コレモ日本語アルカ?――異人のことばが生まれるとき (そうだったんだ!日本語)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000286305

作品紹介・あらすじ

「これながいきの薬ある。のむよろしい。」この台詞から中国人を思い浮かべる人は多いだろう。だが現実の中国人は今、こんな話し方をしない。近代の日中関係のなかでピジンとして生まれたことばは創作作品のなかで役割語としての発達を遂げそれがまとう中国人イメージを変容させつつ生き延びてきた。前著『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』から十一年を経て"アルヨことば"をめぐる歴史の旅があらたに始まる。

感想・レビュー・書評

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  • 長年の疑問を一冊の本が解決してくれた一例。
    日本の作品において、中国人キャラクターが語尾につける「〜ある」の起源を追う。本書ではそれを「アルヨことば」と呼び、調査対象は主に文学作品となっている。(1980年代以降は漫画紹介天国で、「よくここまで調べ上げたなー」と執念すら感じた)
    実際「アルヨことば」で話す中国人を見かけず、謎に思われている方も多いと思う。頭にこびりついていた疑問が少しずつ剥がれていくようなアハ体験になりました笑

    文学作品における最初の記録は何と宮沢賢治作品の中にある。
    作品名は「山男の四月」という童話で、あの『注文の多い料理店』に収録されている。山男が見た夢に六神丸という薬を売る中国人が現れ、仕方なくそれを飲んだ山男はたちまち縮小化、行李の中に閉じ込められてしまう。そこで同じく縮小化した別の中国人と会い、山男は彼の助言に従って近くにあった丸薬を飲んで元のサイズに戻り、そして…
    同じ中国人でも薬売りは「アルヨことば」をガッツリ使い、一方縮小化された方は完璧な日本語を使われていたのが印象的だったし、(夢オチものではあるが)話自体今読んでも面白い…

    同時代の文芸雑誌『赤い鳥』に登場する中国人像は、A.手品や超能力に長けている B.人さらい C.敵対すべき存在のいずれかで描かれていた。(『サイボーグ009』の006こと張々湖にAの要素が受け継がれているっぽい。火を吹くところとか特に。メディアがあまり発達していなかったから、多少時代を経てもイメージが変わらなかったのかな)
    六神丸売りにも当時の中国人像が投影されていると思うが、中国人だからと一括りしないところに賢治さん元来の優しさを感じる。

    更に時代を遡ると「アルヨことば」の起源、幕末の横浜に行き着く。
    ここでまた新たに用語を一つ。「アルヨ」に限らず、二つ以上の言語が接触する場で自然発生的に用いられる奇形的な言語を「ピジン」と呼ぶ。
    日本語辞書が発刊されていたものの、それもあまり完全ではなかった模様。「横浜で通じればOK」のノリだったようで、当時の語彙集にはバリバリ欧米訛りのワードが列挙されている。(例:「大丈夫」→”die job”)
    また文末に「〜あります」を加えること、更に中国人は発音上の問題から「〜ある」を付けることも明記されているという。(!)

    以降「アルヨことば」は「四月の山男」や、日清戦争以降の文学作品に登場する。(かの「のらくろ」シリーズでは、敵の豚軍が階級関係なく「アルヨことば」を多用している)
    一方満州に渡った日本人達の間にも「ピジン」は流布していた。現地語を覚える気のなかった彼らは日本語を中国語風に読んだり、「〜ある」に倣って語尾に「〜有(ユー)」を付けたりと好き放題。日本人(或いは関東軍)が残していった言葉が抗日映画に使用されたり今でも知っている人がいたりする等、後半はしばしば苦い気分でいた。

    「何も知らなかった子供時代に真似するのが好きだった『アルヨことば』の歴史を描き出し、ある意味で永遠に供養したい」と著者は語る。「満州ピジン」のように、成仏させてはいけない事実も心に刻もう。

  • 「〜アルヨ」の起源と派生を辿る本。1859年の開港、横浜言葉、「あります」語法、宮沢賢治、夢野久作などの文学作品、のらくろ、手塚治虫、高橋留美子といった漫画などを紹介。ステレオタイプの形成と歴史との関連が分かる面白い本でした。

  • 日本のフィクションにおいて、中国人(中国系、中国風)キャラたちはどうして語尾に「ある」がつくような独特な言葉をしゃべるのか、という本。
    たしかにそれすごく不思議! と思って読みました。

