プリズン・サークル

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  • 岩波書店 (2022年3月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (300ページ) / ISBN・EAN: 9784000615266

作品紹介・あらすじ

受刑者が互いの体験に耳を傾け、本音で語りあう。そんな更生プログラムをもつ男子刑務所がある。埋もれていた自身の傷に、言葉を与えようとする瞬間。償いとは何かを突きつける仲間の一言。取材期間一〇年超、日本で初めて「塀の中」の長期撮影を実現し、繊細なプロセスを見届けた著者がおくる、圧巻のノンフィクション。

みんなの感想まとめ

受刑者同士が本音で語り合うことで、自己の罪と向き合い、感情を表現する力を得る様子が描かれた作品です。日本の刑務所における新たな更生プログラムの実態を通じて、過去のトラウマや負の連鎖が浮き彫りにされ、犯...

感想・レビュー・書評

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  • 先に映画を見たかったんですが、上映場所が果てしなく遠くて断念!配信もされていないので本で読みました。映画に入り切らなかった細かい所まで描写されているとのこと。
    よく海外映画の刑務所だと凄いうるさいイメージがあって、本書で知ったことは日本の刑務所はものすごく静かだということ。それは行儀がいい人ばかりということではなく、沈黙を強いられているようで、tcでの話し合いは今までの日本では考えられなかったことだと言うのが1番驚きました。
    先日ニュースでもやってましたが、拘禁刑が導入されたように徐々に取り組み方が変わって再犯が少なくなればと思いました。

  •  刑務所での刑罰というイメージが、根底から覆されるノンフィクションです!

     プリズン・サークル‥塀の中の円座。受刑者同士が語り、問い、己の罪と向き合うだけでなく、過去の記憶と喜怒哀楽の感情を呼び起こします。そしてそれらを表現する言葉を獲得し、新たな、いや、ひょっとしたら人生初の価値観や生き方を身に付けていく姿が克明に描かれています。
     読み手はそれらを目の当たりにし、人間的成長や相互影響の大きさを実感し、心を揺さぶられます。

     受刑者の語りからの共通点として、「加害者はかつてもれなく何らかの被害者だった」という事実が浮かび上がります。つまりは「負の連鎖」なのですね。だからこそ、本作で描かれるTCユニット(後述)が、塀の中ではなく、塀の外にこそシステム構築される必要があると痛感しました。
     もうこれは学校教育の中で行われる「対話的で深い学び」に他ならない気がします。ICT(情報通信技術)教育も大切ですが、学校は何か大事なことを疎かにしている気がしてなりません。痛切に考えさせられる秀作でした。

    (以下は、本書刑務所の特徴と著者の紹介です)
     島根にある官民協働の新しい刑務所 : 社会復帰促進センター。初犯、刑期8年以下、男性のみ対象とし、これまでの刑務所の顕著な特徴である〝懲罰対象で半強制の「沈黙」〟の逆のアプローチを推進する刑務所です。特に、受刑者(訓練生)同士の対話により更生を促す「TC(セラピューティック・コミュニティ=回復共同体)」プログラムを、日本で唯一導入しているのが大きな特徴です。

     著者は、米国の受刑者を取材し続けてきた、ドキュメンタリー映画監督の坂上香さん。2022年3月初版発行です。坂上監督による同名ドキュメンタリー映画が2020年1月に公開され、文化庁映画賞・文化記録映画大賞を受賞されているようです。取材許可まで6年、プログラムの密着撮影2年、完成まで計10年を要したとのこと‥。(私はまだ拝見しておりません。動画配信サービス・販売DVDも見つけられず‥、残念です)

  • 島根あさひ社会復帰促進センターという、犯罪を犯した男性たちを収容する刑務所がある。
    そこの画期的な更正プログラムを撮ったドキュメンタリー映画『プリズンサークル』の十年に及ぶ撮影秘話と後日談が収められたノンフィクション。

    犯罪を犯す人間はどういう環境で育ち、どういった思考を持ち、どうやって罪を犯してしまったのか。
    彼らが語る、信頼できるはずの大人からの虐待、周囲からのいじめの被害、自身の加害体験に暗澹たる思いがした。
    暴力は連鎖する、とはアリス・ミラーの言葉。
    犯罪の加害者たちに与えられたのが暴力ではなく、ぎゅっと抱きしめる愛情深い手だったら、と思わずにはいられない。

