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Amazon.co.jp ・本 (248ページ) / ISBN・EAN: 9784000280457
感想・レビュー・書評
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意図的・非意図的な解釈の多義性とそこから得られる自分自身の感覚の相対化。僕たちが歌の世界を見るとき、あちらも僕たちを覗き見るのだ。
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和歌であれば三十一文字、俳句であれば十七文字。ごくごく限られた拍のなかでは当然、事象を表現するためには制約が大きくある。その制約を打開するために、懸詞をはじめとする「多義性」を持った「技法」が用いられた。そんなことを述べる「Ⅰ」部。
一方で、限られた拍の中に広く大きな世界観を表現するあまり、それを鑑賞する人によって解釈の仕方が分かれることもある。そんな「多義性」を解説する「Ⅱ」部。
学校で習ったような、いわゆる「古典詩歌」の学習としてイメージをするのは前者の方かと思います。後者は、むしろ学校で習ったような「古典詩歌」の学習に縛られない解釈を楽しもうとする姿勢が見られる。詩歌を解釈する上で、その解釈には諸説あってもよいとするのが、鈴木先生の立場のようです。個人的には、和歌を鑑賞した際に「どうしてそういう解釈になるのか?」という疑問が湧いてしまうことが多いので、この鈴木先生の解釈論には安堵感を覚えさせられた。
本書は入門書ということで、「古典詩歌」を鑑賞するための様々なアイテムを提示してくれている。具体例も豊富にあり、詩歌鑑賞を楽しむためにはこうすればよかったのかーという発見もしばしば。また、大学受験をはじめとし、「古典詩歌」といえば「和歌」を指す、という固定観念は一般にも広まっていると思う。しかし、本書は俳句や川柳なども鑑賞の対象としており、「古典詩歌」と括られるジャンルの幅の広さにきっと改めて気付かされるきっかけともなるだろうなあ。逆に言えば、「和歌」の勉強をしようと思っていたというのであれば、本書の「俳句」の説明等は邪魔になるのかしら?
いずれにせよ、僕は文学研究というものが苦手だったので、色々な意味で「多義性」を認めるとする立場がそこにあったという説明が加えられるだけで、何か救いめいたものを感じたのであった☆
【目次】
はじめに
序 日本の古典詩歌
Ⅰ 重なり合う〈ことば〉―技法としての多義性
第一章 〈自然〉と〈人間〉―共時的多義性
第二章 〈伝統〉と〈現在〉―通時的多義性
Ⅰのまとめ―芭蕉「草臥て」の句
Ⅱ 揺れ動く〈ことば〉―解釈における多義性
第一章 作中人物の行為―誰の行為なのかを分析する
第二章 作者と作品―作者のイメージを吟味する
第三章 一語の重み―ことばへの想像力を鍛える
第四章 情景描写―描かれた風景を想像する
Ⅱのまとめ―芭蕉「田一枚」の句・「植ゑて立ち去る」のは誰か
おわりに
参考文献
あとがき
人名・書名索引
著者プロフィール
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