ちいさい言語学者の冒険――子どもに学ぶことばの秘密 (岩波科学ライブラリー)
- 岩波書店 (2017年3月18日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (128ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000296595
感想・レビュー・書評
-
”私たち大人が自力で思い出せない、「ことばを身につけた過程」、直接のぞいてみられない「頭の中のことばの知識のすがた」を、子どもたちの助けを借りて探ってみましょう。子どもたちはそうした知識をまさに試行錯誤しながら積み上げている最中です。大人の言うことを丸覚えにするのでなく、ことばの秩序を私たちが思うよりずっと論理的なやり方で見いだし、試し、整理していくー子どもたちが「ちいさい言語学者」と呼ばれるゆえんです。(まえがきより)”
「言語学」というと何となく身構えてしまいがちだが、本書は、もっとゆったりした気持ちで、子どもたち、いや「ちいさい言語学者」たちの試行錯誤の様子から、ことばの興味深さや不思議さを発見しようという本。柔らかい語り口で読みやすく、さらさらと読めてしまうが、実は扱っているテーマは言語学の広範な分野に亘っている。
まず第1章は「濁点」について。「「た」にテンテンつけたら何ていう?」「「さ」にテンテンつけたら何ていう?」という質問に対しては正しく答えられても、「「は」にテンテンつけたら何ていう?」という質問には答えられない子が多いという。”なぜか、ga(が)って答えてみたり、「$%6」(ローマ字で表せないのでデタラメ記号で表現してみましたが、ha(は)を力みながら出したような音でした)とか、なかにはa(あ)と答える子どももいるらしいとか、とたんにさまざまな珍回答が出てくるようです。(p.3)” われわれ大人からすると、彼らの答えは間違いで、「は」にテンテンつけたものは当然「ば」・・・と言いたくなるが、実は対応規則を論理的に考えると子どもたちの答えの方が正しいのだ! というのも、濁音化とはそもそもどういうことなのかよく考えてみると、それは「発音に使う口の中の場所はそのままに、無声音を有声音にすること」だからである。確かに「た」-「だ」、「さ」-「ざ」ではこれが成立している。しかし、「は」の場合は些か状況が違う。発音してみるとすぐに分かるように、大人が対応していると思っている「は」-「ば」は、上の濁音化の規則に当てはまらないのだ。そして、あくまで濁音化の規則に忠実に従おうとすると、子どもたちが答えたga(が)や「$%6」あるいはa(あ)こそが「は」に対応していることになる。これほど鮮やかな事例を見せられてしまうと、ひょっとすると大人より子どもの方が、論理的にことばに向き合っているのかもしれないと言いたくもなるというものだろう(無論、子どもたちにその自覚はないだろうけども)。
子どもたちの試行錯誤を読んでいると、身近な大人のことばを参考にしつつも、寧ろ自分の力で言語の規則を一つずつ学び、秩序を以てことばの世界を構築せんと奮闘する姿が見て取れる。そして、実際にその難題を成し遂げてしまうのだ(終いには、そんな奮闘があったことすら忘れてしまう)。本当に、これには素直にすごいなぁと感嘆するしかない。子どもたちの数々の「言い間違い」は、大人にとって微笑ましくもあり、同時に気づきに満ちている。僕も、今こうしてことばを一応不自由なく操れているということは、小さい頃よく頑張っていたんだなぁ(ぜんぜん覚えてないけど)、と「かつてのちいさい言語学者」を自分ながら思わず労いたくなった、そんな一冊だった。
1 字を知らないからわかること
2 「みんな」は何文字?
3 「これ食べたら死む?」 子どもは一般化の名人
4 ジブンデ! ミツケル!
