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Amazon.co.jp ・本 (300ページ) / ISBN・EAN: 9784000265188
感想・レビュー・書評
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私は大学で社会学を専攻していました。
『社会学』とはどのような学問か『ウィキペディア』から引用すると
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社会現象の実態や、現象の起こる原因にメカニズム(因果関係)を
解明するための学問である。
その研究対象は、行為、行動、相互作用といったミクロレベルのものから
家族、コミュニティなどの集団、組織、さらには社会構造やその変動など
マクロレベルに及ぶものまでさまざまである。
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とあります。
私なりに解釈すると、「当たり前の現象や事柄を客観的に
観察し、認識を深める」学問といったところでしょうか。
基本的には「社会学」という言葉をつければ、何でもアリになります。
ちなみに私が履修していたものだけでも
『家族社会学』『社会心理学』『宗教社会学』『医療社会学』・・・
『犯罪社会学』なんていう授業もありました。
話が横道にそれましたが、今回ご紹介するのは
社会学と心理学の接点(帯より抜粋)
「相互行為」にまつわる本です。
複数の人が何らかのやりとりをする(相互行為)とき、そこには社会的な
共通認識(背景)が存在します。
それをデータを用い詳しく解説したのが、この本になります。
例えば、私は3人兄妹の真ん中ですが、「家族」というカテゴリー集合では、
両親にとっての「子」(親-子)であり、兄にとっての妹(兄-妹)であり、
妹にとっての「姉」(妹-姉)という存在です。
このカテゴリーにおいて「私」は、親-子では親の教えに従い、妹-姉では姉
としてしっかりすることが期待されます。
また、「会社」というカテゴリー集合において、私は上司にとっての「部下」
(上司-部下)であり、後輩にとっての「先輩」(後輩-先輩」)という存在です。
よって、私は上司から「管理される立場」であるし、後輩に対し「見本を示す
べき相手」になるのが理想とされています。
これはいわゆる社会的な共通認識ですね。
この関係が崩れたときに、一般的に違和感が生じることになります。
「私」という存在ひとつとっても、そこに期待されていることは
相手や状況によって違ってくるのがわかります。
もうひとつ例を挙げます。
-ある人が「 話し手」としての役割を担うためには、単に何か喋りだせばよいと
いうわけではない。それは聞き手を必要とする。すなわち、受け手の話し手への
志向を必要とするのだ。
たとえば、話し手が受け手に視線を向けたとき、受け手が話し手に視線を向けて
いないことが明らかになった場合、話し手はしばしば間をあけたり言葉を途切れ
させたりする。そして、相手がそのあいだに視線を自分の方に
向けたならば、その時点で話を先に進めていく。(本文より抜粋)
これは、大学の講義でありがちです。生徒がザワザワして話を聞いていないとき、
黙ることによって生徒の注目を集める先生がいらっしゃいました。
「話し手」と「聞き手」、相互に自分の役割をきちんと果たしてこそ
スムーズな相互行為が生まれる、という社会的共通認識のわかりやすい例になります。
二つの例をご紹介しましたが、どちらも「何をいまさら」と思われるのでは
ないでしょうか?
しかし当たり前のことを客観的にとらえ直し、再認識するということは
仕事の場でも大きく役立つことだと思います。
たとえば、前者の”カテゴリー”の話。
ある一つの商品について考える際、その商品を
様々なカテゴリーに所属させることで求められる役割(=訴求内容)が
かわってくると思いませんか?
この「カテゴリー」という考え方を用いると多面的に物事をみる癖が
つくのではないかと思います。
また、後者の「話し手」「聞き手」の話。
これはコミュニケーションに非常に役立ちます。
ビジネスには商談がつきものです。
自分の役割は何か、どのような姿勢を示せば相手との
コミュニケーションがスムーズに進むのか。
よく、聞き上手の人に知らず知らずのうちに
暴露話をしてしまったといった話があるかと思いますが
お客様に暴露話(キーになる情報)をポロリと話していただく
ためには、知識にプラスしてコミュニケーション力を磨く必要が
あると思います。
この本は専門書ですので、残念ながら「こうすればうまくいく!」
といった答えはありません。
しかしながら、日常の物事を再認識し、新たな発見をすることで
なにか役立つヒントが得られるのではないかと思います詳細をみるコメント0件をすべて表示
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