大人にはわからない日本文学史 (ことばのために)

著者 : 高橋源一郎
  • 岩波書店 (2009年2月20日発売)
3.72
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  • 本棚登録 :111
  • レビュー :16
  • Amazon.co.jp ・本 (204ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000271011

大人にはわからない日本文学史 (ことばのために)の感想・レビュー・書評

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  •  近代文学に関する考察を、大学や書店で講義したものをまとめたもの。
     大人にはわからない、と書いてあるが決して子供向けではない。
     立派な大人は決して考察しないことを考察している、だから「大人には判らない~」というタイトルになったとのこと。
     とても読みやすく、とてもわかりやすいのだけれど、かなり難しい考察をしているように思う。
     僕自身、理解しながら読んでいるのか、理解不可能なまま読んでいるのか良く判らずに読了。
     それにしても、この人の紹介する小説、推薦する作品ってたまらなく読みたくなってしまう。
     この本に限らず、今までに何冊もこの人の「推し」本を購入しては読んできた。
     まぁ……「なんでこんな本を買ったんだろう」と思うことも何度か(いや、何度も)あったけど、それでも、紹介されたら懲りずに読んでしまうんだろうなぁ。
     もっとも彼自身「殆どの本を褒めちゃいますよ」と告白しているように、彼の守備範囲はたまらなく広い。
     そんな守備範囲の広さがあるからこそ、人に読ませたくなるような紹介が出来るのだろうし、当作品のような難しそうな考察を読みやすく表現できるのだろう。

  • 高橋源一郎らしい読みやすい文体。文体に反して、内容は高度なものと思われるため、近代文学の最低限の知識がないとつまらないかもしれない。私は、直前に読んだ作品の流れで、予備知識なく手に取ったが大正解。
    『沈む日本を愛せますか?』で日本を語ったストレートな切り口が、何処から育ったものか、彼が読み貯めた知識とどうそれを体系化するのかというような高橋源一郎の歴史観の成り立ちが垣間見えた。
    専門分野から非専門分野を見る時の姿勢は学びたいものだ。
    後半は特にすごい。近代文学の終焉を私は肌に感じながら、ただ何処か憂いていた。そして、新しい作品達をあれは文学なのか?と多少見下していたかもしれない。綿矢りさも平野啓一郎も、とにかく、全く理解できなかったから。
    その全てが紐解かれている。綿谷りさらがもたらす近代文学の終焉、そして、それはおそらく新しいものの誕生を意味する。私は、終わるものを憂いてよいことを知り、さらに新しいものを理解するヒントをえた。なるほど!
    文学の幕替えには時代の背景がある。確実に近代の歴史は終わっていく時にあり、その混沌とした時代をどう生きるか、私は人生の後半で楽しむのだ。残念ながら、私は最後の近代側の人間と自覚もしたわけだが。

  • 面白かった。文学が繰り返し煉瓦の様に積み重ねられて進化して行く具合を仰ぎ見るようだった。上の方に行くほど(新しくなるほど)理解できないブロックもあったが、言葉の変化ってこんな風に見たことないから楽しかった。

  • [ 内容 ]
    この本では、一葉、啄木などの「過去」の古典作品を、「現在」に遊びに来るよう呼び出し、「現在」の小説には、「過去」に行って古典作品と交流させます。
    現代の文芸批評を先導する著者が、文学史の陳列棚に並べられた古典作品と現代の最前線の小説を自在につないで、小説を読む本当のたのしさを味わって貰うための一冊。

    [ 目次 ]
    はじめに―『大人にはわからない日本文学史』のできるまで
    1日目 「文学史」を樋口一葉で折りたたむとすれば
    2日目 「文学史」が綿矢りさを生み出した
    3日目 小説の文章が最後にたどり着いた場所
    4日目 自然主義をひっぱたきたい
    5日目 「日本文学戦争」戦後秘話
    6日目 小説のOSを更新する日
    7日目 文学史の「晩年」から次の千年の文学へ

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 近体日本文学史を高橋源一郎が解説している。

    明治17年 三遊亭円朝「牡丹灯籠」で始まった近代日本文学は、約10年後の明治28年に樋口一葉「たけくらべ」を生み、さらに10年後の明治38年には夏目漱石「吾輩は猫である」「草枕」、田山花袋「蒲団」、島崎藤村「春」などの絶頂期を迎える。そんな近代日本文学の流れの中で、樋口一葉の作風は異色であり、それは「自然主義リアリズム」の手法に則っていないからだが、そのことがかえって現代でも色褪せない樋口作品の「リアル」さとなっている。
    樋口一葉から100年後、綿矢りさ「インストール」が発表されるが、綿矢りさの手法は、樋口一葉や国木田独歩「武蔵野」の「自然主義リアリズム」の手法から外れたリアルさと共通する手法が用いられている。
    そして、高橋源一郎と保坂和志は、綿矢りさの「You can keep it!」という作品を「この短編で日本の近代文学は息の根を止められた」と評価する。

    小説作品を「ソフトウエア」、近代文学という土壌を「OS」に例えて、現代文学はあたらしい「OS」に取って代わられたのだと論説している。

    実際に小説の文章を抜粋し、解説しているので、どの作品のどこがどう優れているのかがよく理解できた。どのような文化的土壌のから養分を組み上げているのかが作られる小説の表現方法や価値を決める根底となるという主張もよくわかる。

    しかし、個人的には1990年台に大きなパラダイムシフトが生じているのか、どうもそのあたりはピンとこなかった。

  • 小説の「OS」ってのが難しかった。

  • 「象のあし」にて購入。これから読む。

  • おおきなながれのなかにいながらしずんでいくような読後感。

  • (2010: 渡辺正人先生推薦)

  • おもしろかった、買ってもう一回読み直したい。

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