    みなさん、よくぞ話してくれました。
    坂上さん、よくぞ書いてくれました。

    塀の向こう側にサンクチュアリ(安心できる場所)を作ることができたんなら、塀のこっち側にも作れる。
    それにはこっち側の許容と理解が必要だ。

    読み終わったあと、あらためて、帯の教育学者の上間陽子さん(『海をあげる』)の言葉が突きつけられる。

    「私たちもまた泣いているあの子を見捨てた加害者のひとりではなかったか?」

  • プリズンサークル
    「島根あさひ社会復帰促進センター」は官民協働で設立された男性受刑者のための刑務所。
    ここの特徴は受刑者同士が自らの犯罪に至った経緯や感じていたことなどを語り合い、自分自身が犯罪を犯した理由を知り、そこからの更生をはかるTC(セラピューティック・コミュニティ=回復共同体)を実践する。そしてTCの手法に長じたメンバーが支援者として参加する。
    筆者はこれまで国内外でドキュメンタリーを撮り続けてきた。今回も米国の刑務所での取り組みを知り、同じ手法を取り入れた刑務所ができたことを知り、そのドキュメンタリー映画を撮ることにした。
    本書はそのドキュメンタリー映画の内容に加えて、撮影に至つた背景、色々と許可を取るのが大変で困難を極めた撮影の裏話、結局許可がおりず映画では残すことが出来なかった部分などに言及している。
    刑務所に入っている受刑者は罪の重さの軽重はあるが、いずれも被害者がある犯罪を犯した人たちなので、必ずしもいい話だけで構成されているわけではない。それによって被害者が救われるわけでは無いことは確かだ。
    しかし、一方でただ反省の言葉を述べ、厳しい規律で犯罪者を抑制するだけのアプローチで犯罪者が本当に罪を反省し、更生できるとは限らない。
    受刑者たちは例外なく幼少時に虐待やネグレクトの環境にある。家で食事が出ないことがあり、幼少時から万引きして飢えを凌いでいた話などが出てくる。
    家庭で虐待され、学校ではいじめにあったり、脅されて窃盗などをする毎日を送る。問題は彼らがそれ以外の人間関係や社会を知らないまま成長することだ。虐待されていた少年は力関係が逆転した時に親を虐待したり、下級生をいじめる側に回る。
    それが自然なのはそれが彼らか生きてきた世界だからだ。

    もちろん、それを言い訳にして彼らを許すということではなく、TCはそういう自分たちの経験や、感情を互いに吐露する事で、自分たちが何故犯罪を犯すに至ったのかを見つめ直し、それを意識した上で、そこから抜け出すことに向かっていく。

    興味深いのは健太郎と呼ばれる、親戚の叔父宅に盗みに入り、窃盗と傷害罪です服役している青年が、TCに参加した当初はなにをしても無感情、人を傷つけるという事に全く抵抗や罪悪感を抱かない状態であったのが、撮影期間の終わりの方では感情が生まれ始めていたこと。
    そして残念な事に撮影期間が終わった後、出所して作者とメールなどをやり取りしている受刑者がいる一方で、健太郎のようにどうなったのかがわかっていないという。

    残念な事にこの本の元になった映画「プリズンサークル」が未見だ。メディア化も配信も予定されていないという。上映会がないと見ることができない。難しいかもしれないが機会が有ればぜひ見てみたい。

  • 「プリズン・サークル」 記憶のふた外し自分と向き合う 朝日新聞書評から|好書好日
    https://book.asahi.com/article/14620337

    受刑者 語られぬ内面に迫る [評]荻原魚雷(ライター)
    <書評>プリズン・サークル:北海道新聞 どうしん電子版
    https://www.hokkaido-np.co.jp/article/681172?rct=s_books

    プリズン・サークル - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/book/b600988.html

