ほんとうのリーダーのみつけかた

著者 :
  • 岩波書店
3.76
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本棚登録 : 832
レビュー : 80
  • Amazon.co.jp ・本 (80ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000614153

作品紹介・あらすじ

非常時というかけ声のもと、みんなと同じでなくてはいけないという圧力が強くなっています。息苦しさが増すなかで、強そうなひとの意見に流されてしまうことって、ありませんか? でも、あなたがいちばん耳を傾けるべき存在は、じつは、もっと身近なところにいるのです。あなたの最強のチームをつくるために、そのひとを探しに出かけよう。

感想・レビュー・書評

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  • 「僕は、そして僕たちはどう生きるか」を読んだ後に読んでみたかった一冊。そして、読んでみたかった理由のもう一つがこの本のジャケットが可愛いかったから。

    あえて平仮名で表記されているこの「ほんとうのリーダーのみつけかた」は、内容はビジネス書のタイトルのようであり、かと言って、やっぱりビジネス書ではなく、決してあの手この手の理論でねじ伏せられてしまいそうな内容でもない。論理的で、読みやすく、平易な言葉で例えるのであれば、読みやすいという点で、中学生以上用(いや、もしかしたら大人向けかもしれない)の教本のようだ。

    そして、この本をより理解するという点に於いては、「僕は、そして僕たちはどう生きるか」とセットで読むと、これら2冊の本の内容を共に100%理解できないと思った。(本当は、200%といいたいところであるが、実はもう一冊読まなくてはならないことが後でわかる)

    本作のはじめに出てくる「同調圧力」。他と同じ調子になるように、全部同じ調子になるように、圧力がかけられることと、いう意味である。つまり、みんながカラスは白いというと、自分はカラスは黒いと思っていても、カラスは白いと言ってしまうこと。これって、日本人特有なのかなぁ?と、思っている。私は絶対、同調圧力に屈してしまう。
    家族に「『カラスが目の前にいる。』でも、『みんなそのカラスを白いカラス』と言っている。例えば、貴方ならどう答える?」と、聞いてみた。みんな「黒い」と言う。だけど、それが知らない集団の中にいた時、拘束された集団の中にいる時、条件が有れば言う可能性があるかもしれないと言っていた。

    それは次の「みんなとちがって、みんないい」のテーマにもかぶっている。みんなと違っていていいのであろうか?日本人の国民性でみんなと同じであれば、安堵しないだろうか?だから、みんなと違うと不安になるのだが…これは私だけ?
    一方で「みんないい」と言われると、安心するかもとも思う。この言葉が本来持つ意味こそが大切だと感じる。

    群れで生きる人間のコミュニケーション手段は言葉である。日本人の私たちの場合、日本語だ。自分の気持ちと異なる日本語を使ったコミュニケーションをしたときは、すぐに訂正する。つまりは、日本語を正しく理解し、使用することが、気持ちが伝わるコミュニケーションということ!
    そして、本作の説明の順番としては前後するが、もう一つ、正しいコミュニケーションのために、「え?そうかなぁ?」と、思ったことを大切にする。その場で反対を表明する勇気がなくても、おかしいと思ったことは、伝える。黙っていることが美徳でなく、思ったことは伝える。そして、伝えるべきときを逸さないようにする。でないと、相手には伝わらない。これは親が子供の教育でよく言っていることだと思う(動物の躾でもよく使っている気がする)。私たちは子供の時に教えられているのに、なぜ大人になっても実践できないのだろう?いや、大人になってもできないのではなく、大人になって、できなくなったのではないかと思った。
    正しいタイミングで自分の意思を伝えること…簡単なことなのでが、身に付けるのは意外と難しい。一生をかけて身につけていくものなのであろうと、改めて実感する。

    私の本当のリーダーとは、「私の中の目」つまりは、誰よりも私のことを知り、いつも私の味方。私の側に立って考えてくれる。
    群れというのは、本来、個人一人の考えで集まってできるもの。群れに属する前に、個人として存在すること。全てを相手に明け渡すのではなく、考えることができる個人になる!
    そして、自分自身を批判することができる力を持つことが大切。他人の批判はしやすくても、自分の批判はしづらいもの。私の場合、批判をするというよりも、反省してしまうことの方が多い。いや、反省ではなく、もしかしたら後悔かもしれない。

    自分の劣位にある分野を認めること。劣位であることを認めるとなぜか人間として負けたような錯覚に陥るような気がするが、劣位であることからの発見と、成長に繋げる志が持つことが、劣位の意義であるように感じた「敗者であることの奥深さ」であった。

