日没

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 428
レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000614405

感想・レビュー・書評

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  • 久しぶりの一気読み作品。
    表現の自由と、法規制の問題がガチンコ。
    星5つかな?と思いつつ、エンディングがなあ、、、4.5かなあ。

  • クスリとも笑えない。
    いろいろつらかった。

  • かぎりなく半端なく桐野夏生は容赦ない。
    政府の機関である「文化文芸倫理向上委員会(ブンリン)」からの召喚状が届いた小説家マッツ夢井の極限の収容生活。小説家にとって表現の自由を認められないこと、「悪い小説」を書かないように強いられることってそれは小説家の死を意味するのではないのか。
    でも、刑務所の方がまだましだ、生きてここを出るより死んだほうがましだと思わされる劣悪な環境。そもそもここを生きて出られるのか…という不安に「転向」も頭をよぎる。そりゃそうだろう。
    なんだこれ、そんなアホな、いや、これはひどすぎる、こわいこわいこわい、と他人事のように読んでいるけれど、本当にこれは他人事なのか?
    そもそも「ブンリン」の存在そのものも、架空のものなのか?なんとなく不安になる。すでにあるんじゃないか。もしかするとすでに何人もの作家さんたちが本当はブンリンに強制収容されているんじゃないか。なんて。
    でも、これはある意味すでに別の形で行われていることだよな、とも。
    この表現によって誰かが傷ついています。この表現は倫理的に問題があります。この表現は反社会的です。だから私が正してあげます。
    そういう強い意志の元、眼に見えない場所から投げつけられる石。どこかで標的の名前が上がったら徹底的に攻撃する言葉たち。「更生」されるまで続く「正義」という名の暴力。
    「悪い」小説はその小説そのものではなく、書いた本人に責任があるのだから責めて叩いて矯正するべきらしい。でも、「良い」と「悪い」は誰が決めるんだ。それが、怖い。
    何か大きな力でもって知らない間に都合のいいレールに乗せられている。同じ方を向いて、同じ考えをもって、同じものに頭を下げて。そういう社会に、もうなっているんじゃないのか。日は、沈んでしまったのか。

  • 予想通り、強烈でした。
    えーん、1,600円の価値が有ったのかが分からん!

  • 作家は政府が求める『いい小説』だけ書いていればいい。
    それに反するものは強制収容所へ。
    ではいい小説とは?
    と反発すれば、ノーベル文学賞を取る小説やハートフルな泣ける小説。逆に悪い小説は暴力行為や官能シーンがある小説。
    なんとも無茶苦茶な…
    と思っても、もし現実でそうなってしまったらなんとも怖い。国の方針に沿わない作家は狩られる時代が来たとして、本を読む人の人口は年々少なくなっているから大して話題にならない。気づいた時には作家狩りは当たり前になっていて、同時に小説だけでなく他の表現の自由も奪われる。
    タイトルの通り希望はない。日が沈みます。

  • 一気読み。
    友だちの意見聞きたい。
    マッツ夢井はエンタメ小説家だったから、国から目をつけられた。純文学作家でも狙われる? 越智はミステリー作家で反原発小説を書いたら連れてこられたって。もしもこんな世界になったらみんなが面白かったよ素敵だったよ楽しいよ綺麗だよ美しいよ美しい日本よってことだけが正しくなってしまって、共感しないと何が書いてあるのかわからないと駄目(実際ほんまのほんまに何が書いてあるのかわからないと読めないってひとたくさんいるから)なつまんない小説や漫画や映画ばっかりになっちゃったとしたら、そんなの求めてないし、汚くていらないって思ってしまった。
    マッツ、どうなったんだろう。。

