子どものことを子どもにきく―八年間の親子インタビューから (今ここに生きる子ども)

著者 : 杉山亮
  • 岩波書店 (1996年12月9日発売)
3.86
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  • Amazon.co.jp ・本 (215ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000260558

子どものことを子どもにきく―八年間の親子インタビューから (今ここに生きる子ども)の感想・レビュー・書評

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  • この本を読みはじめた途端、「しまった!」と思いました。
    多くの人が、私と同じ思いを抱いたことでしょう。
    心の奥にあるものを、もう開けっ広げに見せてくれなくなった子どもを持つ親は、「なんで、自分も、これ、やらなかっただろう」。
    誰でもくやしがると思います。

    杉山さんは、息子の隆くんが三歳のときに、家の近所の喫茶店に連れだします。
    いつもは二つ年上の姉といっしょなのに、少々不安げな隆くん。
    八年に及ぶ隆くんへのインタビューの、記念すべき第一回目でした。こんなインタビューです。

    あきら 隆さー、字が読めなくて困らない?
    たかし うん。
    あきら 看板なんか見て、なんて書いてあるのかなーって、考えることない?
    たかし ある。でも、「なぞなぞ工房(杉山さんがやっている手づくりおもちゃの工房のこと)」っていうのはさ、読めるよ。
    あきら (笑)いつも見てるもんな。
    たかし (笑)うん。
    あきら それでもやっていけるんだ。

    45分テープをまるまる1本使ったインタビューを終えて、杉山さんの感想です。

     それにしてもこのインタビューの冒頭のシーンは破壊力がある。
     ここがどこかわからなくて、今がいつかわからなくて、壁に書いてある字が読めなかったら、大人ならパニックだろう。
     ところが隆は、その状況下でもニコニコしていられるのだ。

    杉山さんは、隆くんの無垢の強靭さに感嘆します。
    と同時に、「隆」というオリジナルな存在が、いずれ失われてしまうことを考えずにはいられません。

     あと数年もすれば、隆の口のきき方もぼくたち大人のそれに近いところになってくるだろう。
     隆はあるものを獲得する分、あるものを失うだろう。

    小学校に上がる前の隆くんは、最高にかっこいい少年です。
    5歳のインタビューでは、幕張メッセで行われたおもちゃショーで迷子になったことを語ります。
    「迷子になったら駐車場で会おう」と父に言われていた隆くんは、駐車場で自分の家の車を探します。
    父は、その約束をすっかり忘れてしまっていました。
    隆くんが泣いたら、迷子センターに連れて行かれるはずなので、呼び出しがかからないということは、自分が迷子だということに気づかず、夢中で遊んでいるのだと思い込んでいました。
    そのために、会えないまま2時間。
    迷子のとき、どんな気持ちだったかを尋ねます。

    あきら 泣けばまわりの大人とか係の人が「迷子センター」に連れていってくれるし、そしたら名前を放送してもらえるからわかると思って、放送があるたび耳をすましていたんだけど、いつも違っていたの。
    たかし 泣いている場合じゃないと思った。(きっぱり。)それに、おとうさんは前に「泣いたってしょうがないだろう」ってぼくに言ったよ。

     ぼくの方にしてみれば、ぼくの考えていた隆像より実際に隆の方がずっと自立していたのにそれに気づかなかったのが、再び会うのに二時間もかかってしまった原因だろう。

    毎年一回、八年間に及ぶインタビューで、杉山さんは隆くんの成長を確実に記録することができました。
    読み終えて、「これ、やりたかったなあ」と、親たる人は必ず思うことでしょう。

  • 息子は5歳になるけど響かなかった。

    杏林図書館

  • 『子どもにもらった愉快な時間 』と2冊続けて読んだ。
    子どもとのやりとりがとても楽しい。
    著者の対応や言葉の酌み取り方が、刺激的でおもしろかった。

  • 土曜日曜と2日もあるユニバーサルミュージアムのシンポ(http://www.minpaku.ac.jp/research/pr/111029-30.html)、はたして体力がもつか?と思いながら、木曜の行商と金曜の取材をこえて、てくてくと会場のみんぱくへ行く。申込みが多くて受付を締め切ったと聞いていたとおり、会場のセミナー室はパイプ椅子も出していっぱいで、昼から日が暮れてしまうまでの数時間、座って発表を聞くだけといっても、くたくたになって帰る。