5 言葉の意味をつきとめる
6 子どもには通用しないのだ
7 ことばについて考える力詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「こどもに、『は』に点々をつけたらなんと読む?ときいたら、なんと答えるか」 実になんともそそられる質問ではないですか。
副題に「子どもに学ぶことばの秘密」とある通り、子どもによくある「間違った言葉遣い」を通して、言葉について考えていこうというのが本書の趣旨。なるほどねえ、ということが次々出てきて、とても面白かった。
言語学というのは(まあ学問は皆そうかもしれないけど)素人にはわかりにくくて、オマケにすごく地味だという印象があるが、これはとても取っつきやすい。それでいて、言語学というのが言葉をどういう側面から見ていくのか、少しわかったような気にさせてくれる。柔らかな語り口で読みやすいのもいいと思った。 -
子どもの言い間違いからわかる言語獲得の仕組みを説明した本。
うちの子もよく言い間違いをしてたが「間違ってかわいいなあ〜」程度の感想しか抱いてなかったことが悔やまれる。子どもの言い間違いは、子どもが言葉を覚えていく仕組みを垣間見ることであって、言葉について深く考えるきっかけになっているとは!言い間違いには意識を払って、次子どもが言い間違いをした時には「なぜっ!?」って真剣に考えたいと思う。 -
点々の正体、音が交換される言い間違い(音位転換)、動詞活用や単語の範囲の過剰一般化、しりとりにはメタ言語能力を必要とすること、など興味深い内容が盛り沢山だった。
-
現在進行形で4歳の娘と日々暮らしている身として、本書の内容の多くは「あるある」である。しかしながら、よくよく考えるとこんなに面白いことを (主に彼女の脳内で) 展開している我が家の言語学者の一言一句をどれだけ見過ごしてしまっているだろうかと、妙な危機感を覚えた。気付きの一冊。
-
言語学者の著者が息子さんや知り合いの研究者の子供たちの言葉を取得していく様子を観察し、また海外の事例ももとにして、子供が言葉を学んでいく秘密を垣間見せてくれる。といってもすべてが解明されている訳でもなく、研究途上だし、全てが分かることもないだろうけど。子供たちは大人に教えられたことより、自分で言葉の規則を発見していく方に夢中になるのだな。自分で分かった言葉の規則を使って、それを拡大して聞いたこともない言葉を使っていく。そしてそれが合わないと修正していく。大人も子供の時にはそうやって言葉を覚えてきたのだが、もうそれを思い出すことはできない。
-
著者は心理言語学者。
ご自身の子どもも含め、子どもが言語を獲得する際のトライアル・アンド・エラーを解説した本。
面白い話がたくさん出てくる。
けれど、どうコメントをまとめていいか…。
思い出すまま書いてみようか。
まずライマンの法則。
二つの要素を組み合わせて一語になるとき、連濁が起こる。
でも、二番目の要素に濁音が含まれていると、連濁は起こらない、というのだ。
たしかに、あか+たま は あかだま。
どて+かぼちゃ は どてかぼちゃ であって、どてがぼちゃにはならない。
本書には書かれていなかったけれど、外来語はこの法則にあてはまらないのかな?
一度、トクホのついたあるお茶のCMで、「高濃度茶ガテキン」と連濁していたのを見たことがある。
もう何年も前のことで、外来語も連濁するんだ!と衝撃を受けたことを覚えている。
でも、その後、その形は見ない。
それから、「歩きズマホ」。
これもNHKのアナウンサーが言っていた。
スマホが外来語もなのか、という問題もある気がするけれど、結局、歩きスマホと、濁らない形の方をよく聞く。
読んでいて、そんなことも思った。
それから、子どもがモーラの感覚を身につけていく過程で、一音節の語を扱いあぐねて、不要な助詞をくっつけることがある、という指摘。
これを読んで思い出したのが、『もりのへなそうる』。
あれも主人公の弟が「蚊がが飛んできて蚊にに刺されたよう」(原文は全部ひらがなだったと思う)といっていた。
そういうことだったんだ、と思う一方で、へなそうるの作者も、子どもの言葉をよく観察していたんだなあ、と感心。
さて、こどもは観察したルールを過剰一般化したり、逆に小さく限定しすぎたりしながら言葉を身につけるのだけれど、どうやって修正するかは、まだわかっていないことが多いらしい。
大人が訂正しても、必ずしも受け入れられないらしい。
筆者の専攻する心理言語学という分野が、今後明らかにしていくのだろうか?
気になるところだ。 -
言語学が専門でない人でもサラッと読める、子供の「言い間違い」とその奥に潜む、言葉と文法のルール。
p5「大人の言うことを丸覚えにするのでなく、ことばの秩序を私たちが思うよりずっと論理的なやり方で見いだし、試し、整理していくー子どもたちが「小さい言語学者」と呼ばれるゆえんです。」
音韻、音節、動詞の活用から語用論まで、子どもの言い間違いを整理して面白く紹介し、その「理由」を説明する。確かに子どもなりにルールを見つけているのだと感心した。面白い! -
子供が小さかった頃のことを思い出しながらじっくりと楽しく読んだ。
子供が大人の真似だけでなく自分なりにきちんと規則性を持って語学を学んでいると知って感激した。 -
Twitterで見つけて購読。
途上段階だからといって、子供の言語を捉える能力は侮れない。むしろ大人よりも鋭い感性と感覚で捉えてるかもしれない、と思わされた。
うちの子は1歳半なのでもうちょっと先だが、会話できるようになったら、「『は』にてんてんつけたら何?」と聞いてみたい。