    横浜ことば、満洲ピジン、戦後の〈アルヨことば〉、そして抗日映画・抗日ドラマにおける日本人の言葉。「〈鬼子ピジン〉と〈アルヨことば〉は似たもの同士、兄弟のような関係にある」というのが面白かった(興味深かった)です。日本と中国の歴史を考えさせられる本でもあります。

  • 「これながいきの薬ある。のむよろしい。」この台詞から中国人を思い浮かべる人は多いだろう。だが現実の中国人は今、こんな話し方をしない。近代の日中関係のなかでピジンとして生まれたことばは創作作品のなかで役割語としての発達を遂げそれがまとう中国人イメージを変容させつつ生き延びてきた。前著『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』から十一年を経て"アルヨことば"をめぐる歴史の旅があらたに始まる。

  • 役割後ってのはキャラクターづくりなんだね。ステレオタイプと、東アジア人蔑視。反省しきり。文庫版の表紙のほうが内容によく合っていると思いました。

  • 「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」の金水敏による中国人
    役割語である「アルヨことば」の研究。その内容は多岐詳細
    にわたり、アルヨことばのみならず、役割語研究それ自体の
    奥深さを知ることができる。わたしにとってのアルヨことば
    はやはりサイボーグ009の張々湖やゼンジー北京あたりが
    印象深いが、当時から中国人が実際にこのような言葉を使う
    イメージはなく、キャラクタライズの一環のような受け止め
    だったような気がする。

  • アルヨことばと鬼子ピジンの、鏡の裏表のような関係性が興味深かった。

  • 2015.1.24市立図書館
    役割語研究の第一人者が、中国人の台詞のマーカーとして広く認知されている役割語の一つ<アルヨことば>にフォーカスして、その起源や変遷を詳しく追っていく。子どもたちにもおなじみのとぼけた異人ことばの背景にくっきりうかびあがる歴史的政治的文脈にわけいり、今や衰退しつつあるとみられる<アルヨ言葉>を供養する一冊。
    宮沢賢治など大正期の童話、文明開化期の日本語学習書などにみられる横浜のピジン、戦前戦中の大陸で発生した満洲ピジンや簡易日本語(協和語)、そして戦後のマンガを始めとする創作作品などの中での使用例など、豊富な用例をたどって、<アルヨ言葉>が中国人のイメージをもった役割言葉として定着してきた道をたどり、戦前からのアヤシゲな手品師というステレオタイプに加えて最近30年ほどでチャイナ少女・カンフーなどのイメージも加わったこと、リアリティが求められる現代の作品では使われ方が慎重になって代わりに「ネ」がよくみられるようになっていることなど、流れがわかりやすくまとまっている。
    <アルヨ言葉>にかぎらず、コミックや創作作品の中で「非母語話者の日本語」がどのように現れているのかは書き手の意識/無意識や読み手のイメージ形成などさまざまな要素が絡み合ってとても興味深いテーマだと思う。片言風という意味では、動物はじめ人間以外のものの言葉というのも要観察かも。

    読了後、たまたま『中国嫁日記』というコミックを読んで、現代のリアルな中国人が話す日本語の描写としては促音(小さい「っ」)や長音(形容詞の「い」)の脱落、助詞の省略、そして「マス・デス」などのカタカナ表記で表されていることがわかった。なるほど。国際結婚や異文化間理解をテーマにした(外国人が日本語を話す設定のある)コミックエッセイはいろいろあるからその台詞を調べれば論文一本書けそう。

  • 役割語の典型例として挙げられていた「アルヨ言葉」の由来を明らかにする。「横浜ことば」に加え、「満洲ピジン」の実態が紹介されている。戦後に映画などで使われた鬼子ピジンについても。言葉もさることながら、満洲入植の実情も見えて、考えさせられた。

  • アイヤー、面白かたアル。みなさんも読むヨロシ。

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著者プロフィール

大阪大学大学院文学研究科教授。一九五六年大阪府生まれ。専門は日本語学(文法史)。著書に『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店、二〇〇三)、『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房、二〇〇六)、『役割語研究の地平』(くろしお出版、二〇〇七)、『コレモ日本語アルカ? 異人のことばが生まれるとき』(岩波書店、二〇一四)ほか。

「2018年 『時代劇・歴史ドラマは台詞で決まる!』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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