    最後に筆者の「君たちはどう生きるか」の解釈の章がある。
    「君たちはどう生きるか」の中でコペル君が、叔父さんと二人、銀座のデパートの屋上で街を見下ろしている時、霧雨で霞んでいるような世界に、何十万という人びとが生きていることに思い至ったコペル君は「恐ろしいような」気持ちになる。
    つまりは、自分が屋上から見ていることを知らない少年。また、自分を見ている人がいるかもしれない。見ている自分。見られている自分。それに気がついている自分、自分で自分を遠く眺めている自分、いろいろな自分が、重なり合って、コペル君出なくても、頭がクラクラする。
    この「君たちはどう生きるか」が、1973年に発刊されて、今もなお受け入れられている理由は、客観性と、それに伴う主体性の「揺らがなさ」であると解説されている。
    その例としてあげられているのが、インスタである。インスタは、人目を引くことに価値を置き、他者に評価してもらう。他者が主となり、個人としての主体性がないということになる。つまりは自分をジャッジする視座が、外界にある。自分をジャッジする視座を外界に置かず、自分の内界に軸足をもつことこそが、吉野源三郎氏のヒューマニズムであるとのこと。止むに止まれぬものとして、自身の内側を貫いて出てくる強さがある。
    また、もう一つは、「子どもたちに向けられる熱のこもった眼差し」。この作品に滲む「子どもたちを守りたい」という「育む力」の強さであると記載されている。
    これを読んで、「僕は、そして僕たちは」をより理解するためにもう一度「君たちはどう生きるか」を読んでみたいと思った。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      kurumicookiesさん
      ネタバレになるから、読まない方が良い?

      君たちはどう生きるか / 財団法人大阪国際児童文学館 子ど...
      kurumicookiesさん
      ネタバレになるから、読まない方が良い?

      君たちはどう生きるか / 財団法人大阪国際児童文学館 子どもの本100選 1868年-1945年
      http://www.iiclo.or.jp/100books/1868/htm/frame081.htm
      2020/12/23
    • kurumicookiesさん
      猫丸さん、

      うわぁ、読みたい!読んでしまう(≧∀≦)
      猫丸さんはすでに「君たちは」読まれたのでしょうか?
      猫丸さん、

      うわぁ、読みたい!読んでしまう(≧∀≦)
      猫丸さんはすでに「君たちは」読まれたのでしょうか?
      2020/12/23
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      kurumicookiesさん
      実は未だ、、、だから「僕たちは」積読中、、、お粗末。
      kurumicookiesさん
      実は未だ、、、だから「僕たちは」積読中、、、お粗末。
      2020/12/23
  • 2007年当時、教育基本法の改正などもあり、愛国や自己犠牲を強いるような風潮に大きな危惧を抱かれていたという梨木さん。
    昔、吉野源三郎さんの著書「君たちはどう生きるか」を読んだ後、梨木さんがずっと抱えていた、その問いかけに対する一つの答えのようなものが、「僕は、そして僕たちはどう生きるか」だったそうだ。

    そして2015年、「僕は、僕たちはどう生きるか」の文庫化にあたって行われた講演を元に文章化したのがこの本だ。

    短い内容だが、梨木さんから次の世代へのメッセージがギュッと詰まっている。

    重い言葉を意味を考えずに軽く使うことで、言葉が空疎になっていること。
    近頃やたらと目につく「日本すごい」を連呼する家族自慢のようなはしたなさ。
    この二つは、私自身がモヤモヤと感じていたことに、きちんとした輪郭を与えてくれた。読みながら、何度も首肯した。

    以下それについて書かれた部分を抜粋(自分の言葉で書くと意味が変わってしまう気がするので)

    p.12 「みんなちがって、みんないい」の重み
    怖いのは、「みんな同じであるべき」「優秀なほど偉い」という考え方が当たり前のように場を支配しているのに、指導者が「みんなちがって、みんないい」と、その言葉のほんとうの意味も考えず、さして慈愛の気持ちも持たずに、型どおりにそれを繰り返していることです。
    そうすると、言葉が空疎になり、なんの力も持たなくなります。
    そんな言葉の形骸化が起きると、その言葉自体が陳腐なものになってしまうのです。
    空洞化し、無力になる。
    言葉の力とはなんでしょう。

