昭和天皇の戦争――「昭和天皇実録」に残されたこと・消されたこと

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  • 岩波書店
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レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000611770

作品紹介・あらすじ

軍部の独断専行に心を痛めつつ、最後は「聖断」によって日本を破滅の淵からすくった平和主義者-多くの人が昭和天皇に対して抱くイメージははたして真実だろうか。昭和天皇研究の第一人者が従来の知見と照らし合わせながら「昭和天皇実録」を読み解き、「大元帥」としてアジア太平洋戦争を指導・推進した天皇の実像を明らかにする。

感想・レビュー・書評

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  •  宮内庁『昭和天皇実録』が、昭和天皇と戦争・軍事に関わる問題についてどのように記述しているか、何を取捨選択しているかを批判的に分析している。『実録』に対しては、歴史学の現在の研究水準に照らして意識的な隠蔽や作為があることは、公開当初より多くの研究者によって指摘されてきたが、本書は特に宮内庁が企図する「昭和天皇=平和主義者」像と矛盾する史実、「好戦的」と受け取られるような行動や、積極的な軍事作戦介入・指令の事例(たとえそれが「適切」なもの、「有能さ」を示すものであっても)が『実録』に採用されていないことを典拠史料との比較から具体的に明らかにしている。

     1980年代までの昭和天皇をめぐる歴史研究は戦争責任の追及と連動して、天皇の戦争指導への関与の究明が中心であったが、昭和天皇死後は戦時期以外の史料状況の改善もあって、平時における政治行動の解明に広がり、生涯全域に渡って個別実証の蓄積は進んだ。しかし、戦争責任論から「解放」された分、マルクス主義流の天皇制絶対主義説の失墜(さらに加えれば日本共産党の天皇制打倒方針の転換)もあって、戦時期の昭和天皇の動向に対しては、「不都合な事実」に目を瞑った奇妙な「立憲君主」論が学界でも幅を利かすようになり、むしろ後退している側面も否めない中、著者は一貫して昭和天皇の戦争責任の解明をライフワークとして孤軍奮闘してきた。日本社会・学界の趨勢を考えると、天皇制の批判的研究自体が再びタブー化する恐れもなきにしもあらず、それだけに本書は価値のある1冊である。

  • 伝記だからこそ編集者の意図(資料の取捨選択)が働いていることを認識して読まなければならない。公式な伝記ということで書かれていることがすべて正しいと思い込むのは非常に危険ということ。

  • 考え何処らが無数にある本。宮内庁編纂の「昭和天皇実録」を基にここに書かれたこた、書かれなかったことを、宮内庁職員が当たった第一次資料と比較しながら論じている。に昭和天皇=平和主義とのイメージを、意図的に再生強化せんとする点は明らか。これが実録の問題点であり、実録を読む場合の注意点。次に実録と第一次資料から浮かび上がる、昭和天皇の戦争責任の考え方。これは非常に複雑。わずか40歳前後で世界を相手に戦争を行う、その統帥の役を担わなければならなかったその苦労と苦悩。天皇の命すら守らない前線(関東軍)に怒りを露わにしつつ、結果が出ると起きてしまったことは仕方ないと事後承認、かつ、よくやったと褒めてつかわす。国土拡張を一義と捉え、太平洋での海戦連敗に何処かで米軍をガンと叩けないのかと地団駄を踏む。前後の象徴の役割は肩荷が降りたど同時に物足りなくはなかったか。昭和天皇を考えるとき、物事を単純に考えることはできない。戦況その他を、軍部のそれとは別に、真に客観的に分析しありのままを天皇に奏上できる人、組織、システムがあれば、統帥のあり方や天皇の判断もまた違ったものになったかもしれない。

  • 「実録」においては、天皇の戦争・戦闘に対する積極的発言とみなされるものは、極めて系統的に消されてしまっています。 この都合の悪いことは、隠蔽する・無かったことにする・うやむやにする・誤魔化す・破棄するなどは、いまの社会にも懲りることなく連綿と続いています。無責任な国家が出来あがった遠因に、昭和天皇に戦争の責任を問わないとした、アメリカの占領政策があげられると想います。

  • 昭和天皇の正式な伝記としての「実録」に書いたこと、書いていないことを通して、実は天皇が、戦争の実態を知らされていなかったのではなく、戦争にポイントでは深く携わり、陸海軍への不満を持ちながらも、戦争に積極的な姿勢になっていたことを著者は主張する。不満とは暴走に対する不満だけではなく、戦争への自信を持っていない事への不満が随所に出てくる。陸軍観兵式への年3回の参加への記録が詳細。また15年戦争の開始から終結までの数多い御前会議、面談者の記録などから、相当の情報を把握していたと考えられる。実録では、戦争の関与を書かず、平和主義者としての強調を図りつつも、少ない記述から天皇の戦争への関心の深さが推察されるようだ。天皇自身、そして側近たちの日記からその実情を探っていく。

  • 実録では、昭和天皇の平和主義なイメージを損なうような記述が出てこないことが多い。
    天皇は、陸軍中野学校の設立は国内政治に対する謀略ではないかと懐疑的だった。
    天皇は、軍の戦線拡大に非常に不満でそれを抑えようとしたが、結局軍が拡大していったときにそれを追認していった。帝国主義君主として、領土を穏便に拡張していくことは当然と思っていたのが影響したのか。

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