子どもの算数,なんでそうなる? (岩波科学ライブラリー 302)

  • 岩波書店 (2021年3月19日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (154ページ) / ISBN・EAN: 9784000297028

作品紹介・あらすじ

その突拍子もない発想や間違いの奥には何があるのだろう。子どもの言動は、一見意味不明でも、よく聞き出すと、子どもなりに一貫した考えや理由をもっていることが多い。数学者である父親が、わが子と算数を考えることを楽しみながら、子どもの頭の中で何が起きたのかを推理する。学びとは何かを深く問いかけるエッセイ。

みんなの感想まとめ

子どもの算数に対する独自の思考を深く理解する手助けとなる一冊です。著者は、自身の子どもとの算数のやり取りを通じて、子どもの意外な誤りや珍答がどのような思考プロセスに基づいているかを丁寧に解説しています...

感想・レビュー・書評

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  • 子どもの思考回路を覗き見るヒントが満載の本でした。

    「たまごが7こありました。なんこかつかったあと見たら、のこりは2こでした。なんこつかったでしょう。」

    子どもは答えの欄に [5こ] と書く。
    この問題には"答えをもとめる式"の欄もある。
    そこに子どもは、[ 7 - 5 = 2 ] と書いた。
    期待した正解は [ 7 - 2 = 5 ] だったのだが、これは"答えをもとめる式"としては不正解なのだろうか?

    「3cmの本を並べたら18cmになった。何冊並べたか。」という問いに対しては、
    子どもは少し時間がかかったが正しく [ 6冊 ] と正解した。
    式は(18 ÷ 3 = 6 でなく) [ 3 × 6 = 18 ] だった。

    算数を習い始めた子どもにとっては、これが素直な発想なのかなと思えた。
    問題の日本語をそのまま式にしたら確かに 7 - □ = 2 や 3 × □ = 18 になる。
    その上で、子どもは □ を求める問いだとちゃんと分かっている。

    学校の算数の授業で鍛えられた大人にとっては「おっ、そうくるか?」と一瞬思うが、
    自分も子どもの時は、このように考えて答えにたどり着いていたのかもしれない。


    3が100こはサンビャクだと覚えたので、100が3こはと聞かれればヒャクサン(かな?)と答える。
    11時の1分前はと聞かれ、10時69分と答える。
    小数を学び始めた子が、0.2 × 3はと聞いて 0.6 だと答えられても、3 × 0.2 はと聞くと答えられない。

    子どもの頭の中では、どのように考えが巡っているのかを解明(推理)していて面白かった。


    テレビで野球を見ていると、画面の隅に 137km/h のように字が表示される。
    子どもが何だ?と聞くので、親はピッチャーが投げた球のスピードだと言う。
    子どもが km/h って何だと聞くと、親は1時間で進む距離だと言う。
    子どもがピッチャーの投げた球が1時間も飛ぶわけがないので意味が分からないというと、親は黙る。

    子どもの珍答・迷答・誤答に対して、思考プロセスを無視し単に不正解として処理するのでなく、どのように考えたのかや何につまずいているのかを理解して、もう一歩先に進めてあげることの難しさを考えさせられました。

  • 8歳の娘が、かけ算順序問題の真っ只中。
    そのことについても丁寧に書いてあって、むむーんとなっていた私もちょっとスッキリしてありがたい。
    数学者である著者が、ご自身のお子さんと算数のエピソードから、人はどういう風に思考を成長させていくのかや、算数・数学とは一体何なのかを優しく話しかけてくれるような本で、数学に強くない私も楽しめた。
    子どもの算数の誤りを種類分けして、それぞれへの対応を書いている表は胸に刻んだ、これはいい…!
    誤りは大事。
    子どもにとっても、大人にとっても。

  • 子どもが算数の問題を解くとき、突拍子のない誤りをすることがある。大人にとっては意味不明な間違いでも子どもの思考プロセスを丁寧に想像してみると、全くの出鱈目を答えたのではなく、子どもなりの推論に基づいて答えを出していたことがわかる。子どもの算数の誤りを数学者の筆者が丁寧に解きほぐすことで、素朴な算数は多面的で意外な奥深さを持った算数となり、また、一見、ネガティブな印象を与える「誤り」が、知識を血肉化し深い理解へと到達するためのポジティブな道標として機能することを教えてくれる。
    子どもの学習に対する関わり方や、誤りの価値について考えるのに適した良書である。

