日本の食文化史 旧石器時代から現代まで

  • 岩波書店 (2015年11月27日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784000610889

みんなの感想まとめ

日本の食文化を通史的に探求する本書は、時代ごとの変遷だけでなく、麺や配膳、食器などのテーマ別に切り込むことで、読者を飽きさせることなく楽しませます。読みやすい文章と巧みな章立てにより、食という身近なテ...

感想・レビュー・書評

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  • 石毛直道の数々の研究を、日本の食文化の通史のような形でまとめた本。時代ごとに追っていくだけでなく、麺や配膳・食器といったテーマごとの切り口も交えながら楽しく読み進められる。
    文章も読みやすいし章立て・トピック選定もうまい。食という身近なものを切り口に、誰もが読める知的探索の旅にしてくれている。

    個人別の膳・食器・盃が共有するものへと変わる変遷は面白い。式三献と「お流れちょうだい」のつながり、また鍋を「乱交パーティ」と表現するのはちょっと笑ってしまった。

    「あとがきにかえて」の中で海外でローカライズされた寿司のくだりにて「伝統の本質は絶えざる想像の連続にある。活力を失った事柄が、「まもらなくてはならなくなった」伝統である。」と書いた文章は、旧石器時代から現代まで通した本書の締めとしてすばらしい形。先生、本書もありがとうございました。

  • 第1部 日本の食文化史(稲作以前;稲作社会の成立;日本的食文化の形成期;変動の時代;伝統的な食文化の完成期;近代における変化)
    第2部 日本人の食の文化(食卓で;台所で;外食、料理、飲みもの)

  • ☆ちょっと内容詰め過ぎ。参考文献が基本、自著なのはいただけない。

  • 歴史

  • 11月の日経朝刊の「私の履歴書」は著者の連載。民族学博物館の館長された方。
    11月23日の掲載に、魚醤は稲作文化と結びついていて、田んぼで採れた小魚から作ったとあり、吃驚した。
    秋田のショッツルとか石川のイシリ、ベトナムのニョク・ナムとか、魚醤は海の民の文化で海の魚から作るものと思っていた。確かに魚醤に近いナレズシと云えば、琵琶湖の鮒寿司だなと自分の不明を確かめるため、本屋を探して、本書を手に取った。

    フランスで出版され、イギリスで海賊出版された本が元になっている。日本人の食文化全史という内容。
    じっくり読むと、今までの自分の思い込みに気付かされる。魚醤の東南アジア文化とは別系統に、穀醤の東アジアの文化があり、大宝律令にある醤(ひしお)は大豆が原料のペースト状調味料で、醤油の原型。そして万能調味料、醤油の発明が料理を変えていった。
    それと戦乱の世が終わり、刀鍛冶が包丁を作り始め、料理が変わったという。包丁が進化しなかったら、お造りが料理のメインに成らなかったいう考察。
    成程、包丁と醤油が無かったら、酢味噌和えで生サカナを食べてたかも。

    読み進めて行くうち、あれ、ダシの話がないなあと思ったら、後半にでてきた。家庭料理にダシが使用されるのは江戸時代以降で、明治以降に常用されるようになったとある。割と新しいものという。鰹節や煮干しがあるから、魚醤と繋がるものかと僕は思ってたが、違うらしい。

    昔の日本人は、殆どおかずもなく、9割程度の精米の飯をたらふく食べて、ビタミンも摂取していたという。その他にも、お膳やちゃぶ台の話など、知っているようで曖昧なことも多かった。

