ゲド戦記 ソフトカバー版 アースシーの風 (V)

  • 岩波書店 (2006年5月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784000280754

感想・レビュー・書評

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  • 大きなふしぎな出来事と、小さなありふれた出来事と。
    どちらも大切だということに気付かされました。
    そして、人の手のぬくもりのもつ、力の大きさ。
    読み終えた後、自分の家族が、今まで以上に愛しく感じるようになりました。
    読んでよかったと思える物語でした。
    時間が経ってからまた読み返そうと思います。

  •  以前読んだとき、年を取ったゲドとテナーが、テハヌーと別れ、残されたラストに胸が潰れたので(なんか、「年寄りを残す」ってつらいな、と思った)、なかなか読み返す気持ちにならなかったのだけれど、今回読んでみて、ラストの、テハヌーとゲドのシーンが、寂しいと同時に立派に成長して旅立ったテハヌーへの、溢れる想い…愛…を感じて、決して暗い感情ばかりじゃないことに嬉しく思えた。

     そう読み取ることが出来て良かった。

  • 人間は欲深い生きものだ。

  • きっとたくさん読み解く事はあるんだろうが、
    「永遠の命なんてろくなもんじゃないよ」
    というお話なんでしょう。

    ゲド戦記とタイトルにあるために、いよいよの時にはやっぱりハイタカなのね、となるもんだとおもっていたのであるが…
    納得はできるのであるが、ファンタジーなのだからそこはカッコよく終わって欲しいという安易な感想を持ってしまった。
    ちょっと寂しい。

    1968年にこのシリーズが出版されたらしい。
    そんなに大昔に書かれた物ではなかったみたいだ。

    その頃の日本ではファンタジー小説というジャンルは認知されていたのだろうか?
    どこからファンタジーと定義するのかもややこしいのかもしれないなぁ。

  • ゲド戦記第六部にして完結編。本作は「外伝」=「ドラゴンフライ」の後日談を含むので、旧版と新版でナンバリングが逆になるが、あちらを先に読んでおいたほうが良い。
    竜と人間、<アースシー>が抱える謎と問題が明るみになり、これまでの主要人物が結集することに。激しい戦いやハラハラするような展開はなく、過去作よりややトーンダウンするものの、各キャラクターそれぞれの内面を細やかに描きつつ、物語は静かに結末に向かっていく。若い愛、成熟した愛、民族や種族を超えた愛などが目をひくなか、生死に対する人間の業のようなテーマ性もあり考え深い。シリーズすべての決着をみるラストには、訳者あとがきにもあるように、長い旅を終えたような安堵感がある。ル=グウィンも世を去り、新たに<アースシー>の物語が紡がれることはないが、いつまでも人々の心で生き続けていく気がする、奥深いファンタジーだった。

  • 冒険モノの方がよく読める。

    死者とは何か、竜とどう違うのかが問題となっていてテハヌーの姉妹がテナーと関わりあう。
    あと一冊で終わるのが惜しい。

  • タイトル*ゲド戦記 5 アースシーの風
    著者*アーシュラ・K.ル・グウィン
    出版社*岩波書店

    故郷のゴント島で妻テナー、養女テハヌーと共に静かに余生を送るゲド。竜が暴れだし、ふたたび緊張が高まるアースシー世界。テハヌーは王宮に呼び出され、レバンネン王から重要な使命を与えられる。

    (あらすじより)

  • 惰性で読みました。

  • 一気に5巻まで読み切った。4巻までの話が関り合い、ひとつの物語を紡いでいく。描く世界は深くて、すべてがすんなり理解できたわけではないけど、読んでよかった!

  • 何となく鬱陶しいジェンダー思想丸出しになっちゃったゲド戦記。  気分的には「もうおなかいっぱい!」っていう感じで最後まで読み続けるのにあんまり気が進まなかったのですが、何事も途中で放り出すのはどうも苦手な性分で、手掛けてしまった以上終わりまでいくしかない・・・・・^^;

    気が乗らない中での読書だったので、正直なところあまりのめり込むことができませんでした ^^;  どちらかというと活字を追っているうちになんとか終わっちゃってやれやれ・・・・っていう感じでしょうか?  ところどころにはっとさせられるような記述もあるんですけど、結局どこかしらにジェンダーバイアスがかかったような記述が出てきて、そこで興ざめ・・・・・(苦笑)  KiKi 個人の結論としてはもともとのゲド戦記だった第3巻までで十分じゃないか?っていう感じです。

    この作品から KiKi が読み取った一番大きなメッセージと思えるものは、「人間がこの世界をあたかも自分たちのために作りかえてきたかのように傲慢に振る舞っていることに対するある種の警鐘」という感じでしょうか・・・・。  

    あまり気乗りしないで読み進んだので、正しく読み取れている自信はまったくないんだけど、



    竜と人間とは、もともとはひとつの種族だった。

    竜は自由を、人間は土地とくびきを選び、同時に東と西に棲み分けるようになった。

    でもアーキペラゴの人々は、本来竜のものであったはずの自由を得るために(≒ その究極の形が不死)彼らはそれを何とか実現するために魔法の力で「永遠に生きる国=死者の国(石垣の向こう)」を作った。

