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Amazon.co.jp ・本 (162ページ) / ISBN・EAN: 9784000613552
作品紹介・あらすじ
このまま沖縄返還を迎えさせてはならない、せめて一撃は与えなければならない――。行き詰まる取材の中で偶然手にした極秘電信文は、交渉が偽装と隠蔽の産物と示す重要証拠だった。機密漏洩で有罪となった著者が初めて明らかにする「事件」の経緯とは。社を超えた「親友」渡邉恒雄との交流や深く関わった自民党・宏池会、また大平、角栄、福田の思い出など、数々のスクープを放った政治記者の「遺言」。
感想・レビュー・書評
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山崎豊子の『運命の人』で知った。遺言とあるが、2023年に西山太吉は亡くなっている。この西山事件に興味を持ったがイマイチどう評価されるべきものか、時代感覚もなくてよく分からなかった。
西山が沖縄返還における密約を炙り出した手段、つまり、外務省の女性職員との不倫関係を利用したか否かの事実関係や倫理的な側面には、正直いうとそこまで興味がない。だが当時のメディアはそこにスポットライトを当て「正義か不正か」「英雄かスキャンダル記者か」という二項対立で取り上げできたようだ。
むしろ、「密約に陽の目を当てるのは正しいのか」。私は単に西山の行為はこれらメディア同様、商業主義的な功名心に走らされたものという側面を否定しない。だから正義感は後付けだったり、そもそもそれらは混じり合うものだと思う。
その上で重要になるのは動機の内実ではなく、行為に伴うコスト、すなわち自己犠牲の度合いである。西山太吉の行為は、結果として失職と有罪判決という明確な不利益を伴った。この点において、彼の行動は単なる利得追求とは異なり、少なくとも一定の「正義感に類するもの」を推定することは可能である。
もっとも、この基準も絶対ではなく、自己犠牲はその対象によって西山の行為は、「正しかった」とも「誤っていた」とも断定されるべきではなく、むしろ、彼の行動はエゴに基づくものでありながら、相応の自己犠牲を伴っており、その限りにおいて正義感の発露とみなすことができる。しかしその正義の内容や妥当性は、評価主体に依存し続ける。
本人談、自己評価は本書によると以下だ。
ー したがって、一審の無罪判決が指摘しているように「公務の内容が違法であつて、公務の民主的な運営ということ自体が無意味である場合には、民主的運営の保障のための秘密保持義務は考えられない」のである。私の裁判における国家の秘密なるものは違法であり、したがってすでに秘密ではなくなっている。その時点ですでに、私は起訴の対象ではなくなっているのだ。国家はその策謀を隠蔽するため、裁判という司法の基本手続きまででっち上げることさえできる。そして、検察は、その策謀を遂行するための手段として機能したに過ぎなかったのだ。国家犯罪のなんたるかを実際に示したのがこの裁判であった。あの裁判は、あって無きがごときもので、犯罪として追及されるべきは検察側による偽証のみとなる。
国にとって、国民にとっては良い結果を招いたのか。最後はそこで語られるべきなのだろう。いずれにせよパワフルな人だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
山崎豊子「運命の人」のモデルの元・毎日新聞記者 西山太吉87歳が、まさに遺言として出版した本。TBSのドラマでモッくんが演じた人ですが、当時の記憶としては最初は沖縄の密約の政治問題だったのに、突然、男と女の醜聞になっていく過程を感じ、子供心にも「この新聞記者、よくないことしたんだ…」とモッくん的優男度ゼロの強面の表情をよく覚えています。当時の社会感情として、彼に対する批判は厳しく、西山事件で毎日新聞はみるみる部数を下げたと聞いています。本当はWHATが問題なのに、HOWが新聞記者としての命取りになりました。この本で書かれている朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の競争心と連帯感は今や昔、政権との距離の取り方で三紙、全然違うメディアになってしまっています。この「遺言」でも情報を持っている政権とそれを探ろうとするジャーナリズムのある種の緊張感のある相互依存を懐かしんでいる感があります。最近の意外な大ヒット映画「新聞記者」でも政権に対しての新聞という存在の非力さに驚きましたが、どんどん新聞ジャーナリズムは追い込まれているような気がします。1972年の佐藤政権の最期の記者会見で新聞記者を追い出し、TVカメラだけに語りかけた当時は新聞が政治に対する抑止力になっていたとでしょうが、ハンセン病についての誤報など、ますますチェック機能は薄らいでいると思われます。問題は本書にも登場する既得権としての記者クラブであるように思える部分もあるので、全面的に著者の意見に賛同するものではありませんが、彼の「今、言っておかなくては!」という焦燥感はよく伝われますし、主張も正しさを感じます。さてさて日本の新聞、目指すは、トランプ大統領とガチンコの戦いをしながら収益を上げているNYT?それとも?
