- Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000268790
作品紹介・あらすじ
複雑化し錯綜する現在の政治現象を、どのように認識すればよいのだろうか。私たちの日常的な経験を出発点として、政治哲学の基本的な問題だけでなく、グローバル化の中で変容する、正義、フェミニズム、多文化主義、ネイション、国家をめぐる最先端の問題まで考察し、よりよい政治的構想のために政治哲学が果たす役割とその意味を明らかにする。政治に関する理論的・哲学的反省のための最良の導き。
感想・レビュー・書評
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政治哲学、政治理論について。
以外、本書より。
(グローバル経済の影響で国民国家が現実的な政治選択を妨げられている、という指摘に対し)
もしも本当に政治的な選択の余地が我々に全く残されてないとしたら、政治哲学は、それがネイションのレベルだろうと、国際政治のレベルだろうと、無用のものとなるだろう。
それは「大事をよそに安逸に耽る」というもの。
本書で私が述べた事は、全て以下の事を前提にしている。
つまり、善き統治と悪しき統治の選択は、常に我々の手に委ねられているのであり、それはテクノロジーが進歩し、社会が巨大化し複雑化するにつれ、善き統治の形態が変化するとしてもそうなのだ。
10万人規模の都市国家における善き統治像から始まって、我々は随分と遠くにきた。
人々が相対的な平和と安全の中で大地を耕し、商いをし、狩りをし、教育をし、踊りをする状況を描き、その一方で、専制や圧制の結果として荒廃と殺戮がもたらされる様を描いているロレンツェッティと比べると、同様の作業を我々が行うのはずっと難しい。
我々の政治は、遥かに巨大な規模と、数多くの異なったレベルで運営されている。
原因と結果の連鎖を見つけるのはもっと困難だし、それゆえ政治的な成功や失敗の責任を帰す事も大変困難である。
しかしながら、ロレンツェッティの絵画の中には、14世紀シエナと同様、今日でも我々にとって意味のある要素が含まれている。
つまり、正当な政治的権威と専制の区別、政府とその市民の関係性、正義の本性である。
こうした問題は未だに政治哲学の中核を占めている。
そしてその事は、人類の未来が我々のコントロールを超えたものになりつつあるように思え、その未来についてじっくりと、そして徹底的に考察し、その上で我々が共に何をすべきなのかを決定する必要がある、と思える正しくこの時代においてこそ、依然として妥当な事なのである。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
【サポートスタッフ企画展示:2018春 ブックリスト掲載本】
▼LEARNING COMMONS イベント情報
https://lc.nul.nagoya-u.ac.jp/event/?m=201804&cat=5
▼名古屋大学附属図書館の所蔵情報はこちら
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go
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入門書としていいね。キムリッカよりも安くて薄くて読みやすい。
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「1冊でわかるシリーズ」の政治哲学編。当初想定していた、多くの思想家の系譜をなぞるというスタイルではなく、政治哲学において古来扱われてきた論点、あるいは現代世界に対応して出現した新たな論点に対する考え方を簡潔に示している。批判的に読むスタイルとしては、やはり自由や正義、ネーションという概念をめぐり、概念から導きだされる帰結が論理的かどうか、どのような規範理論を導出するかを検討するのが正しいのだろう。