  • 子どもが算数で躓いたら?と思って買って、しばらく積読になっていたけど、読んでみると、子どものためというより、自分のために良かった。
    P.67「実は数学者の日常もこの点は変わりなく,新しい概念や考え方は,いつも時間をかけて学んでいる。…分からないものが分かるようになるために必要な時間を確保する」
    ことが足りなていないのだと、改めて認識できた。

  • 2021 谷口隆

    岩波科学ライブラリー302

    第一話 イジワル問題

    第二話 九九表

    第三話 マルとペケ

    第四話 電卓を通して見る数

    第五話 子どもの世界

    第六話 事件簿

    第七話 かけ算の順序・かけ算の種類

    第八話 理論と術

    第九話 ストーリーが紡がれるとき

    結び 誤りは宝物

    第一話
    「子どものすること、考えることにはすべて理由がある」炭谷俊樹(ラーンネット・グローバルスクール)

  • 大人には当たり前のことなのに、子どもにとってはそれを習得するまでにこんな過程をたどるのだ、こんな混乱を経験するのだ、という発見がおもしろかった。

  • 数学者(整数論)のお父さんによる子ども観察&考察。
    「一見誤りである子どもの思考の局所的な正確さやその機微、また単純平易に見える算数の意外な奥深さ」をかたる一冊。おとなの価値観や常識をわきにおいて、「子どものすること、考えることにはすべて理由がある」という姿勢で子どもの思考回路をていねいに観察すると、学ぶことが案外多いもの。「算数」にかぎらず、こどもの勘違いや思い込み、間違いをバカにしたりきびしく訂正したり正解を教え込んだりする前にあれこれ思いを巡らせるのは決してムダじゃないと感じさせてくれる。それにこの本の観察記録を読んでいると、数字を順につなぐだけの線つなぎも、ミリからセンチみたいな単位の変換も、自分が大人の感覚で思っている以上に複雑な作業だったのだな、と気付かされる。最後の方の、幼いきょうだいが参加できるように「答えが1になる問題」を考えはじめるエピドードには打たれたし、すごく象徴的な物語だと思った。結びにある「誤り」への対応の再考は、算数・数学にかぎらずあらゆる学びの場に言えることだろう。
    子ども観察系では同じ岩波科学ライブラリーの広瀬友紀「ちいさい言語学者の冒険」もおもしろい。…と手に取る前から勝手に思っていたら、著者あとがきに言及あり。著者が収集した「事件」のなかには日本語の統語規則(文の仕組み)と関係するのではないかという分析もあり(ヒャクニエン事件)、親になった言語学徒の自分にその視点はなかったな、と感心した。言葉も数の感覚も、多くの人がいつのまにか身につけてしまうもので、また、うまく(楽しく/楽に)生きていく上で必要不可欠なものだが、その感覚がいかに育まれていくのか、というあたりの研究はまだまだこれからだなと改めて思った。

    初出は岩波書店月刊誌『科学』連載(2019.5-2020.9の隔月)

  • 数学の研究者である著者が、自身の子どもとの算数に関するエピソードを紹介しながら、子どもがどのように算数を理解しているのかについて紐解いていく。子どもの間違いについて、著者が興味を持ち、深く考察していく過程がとても面白い。ついつい自分が当たり前と思ってしまう算数の概念も、子どもにとっては新しく、何年もかけて理解を深めていくものなんだ、ということを常に忘れないようにしたい。

  • 誤りには、我々の理解に改善の余地があることを示してくれている。子どもに教えるときは、たとえ善意であっても、本人の思考を置いて誤りを訂正してはいけない。

  • 仕事の参考文献の一つとして読んだ。算数数学は学校教育の中で中心的な教科だろう。それだけに,いかに教えるか,どのように学ぶかは常に注目されている。小学生も中学生も好きな教科嫌いな教科の上位(1位か2位)に位置する。子どもが示すオモシロ解答は,子どもの認識の特徴を表している。なぜそのようなオモシロ解答にいたったかを丁寧に見取っていくことで,子どもの認識を理解し,それに合わせた教授法や学習法を考えることができる。時間をかけて認識が変化していくという解釈が興味深い。表象の書き換えと検証を繰り返すんだろう。