    年末年始に読む本として、良い選択だったと思う。
    「魚醤とナレズシ」も探してみようかな。

  • タイトル通り。変わっているのはもともとフランスで出した本の日本向けというところ。とはいえ、日本の食生活は古代から大きく変わってきており今の日本人では知らないことがとても多いことがわかる。
    縄文時代は狩猟採集だが、日本は魚の消費が多いのが特徴。また縄文土器は世界最古の土器であり、これで煮たりしていたようだ。中国韓国から稲作がやってきて特に狩猟採集では条件が不利で遅れていた西日本で広まり、むしろそちらが政治文化の中心になる。食文化も中国から輸入されているが、さじはあまり普及しなかった。また日本の特徴としては一人一膳であり、数多くのおかずが貴族の食卓では出ていた。鎌倉時代以降は華美さは抑制され、高盛飯を限定されたおかずで出すというスタイルになる。また、仏教の普及と共に肉食が魚に限定されるようになり、明治の初めでもタンパク質は半分は米から摂取していた。欧米のパン食はタンパク質が少なくバターやチーズなどで摂取していた。とはいえ日本の肉食も薬食いなどと称して生きながらえてきた。日本の食は素材の味をできるだけ手を加えず、そのまま楽しむことが極意とされ、それは他の国とは異なる。著者はその点において、日本食が現在のように世界で受け入れられることになるとは思っていなかったと述べている。

  • 石毛さんは食文化の専門家で、民博の館長もやった人だ。ぼくはこれまでも石毛さんの本を何冊か読んで来た。本書は石毛さんが本来外国人のために書いた日本食文化史を日本語に翻訳しなおしたものだ。翻訳とはいえ、その文章は石毛さんのものでとても読みやすい。翻訳に際し、日本人には自明の部分は削除したそうだが、ぼくたちが当たり前と思っていることがいつから起こったのか等、はっとする記述がいたるところで見られる。たとえば、日本人は古来玄米を食べていたと言われるが、今の健康食品店で売っているような玄米を食べていたわけではないとか、昔の農民は米を食べられなかったというのはウソで、雑穀と合わせて食べたのだとか(これは食物史でもよく取り上げられる)、日本人の朝昼夕三食はいつからはじまったのかとか、外食産業はいつから広まったのか等々どこを開いても面白い。また、米は主食としてすぐれていることが強調され、米とパンは同時に主食になりえないこと、パンを主食にした場合副食に和風料理はこないこと等が問題にされる。また、米の位置は酒が代わりうるが、この場合酒と米をいっしょにとるのは本来のやりかたでないことが問題にされる。ぼくはお酒を飲みながらご飯も食べたい方なので、伝統的な食事法からは邪道ということになる。その他とんかつやカレー拉麺が日本料理になっていく過程等興味ある事実が満載である。なお、p270の「シャブシャブ」の中国語は「刷シュワ(羊肉)」ではなく、三水編に「刷」シュワンであろう。

  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、3階開架 請求記号:383.81//I73

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著者プロフィール

■石毛直道(いしげ なおみち)
1937年、千葉県生まれ。1963年、京都大学文学部史学科卒業。京都大学人文科学研究所助手、甲南大学講師、国立民俗学博物館助教授、同教授、同館長を経て、2003年、国立民俗学博物館を退官。国立民俗学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。農学博士(東京農業大学、1986年)。
【主な著書】
『リビア砂漠探検期』(講談社文庫1979; 原本、講談社 1973)/『住居空間の人類学』(鹿島出版会 1979)/『食卓の文明論』(文藝春秋 1980)/『食卓の文化誌』(岩波現代文庫 2004; 原本、中公新書 1982)/『ロスアンジェルスの日本料理店――その文化人類学的研究』(ドメス出版 1985)/『はじまりはトンガ-南太平洋フィールドノート』(平凡社 1988)/『麺の文化史』講談社学術文庫 2006(原本『文化麺類学ことはじめ』講談社 1991)/『石毛直道 食の文化を語る』(ドメス出版 2009)/『飲食文化論文集』(清水弘文堂書房 2009)/『石毛直道自選著作集』刊行中(第1期全6巻、2012年完結/ドメス出版)

「2013年 『世界の食べもの――食の文化地理』 で使われていた紹介文から引用しています。」

石毛直道の作品

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