  • 2020年9月29日第1刷。最近矢継ぎ早に読んでいる作家桐野夏生さんの最新長編小説である。しかもどうやら、「表現の不自由」の近未来を描くという、まさにタイムリーな、現在の滅び行く日本の病理に直接対峙する内容らしいので、非常に期待して購入した。
    が、読み始めて物語世界の薄いシュールさに戸惑い、「大丈夫かな」と心配になった。カフカ、ブランショ、オースター、安部公房、アンナ・カヴァンに近いような、現実感から遠いような状況が直ちに開始し、物語としてどうなのか、心許ない気分になったのだ。
    基本的には現在の日本なのだが、ネガティヴな作風を咎められた主人公の女性小説家が、「総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会」なる官公庁から召集され、ソルジェニーツイン風の収容所に監禁されるという設定だ。この辺がどうも、自分の現実感覚としては飛躍的すぎるように感じられて、不安になったわけだ。
    映画「時計仕掛けのオレンジ」の主人公が洗脳され、「カッコーの巣の上で」の主人公がロボトミー手術を受けたような残酷さで、「下品な」小説家の「更生」が押しつけられる。しかも、そこに出口があるのかどうか極めて不透明だ。他にも、政府批判や猥褻な作品を書いた作家たちも収容されているらしい。
    最初の方で所長と交わされる(永久に噛み合うことの無い)文学論も興味深くはあるが、ちょっと唐突な感じがした。
    「1984」のようなディストピアを描いたこの小説は、しかし、読み進めるうちに、
    「これはまさに、今の日本社会の状況だ」
    と共感させる迫力を帯び、物語後半は焦燥感に駆られ、主人公の幾度にも渡る敗北の屈辱を共に味わいつつ、圧倒的な感銘のうちに読み終えた。
    これは、時代に真っ向から切り結んだ、リアルな、狂おしい苦痛に満ちた、大変素晴らしい傑作小説である。
    あまりにも非人道的な収容所での生活は、一見、現在の日本とかけ離れているように最初は感じられるのだが、そういえば、我が国の「入管」では現にすこぶる非人道的な暴力行為が横行しているらしいという情報を最近よく見かけるし、たぶん自分が直接見てはいないものの、この国では現在もどこかでは、このような暴力が「公」によって駆使されているのかもしれない。
    時代の不穏さに関しては、開巻1ページ目にしてただちに触れられている。

    <私は基本的に世の中の動きには興味がない。というのも、絶望しているからだ。いつの間にか、市民ではなく国民と呼ばれるようになり、すべてがお国優先で、人はどんどん自由を明け渡している。ニュースはネットで見ていたが、時の政権に阿る書きっぷりにうんざりして、読むのをやめてしまった。>

    最初はなんとなく読み過ごしてしまったが、読み直してみると、これこそが安倍政権7年間においてどっぷりと病に蝕まれ異常そのものとなった現在の日本の姿である。
    テレビニュースが政府批判をするとただちに自民党からの抗議電話が延々と殺到し業務が出来ない事態にまで追い込まれ、それによって大手マスコミは屈したのだが、それにしても、このようなファシズムむき出しの政権を支持する大衆が少なからず存在するとともに、問題意識を自ら封じてしまった無関心層がその無言によって政権支持に加担した。総体的に国民の過半数を超える無教養・無知性な人びとが教養ある知識人を迫害しにかかっているのが、今の、滅亡プロセス真っ直中の日本である。
    この小説の中にも<善意がはびこって世界が息苦しくなった>といった文があった。この「不寛容な正義」がいかに暴力的なものであるのかは、今年のコロナ禍における「自粛警察」「感染者狩り」等によってあからさまになった。この小説はコロナ以前の作品だが、事態はさらに深刻を極めているのである。
    ネガティヴな作品は禁止、ポジティヴな作品だけが良い。という妙な価値観が蔓延していることは、20世紀末頃から私もじわじわと感じていた。それがついに、「正義」「公」を振りかざした行政によって、この小説では暴力そのものとなっている。
    この本があまりにもエキサイティングでアクチュアルな問題と苦痛を吐露していることに驚き、「週刊読書人 2020年10月2日号」( https://dokushojin.stores.jp/news/5f74214d93f61956cbe6fdf0 )を購入し、桐野さんと星野智幸さんの対談を読んだ。ここには、本書が生み出された作者の思いなどがストレートに語られており、興味を感じた方は是非読んで欲しい。
    この本の発想は東日本大震災以後の世情から来ているようだが、やはり、「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展」事件も強く意識されている。

    <(桐野)(表現の不自由展は)表現の自由を問題にしているのに対して、「その表現で傷つけられた人間のことも考えろ」と激しく反撥される。全然違う話にすり変わっています。問題としている部分が根本的に違ったままで、会話が成立するはずがありません。>(前掲、週刊読書人)

    そう、多様性に対する寛容さがいったん失われてしまえば、「話し合い」はひたすら不毛なだけのものとなり、世は全体主義に向かうしかないのである。
    こうしたディスコミュニケーションの苦しみが、この小説を覆い尽くしている。
    まだそんなに多く読んでいないが、この桐野夏生さんという小説家は、「現代のプロレタリア文学」とまでときおり言われるような、現代社会の生活上の苦痛を中心に描出しているように思われる。それは、人の心の傷口に手を突っ込んでグリグリとかき回すようなスプラッタ的残酷さを帯びており、恐らく多くの読者は、「面白いけど、苦しくて辛すぎる」と思うのではないだろうか? この作家は一応「エンタメ系」に分類されていて作品は書店にもよく置かれているし、例えば島田雅彦さんのような完全な純文学系作家と比べれば遥かに売れ、読まれているのだろう。しかし、「大人気」とまでは決して言えないのではないか。
    いみじくも、2001年の新聞上のコラムで彼女が書いているのを見かけた。