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1950~70年代のブンヤは凄まじくエキサイティングな職業だったようだ。正義感とか正論とか倫理感とかとはちょっと違う、情動ともまた違う、著者は”使命感”と書いているがニヒルなブンヤ独特の感覚が興味深い。
長州一族による国家改造構想ははるか昔のことではなくて、従順な老女を鉄砲玉にしたてて今一気に実現しようとしているのだということがわかる。筆者が”仮説”として示した”サウジアラビアからの石油供給の可否が日本の存立危機事態と勝手に解釈され米国が紛争を起こしたりあるいは巻き込まれる危険はきわめて高い”、は、8年後の今、現実になってしまっている。
この書を遺言とし、あの世で夫人が大目に見てくれるかどうかを案じる筆者、それは叶ったのだろうか叶ってないのだろうか・・
P86 確かに外交交渉の過程を逐一公表する必要はない。これは常識である。しかし外交交渉の結果だけは正確かつ完全に公表されなければならない。美辞麗句だけで飾るべきものではないのである。
P104 (対米支出が)3億ドルを超えると国会対策上額が過大であるとして、表面上は3億ドルにとどめ余分の7500万ドルは減額でなく隠蔽されることになったのだ。隠蔽された額は72年から78年まで米軍に秘かに供与された。その財源がなくなったので、78年に「思いやり予算」として表に出し今日に至っている。【中略】在日米軍は米国内よりも日本に駐留したほうがはるかにローコストとまで言われているのだ。
P110 情報公開クリアリングハウスは、不開示の取り消しを求めて訴訟を起こした。これに対し東京地裁は2018年11月不開示を妥当とする判決を言い渡した。【中略】裁判所が非公開の文書を実際に見て審理するというインカメラ方式の手段を持っていないので、すべては”推認”に終わってしまい、外務省側に有利に働くというわけだ。
P130 安倍による集団的自衛権行使容認に関する憲法解釈の変更は、本来憲法改定に匹敵するもので、民主主義社会においてはクーデター的な措置と言われても仕方のないようなものなのである。一般に、政治状況は歴史状況と意識状況から成るといわれるが、現在の日本の意識状況は、ほとんど政治的無関心によって占有されている。だから、安倍の憲法解釈の変更という衝撃的な事件に対しても、それほどの反応はなく、まもなく沈静化してしまった。
P132 世界の途上国の紛争は頻発しており、そこには宗教、政治、経済など多くの要因が内包されている。これら地域には当事国のみならず先進国の利害が複雑に入り込み、それが先進国間の対立にまで波及する傾向にある。米国がこれらの地域紛争に関与し、それが日本にも影響して集団的自衛権の行使につながる恐れも多分にある。ここで注目すべき点は「存立危機事態」を判断する際、日本だけが独自に事態を静観し分析し結論を出すというケースはほとんどないということだ。そこには必ず米国からの強い要求がのしかかってくる。
P139 (普天間基地辺野古移転は)隠された深刻な事情がある。【中略】辺野古への移転は、ゆくゆくは沖縄の海兵隊のグアムへの移駐をもたらすという逆説的ともいえる効果を生むということだ。
P147 残された沖縄の基地は、期限付きのモノではなく、絶対的な永久基地であり、本拠地グアムと連携する米国防総省の太平洋戦略体系の一環となる。この体系が日本の安全保障上、必要不可欠なものなのか、それとも、米国防総省の単なる戦略上の一拠点と化すのか、辺野古の問題はこのような視点から検証されねばならないのだ。
P150 権力乱用の実態を正確に捕捉することが、いかに困難であるかということである。これら乱用の事実は、厳重な隠蔽装置によって、その漏洩はほぼ完全に阻止される。 -
東2法経図・6F開架:319.1A/N87k//K
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