歴史/修正主義 (思考のフロンティア)

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  • 岩波書店 (2001年1月6日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (128ページ) / ISBN・EAN: 9784000264341

みんなの感想まとめ

歴史修正主義をテーマに、日本の戦争責任に対する問い直しを試みる本書は、著者が様々な議論を通じて自己の立場を明確にしています。加藤典洋との論争や、哲学者野家啓一の「歴史の物語り論」への批判を交えつつ、歴...

感想・レビュー・書評

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  • 「歴史修正主義者」の誤解に反して、自分の所属する国家の戦争責任を認めることは、「子々孫々」に至るまで「罪人の子供」扱いを甘受することではなく、まったく逆に、自分とかつての国家との連続性をた断つことによって他者の信頼を回復していくポジティヴな行為、肯定的・積極的な行為なのだ。

    慰安婦問題はなかった、南京大虐殺は存在しない、そういった発言を平気でする歴史修正主義者にこそ読んで欲しいと思った。しかし大抵彼らは読まない。

  • 歴史修正主義への批判を通じて、日本の戦争責任についての問いなおしをおこなった本です。

    本書では、加藤典洋の『敗戦後論』をきっかけとする著者との論争がとりあげられています。ただし著者は、あらためて加藤の議論への反論をおこなうのではなく、両者の論争に対するテッサ・モーリス=スズキの発言に対してみずからの立場を明らかにしています。

    さらに、哲学者の野家啓一の「歴史の物語り論」への反論がなされています。著者は、野家の「物語り論」の立場も、ある種の政治性をになうことを指摘し、さらに「物語りえぬこと」をかかえ込んだ他者との連帯は可能かという問題提起をおこなっています。最後に、いわゆる従軍慰安婦問題をめぐる議論に対する著者自身の立場が提示されます。

    著者が野家に対して批判をおこなっているように、あらゆる言説はなんらかの政治性をもたざるをえません。本書は、著者自身の掲げる「正しさ」を、いわゆる「歴史的事実」によって隠蔽することなく、むしろ自己言及的に「正しさ」を提示するという身振りをくり返しています。2020年現在の、従軍慰安婦問題をめぐるさまざまな言説の政治的布置をながめながら本書の議論を読んでいると、それぞれの政治的立場があまりにも露骨に衝突している状況に対して、べつのアプローチが必要なのではないかという気がしてしまいます。

  • 侵略戦争や植民地支配の記憶と証言が、「忘却の政治」に曝されている。いかにして歴史への責任を果たすのか。物語の抗争が激化する現在、いかに判断し、なににコミットメントするのか。戦争責任/戦後責任、植民地支配責任をめぐる現代日本の論争という「出来事」のただなかで、歴史の再審にむけた法の脱構築が、いま始まる。
    目次
    1 歴史と責任(「罪人の子孫扱いなどもうごめんだ」
    「子々孫々まで…罪人の如く」
    「本質主義的」民族観の罠
    責任を認める側にも同じ罠が…
    「戦後責任」を果たすことはポジティヴな行為 ほか)
    2 歴史と物語(ネオナショナリズムと「国民の物語」
    「歴史の物語論」はどう答えるのか
    「国民の物語」も物語られる
    物語りの「倫理性」とは? ほか)
    3 歴史と判断(「物語」の抗争
    「法的責任」の問題
    「多様な物語がある」ではすまない
    「弱者」にとって「闘い」とは? ほか)
    4 基本文献案内

  • 戦後の歴史認識や太平洋戦争の戦争責任問題について、整然と解説されている。その理論は学者ならではのもので、首肯させられる点も大変多い。特に「戦後責任を果たすことは『ポジティブな行為』」の節で説かれている、国家の戦争責任を直視することで、自己と過去の国家との連続性を絶つことに繋がり、他者の理解の涵養を待つ、といった所説は感じ入るところも多い。彼の認識の基層をなしていると感じた。

  • ルサンチマンは受け継がれる。加害者意識は受け継がれない。では責任はどこへ行くのか?

    戦争責任・歴史問題に関して、考えを深めるヒントが得られる。

  • 先日読んだ野家啓一の「物語り」に対する批判が興味深かった。

    「ハーバーマスにおいてそうであるように、「批判的多元主義」が単なる「多元主義」ではなく、「批判的」であろうとすれば、それは「歴史の物語り論」にとどまることはできず、「多元的」な物語の対立・抗争の中で、不断に具体的・実質的な「批判」を実践すること、すなわち、「論理的」な「批判」のみならず、「倫理的」「政治的」な「批判」を実践することを避けることはできないのである」(p48)

    そのうえで高橋は、正義に依拠し脱構築された法のもとでの「審判」をいつかどこかで行わねばならない、とするのである。

    さて、この両者の対立をどう受け止めるべきか。今のところ、歴史学を研究する僕としては、歴史学がどうしたってさまざまなレベルでの「実践」を伴う(史料を使って研究することがそもそも「実践」的)学問である以上、野家のような超然とした「理論」的・哲学的な一貫性よりかは、高橋の「批判」の「実践」に共感を覚えてしまった。メタヒストリカルな語りにも、ものすごく魅力があるんだけど…そこに依拠したら、歴史研究できなくなってしまいそうなので。

  • タイトルだけ見ると一見ラディカルだが、むしろその実は80年代以降現れてきた「歴史修正主義」批判である。高橋の著作は相変わらず論点のまとめ方が上手く、何を言いたいのか非常に分かりやすいが、実はそれほど目新しいことは言われていない。『靖国問題』と『国家と犠牲』をより深く理解したい人は

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著者プロフィール

高橋 哲哉(たかはし・てつや):1956年生まれ。哲学者。東京大学教養学部教養学科フランス科卒業。同大学院哲学専攻博士課程単位取得。東京大学名誉教授。著書に、『記憶のエチカ――戦争・哲学・アウシュビッツ』(岩波書店)、『戦後責任論』(講談社)、『靖国問題』(ちくま新書)、『犠牲のシステム 福島・沖縄』『沖縄の米軍基地――「県外移設」を考える』(以上、集英社)、『日米安保と沖縄基地論争――〈犠牲のシステム〉を問う』(朝日新聞出版)ほか。

「2024年 『沖縄について私たちが知っておきたいこと』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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