    このことが、竜を怒らせ、同時に世界の均衡がくずれる遠因となった。

    一方、魔法を蔑視してきたカルカド帝国の人々は「死者の国(石垣の向こう)」を作ることはなかったが、輪廻転生という形で永遠に生き続けるという信仰を持つに至った。

    この巻の物語冒頭で登場する、妻を亡くして以来悪夢にうなされるようになったハンノキはそんな石垣の向こうの人たちと接触し、彼らが求めているのは、永遠の命ではなく安らかな死であることを告げるメッセンジャーの役割を果たすに至った。

    ハンノキのメッセージを受け取ったアーキペラゴの人々のうち主だったもの(アーキペラゴの王、その妃にとカルカド帝国から送られた姫、魔法使いの長たち、元アチュアンの巫女(テナー)、竜の子であり人の子でもあるオーム・アイリアン(ドラゴンフライ)とテルー(テハヌー))が初めて一堂に会し、それぞれの文化を認め合い、それぞれの思想に流れる共通項をベースに今、何が起こっているのかを探り当てる努力を始めた。

    魔法の力で構築されていた石垣を取り壊した時、生と死をコントロールしたと錯覚していたアースシーの人々は、初めて「あるべき死の姿(≒ 本当の死)」を取り戻し、ようやくアースシーには新たな吹くべき風が吹くようになった。




    ・・・・・・とまあ、こんな風に読み取ったわけです。  まあ、太古の時代から我々人間は「不老不死」を求め、現代では「老化を悪とみなす」風潮も盛んで、BS TV を観ていると1日に何度も何度も「見た目年齢」という言葉を聞かされ、外見だけでも若々しさを保つことに必死になっている姿(しかもそれだけなら実現できそうな科学の発展)を見せつけられるわけだけど、結局のところ「生死を超越した」存在にはなりえていません。

    いずれにしろ、ゲドがハンノキに語った


    人間と動物のちがいはことばだけじゃないな。  もしかしたら、こういうことじゃないだろうか。  つまり、動物は善もなさなければ悪もなさない。  なさなければならないようになす。  それだけのこと。  わたしたちは動物のすることを見て、有害だとか有益だとか言うが、良い悪いは、何をするか選ぶことを選んだ我々人間の側の問題なんじゃないだろうか。  竜はたしかに危険だよ。  人間に危害を加えることもある。  だが、竜たちは悪意があってやっているのではない。  竜たちはほかの動物と同じで、その徳性が我々のそれに届かないんだよ。  あるいははるかに越えていると言ってもいい。  つまるところ、そんなものと関係なく生きているんだ。



    という言葉が KiKi にとってはこの物語の中で一番多くのことを考えさせられたセリフとなりました。  そういう意味で、第4巻以降めっきり出番が少なくなってしまい「この物語のどこがゲド戦記?」と思わないでもなかったこの連作物語。  この最終巻のこのセリフに至りようやく KiKi は何となく・・・・ではあるものの、「なるほど、やっぱりこれはゲド戦記か・・・・・」と感じられるようになりました。

    もっとも・・・・・・  この物語の原題は "Tales from Earthsea" ですから、「何故にゲド戦記?」という問いかけは最初にこの物語群のタイトルを「ゲド戦記」と名付け、その後(第4巻発刊以降)も変えることなくここに至った日本の出版界(もっと言えば岩波書店)にぶつけるべき質問なんでしょうけどね(笑)

  • ゲドとテナーの時代が過ぎ、テルーの話。

    他と比べて、いまいち。

  • 人とどう話せばいいか。
    どう聞けばいいか。
    自分はどうあるべきか。

    なんか、そんなこと、教わった。
    改めて、気付かされたと言うか。

  • 中学生のときに読んだことがあって、4巻で挫折しました。
    時間もたったので再読してみたところ記憶にあったゲド戦記のお話よりも面白く感じた。
    巻を追うごとに暗くなっていくので昔の私にはついていけなかったかと。

    先に外伝を読んでおくといいって言うのを知りつつも先に5巻を読んでみた
    確かに外伝を先に読んでおくのもいいですが、まあ読まなくても大丈夫かな。
    ゲドは力がなくなるし、竜は去っていくし…で少し寂しかったけどこれはこれで前に進んでるんだなと思うとなんともいえない…
    4、5巻が大分後になってから書けるようになった(時代の流れ的に)っていう作者の言葉に納得です

  • 成る程、実際外伝読んでからこれ読まないと意味が通じない所があるような。

    偏見や習慣といった強固で重い枷を、根の異なる者達が恐る恐る心を開いていく事で外して行く。という、大変美しい話ではあるのですけどね、

    退屈を受け入れろと女は言う。女は、抜け殻のような男の微笑みを喜ぶ。
    俺は、酔いもせずに女の話を心から楽しんで聞き続ける男など、それこそ幻想だと思っている。