    p.14日本語について
    けれど形容する言葉は、じつに使い方が難しいです。
    大きな容量のある言葉を大した覚悟もないときに使うと、マイナスの威力を発揮します。
    「今までに例のない」「いまだかつてない」「不退転の(決意で)」などなど、実際はそれほどのこともないのに大げさな言葉を使うと、実態との間に隙間ができるのです。
    そこにヒューヒュー風が吹き荒んで、虚しさを掻き立てる。
    言葉が、張子の虎のように内実のないものになってしまう。
    だから、効果がないばかりか、じつに逆効果なのです。
    こういう言葉遣いをするのは現代の政治家に多い。
    インパクトの強い言葉で聴衆の気を惹きつけないといけないという気持ちが強すぎるのでしょう。
    その結果、ほとんど真実でないことまで繰り出してくる羽目になってきた。
    私は、今の政権の大きな罪の一つは、こうやって、日本語の言霊の力を繰り返し繰り返し、削いできたことだと思っています。


    同じメカニズムで、国の底力を奪ってきたものに、ことさらに大袈裟な「日本すごい」連呼シリーズがあると思います。
    以前はなかった現象ですが、ある時から急に目立つようになりました。この大袈裟な言葉も、言葉の価値を虚しくさせます。
    そんなこと、わざわざ言われなくても日本という国に誇りが持てた時代があったのです。
    だって、はしたないじゃないですか、自分の家族自慢ばかりしているようなもので。
    自分というアイデンティティの一部、家族のようなものだから、だめなところも目につく。ついグチも言いたくなる。でも、心の中ではこの国に生まれてよかった、と思っている。
    愛国心、ってそいう「ささやかだけれども堅固」なものだと思うのです。

    言葉を発することの重み、改めて考えさせられた。
    「日本すごい」を連呼するのは、既に多くの人が、「もうすごくない日本」に気づいているからではないだろうか。

    ”ほんとうのリーダーのみつけかた”に続く、
    ”今、『君たちはどう生きるか』の周辺で”、と
    ”この年月、日本人が置き去りにしてきたもの”
    は、大人へ向けたメッセージと思われ、中学生には少し難しいかもしれないが、読んでみてほしい。
    2021.7.8

  • 私が抱くリーダー像は、指揮する引っ張るより目標へ導いたり、力を引き出せるような存在であること。

    そういった意味で、挫けそうになったり怠けそうになる自分を良い方向へと再起さるためには、自分が自分自身のリーダーになることが必要なのかもしれない、、、そんなことを考えていました。

    リーダーに関する本を読めばヒントがあるかな、、と思い過ごしていたそんな時に図書館で出会い、これだ!なんて直感が働いて手にとりました。
    (梨木香歩さんが著者という安心感もあります。)


    ほんとうのリーダーのみつけかた。
    著書ではリーダー=心の目(良心)を指しています。

    一番大切にしないといけないのは、あなたの中で自分を見ている目=内的なリーダー


    今欲しかった心(思考)のピースがいっぱい詰まっていて、成長する足掛かりをもらえました。
    時になれば、自然と本から出会いに来てくれるんだな、、、

    心の視野を広げる考え方、見つめ方をやさしく教えてくれる。梨木さんから現代の若者へ贈るエールのような素敵な一冊でした◎

  • 以前の『僕は、そして僕たちはどう生きるか』が書かれた時の講演の記録をもとに文章化されたのが本書だ。
    『僕は…』は、衝撃的な本だった。「群れの中にいて、個人でいる」ことについて考えさせられた。それは、梨木さんがエッセイなどで何度も私たちに投げ掛けてきたものだったのだが、あれほどストレートにくるとは…。

    『僕は…』が書かれたのは、教育基本法が変わり、何かが大きく変わろうとしていた時、伝えなければならないと連載を始めたという。
    そして今、さらに危機感を持ってこの本を認めた。
    新型コロナウィルス蔓延に伴い「非常時」という言葉を耳にするようになった。その中で戦時中のような同調圧力がますます加速してきたと梨木さんは言う。
    「若い方々がまるで戦時下のような緊張感や抑圧をしいられていることにいたたまれない思い」だと。
    そして「いつか、私などの想像もつかない、伸びやかな精神を持つ次世代が現れんことを、夢見つつ、祈りつつ」と結んでいる。

    これは梨木さん、若い人たちへの祈りの書だ。
    それは、私たちの祈りでもある。

  • 国が混迷している現代。そして、成人年齢は18歳に引き下げられ、それを前に選挙権は18歳となった。
    子供たちが問う。どうして、この国はこんな国なってしまったのかと。
    それは私たち大人の責任だと私は考える。