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      ◆安心して過去 語れる場[評]河原理子(ジャーナリスト、東京大特任教授)
      プリズン・サークル 坂上香著:東京新聞 TOKYO Web
      h...
      ◆安心して過去 語れる場[評]河原理子(ジャーナリスト、東京大特任教授)
      プリズン・サークル 坂上香著:東京新聞 TOKYO Web
      https://www.tokyo-np.co.jp/article/180105?rct=book
      2022/05/30
  •  刑務所「島根あさひ」にて行っているTCという更生の取り組みに焦点を当て、犯罪者の更生、償い、社会復帰とは何かを紐解いていくノンフィクション。同名の映画があり、その取材の過程を記している。
     映画を観ていないため正確な評価はできないが、犯罪者だけでなく人とは何かを考えさせられ、また自分の犯罪者に対する認知の歪みや浅慮さを思い知らされた。読んでよかったと思える一冊だった。4.4。

  • 犯罪者と未犯罪者は些細な切っ掛けなんだと改めて感じた。周りの大人達がそうさせるものも多分にあるから子供の環境は物凄く重要なんだね。

    Twitterなどではよく「犯罪者はどうせ再犯するんだから殺せば良い。そうしないと遺族は満足しない」という匿名だからこその極論もよく見かけるが、その意見もこれを読んだあとには傲慢さを思い知る。
    内省をする機会ややり方を知らないだけだったりするし、外野が「そんなの普通に生きてれば身につくでしょ!」というのもおこがましい。どうとでも言える。

    島根あさひではそう言うプログラムがあるのね!って言ってもコロナ後は崩壊しかかってるのかな?

    出所後は働くのに制限が厳しそうだな…と思ったら、資本主義の奴隷みたいに働いてる私よりよっぽどバイタリティに富んで活動的な人が沢山紹介されてるじゃないの。元々ポテンシャルはあって方向さえ間違わなければ成功していくのね。

    あと映画を見てないからわからないけど、これはノベライズとはあるけど副読本に近そうかな?

  • マイノリティ同士が出会い心を開かせ合う経験がそこでは積み重ねられている。

    このような積み重ねが、刑務所のようなところではなかなか行われないだろうがもっとも大切に行われるべきだと思う。刑務所じゃないところでも、心が通う取り組みの場がもっと必要だと思う。

    島根あさひの中のごく一部の人たちが経験し、参加した一人一人の、人生が言葉、出会い、助け合いにより立ち上がってくる。これまで助けを求めることが選択肢になかった人たちが少しずつ、手を伸ばし口を開き、、

    著者が交流していた、東京拘置所の死刑囚の話。
    ハワイ大学のジョンソン教授は、日本の死刑制度が過剰に社会との交流を阻んでいる、日本では死刑囚が、社会的死と、死刑執行により二度殺されるという批判が記されている。
    日本でも力があるものはなんぼでもやり直しがきいたり罪にさえ問われないことが多いが、この死刑囚にかんする言説以外にもそもそも社会的弱者として生まれたり、一度なった者は何度も何度も陰湿な社会的死、無関心、そうなって当たり前という関心のみに晒され続ける。

    映画でも、この本に載っている写真でも、あさひの受刑者の後ろ姿、皆同じ髪型、、子どもの頃から髪型や髪の色、着るものに細かい規則を作ってそれを守らせる、昔の軍隊みたいなことをみんなおかしいと思わないで今も変わらずやってる社会おかしくないか。受刑者だろうが学生だろうが、なんで髪型まで他人に決められてて当たり前と感じてしまうのか。

    自分のものがたり。
    学び落とし。
    エモーショナルリテラシーの獲得。
    感盲。
    いろいろな言葉が全く想定すら想像すらできないレベルのもので、あまりに無知であったし、このサークルの中で語りだまり笑いうつむきTCに取り組む方たちにとっても未知の塊だったと思うのだがこれだけの果実がひとりひとりの言葉となり行為となり生まれることに恐れ入る。

