宗教 (21世紀へのキーワード インターネット哲学アゴラ 1)

  • 岩波書店 (1998年11月25日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000262828

宗教 (21世紀へのキーワード インターネット哲学アゴラ 1)の感想・レビュー・書評

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  • サラダボウルのアメリカと対比されるものとして、メルティングポッドの日本というのはなかなか興味深い指摘。

  • この本は日本、アメリカと異なる地にいる2つの学者がインターネットを介して宗教について質疑応答した「往復書簡」を本に著したものである。わが酷愛の日本人著者の一人、中村雄二郎氏の名前が表紙に載っている。ともかく手にして読んでみた。

    宗教に関して以前から漠然とした疑問があった。第一に、なぜ宗教は政治化するのか?宗教は個人の魂の救済と信仰心であるはずなのに、一方で魔女狩りのような野蛮な異端審問があり、他方で宗教戦争のような野蛮な殺戮もある。単なる過去ではなく、近現代にもこうした歴史は繰り返されている。また、オーム真理教においても、秘密金剛乗のような殺戮を肯定する秘儀をもっていた。先にあげた昭和前半史における日蓮主義者などは国家の日蓮宗化のもとに、テロやアジア侵略を呼号し実践した。また、林達夫はカトリック教会と共産党の組織原理の同一性を指摘している。第二に、信仰心は確かに素晴らしいものだが、信仰心が強くなるとどうして盲目的・無批判的になるのか?

    この本の中で中村雄二郎氏は宗教の政治化、また政治の宗教化は避けられないこと、宗教の社会・政治権力化の原理があることを指摘する。なるほど、個人から発した信仰心はそのままでは無批判になり、信仰心が強ければ強いほど、妄信的になるのは理由があったわけだ。氏は「逆光の存在論」という考え方を提唱し、信仰心により逆光を浴びて「意識的自我」は無限のエネルギーを受け取る「無意識的大我」に変換する。しかしこれは往相にすぎない。個人の実現をさらに進めるならば、還相において、「無意識的大我」は個人性を回復した「自覚的大我」にいたる必要があると説く。「この還相において個人性を回復しなければならないのは、なぜかと言えば、意志的・自発的行動は、最終的には個人的ならざるをえないからです」。このような信仰の往還相が宗教のなかで自覚的にとらえられるかどうか。どこまでいっても、個人と組織の問題は避けられない。

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