    選挙に興味を持ち、どうしたらいいのかと考える子供たちに何を与えたらいいかと、この本を選んだ。

    先に読ませてもらったが、胸を打つ良書である。私たちは私たちとして生きるために何をすべきか、今一度、真剣に自分自身と向き合うべきなのだと思う。

    それには年齢は関係ない。

    この国がこうなってしまった責任は政治家だけではなく、私たち大人にもあるのだ。

    今一度、「きみたちはどう生きるか」「僕は、そして僕たちはどう生きるか」を読みたいと思う。
     
     私たちは生きなおすことが、まだできるのだから。

  • 若い人向けらしい。こういう本を出すというのは、ちょっと驚いた。
    「僕は、そして僕たちはどう生きるか」の文庫化の際の講演が元になっていると読んで、買うか迷った。「僕は~」は梨木さんの本で唯一あまり好きでない本で、物語の形を取るにはあまりに乱暴に梨木さんの主張がむき出しではないかと思えた(そしてその主張自体も乱暴に感じた)ので、多分この本も合わないだろうとは分かっていたけど、読まないことにはと思いなおして買った。今日届いて、寝かせればその分気が重くなると思ってすぐに読んだ。

    やはり考えが合わないので、緊張と相まって石を飲むような読書になってしまった。
    梨木さんの言う「まるで戦時下のような緊張や抑圧」を全然感じ取れていないのは、私がおかしいのかもしれない。どちらかというと、全員が個として確立しなければいけない、という圧力の方が強く感じる。でも、言葉の選び方が気に入らないことで「今の政権の罪の一つは、こうやって、日本語の言霊の力を繰り返し繰り返し、削いできたことだと思っています。それが知らないうちに、国全体の『大地の力のようなもの』まで削いできた」とまで言うのはちょっと理解できない。政権をどう思おうと勝手だけれど、子どもの前でするやり方じゃない。
    政治の話をするのなら、政策についてあくまで具体的に語って欲しいし、そこを印象論に終始して貶めるというのは、ちょうどこの本で批判している同調圧力のやり口だと思う。この人は不快だから政治に関与して欲しくないというのはフェアな政治じゃないし、考え方が違う議題について、個人攻撃ではなくて、じゃあどのような別の方法で解決できるか、妥協できる点とできない点ははどこかというのを議論するのが政治の成熟というものではないのか?


    戦争の犠牲者を讃美することに同調圧力を感じると疑問を呈しながら、良心的兵役拒否で暴力を受けた人を「自分の頭で考えた人」として例示するのも、何だか嫌だった。良心的兵役拒否で亡くなった方もたくさんいる。
    確かに、自分の信念を貫くという行為は美しい。でも、それを讃美したら、一定の思想を元に犠牲を美化するという点で、何が違うのだろう。
    梨木さんの論調からして、自分の頭で考えれば、戦争や暴力に参加しないはずだ、という確信めいたものを感じるのだけど、きっとそうではない。
    「普通のドイツ人とホロコースト」という本を学生の頃に読んだことがあって、いかに「普通の人たち」が、強制されずに嬉々としてユダヤ人の虐殺に参加したか、というエピソードがものすごいボリュームで延々と書いてある。それほどに認めがたいことだからだ。
    人々が考えても政治は成熟しないし、「批判精神」と確信のもとに抑圧と暴力は選択される(それは昨今の情勢が証明してしまった)。
    それに本当は、自分で考えたことと、他人から影響を受けること、その区別は非常に難しい。
    圧力があるのか、ないのか、それは信念だったのかどうか、そんなことも後で思い返せば違ってくる。違う意義のもとで、記憶は塗り替わったりもする。
    このことについて何と考えればいいのかと思うと途方に暮れる。考えていけば、どんどん分からなくなって迷子になる。


    この本に書かれている「自分のなかの目」をリーダーにしていくというのは、「西の魔女が死んだ」の魔女修行にも通じるものがある。
    年を取ればとるほど、そういう指針が自分の中にないといけないのは身に染みてくるから、わかる。結局のところ、私が子供に望むのも同じことだから、そんな思いで名付けもした。梨木さんが若い人向けにこんな本を書きたくなるというのは、そうだろうな、という感じ。
    でも最近私は、熟慮によって自分の感情や思考が客観的なものになりえる、正しい、ということに確信がなくなって、ふらふらしながら進んでいる。かといって頼りない自分の思考以外に、何が指針となりえるのか。答えが出ない。分からないでは済まないから、考えているけれど、まだどうしたらいいのか分からない。

