公共性 (思考のフロンティア)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 47
  • Amazon.co.jp ・本 (120ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000264297

感想・レビュー・書評

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  • ハーバーマスやアレントによって論じられた「公共性」の概念のもつ現代的な意義についてわかりやすく紹介するとともに、著者自身の立場から批判的に検討をくわえ、公共性のもつあらたな可能性を切り開こうと試みている本です。

    著者は、ハーバーマスの公共性が言説の政治的なレヴェルに限定されていることを批判し、アレントの公共性の議論により高い評価を与えています。しかしアレントに対しても、フーコーが生権力の問題としてあつかった広大な領域を公共性の空間から切り離し、もっぱら行政権力に預けてしまったことは大きな問題をのこしていると指摘します。そのうえで、公共圏と親密圏がどのようにかさなりあっているのかという問題を提起し、その具体的な絡みあいのなかから公共性をよりダイナミックな機能をもつものとして把握するような思索の道筋を示そうとしています。

    「思考のフロンティア」シリーズは、比較的執筆者の問題関心に引き付けたかたちでそれぞれのテーマがあつかわれており、本書も著者自身の考えがある程度明確に打ち出されています。その一方で、主にアレントの公共性の概念が現代の政治哲学・政治思想に与えたインパクトについてわかりやすく解説がなされており、このテーマについてこれから学ぼうとする読者にとっても有益な手引きとなっているように思います。

  • 「公共性」ついて、とても深く新鮮な考察がなされている良書であることは間違いない・・・ただ難解すぎる。

    個人のアイデンティティが複数性(家族、会社、民族的共同体、国民国家etc)を帯びていること、そして、それぞれのアイデンティティの「間」が重要で、そこに「精神の生」が宿っているということ。ムムム。
    もうちょっと噛み砕くと、家族の一員である自分、会社の社員である自分、日本人である自分、などなど「自分」を形作っているアイデンティティは複数の面を持っていて、例えば、どれかが重要になることはあっても、他が消滅することはない。
    この複数のアイデンティティの「間」を移り動くことが、自分の生の真髄ということではないだろうか?

    更に、公共的なものに置き換えれば、様々な人々がいて、それが複数のアイデンティティをもたらし、そのアイデンティティの間(=人々の間)に「公共の生」があると読み取りました。
    つまり、人々の間(=人と人の関係性)が重要であって、「公共的空間」を形成しているということだと・・・

    こもまで一生懸命にレビューを書いてきましたが、ここまで書いてやっぱり分からなくなってしまいました。トホホ
    この本に引用されている、ハンナ・アーレントとユルゲン・ハーバーマスについてもう少し勉強してから再読しようと思います。
    きっと良書。

  • 価値の複数性を条件とし、共通の世界にそれぞれの仕方で関心をいだく人びとの間に生成する言説の空間(p.6)。「何」ではなく「誰」の空間へ、「現われの場所」(p.40)。世界から身を退くこと…一人撤退するごとに、世界にとっては、ほとんどこれだと証明できるほどの損失が生じます…代替不可能な〈間〉(in-between)(p.50;アーレント「暗い時代の」)。アーレントが読みたくなる。

  • 公共性とは何なのか、逆に、公共性とは何でないのか。著者はアーレント、ハーバーマスらの記述を用いて、国家と市場の双方から区別される市民社会の領域を描き出す。人々が互いの生と彼らの間に生起する出来事への関心をメディアに結びつく領域としての公共性。しかし、それはユートピア的空間ではない。著者は、その内部に存在する権力的非対称や周辺化の圧力に触れつつ、ハーバーマスやアーレントの「公と私の境」に関わる主張を批判的に汲んで公共性の概念に新たな解釈を付け加えている。

  • 公共性の概念がこれほど重要なものであるとは全く知らなかった。人間という存在を理解するためのキーポイントであり、石工が石目を発見したような感じである。再読、再再読が必要だ。

  • 請求記号:361/Sa25
    図書館の思い出:
    大東文化大学に奉職したころ、私はまず図書館の居心地の良さに幸せを感じたものです。緑に囲まれた東松山の図書館には、個室もあり、蔵書も圧倒的に多く静かな環境です。自分から主体的にでかけて、自分の好きな本や雑誌を選んでみてください。どんな本を読むかはみなさんの自由です。
    以下は、私が最近読んだ本です。最後の一冊は、最近の私の編著書です。読書が好きになると、自然に書くことも好きになります。ぜひ、図書館を活用してみてくださいね。
    (環境創造学部環境創造学科 川村 千鶴子 教授)

  • 公共的空間は、そうした始まりとしての自由が、言葉や行為という形をとって私たちの前に現れる空間である

    公共性とは、閉鎖性と同質性を求めない共同性、排除と同化に抗する連帯である

    公共的空間は、人間が有用かどうかで判断する空間ではない
    、複数の価値や意見の(間)に生成する空間

    思考を「内的対話」としてとらえるならば、思考とはそれ自体ある種の公共的空間である。なぜなら、異質の「自己」が存在するのでなければ、対話は成り立ちえないからである。

    他者の思考に触れ、それによって現状の思考習慣が動揺するとき、私たちの思考は始まる

    世界はあらゆる「間」がそうであるように、人々を関係づけると掃除に切り離す「間」である

  •  齋藤純一の著作。
     公共という言葉の持つ多義性が詳しく述べられている。主にアーレントとロールズの政治観を中心にして、現代における政治の欺瞞と在り方を追求していく。

  • 公共性について述べているんだけど、積極的な定義というよりは消極的な説明という感じで、かつ非常にわかりにく文章だった。そのため、理解できていない。
    他の人の言葉を引用していること、普段使わない言葉を多用していることなどが原因だと思う。

  • 政治哲学の分野における「公共性」に関する議論をコンパクトにまとめた本です。わたしが大学に在学していた頃に、ちょうど著者の斎藤純一氏が教鞭をとられており、本書のことも大学の友人から聞いて手に取ったように記憶しています。

    以前もレビューで申し上げた通り、わたしは「"使えない"やつには存在価値がないのか?」という疑問をしつこく考え続けています。もちろんこの疑問には、個人の内面を見つめる、いわゆる実存的なアプローチも可能ですが、一方で「公共性」というテーマとも直接接続しうる疑問でもあります。そんなわけで、本書はわたしの問題意識とがっちりリンクした上で、近代哲学以降の「公共性」の議論が網羅的に抑えられているという、なかなか稀有な本です。

    このテーマであればH.アレントとJ.ハーバーマスを外すわけにはいかず、このお二人の議論が本書でも中心に据えられています。二人を対比する中で、それぞれの欠点も取り上げて、これにかかわる他のアプローチの紹介へとつながっていきます。特にM.イグナティエフによる「ニーズ」に着目したアプローチは、あまり一般的に広まってはいないものの、押さえておくべき議論だと思いました。

    アレントがレッシングを引いて語った「各人をして、彼が真理とみなすことを語らしめよ。そして真理そのものは神にゆだねよ」という言葉は、わたしにとっての絶対的な信念にもなっています。

    アレントやハーバーマスに関心のあるすべての方、また特に社会科学を専攻されている学部生におすすめしたい本です。いろいろな本を読んできましたが、「公共性」というテーマに関していうと、これ以上に出来の良い「教科書」はちょっと見当たりません。

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著者プロフィール

齋藤 純一(早稲田大学政治経済学術院教授)

「2016年 『逆光の政治哲学 不正義から問い返す』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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