  • (2006.12.25読了)(2006.08.03購入)
    (「MARC」データベースより)amazon
    魔法使いゲドの生涯とアースシー世界の光と闇を描く壮大な物語の第5巻。故郷で妻テナー、養女テハヌーと静かな余生を送るゲド。竜が暴れだし、再び緊張が高まるアースシー世界。テハヌーは王から重要な使命を与えられる…。

    ☆関連図書(既読)
    「闇の左手」U.K.ル・グィン著・小尾芙佐訳、ハヤカワ文庫、1978.09.30
    「影との戦い ゲド戦記」ル・グウィン著、岩波・同時代ライブラリー、1992.03.16
    「空飛び猫」ル=グウィン著・村上春樹訳、講談社文庫、1996.04.15
    「帰ってきた空飛び猫」ル=グウィン著・村上春樹訳、講談社文庫、1996.11.15
    「素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち」ル=グウィン著・村上春樹訳、講談社文庫、2000.08.15
    「空を駆けるジェーン」ル=グウィン著・村上春樹訳、講談社文庫、2005.03.15
    「影との戦い ゲド戦記Ⅰ」ル=グウィン著・清水真砂子訳、岩波書店、2006.04.06
    「こわれた腕環 ゲド戦記Ⅱ」ル=グウィン著・清水真砂子訳、岩波書店、2006.04.06
    「さいはての島へ ゲド戦記Ⅲ」ル=グウィン著・清水真砂子訳、岩波書店、2006.04.06
    「帰還 ゲド戦記Ⅳ」ル=グウィン著・清水真砂子訳、岩波書店、2006.05.10
    「ゲド戦記外伝 ゲド戦記 別卷」ル=グウィン著・清水真砂子訳、岩波書店、2006.05.10

  • テハヌーが行っちゃってすごくさみしかった。
    なんだかレバンネンも彼らしくないし…とは言え、昔の彼はこうだったね。
    テナーのゲドへの深い愛が感動。

    終わってしまってさみしいよぅ

  • もう1回、1巻目から読み直してみたくなりました。
    地理や人物が頭の中でこんがらがってきたので整理しなくては。

  • ああ、ゲドはもう、このままなのだなぁと、寂しくもあるけれど。レバンネンが相変わらず色々な葛藤を抱えつつも誠実に生きていて、きっと彼はこの先も格好良いのだろうなと思ったりして。
    テハヌーも随分成長して良い娘さんだと、その活躍に目を細めたり。
    アイリアンのまっすぐな感じが素敵で。
    それにしてもテナーは随分、血気盛んと言うかなんというか…そんなに惚れたりイライラしたり、忙しいのね。見ていてちょっと、イラッとしてしまった^^;

    それでも読後感が爽やかなのは
    最後の森で、みんなが一つの事に向かう事
    ゲドとの何気ない、前向きな会話が よかったなー。
    やっぱり最後はゲドなのだ。少しは元気になったかな、ゲド。

  • ゲド戦記5作目。

  • 図書館から借りました

     ファンタジー。魔法物。

     ハードカバー本のため、高い。350頁ぐらい。
     完結編?(番外編がある)

     もうゲド戦記ではない。
     ゲドはあまり出てこないから。
     主軸からはずれている。
     世界の中心にいるのは、ゲドの妻「テナー」、その娘「テハヌー(竜カレシンの娘でもある)」、若き王「レバンネン」、それから王のもとにきた王女「セセラク」。 そして「ハンノキ」という悪夢に悩まされる呪い師。

     あの暗い、死の国がなぜあるのか。
     人はどこへゆくのか。
     ゆくべきか。

     テハヌーとテナー。
     ずっと一緒にいてほしかったが、それは無理だったのだなー。
     テハヌーは竜だから。
     翼を得て、西に向かっていってしまう。
     テナーを置いて。

     でも、死の国という檻が壊されて、魂が去る場所も西であるならば。
     テナーは愛娘に会えるのだろう。

     この物語が始まった当初、ロークは正しかった。
     だが、進むにつれて、あの暗黒の死後の世界を生み出してしまったのは、魔法であることを知る。
     もはや権威はかげりを見せる。

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著者プロフィール

1929年10月21日-2018年1月22日
ル=グウィン、ル=グインとも表記される。1929年、アメリカのカリフォルニア州バークレー生まれ。1958年頃から著作活動を始め、1962年短編「四月は巴里」で作家としてデビュー。1969年の長編『闇の左手』でヒューゴー賞とネビュラ賞を同時受賞。1974年『所有せざる人々』でもヒューゴー賞とネビュラ賞を同時受賞。通算で、ヒューゴー賞は5度、ネビュラ賞は6度受賞している。またローカス賞も19回受賞。ほか、ボストン・グローブ=ホーン・ブック賞、ニューベリー・オナー・ブック賞、全米図書賞児童文学部門、Lewis Carroll Shelf Awardフェニックス賞・オナー賞、世界幻想文学大賞なども受賞。

代表作『ゲド戦記』シリーズは、スタジオジブリによって日本で映画化された。

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