  • ◆コロナ禍に改めて問う
    [評]若松英輔(批評家、随筆家)
    ほんとうのリーダーのみつけかた 梨木香歩著:東京新聞 TOKYO Web
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/50399

    ほんとうのリーダーのみつけかた - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/book/b515739.html

  • 梨木さんは小説家だから、本当は作品でこういうことを読者に考えて貰いたいと思っているだろう。なのに、この形で本にした、ということの重さを考えたい。
    どうしても言わずにはいられない、この装丁からも、タイトルからもわかる通り、子どもたち自身が手に取って、読んで考えてほしいという、梨木さんの切なる思いが伝わってきた。
    とても示唆に富む本なので、もっと色んなことも語ってほしいと思ったが、そうすると本が厚くなるし、子どもが手に取りにくい。あえて、子どもたちに今一番伝えたいことだけに絞って本にしたのだと思う。

    自分の中に客観的に自分を見つめる、「自分のリーダー」を見つける。

    この本の中に、戦争中、中国人捕虜を生きたまま銃剣で刺せと命じられた兵士が、それを拒んだというエピソードがある。そういう話を聞いても私なんをぞは、立派な人だなあ、と思うだけだが、梨木さんはこう言っている。(その兵士はAさん、としてある。)
    「Aさんは英雄じゃない。英雄だったら、そこでこんなことはやめろと叫び、その中国人を助けて、でもその場で本人が銃殺刑になったかもしれない。Aさんをはそれはできなかった。言われた通り、その場には出た。でも、それ以上はしなかった。ここまではする。でもそれ以上はしない。これ以上はしてはいけない。やってしまったら、そこであなたのなかの「自分」ということの連続性が切れてしまう。それは魂の存続の危機。「それ以上はやるな」。おそらくこれはAさんのなかのリーダーの声。ギリギリで発せられた魂の声。」(P34,35)
    その声を無視して(つまり自分の中にリーダーを発見していないと)、やれと言われるままにやってしまい、「自分ということの連続性」を失った人も多勢いただろう。
    法や社会のルールが、自分の魂に反することを要求したとき、どうするか。
    Aさんはその後暴行を受け、靴を口にくわえて雪の中を四つん這いで走らされたという。上官の命令がきけないとは、犬にも劣る、という意味で。
    『あなたがもし奴隷だったら』でも、みんながそれを行い、それは正しく、やらなければ非難され、やれば褒められることを、本当にやらないと言えるか?という問いがあったが、同じだと思う。(そこでは奴隷を鞭打つことだった)
    いじめも同じ。
    自分の中にリーダーを持ち、その声に従える人が、自分も他人も大切にできる。

    人の命にかかわることでなくても、自分の中にリーダーがいれば、たとえ敗北しても、尊厳をもっていられる。
    「尊厳を感じさせ、かつ優雅である負け方にはいろいろあります。少なくとも、一番情けない負け方だけはするまい、それは自分が劣位であることを認められず、何とかして優位に立つため、ネチネチとあの手この手で相手を貶め、報復しようとすることです。負けを受け入れられないんですね。器があまりに小さいと、敗者であることが引き受け、れないのです。」(P46)
    政治家とかにも読んでほしいところです。アメリカの大統領にも読んでほしい。子ども向けの本にも書いてあるよ、って。

    この文章をきちんと理解できる子どもは多くはないかもしれない。でも、理解できる少数の子どもに届けばいいなと思う。
    もちろん大人が読むのも良い。

  • 過去の講演を書籍化。タイトルがタイムリー。若い方向けの講演だったので、簡易な言葉で綴られている。コロナ禍で読書もできずにいたが、濁流に清流が流れるような問いかけ。言葉の魔力については、目が覚めるような思いがした。言葉は言霊。

  • 政治家による母語の破壊と国の底力の低下との相関関係になるほどと思う。どんどん言葉が壊されていく中で私にできることは、自分の頭と言葉で考えること。ゆっくり丁寧に言葉を選ぶこと。「私」と対話することを疎かにしないことだと思った。

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著者プロフィール

梨木香歩 1959年生まれ。作家。小説に『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』、『丹生都比売 梨木香歩作品集』(共に新潮社)、『家守奇譚』(新潮文庫)、『海うそ』(岩波書店)、『椿宿の辺りに』(朝日新聞出版)など。エッセイに『ほんとうのリーダーのみつけかた』(岩波書店)、『炉辺の風おと』(毎日新聞出版)など。児童文学作品に『岸辺のヤービ』(福音館書店)などがある。

「2021年 『草木鳥鳥文様』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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