    ふだんはほとんどテレビを見ないが、晩の8時からめまいの特集番組(「これで安心!めまい」アンコール放送)があったので何か参考になることがあればと久しぶりにテレビを見て、そのあと9時からテレビ欄でみつけた錯覚の番組(五感の迷宮「脳が作る錯覚の世界」)を続けて見る。

    日曜は朝からまたシンポへ行くし、さてもう寝るかと思いながら、ぴらっと『子どものことを子どもにきく』を読みはじめたら、これがやはりおもしろく、するするとしまいまで読んでしまう。

    ひょんなことがきっかけで、杉山さんは、下の子・たかしさんが3歳のときに駅前の喫茶店でインタビュー(喫茶店で「ところてん」が出るところがいいなあ)。

    それから8年間、たかしさんに年に一度インタビューしたのを、まとめた本。おもしろいところはいろいろあったけど、とくに杉山さんが本文カットとして描いているインタビューもようや、たかしさんの発言内容のイラストのところがえらいおもしろかった(たとえば「隆の推測によれば、人間の頭の中には一生に使うものが最初から全部入っている。…」のイラスト)。

    3歳から毎年のインタビューと思うと、そんなトクベツな日のことは、子どももずっとおぼえてるんちゃうかとつい思ってしまうのだが、たとえば10歳のたかしさんは、はじめのほうのインタビューのことはもうだいぶ忘れていたりする。たまたま、たかしさんの場合は、父の杉山さんがインタビューをまとめて小さな雑誌に載せたりしていたから、その記録があって、ああこんなことしゃべったのかとあとで分かる。

    3歳や4歳や5歳の子どもは、自分で言葉を記録することもまずないし、周りの大人がその言葉を拾って書きとめるようなことがなければ、本人も周りも忘れてしまうやろうなーと思う。

    ▼いつの頃からか、大人と子どもの関係は「教育-被教育」「保護-被保護」の枠組みで見るのが当たりまえになってしまった。
     だから、伝達することには慣れているが聞くことは苦手だ。
     たずねれば相手の意志や意見を尊重せねばならないし、答えに即して自分の考えを述べねばならない。
     …子どもを教育や保護の対象として語らねばならぬ部分があるのは当然だが、そうではない部分もたくさんある。
     そう気づけば、両者は同時代を生きる人間同士だ。
    …大人と子どもはごくふつうの世間話がなさすぎる。
     そして、あらためてインタビューしてみると、毎日顔をあわせている親子の間ですら、けっこう知らないことはあるものだ。
     わからないままわかったつもりになって聞き流していたり、インタビューする大人の側の姿勢こそが問題として浮きあがってきたりする。
    …[インタビューは]やはり基本はひとつの話題をだしにしつつ、自分または自分と相手との関係についての検証の場をそこに作るということなのだろう。(pp.196-197)

    こう読んでみると、べつに大人と子どもの間だけでなくとも、「自分と相手」のあいだに場を作れるなら、インタビューはいろいろやれそう。おもしろそう。

    (10/29了)

  • 子どもというなぞの生物について、よくわかんないから本人に聞いてみましょう。
    ということで自分の息子にインタビューしつづけてみた記録。
    興味深いけどこの人あんまり好きじゃない。

  • 八年間、小さな子供時代から大きな子供時代へ父から子へのインタビューを本にしたもの。

    なんか、大人として読んでも子どもとして読んでも面白いと思う本。たとえば、一番最初の時期は、「周りにある言葉」「時間」「自分がいる場所」などなど、たくさんのことがわからないのに、色んな事を考えて色んなことを学びながら普通に生活してる子ども。「今何時」「うーん?」って状態でも全然大丈夫な子ども。

    おおお、子供ってスゲエ。
    私もそうだったのかなぁ。私ってスゲエ。そんな感じ。
    当たり前のことにちょっと新鮮に気付けて喜べて驚ける本。

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