    それにしても日本のシステムのひとでなしっぷりがすごい。腹が立つ。
    映画でも忘れられないシーン、映画の取材の最後に監督と面談した受刑者が、規則外の発言(発言のたびに手をあげ許可を求めるとルール自体意味がわからない!)監督という著者である坂上さんにはにかみながらも笑顔で、握手してもいいですかと聞いたシーン。握手もハグもできない、そのことがとても理不尽であり、痛く、辛い。誰とも触れ合うことができない規則これで更生とか社会に戻るため、なんてなんなんだろうか。
    映画でも本書でも泣いてしまうところ。
    さらに最後エピローグで坂上さんの家族が同じ時期に別の刑務所に入られていたことが記されていて驚いた。坂上さんの共感力、感度の高さ。人それぞれの人生の蓄積、積み重ねだものの重みによるところもあるのかなと思う。
    普通の刑務所より、明るい建物、壁、パステルイエローとグレーの作業制服、それでも私には無機的で冷たい空間に感じられたが本書の表紙の装丁、装画は黄色い椅子が光り輝く金色に見えて、読み終えたあと表紙を見て、ハッとした。繋がり、関わり、愛情、希望を感じる金色の光。

  • 図書館で借りたのですがちょうど借りるタイミングで同タイトルの映画を先に観ることができ
    、映画を振り返りつつ理解を深めるという感じで手にすることができました。

    映画ではちょっと伝わらなかったと感じた箇所も本書を読むことで「ああいうことだったか」とか「あの場面の背景にはそういう経緯もあったのか」などよくわかるところがありました。
    機会があるなら映画と合わせて読まれるといいと思います。

    しかし取り組みとしては素晴らしいと思ったものの、これが全国に広まるわけではないこと、更生は大事なのは当たり前ではあるけれども、例えば死者が出てしまっているような事件の受刑者である場合(実際主要な登場人物にそのような罪を犯してしまった人が出てきますが)、その彼がTCを経て社会復帰後、目覚ましいほどの感受性の発展や感情や語彙の獲得していることを知ると「亡くなった人はもう何も得ることが出来ない」という現実に私は複雑な思いがしてしまいました。その辺りをこの元受刑者の人は考えるのだろうかということも疑問でした。

    罪は罪ですが、やはり窃盗と殺人は全く違う罪であり向き合い方も当然変わるのが普通なのではないかと私は考えるので、最後の方の試写会のくだりはもやもやとした気持ちで読み進みました。
    本書で13章にあたる部分は、映画では描かれていないことであり、それを知ることができたのはとても良かった。きっとこの部分を映画にも盛り込みたかったのではとも思いました。

    そしてエピローグに綴られた著者自身の話は衝撃的でした。私も著者の立場によく似ている境遇にあるからです。このような本を手に取る人には知識や社会を識るというためよりも(もちろんそういう人もたくさんいるでしょうが)犯罪というものに対する何らかの当事者性がある人が多いような気がします。
    奇しくも作品としての刑務所と身内が収容されている刑務所を行き来しなくてはならなくなり、帰りの車の中で声を上げて泣いたという著者の告白には私も思わず泣きました。

    人生って時々何の巡り合わせなのかそういう皮肉な現実にぶち当てられてしまうことがあるなとつくづく感じます。よくぞ最後まで映画を仕上げ本書を著してくださったと思います。
    最後のページにあった喪失の出来事についても何があったのか、乗り越えることができてかつ可能ならばいつか本にしていただきたい。
    今手に取るべくして取った必要な一冊でした。

  • 衝撃的だ。犯罪者といえば忌むべき恐ろしい存在で厳しい懲罰と管理が必要だ、というのが固定観念だったことに驚かされる。本書を読むと、刑務所に収容されている受刑者こそ、世代間連鎖の被害者であり、社会的弱者であり、刑務官、弁護士、社会常識のほうが冷酷で無慈悲な悪だと感じ、映画の主人公たちに感情移入し、エールを送りたくなる。成熟した社会は、加害者をうみださないのだろうか。映画を見てみたい。

  • 出版のタイミングで期間限定の配信があり、同名の映画と監督のトークイベントを先に見たのが大正解。このふたつはそれぞれ完成された作品なのだけど、併せて鑑賞することで見えてくるものが立体的になってくる。個人的な傾聴経験からも、社会には「安全に語り合える場」が必要だと常々感じるところでもあり、「今ここ」で、自分にできる事を続けたい。

