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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784000291101
みんなの感想まとめ
哲学の本質について深く考察を促す作品であり、著者はベルクソンの思想を通じて、哲学が単なる文書ではなく、実践的な行為であることを強調しています。ベルクソンが自らの著作だけを通じて哲学を探求するよう遺言し...
感想・レビュー・書評
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ベルクソンは自らが刊行した哲学書以外の日記や書簡類の死後の公刊を遺言で固く禁じた。つまり、既刊書によってのみ、彼の哲学は哲学できると言うことだ。哲学は文書ではなく、行為であるという認識が深くあるように思えた。
このような観点から、もう一度、彼の著作に立ち返って、哲学をする本である。誠実で愛に溢れている。決して簡単な内容でないし、ある種の生きる構えのようなものが読むには必要とされる。しかし、得られるもの、体験できるものは大きい。
最後の学校教育論での手仕事のススメ、また、読書における朗読の重要性も興味深かった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
著者は哲学研究者ではなく、ソシュール研究で知られる丸山圭三郎の高弟です。本書は、哲学史のなかにおいて「生の哲学」の潮流を担った人物として紹介されるベルクソン像には見向きもせず、著者自身が長年にわたって愛読しつづけてきたというベルクソンの思想をストレートに語っています。
ベルクソンの遺言状と、『思想と動くもの』の「序論」として書かれた、ベルクソン自身による一種の自伝的な叙述を導きの意図として、彼を哲学の道へと連れ出した問題そのものへと読者の目を向けさせることに、本書の目的は存在するといってよいと思います。ベルクソンの思想といえば、時間の空間化を否定し、直観という方法を重視したといったしかたで説明されることが多いのですが、そうした整理をおこなう怠惰な知性のあり方を突き破っていくような思索のダイナミズムが、生涯にわたって彼の思想をつらぬいていたことが論じられています。
哲学的な概念の用いられ方に若干未整理なところも見られますが、概念の森に迷い込んでベルクソンの格闘した問題そのものが見えなくなってしまっている目には、かえって新鮮に感じられました。 -
とてもよくまとめられたベルクソン哲学の紹介。四つの主著をひとつの作品として読む、という試み。
終章の一部は余計。その批判が「日本の哲学者」にこそまさしくあてはまっているのが皮肉。ムリに哲学を特別扱いしたり擁護したりする必要はなかろう。ベルクソンのいう「哲学」はそれだけで価値のあるものなのだから。 -
ベルクソンの記憶についての考え方が、著者の解説でとてもわかりやすかった。
古くて新しい・・・という感じがする。
ベルクソンはまっとうなことを言っているのだ。
まっとうなことを言おうとしても、言語を発すれば、たちまちカテゴライズされてしまう。
新語を創作してもよさそうなものだが、それでも「持続」「神」「直感」を持ち出さなくてはならなかったのはどうしてだろう。
遺言とされるもので、ベルグソンの人となりもわかった。
エンディングノートを作ったということでしょうか。 -
140201 中央図書館
斜め読みするだけでは、ベルクソン哲学の輪郭を頭に入れるわけにはいかない。しかし、「ベルクソン」がただの記号ではなくなり、ある方向性をもって思考していた哲学者であることと、そのおぼろな方向性までは、わかるような気になった。
時間についての、鋭敏な思考。瞬間と時間はどう違うのかといったことを考えてみたくなる。たとえばこの瞬間に眼に映る情報は無限の叙述を必要とする量だが、その実在は何か。 -
京都に行ったとき、京都新聞に紹介されているのを読んで地元書店で現地購入。
店員さんに尋ねたら、その日もう1冊売れていた。いくら新聞に紹介されていたとはいえ、ベルクソンに関する本が即日1冊売れる京都にひとり嬉しくなった。もっとメジャーなフランチャイズ書店では何冊売れていることか。
著者ではないけれども、何だか、感謝したくなった。
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