脳に刻まれたモラルの起源――人はなぜ善を求めるのか (岩波科学ライブラリー)
- 岩波書店 (2013年6月6日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (128ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000296090
作品紹介・あらすじ
モラル、いわゆる道徳とか倫理というと、人間に固有の客観的な理性に基づく判断だと考えられ、主観的で情動的な判断と区別される。しかし、最近の脳科学や進化心理学の研究によれば、モラルは、人類が進化的に獲得したものであり、むしろ生得的な認知能力に由来するという。脳自身が望ましいと思う社会は何かを明らかにした本。
感想・レビュー・書評
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「モラル」とあるが、脳と人の「幸せ」との関係を論じる含蓄ある1冊。他人と関わることが人の「幸せ」の第一歩、それが脳科学的にも証明されていることを示すもの。
もっとも、脳科学的な記述は、このテーマに興味がないと少し退屈に感じる人もいるかも。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
進化心理学、進化倫理学に関する本。最新の脳科学の研究によると、人間の倫理観は脳の中にある根本的な道徳感情に由来する。また、物事の善悪を判断するのに、進化の過程で脳の機能として組み込まれた道徳感情が、人間の判断を左右し、ときに悩ませる倫理的価値観の基盤となっているようだ。
わずか110ページ余りの本書の中で、モラルファンデーション理論、オキシトシン、信頼ゲーム、公共財ゲームなどが手際よく紹介されている。日本でも進化心理学、進化倫理学に関する啓蒙書の書き手として有名なジョナサン・ハイト、ジョシュア・グリーンの研究紹介がコンパクトにまとめられており、彼らの本を読む際に参考にしたいところである。
一つ気になったのが、経済学批判がされている箇所。本書では、「『人間は利己的で合理的な生物である』として、人間の経済活動のモデル化が経済学で行われており、それが道徳感情の持つ人間の行動を捉え損なっている」と論難されているが、そんな経済学は大昔の経済学であり、現在の経済学では限界合理性の導入や行動経済学、神経経済学といった分野もあるので、藁人形的な批判に思えた。
経済学に関する記述は少し気になるところであるが、わずかなページ数のなかで、現在の進化心理学、進化倫理学の研究成果をざっと掴めるので、進化心理学、進化倫理学に始めて触れるにはいい本だと思う。 -
たとえば何かの主義主張を持ったり、倫理的判断をしたり、たとえば人に共感しやすいとか幸福感を持ったりすることは、あくまで自分自身による、人それぞれの主観的な判断に基づくものと考えるだろう。
しかし、最近の脳科学の研究によって、「金銭的な損得勘定では割り切れない倫理観や道徳感情が、生物学的進化の結果として人間の脳と遺伝子に組み込まれている」ことが明らかになったのだという。
政治的信条とか、他者への信頼や共感など、ある程度どのような傾向があるか、生まれつきの脳の構造の違いで判断できるのだそうだ。
もちろん、その後の生育環境に60パーセントくらいは影響を受けるというが、3歳頃の性格から、ある程度20年後の政治的性向が予測できるという研究結果もあるというから驚きだ。
何が人を幸せにするかという調査では、自分の属する社会において、信頼関係のあるつながりをもつこと、困ったときに相談できる人がいること、などが、経済的利益を上げるよりも結局は個人個人の幸福感を高めるという結果が紹介されており、このあたりは自明のことで納得だ。
しかし、その幸福感をより強く感じやすい人そうでない人、他者との関係をつくるソーシャルスキルの得手不得手など、その人の生来持っている脳の遺伝的構造も関連してくるとなれば、子どもの社会的能力をあげることが、彼らの未来を幸福なものにするのに繋がる一つの方法であるといえる。
子どものころは親の庇護のもとに愛情を受けて育ち、学校という小さな社会で社会的訓練を受け、成長してからは働くということで経済的利益を上げるとともに、一緒に働く仲間とのつながりのなかで幸せを感じながら生きる。
こう書いていくと、脳科学云々は別にして、なんだか当たり前のことが一番幸せなのかもな、などと思ったりして。 -
「倫理学」とは、どのように善悪を判断するのか、また、人間の「倫理観」や「道徳感情」という感性はどこからうまれるのかについて研究する学問である。社会科学的な領域から研究されてきたこの分野だが、本書では脳科学や心理学領域からプロ―チする。
2024年1月~3月18日期展示本です。
