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Amazon.co.jp ・本 (96ページ) / ISBN・EAN: 9784000259903
みんなの感想まとめ
思考の深淵を探る本書は、書物や書店に対する独自の視点を提供します。著者は、書物を単なる物理的な存在や印刷されたテクストとして捉えず、むしろそれらが生み出す思考の旅や緊張感に焦点を当てています。開かれた...
感想・レビュー・書評
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書物と書店についての思考素、様々な風景を想起させる文体です。
フランス語、ラテン語、シェイクスピア、ディドロとダランベール、モンテーニュ…。
「書物とは、飾り棚に並べたりテーブルに置いたりできる物ではなく、紙に印刷されたテクストでもない。」
「むしろ、その一方から他方へと赴くもの、ないし、両者間の緊張のただなかに身を置くものなのだ。」
確かに本というものは、閉じたり開いたりするもの。
<開け伏せ>が大事だというならば、人間もそうであってほしいなあと思います。
来るべき管理・監視社会において、それらの目が行き届いてしまう未来だからこそ、個人としては、開けっぴろげに順応する自己でもなく、引きこもって没交渉になる自己でもなく、自分を世界へ閉じながらも開くという絶妙を身につけることが肝要なのかなあと思ったからです。
分かるようで分からない、そんな哲学エッセイ集です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
タイトルと本の質感が気に入って、六本木の文喫で買ってそのまま一日で読了。短いので。
フランス人ってやっぱ嫌いだなーと思ってしまうのは、フランス語が恐らく日本語訳に向いてないのだな、と思うことにしてる。
「かくて書物は、ふたつの姿勢、ふたつの相貌をとどめることになるだろう。並べられた巻と開かれた巻という2つの姿を。(中略)これらふたつの書物は、同じであって同じでない。」
こんなの読むと、橋詰くんとかに言いたくなるね。
「書店とは、(中略)つまりは、香りと味の調剤室なのだ。この香りや味を介して、書店から立ちのぼる、何か甘やかな香気のような、食欲を誘う匂いのようなものが、察知され、推測され、予感される。」
そうそう、書店が、書店に並ぶ本の背表紙が、脳に思考を予感させるのは、焼き立てのパンが並ぶパン屋が予感させるものなのだ。
この2つの引用で言いたいことは、パン屋の香りが想起させるものと、パンを食べたときに得られるものとには乖離があるということ。
僕は、焼鳥屋の匂いに官能されて焼鳥を食べても、いつも欲求を満たせない。あの匂いを食べたかったのに、これはそれと違う、というもどかしい乖離、そういう差異の認識が大学生の頃からずっとある。
男は、ポルノと実際の性体験との間で必ずそれを感じたことがあるはずだ。
本屋の喚起するものと、実際に本を読む行為の間にもそれがある。
並んでる本と、開いた本とは別のものだというのはそのことだろう。
だから、
「書物とは、「飾り棚に並べたりテーブルに置いたりできる物」ではなく、「紙に印刷されたテクスト」でもない。むしろ、その一方から他方へと赴くもの、ないし、両者間の緊張のただなかに身を置くものなのだ。」(引用内の「」は僕が足してます)
というのには、納得もしつつ、同意しかねる。
その2つは、著者が例えるメビウスの輪のように、表と裏を行き来するものとは僕は思わない。
むしろ、ウサギとアヒルの錯視のように、あるときはウサギに見え、あるときにはアヒルに見え、同じひとつの絵なのに、常にそのどちらかにしか見えない、そういうものだろう。
ウサギとして売っているのに読むとアヒル。読むとアヒルなのに、閉じるとウサギ。
そうやって翻弄し続けるもの、それが本だろう。
メビウスの輪のようには繋がってない。 -
ここまで美しい書物は、なかなかない。
裏面バーコードすら美しい。
表紙に刻まれたブラックとグレイの書籍。見返しの深いボルドー。
シルバーの栞紐はアクセサリーのようだ。
奥付の後、計6ページに渡る空白に、私だけの物語を垣間見た。
「読者にとって純粋にして透明なる塊」
