ドゥルーズの哲学原理 (岩波現代全書)

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 406
レビュー : 29
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000291019

作品紹介・あらすじ

今日に至るまで絶大な影響を及ぼし、議論を引き起こし続けている哲学者ジル・ドゥルーズ(一九二五‐九五年)。ヒュームやベルクソンなどを対象とする哲学史研究から出発したドゥルーズは、やがてフェリックス・ガタリと「二人で書く」企てに挑戦し、晩年には映画論や芸術論に取り組んだ。その多彩な相貌を貫くものは何か-気鋭の研究者が二〇世紀最大の哲学者の方法と対象を精緻に分析し、その核心と実践的意義に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 何しろ哲学書というものを読破した事がなかった僕にとっては読み応えがありすぎた。一つ一つの用語の意味から辞書で引きながら読まないと文意を理解できない。さらには、その背後には膨大な哲学史的背景がある。しかし、哲学に対しては大きな興味を持った。そしてドゥルーズが提起した問題、「人々は何故自ら抑圧されることを欲するのか」ここに大きな興味を持った。

  • 非常に難しかった… けれど、読めてよかった。
    哲学の本を読み慣れてないせいで、用語がいちいち難しい。けれど、一つ一つの言葉が厳密に使われているので、ゆっくり丁寧に読んでいくと意味がわかる。数学みたいに言葉を解き明かしていくのが、哲学本の読み方のコツなのかなぁ。

    ドゥルーズとガタリの協働作業が非常にクリエイティブだと思った。ドゥルーズは、新しい対象に出会い、その対象との関係性の中で自己更新を図る。ガタリと協働で本を書く前からも、特定の哲学者や作家を対象に据えてそれをやろうとしていたのでは。

    自分もデザインを15年ほどやり続けてきて、だんだん自分の中から出てくるものだけでは飽きてくる。他人と協働したり、新素材や新技術を使ったりなど何でもあり得ると思うけれど、新しいものを生み出すには新しい対象と出会い、関係をし続けるという方法しかないのではないかと思った。

  • わたしはサラリーマンという職業柄、何かを上司や顧客に説明することが多いのですが、簡潔に説明するために「要するにどういうことか」を延々考えた結果、逆にわけのわからない話を展開してしまうこと、また「そもそも問題はなんだったのか?」がわからなくなることが、たまにあります。

    一般に哲学者の著作は、「突き詰めてわけがわからなく」なったあたりでお話が始まり、「そもそも何が問題か」ということは彼方に追いやられている、という印象があります。そしてドゥルーズ、ドゥルーズ=ガタリの論考も同じことが言えるように思います。

    前単著『暇と退屈の倫理学』で一躍ブレイクした若手研究者である著者が、ドゥルーズの哲学を「方法・原理・実践・展開・政治」の5つに分けて、段取りよく解説しています。わたしは本書を読むことにより、ぼんやりとではありますが「問題設定」と「論点整理」ができたため、ドゥルーズ=ガタリの著作の読解における効率が大きく上がりました。

    本書の特に優れたポイントは、きちんとした定義の積み重ねによって議論されており、本書だけで完結している点です。「分かりやすい説明」を目論むその文章自体が異様に難解になってしまう類書と異なり、他の解説書を当たらなくとも読み進めることができます。

    「そもそもの問題点」を把握する上で、わたしが重要と感じた指摘は下記のような点です。

    ・哲学者は神々について説く代わりに、「自然」について説く。自然」は区別を教える概念であり、「魂の動揺をもたらす神話 (際限なく増大する不安・恐怖とそれに対する宗教・迷信="権力者の友")」から人々を解放するために必要なもの
    ・社会の傾向を指摘して満足するのではなく、変革のための筋道(逃走線)を提示することが必要
    ・「発生」、「欲望」、「偶然性」、「要素・分子(=細部?)」に重きを置かねばならない(「先験的」、「権力」、「合理性」、「大域的」・・では"なく")

    通勤電車の往復で読める!とは行きませんが、じっくりと精読する価値のある一冊です。

  • 政治的なドゥルーズと非政治的なドゥルーズがいる、みたいな冒頭から、ええええ?と驚く。

    多分、わたしは「政治的なドゥルーズ」という理解しか、なかったな。これまで、読んだドゥルーズの入門書や概説書でも、だいたいそんな感じだったので、自分の理解がそんなにずれてないつもりだった。

    著者は、ドゥルーズは基本ある哲学者について語っていて、その語っているのが、自分の哲学なのか、語っている哲学者なのかは判然としない、そして、ドゥルーズと、ドゥルーズ=ガタリを連続性をもって捉えるのは違うとある意味当たり前のことを主張する。

    それはそうだよね、と思って、読み進めていくと、わたしの前には全く読んだことのないような哲学者ドゥルーズがあらわれてくる。が、正直、この哲学者はなにを問題にしているかすら理解できない、他者なんだよね〜。

    知っていると思っていることがひっくり返るスリルがあると同時に、自分にとってはあまり関係ないことを気にしている哲学者という感じもあって、なかなか読み進められない。

    と細かい議論は???であるが、とりあえず読み進め、いよいよドゥルーズとドゥルーズ=ガタリの関係について議論している4章になって、わからないなりに、おお!と目がさめる感じ。