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私は自然科学も哲学の一部だと思っていますが、それはともかく道徳性・政治信条に関連する部位が脳のどこにあたるのか、を実験によっておおよそその位置が特定できるということを紹介した著作。
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著者は、英サセックス大学・サックラー意識研究センターで准教授を務める第一線の若手研究者(1977年生まれ)。本書は一般書ながら、脳科学研究の最前線の知見が多く盛り込まれ、知的刺激に富む内容となっている。
この著者は、「第2の池谷裕二」になり得る人材だと感じた。つまり、脳科学の知見を一般向けに面白く解説するベストセラーが出せる人だと思うのだ。本書を読むと、文章にはまだ論文臭があって、池谷さんの本に比べややカタいのが残念。
章立ては次のようになっている。
1 善悪という主観の脳科学
2 五つの倫理基準
3 政治の脳科学
4 信頼と共感の脳科学
5 評判を気にする脳
6 幸福の脳科学
この章立てを見ればわかるとおり、タイトルに沿った「脳とモラル」の問題のみならず、幅広いテーマを扱っている。
その幅広さが、本書の長所であり短所でもある。というのも、正味110ページの薄い本なので、こんなに幅広いテーマを扱うには分量不足だからだ。
各章とも、優に一冊の大著になり得る大テーマなわけで、わずかな紙数の中でそれらを扱っているものだから、各テーマの掘り下げが浅すぎる。
とはいえ、目からウロコのトピックが随所に盛り込まれており、十分に面白い本ではある。
面白いトピックの一例を挙げる。
《人間の脳は、眼や顔といった社会的な視覚刺激に敏感にできている。そのため、本物の他人の目が存在しないにもかかわらず、個人に評判を気にするような行動を促すことができる。たとえば、独裁者ゲームというお金を他人と分配する経済ゲームを行う際に、眼の画像をパソコンのデスクトップに出しておくだけで、被験者はより多くのお金を他者と分配するようになる。
また、ニューキャッスル大学のベイトソン博士たちの行った実験は、眼の写真を壁に貼っておくだけで、実際に人間を正直者にすることができることを示した。》
次は、ワンテーマを深く掘り下げた大著にぜひ挑戦してほしい。 -
人間の心理や倫理・政治観についての近年の脳科学的研究のわかりやすい紹介。信頼や共感や評判の話など、科学の紹介のところはおもしろいが、第1章や第2章の倫理学などの規範理論と科学の関係を論じているところは以下の理由でちょっと危うい。
功利主義や義務論を紹介したあと、グリーンらのトロリー問題に関するfMRIを用いた研究を引用して、そのあと「ここで紹介した観察からわかることは、功利主義や義務論主義の特定の主義があらゆる場面で正しいとはいえないということである。…特定の一つの倫理規範が、人間のすべての倫理的行動を記述していると考えるのは意味がないと言える」(21頁)として述べているが、功利主義や義務論を記述理論と理解するのは根本的な誤解だろう。もちろん「人々がどう考えているか」についての記述理論としても使えないことはないが、より重要なのは「人々がどう考えるべきか」であり、この部分はグリーンらの研究では証明も反証もされない。
ときどき遺伝子決定論や脳決定論のような印象を与える記述も気になった。といっても、科学者の視点から見ると(視点取得)、わたしも科学者からに同じような危うい印象を与えているのだろう。共同研究するようにしよう。 -
よくまとまったいい本ではあるが、哲学と科学の相互交渉、相互連絡を主張するのであれば、いただけない記述も多かった。
「哲学用語はやたらと『〜主義』という言葉を使って、もったいぶった感じがして困る」(15頁)
〜主義という言葉は、-ismという英語にシステマティックに対応しており、何らかの思想的立場を表すシグナルとして機能している。
専門用語が存在することにはそれなりの意義があるということを、同じ専門家として、脳科学や心理学と、哲学とは分かり合えてもいいはずなのに。
筆者は哲学を侮っているとしか思えない。
こういう、科学者による無意味なマウンティングに生産性があるとは思えない。
それを言えば、同じ論法で筆者や脳科学を批判することができてしまう。
「本書で筆者が紹介する脳科学の用語はカタカナばかりであって、日本語で記す意味がよくわからないし、ルー大柴かよ!わかりにくい!もったいぶった感じがする!」みたいに批判されても、唯々諾々と筆者は受け入れるのだろうか?
こういう無意味な文を、啓蒙書に挟み込む程度の研究者とは思っていなかった。もっとマシな人だと思っていたのに。
金井さんの論文はいくつか読んだことがあり、刺激も受けたが、その研究者としての姿勢には失望した。 -
道徳や倫理の分野と科学の橋渡しが可能になる時代となりました。まだ、研究は始まったばかりといった手ごたえですが、人の感じ方の違いへの新しいアプローチが可能になるはずです。