張が起こった。他方、人間の行為の意味を積極的に認めると、それが救いに関係あるかのように解され、救済の絶対性の意義が損なわれるおそれがある。(64)

    信仰の純粋性を重んずると信仰運動の継続は難しくなり、伝統を重視すれば信仰を保持するためにできた組織は維持されやすい。常観の場合、東京本郷では寺院子弟を育成することに関心を持たず、社会で活躍する多様な分野の人材に信仰を伝えることに専念していた。求道運動の永続化や組織化には意を用いず、常観の私語、求道運動を展開する人物は現れず、その運動は急速に終息に向かった。(112)

    信仰と戒律との関係を常観は、「信仰主義」と「律法主義」との動的関係として捉え、キリスト教や仏教の歴史的展開を踏まえて説明。キリスト教の場合、ユダヤ教の律法主義を打ち破り、愛の福音を説き信仰を勧めることで成立。ところが、ローマ教会が繁栄したものの、修道主義が起こると、実行が困難な苦行を実践し、形式的戒律主義に陥るようになった。それに対抗したのがルター。(177)
    バラモン教の律法主義、苦行主義を破壊し、解脱の実体験の見地に立ったのが釈尊。インド古代の律法主義に対していえば、仏教は信仰主義なのである。(178)

    礒多が宗教に関心を寄せたのも、悪人としての自己が救済されたいという願望があったからであろう。ところが、そのような願望がありつつも、礒多は悪人である自己を改めようとはしない。ただし、悪人であることの自覚は深まっていくのであり、そのことで自己を責める。礒多の文学はここから発する。そのような苦しみに耐えながら書くということで、小説の創作が一種の宗教的行為に似たものとなっている。(179)

    宮沢賢治は「われらは世界のまことの幸福を索(たず)ねよう 求道すでに道である。」と述べ、絶対者を彼岸におくのではなく、そこへの探求そのものに意義を見いだしているのである。(221)

    精神分析家は日本人論・日本文化論をしばしば提出し、それがかなり広範囲に影響を及ぼしている。ところが、それらの論には「絶対」的なものに対するまなざしが欠けている場合が多い。そのような日本人論は、少なくとも歴史的事実の認識レベルで問題があり、ひいては多くの現代日本人の自己認識の歪みがそこに反映されていると思われる。(275)

全2件中 1 - 2件を表示

著者プロフィール

2020年10月現在
大阪教育大学教授

「2020年 『知っておきたい 日本の宗教』 で使われていた紹介文から引用しています。」

岩田文昭の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×