    <もともと私は文句体質である。理不尽な目に遭ったり、不公平を感じたり、不透明な出来事が生じたりすると、つい文句を言いたくなる。>(「女の文句」:エッセイ集『白蛇教異端審問』所収)

    昨今よく見かけるクレーマーというのとは違うのだろうが、日々出会う悔しさ、苦しさ、痛みに対し、怒りを込めて反撃を試みようとしている、一人の女性の心がここにある。
    もちろん、その感性は私とは全然異なったものだろう。しかしその、ドストエフスキーにも似た苦しみの文学作品を通して、読者はレヴィナス風に「他者の苦しみ」を引き受けることを迫られるのだ。それはつまり、極めてラジカルな、あまりにも人間的な局面を形成するのだ。

    本小説は最後に「え? え? やっぱりそっちなの?」と驚かされるのだが、前掲の「週刊読書人」の対談によると、作者は再稿においてその「Uターン」となる15行を書き加えたのだと言う。映画「パピヨン」のように最後は自由の空/海が広がるのではなく、今この社会には明るい未来など片鱗も見えて来てはいないのだ、と言うかのように。

    <むしろ、息苦しさはこれからもっと酷くなると思います。今の現実が、一番のホラーです。>(前掲「週刊読書人)

    エンタメか純文学かといった区分けなどどうでも良いと私は思っているが、桐野夏生さんの小説はドストエフスキーやカフカのような、時代を反映し緊張感に満ちた優れた結実であり、この現実社会の歪さと、たとえば松本清張のような昭和の大作家と同様に戦い、しかし女性作家として全く異なる感性と方法で戦おうとしている。
    完全におかしくなって滅びようとしているこの社会との絶望的な戦いがこの先どのように展開されていくのか、私は息を詰めて見てゆくしかない。

  • 期待して見たのにガッカリした『世にも奇妙な物語』って感じ。
    桐野さんの作品としてはとても絶賛はできない内容。
    訴えたい事はすごくわかる。今だからこそ書くべき本だったのかもしれない。
    だけど主人公はもちろん、他の登場人物の描き方が浅すぎ。肝心のストーリーも最初と最後以外はほぼ同じような流れが繰り返される。
    終わり方も個人的には好きじゃない。
    桐野さんならもっといい作品書けるはず‼︎

  • 導入が丁寧だっただけに終わりが唐突。もう著者の傾向として諦めてもいるけど、「その後どうなるのか、どこへ行くのか」を想像に任せる終わり方はどうなのか。OUTぐらい中盤が濃密なら余韻に浸れるがどうも突然物語が打ち切られた印象。
    さらに後半は恭順→反抗→罰→恭順を繰り返していて飽きる。主人公はブンリンの人間を愚鈍かのように言うけど、そう言う本人こそどっちつかずで学習しなさすぎて苛つく。
    「これを書かなければならないと思った」と意気込んでいたらしいが、それならもっと練るべきでは。どうせなら反抗を貫いてほしかった。

  • 翼をもぎ取られるも皆んなが涙する良い小説を書いて生きれば良いのか、もしくは書かずに死ぬばよいのか、そんなの酷すぎる。暗くて怖くて絶望しかない。でも、作家に限らず、何かを表現する人達には、収容されなくとも何らかの圧力だとか制限がかかっているのではないか…。そんな事象が現世界でも目立つ。知らず知らずのうちに出口のない迷路に閉じ込められるのかもしれない。

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著者プロフィール

桐野夏生

一九五一年、金沢市生まれ。成蹊大学卒。九三年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞、九八年『OUT』で日本推理作家協会賞、九九年『柔らかな頬』で直木賞、二〇〇三年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、〇四年『残虐記』で柴田錬三郎賞、〇五年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞、〇八年『東京島』で谷崎潤一郎賞、〇九年『女神記』で紫式部文学賞、一〇年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、一一年同作で読売文学賞を受賞。他の著書に『ポリティコン』『緑の毒』『ハピネス』など多数。

「2020年 『デンジャラス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

桐野夏生の作品

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