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Amazon.co.jp ・本 (296ページ) / ISBN・EAN: 9784000291743
みんなの感想まとめ
歴史的な視点から、華北駐屯軍の設立から解体までの過程が描かれています。義和団事件後に設置されたこの軍は、当初は国際的な協調を重視し、厳格な規律のもとで運営されていましたが、時代の変化と共にその性格が変...
感想・レビュー・書評
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盧溝橋事件のきっかけになった華北駐屯軍を設立から解体までを描く。義和団事件の後に北京海浜間の通行権と居民保護のため設立された駐屯軍。一時は減兵や撤退が議論されたが袁世凱亡き後の中国の混乱の中、増派や中国情勢への積極的関与が強まりその性格を変えていく。
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義和団事件の後、列強駐屯軍の一角として「国際軍的な性格」で設置された華北駐屯日本軍。当初は優秀な者が派遣され、規律も厳しく戒められるとともに、他国軍との協調も重視されていた。辛亥革命や第一次世界大戦、中国内戦の中で、この駐屯軍が元々の治安維持や自国民保護とは異なる独自の政治的動きを見せる予兆も出てくるも、まだ他国との共同歩調は維持されていた。しかし1928年の第二次山東出兵の時期、他国が軍事力による秩序維持を転換させる中で、日本だけは大規模増派を行う。そして1930年代、満洲事変や華北分離工作の中で、この駐屯軍は「戦うための軍隊」に変貌するとともに、列国との協調や中央の統制も一層薄れていった、という流れである。国際共同出兵に始まった後で国際協調を失い日本独自の動きへ、という流れは、シベリア出兵とも似ている。
中国の不安定な状況を受けて駐屯軍の性格が変貌せざるを得なかったのか、又は明確な意思で変貌していったのか。不十分な知識でしかないが、その両方ではないかという気がする。関東軍と華北駐屯日本軍は、最終的にはいずれも中国大陸で戦う軍となったのだが、その辿った道は分けて考える必要があるだろう。以前読んだ加藤陽子『それでも日本人は「戦争」を選んだ』の中で、満州事変は「起こされた」もの、日中戦争は「起こった」ものとの記述があった。
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