  • 誤りを過渡的な状態であると尊重しよう、というメッセージが目から鱗。その場ですぐわかってほしいし、そういう知識の伝え方が求められているのかと思っていたところがあると認識できた

  • 子どもの算数を理系目線で考えると面白く、子どもの間違いの分析だけでも、論文のテーマになりそう⁉️勉強になる1冊でした。

  • 子どもなりの着眼点や思考プロセスにを面白がりながら、丁寧に向き合って導いていきたくなる一冊でした。
    算数の話自体でも、これまでに考えつかなかったというか、知らなかった話もあって、純粋に勉強にもなりました。

  • ふむ

  • 一見間違っているように見えるけれど学ぶには大切なことであったり、答えは違っているけれど考え方は正しかったりと、大人の一方的な考えで一概に◯や✕と決めつけることは子どもが学ぶうえでは正しくない。子どもがどうしてそう考えたのかが大切。

    70+90=はできたのに、700+900=1060と間違えは、子どもがどのように理解したかを考える手がかりになる。でも間違えなかったら正しく理解しているかどうか判断することはできない。

    テストは「課題を抽出するための有用で効果的なツール」ではあるが、それ以上のものではない。
    「マルとペケ」には元来「良し悪しの価値判断は含まれていない」「ペケとは、考える素材の提供である。そう考えることが本当の学びのための出発点になるのではないだろうか。」

    100が2つで百・二。入場料「4大人3子ども」と言わないのと同じ?

    11時の1分前は10時69分。繰り下がりの計算ミス?
    「時刻について考える機会は、この先この子には無数にある。そう思えば、せっかく子ども自身で考えて出した答えの誤りを、とやかく指摘しなくてよいような気がする。」
    確かに就学前の家庭ではその方がいいが、小学校の宿題だったり授業だったりすると話は違ってくるのか?
    子どもが「行き詰まっているときは、一緒に考えたりして力になってやれるよう、子どもの様子を見守る」

    「子どものこのような認識は。大人からは不完全あるいは誤っているように見えても、子どもにとっては整合的で一貫性のある認識であることに注意したい。実はこのような認識は、子どもの理解に欠陥があるのではなく、このとき子どもは、より正確な認識に至るための、過渡的な理解の状態にある。」

    「誤りであることを無理に納得させようとするのではなく、それを過渡的な理解の状態として尊重することが大切」

    「誤りに過剰な反応をせず、長期的な視野とゆとりをもって接することはできないだろうか」
    「誤りを叱責することは、誰でも誤りから出発して正解への道をたどるという学習の根本的な原則に抵触し、本人が学ぶ方法そのものを喪失する危険性を孕む。」
    「他方、善意から教え諭すようなものであっても、本人の思考を置き去りにして誤りを訂正するのでは、次の認識に歩みを進めるための足場を、十分な大きさと強さを育てることができない。」

    「子どもと算数の話をするときは、何とか正解にたどり着かせようと頑張るより、子どもの考えに合わせて、そこでどんな話ができるかを模索する方が、楽しく充実した時間になった気がします。」
    正しさにこだわり、誤りをただすことをがんばるよりも、興味や関心をもって取り組み、楽しい、おもしろいと感じることの方が長期的には良いと思う。

    *****

    参考

    子どもの算数、なんでそうなる?」読了
    shinshinoharaのnote
    https://note.com/shinshinohara/n/na9c2315a683e

  • 子どもには子どもの理屈があり、それが間違いの形として現れる。
    結局個別対応か?

  • 数学者による、わが子の算数“事件簿”。
    それは、「誤り」を考えるための足場とする著者の価値観を、次の世代に伝える記録でもあるのだろう。

    算数=いかにミスなく操作できるかであった私からすると、うらやましい環境だ。
    誤りを面白がり見守る文化に浴することが、私もできたらと思う。

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