「読め!」さもなくば「喰え!呑みくだせ!」と書物が汝に差し出される。そうしてわれわれは、書物を貪り続けてきたのだ、舌に甘かろうが苦かろうが、蜂蜜だろうが胆汁だろうが。
書物はつねに、おのれ自身の墓碑銘なのだ。「読まれざるもの、ここに眠る」 -
「分かったのか?」と問われれば、「…そんなに…」と答える。
本と書店、本を読む事などについて、哲学。
ともあれ、帯も含めた装丁が良すぎる。
この佇まいを手に入れただけでも、1900円は高くないと思ってしまう。 -
ハッキリと理解した訳では無いけれど、ところどころ感覚として腑に落ちるというか、スっと心に入ってくる文章があって、読んでいて心地が良かった。
装丁も魅力的。 -
フランスの哲学者が〈書物〉とは何か、それを扱う〈書店〉とはどのような場所なのかを語る、ポケットサイズの哲学書。
装幀がいい。天の部分から見た本をデザインした図案が踊るカバーの藍色と、見返しに使われたワインレッドの対比が本の内容にぴったりだと思う。
ナンシーは、書物は物体ではなくテクストでもないと言う。書物にイデアがあるとすればそれはイデアを伝えるイデアだ、という一文が印象に残った。本は読まれることによって存在し、本と読者は相互に影響を及ぼしあいながら、気体のような〈書物のイデア〉の輪郭を描こうとする。それは一回性のできごとであり、読むたびに変質する書物と私たちは新たに関係を結びなおす。ナンシーはそれを〈思考の取引〉と呼んだ。 -
難しかった…
フランス語の気取った感じが、高尚な文章みたいに感じられた。
(中身が理解できなかったので、その論理が素晴らしいかは不明) -
フランスの書籍の和訳ですが、訳者がすばらしいのか。
とても美しい文書がちりばめられている本でした。
内容的にすべてが理解できたのかと問われると
頭をかしげるしかない部分はあるのですが。
そんなことより、美しい文書という感じです。
昔、文学の教科書にでてくるような難解では
あるのですが、かっこよくて美しい文書と言えば
伝わるでしょうか?
書物のイデアと形質
書物の自己完結性
啓典の民
終わりなき読書
未刊のものの出版
開かれ、閉じられた書物に
書店の香り
思考の取引
書物という素材
書物とは本質的に、ある対話者に対して語りかけるもの、彼に向けられ、呼びかけ、送られ、すがりつくものであって、この対話者がすなわち読者となるものだから。
書物とは、何か/誰かについて語るものではなく、何か/誰かに対して語りかけるものであり、言いかえれば、何か/誰かに対して語りかけずして、何か/誰かについて語ることはないものなのである。
書店とは。香水屋であり、焼肉屋であり、パン屋であり、つまりは、香りと味の調剤室なので。この香りや味を介して、書物から立ちのぼる、何か甘やかなこ香気のような、食欲を誘う匂いのようなものが、察知され、推測され、予感される。われわれは、そこで、書物のイデアについてのある観念を、ある粗描を、あるほのめかしを、ある気配を手に入れたり、見つけたりする。
本と、人と、出会い、交わり、別れる日々のそのなかで、別れられなかったあの人が、読まずにいられなかったあの本が、わたしを、あなたをつくってきました。いま、眼の前にいるその人が、開いているこの本が、わたしであり、あなたなのです。 -
貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784000259903 -
装丁が美しい。薄くて小さな本。ああ、デリダの弟子なんだなあという言葉。訳者のあとがきの、やわらかく、やさしい言葉にも感じ入る。
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「本」をめぐるフランス現代哲学者のエッセイというか、散文詩というか、諸々の思考。
本を読むこと、本とかかわること、本を手に取ること、などなど。装丁に惹かれて買ってしまったけれど、わかりやすい本屋さん論みたいなのを期待するときっと後悔します。パラパラ立ち読みしてたときにも感じていたように、一度読んでぱっと理解しようとするよりも、折に触れて読み返す類の本だろうなぁと思います。
著者プロフィール
西宮かおりの作品
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