知覚と感性の心理学 (心理学入門コース 1)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000281119

作品紹介・あらすじ

私たちはどのように物事を知覚し、それをどのように感じているのか?心理学を学ぶ基礎である知覚と心理の関係を、脳科学や情報科学のアプローチも取り入れて解説。知覚との関わりが重視される感性の役割についても、浮世絵などの芸術作品を例にしてわかりやすく解説する。豊富な図版や身近な例で、心理学のみならず理学系や芸術系分野を学ぶ人にも役に立つ、入門教科書の決定版。

感想・レビュー・書評

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  • 2階心理学C : 140.8/SHI/1 : 3410161584

  • 「出来損ないの領域」

     文学作品の文章をねちねち分析していると、「君たちのやっているのは〝認知科学〟のできそこないみたいなもんだよ」と言われることがある。たしかにそうなのだ。同じ文学作品を扱うのでも、いわゆる〝認知〟と呼ばれる系統の人たちのものはとてもきちっとしていて、厳密で、科学的に見える。それに対し〝文学〟系の人たちのものは、自己流で、行き当たりばったりで、ときには妙におもしろおかしかったりさえして、いかがわしいのである。とてもまじめにやっているとは思えない。
     そんなわけで同じ対象を扱うことがありながら、文学系の研究者と、下手をするとノーベル賞さえとるかもしれない認知系の研究者との間にはちょっとした隔たりがあり、両者の交流もそれほど盛んとは言えない。もっと両者の垣根が低くなればおもしろい発見もあるだろうに、と思う。

     今回とりあげる『知覚と感性の心理学』は、フィールドは〝認知〟というよりは心理学かもしれないが、まさに今言ったような「垣根」の部分の探究をしようという気概にあふれた入門書である。このタイトルだと文学好きはまず手に取らないと思うが、だまされたと思って頁をめくって欲しい。芸術系の人たちが寄りかかっている「感性」という概念について、真っ向勝負というのか、愚直なほどに素朴な疑問を立てたうえで、実に柔軟に「その次」の問いにつなげていく。

     本書の中でもっと刺激的だったのは、「よいとは何か」と題された第五章である。たとえば「コーヒーカップを描いてみてください」とお願いしたとしよう。多くの人は、あの典型的なコーヒーカップを描くのである。すなわち、ちょっと上から見下ろすことで凹みが見え、右側(いつも右側なのだ!)に取っ手がついている。そしてソーサー。いかにもコーヒーカップらしい絵なのである。こういうものをプロトタイプと呼ぶ。

     このような絵がプロトタイプとなるのは、それが「よい」と判断されるからである。では、いったいどこが「よい」のか? ひとつの答えは「その視点からの眺めに接した経験が多い」からというものだ(p.109)。たしかにそうかもしれない。でも、より有力と思えるのは、その視点からの眺めが「もっとも多くの情報を含んだもの」だからという説である(同)。

     このコーヒーカップ問題には必ずしもかちっとした〝正解〟が出されるわけではないのだが、ここで「情報量」という概念が浮上したことに意味がある。この「情報量」という概念を足がかりにすると、たとえばいくつかの円を組み合わせたパターンの中でどれが「よい」と判断されるか、というような問題を考えるときにぐっと話が前に進みやすくなる。どうやら人は、パターンの中でも反転させたり回転させたりしたときに、元の形とあまり変わらない形になるようなパターンを「よい」と判断する傾向があるらしい。これを説明するのに三浦は次のような言い方をする。

    たしかに変換に対して頑強であることは、4-5節で示したような観察者中心の座標系から物体中心の座標系に変換するにも負荷が少なくてすむ。処理自体に費やす心的資源(mental resource)が少なくてすむパターンをよいと考えることは、より少ないエネルギーで安定した体制化を可能にする図形をよいとしたゲシュタルト心理学の考え方とも一致する。(p.112)
     ぐっと視界が開けてきた感じがする。しかも三浦はここでさらにランダムネス(randomness)とかフラクタル(fractal)いった概念を導き込むことで、単なる情報量の多寡の問題から、情報の拡散や混沌や混乱といった、まさに文学や芸術ともろにつながる問題へと話を広げる。ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングや竜安寺の石庭などの具体例を上手に使いながら、「情報」との格闘の中で私たちが何を「よい」と判断するかというきわめておもしろい問題が、わかりやすく説明されるのである。いや、説明というより、何が問題なのかを私たちに実感させてくれると言ったほうがいい。

     こうして見てくるとあらためて思うのは、このような入門書の魅力が術語の扱いと大きくかかわっているということである。いたずらに「科学風」を装うものは、議論の中で十分に消化されないまま専門用語を次々に繰り出すだけに終わる。用語をむしろ乱造し、壁面ばかりで窓も入り口のないような議論をこしらえる。(まるでできそこないの観念小説のように!)これに対し、本書のように魅力的な入門書では、新しく術語が登場するたびに読者は〝発見〟を体験するのである。「ああ、そうか。そんなふうに名付けると、いろいろおもしろいものが見えてくるね♪」と。

     たしかに本書をざっとめくるだけでも、「感性研究」にはじまり魅力的な名付けの瞬間がタイミングよく出てくる。耳慣れない、ちょっと怪しげで、でも何だろう?と期待させる言葉の数々――「演色性」、「錯視作家」、「興奮色」、「誘目性」、「線運動錯視」、「因果知覚」、「共同運命」、「直感物理学」、「滝の錯視」、「知覚の外在性」、「視覚的残骸」、「透明視」、「頭足人間」、「実験美学」、「精神物理学」、「カクテルパーティ問題」、「知覚循環」などなど。ちなみに筆者にとっての最大ヒットは「精神物理学」である。なんという怪しさ!

     本書は第一章の「色」からはじまり第二章「動き」、第三章「奥行き」、第四章「形」というふうに、まずは「知覚」を科学的にとらえるための基礎を整えるような構成になっている。この部分も十分読みごたえはあるのだが、五章以降、いよいよ「感性」の領域に踏みこんだときの良い意味での淡々とした語り口(この辺が文学の人との違いか!)にどきどきさせるような種がたくさん埋め込まれている。「錯視作家」なんていうものが存在することを知るとやや驚きもするが、考えてみるとこの当の三浦さんも含め、みんな錬金術師の末裔かもしれないのだ。

  • 第5章よいとは何か:知覚(視覚)における「よい」とは何かについて、幾つかの視点からの研究事例をコンパクトに紹介してくれて有益。物体認知におけるよい眺め/ゲシュタルト心理学を引き継いだパターンのよさの定量化/単なる幾何学的な規則性ではない、総合評価・感性評価としてのよさ(おもしろい、好きなど)/実験美学とその後の印象評価研究が示すよさ・美しさと好みの個人差などなど。しかし、まだここまでしかわからないのか!とも思わされる。

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著者プロフィール

三浦 佳世(ミウラ カヨ)
九州大学大学院人間環境学研究院教授(学術博士)
主 著 共視論―母子像の心理学(講談社選書メチエ) (分担執筆) 講談社 2005年
    感性の科学―心理と技術の融合 (分担執筆) 朝倉書店 2006年
    知覚と感性の心理学(心理学入門シリーズ1) 岩波書店 2007年
    知覚と感性(現代の認知心理学1) (編著) 北大路書房 2010年
    新・知性と感性の心理―認知心理学最前線 (分担執筆)福村出版 2014年

「2016年 『感性認知 アイステーシスの心理学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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