    さらに、5章は、フーコーの権力論に対するドゥルーズの批判、そしてドゥルーズ=ガタリの「アンチ・オイデプス」「千のプラトー」に展開して、とてもエクサイティング。

    なるほど、そういうことを言っていたわけね、と「哲学原理」にもとづいて、一貫したものとして、頭に流れ込んでくる。

    はやく「ドゥルーズ=ガタリの哲学原理」がでるといいな〜。

  • 哲学

  • 本書において著者は、ドゥルーズのヒューム研究を手がかりに、彼の思想の歩みを規定する「超越論的経験論」という概念についての検討をおこなっています。この点にかんする著者の議論はクリアだと感じました。カントの超越論的自我をめぐっては、ストローソンが経験的自我と超越論的自我の自己同一が証明されていないという批判をおこなっていますが、本書における超越論的経験論はいわばこのストローソンの問いを経験の次元へと反照することで、経験の領野における超越論的自我の編成についての考察をおこなうものだといえるのではないかと思います。

    著者は、ドゥルーズのフロイト解釈にも同じ問題を認めるとともに、『シネマ2』などを参照しながら、カント的な「理念」と、ベルクソンらの論じる習慣、あるいは初期のドゥルーズの中心テーマだった「反復」とのあいだにも、相互反照の関係を見いだそうとしています。そのうえで、ドゥルーズが構造主義をどのように受容したのかという問題へと筆を進めていきます。「構造」とはいうまでもなく「一連の変形過程を通じて不変の特性を保持する」ものを意味していますが、ドゥルーズが問おうとするのは、そうした構造と反復との相互反照関係を、フーコーのような「影踏み」とは異なる観点から映し出すことだったと著者は解釈しています。著者は、ドゥルーズの『フーコー』に検討を加え、フーコーもけっきょくのところ、ミクロな権力関係とその現われである「ダイヤグラム」の二元論的な図式を乗り越えることができなかったとしたうえで、「欲望のアレンジメント」という観点からドゥルーズが上述の問いへ切り込んでいったと論じられています。

    なお本『差異と反復』や哲学史研究で知られるドゥルーズと、政治的実践を論じるドゥルーズ=ガタリとの関係という大きな問題設定のもとで、ドゥルーズの思想が読み解かれているところに、本書の特色があります。わたくし自身はドゥルーズの著作では『意味の論理学』がもっともおもしろいと感じており、『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』はまったく理解できなかったのですが、本書を読むことでガタリとの共著を読み解くための視座を教えられたように感じました。

  • ジル・ドゥルーズが日本で紹介され始まったのは私の学生時代だったように思う。
    恐らく多くの人がそうだと思うが・・・当時流行していた浅田彰から入ったためか、「器官なき身体」「強度」「逃走線」「欲望する機械」「戦争機械」「リゾーム」等々、いきなりろくに解説なしで登場する派手な諸概念を目の当たりにして、わかったような、わからないような。
    あれから30年。偶然手にしたドゥルーズ解説本。
    順序だてて説明してくれているので、ようやくドゥルーズがワカッタゾ!
    という気になれたという点で、とても良い本です。

  • 登録番号:7

  • 全て読むのに三週間ほどかかったけど、一ページも飛ばさずに読み切ったことに達成感を覚え、また自信もついた。
    と同時に最初から最後までずっと感じていたのは、國分さんの文章力の高さと、僕ら非専門家が多数を占める読者に対しての配慮の多さ。
    文章を最後まで自明性に押し込まず、定義したあとに説明を書くという作業を終盤まで続けているのは凄いと思った。とにかく単純にすごく面白かった。
    内容的には、ドゥルーズ=ガタリ辺りからなかなか理解が追いつかなくなった。特にフロイトが大なり小なり絡んでくる箇所は難解だった。
    結局、理解が多少追いついたと思った箇所も『気ままな願いの受け皿』として理解してしまっているのだろうけど、それでもドゥルーズを明確に、あるいは精緻に理解しているのが何人いるのかと考えると、そこは今は気にせず、学び続けようと思った。

  • なぜドゥルーズがガタリと組んで本を書いたかがわかってすっきりした。

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著者プロフィール

1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。高崎経済大学を経て、現在東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専門は哲学・現代思想。著書に『スピノザの方法』(みすず書房)、『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社、増補新版:太田出版)、『ドゥルーズの哲学原理』(岩波現代全書)、『来るべき民主主義』(幻冬舎新書)、『近代政治哲学』(ちくま新書)、『民主主義を直感するために』(晶文社)、『中動態の世界』(医学書院)、『いつもそばには本があった。』(互盛央との共著、講談社選書メチエ)など。訳書に、ジャック・デリダ『マルクスと息子たち』(岩波書店)、ジル・ドゥルーズ『カントの批判哲学』(ちくま学芸文庫)などがある。『暇と退屈の倫理学』で第2回紀伊國屋じんぶん大賞、『中動態の世界』で第16回小林秀雄賞を受賞。

「2019年 『原子力時代における哲学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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