コンサートという文化装置 交響曲とオペラのヨーロッパ近代 (岩波現代全書)

  • 岩波書店 (2016年3月17日発売)
3.50
  • (2)
  • (1)
  • (7)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 56
感想 : 4
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784000291859

みんなの感想まとめ

クラシック音楽の歴史とその社会的背景を深く掘り下げた本書は、コンサートの成り立ちや文化的意義を広い視野で考察しています。18世紀から19世紀にかけての西欧音楽の状況に焦点を当て、オペラと器楽作品の対立...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • クラシック音楽とはそもそも何なのか。コンサートという仕組みはそもそもどういう成り立ちで生まれてきたのか、またそこに込められた意味合いはどういうものなのか。社会の歴史、文化、思想とどのようなつながりがあるのか。こうしたことを広い視野で見ていけるこの作品はとても面白い1冊でした。ぜひぜひおすすめしたい作品です。

  •  2016(平成28)年刊。
     タイトルから想像していたのとは違い、コンサートの「文化装置」としての機能やふるまいを社会学的視座に立って分析しているわけではないが、18世紀から19世紀にかけての西欧の音楽状況を、コンサートの上演目録等から分析・解読していく書物だった。
     大衆的に広く愛好されていたオペラに対し、ドイツを中心に器楽作品の価値がいかに称揚され、知的に高度なものとして地位を獲得していったか。声楽—器楽、演奏家ー作曲家、新しい作品ー物故者の書いた古い作品(=クラシック)といった対立軸をめぐって歴史の推移が読み解かれてゆく。
     当初は同時代の「新しい」作品を上演するのがメインだったのが、途中から、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンが物故者となり、それらが真に価値ある古典すなわち「クラシック」として、コンサート・プログラムのメインを占めてゆくようになる。現存作曲家の新作は抱き合わせとしてプログラムの一角に押し込むしかなくなった。
     器楽の王者としての交響曲がいかに神話化されてゆくか、という点も、19世紀の音楽論者(評論家)たちのディスクールの推移を通して明かされる。
     当初「部外者」として、西欧近代クラシックを学び、受け入れた日本においては、やはりこの、ドイツを中心としたコンテクストが貴いものとして受容され、音楽教育においても定型化されたが、じっさいの19世紀「クラシック」がこのような、恣意的ディスクールの流れによって形成された偶有的なものに過ぎないという視点を、われわれも把握しておいた方が良いだろう。
     フーコーなど構造主義者なら『クラシックの誕生』という書物を著したことだろう。
     著者の引き出す結論に関してはあまり納得できないものがあるが、多くの文献を参照して書かれた本書の内容は、「いわゆるクラシック」を再度捉え直そうとする私たちにとっては大いに参考になるものだ。

  • 170528 中央図書館
    パラパラ。特に感想なし。

全3件中 1 - 3件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

1969年生まれ。博士(社会学)。東京大学文学部社会学研究室助手を経て、現在、立命館大学文学部准教授。専攻は文化社会学・音楽社会学。著書に『教養の歴史社会学――ドイツ市民社会と音楽』(岩波書店)など。

「2011年 『宝塚ファンの社会学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

宮本直美の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×