  • 2008年に「新しい刑務所」として開所された「島根あさひ社会復帰促進センター」で行われているTC(回復共同体)という更生プログラム。それは、受刑者同士が互いの話に耳を傾け本音で話し合いながら罪と向き合う。
    日本で初めて刑務所内での長期撮影を行った模様が映画化された『プリズン・サークル』(坂上香監督)の書籍版。映画で登場した彼らの「その後」を知れ、罪とは、罰とは、更生とは何か?ということを問いかけてくる。昨年、映画を見ましたがその衝撃が大きく、このように書籍化され冷静に自分自身に向き合えました。

  • 刑務所の外にTCはないのだろうか?あるのなら是非に参加したい。


    刑務所の中でどんなことが行われているか、それが書かれているところを読んだとき、すごくショックを受けたのと同時にものすごく怒りが沸いた。本当に奴隷じゃないか。

    とにかく怒りの感情が強すぎて。関連する本を読まなくては。

    知識をつけなくては。TCについても刑務所についても。修復的司法についても気になった。その上で再読しなければ。

  • 映画「プリズン・サークル」撮影の過程、あるいは後日談。

     舞台の島根あさひ社会復帰促進センターはれっきとした刑務所である。PFI刑務所と呼ばれる官民混合運営型で取り組まれる「TCユニット」と呼ばれる更生に特化したプログラムに参加する受刑者と支援員の物語。

     このTCサークル、素晴らしい取り組みである。TCサークルがどなんものかということは本書を読んでいただくとして、しかしながらこの取り組みがこの国の「犯罪者を懲らしめる」ことを唯一の目的とした刑務所のあり方を変える蟻の一穴にはなりそうもない、ということも著者は感じている。それほどまでに、この国の刑務所行政は堅牢であり、LBGTQや入管問題や夫婦別姓問題と同様、世界の常識からずれまくっている。つまり、人権や個人が全く尊重されていないのである。

     僕らはすでにノルウェーのリゾートみたいな刑務所(ルトガー・プレイグマン「希望の歴史(下)」)、ハルデン刑務所の取り組みなどを知っている。

    希望の書・・・・というより、絶望の書かもしれない。

  • 受刑者が互いの体験を語り合う「島根あさひ」のTCユニットという更正プログラムに焦点を当て、受刑者の変化を追ったドキュメンタリー。更正プログラムのことも、日本の現状と課題も初めて知る内容ばかりで、いろいろと考えさせられる一冊だった。

    登場する受刑者自身が過去に壮絶な暴力にさらされたり、家庭環境に恵まれなかったりで、大人になって暴力が再生産され、犯罪として表出する悪循環がある。この状況を変えるには、語り得ないと思っている自身の体験を自分の言葉で語り、他者と認め合う場があることがいかに大きいかを教えてくれる。
    一方でまだ日本の多くの刑務所では語ることとは正反対の沈黙が重んじらているという。これは塀の中に限らず、特にコロナ禍であらゆる国民に沈黙が強制された経験も当てはまるのだろう。刑務所の食事場面が学校での子どもたちの食事の様子と同じだという場面があったけど、沈黙を強いられること、言葉や語りを奪うことの危機感は、前に読んだ「ルポ 誰が国語力を殺すのか」に通じると感じた。

    沈黙や暴力が言葉を奪うのは簡単だけど、自分を安心してさらけ出せる「サンクチュアリ」を形成し、維持するのは時間と手間がかかる。人が罪を償い、生き直すには「サンクチュアリ」があり、排除ではなく包摂に価値を置く社会であることが必要なのだと思った。

  • 表題作の映画が公開されたらしいことは何となく知っていた。今年になって本書が刊行されて、ああ『ライファーズ』の坂上さんか、と気づき読んでみることに。(『ライファーズ』を読んだのは4、5年前かなあ、と思いながら本棚を検索したら…もう10年近くも前だった!びっくり。最近、時間の感覚が実際より短いことが多くて…分母となる時間が伸びたせいかなとやや自虐的に思い返しつつ。汗)

    昨日、刑法が115年前に制定されて以来、初めての改正案が成立したらしい(正確には、成立の見通し、だったか)。懲罰ではなく更生を軸にするという。私個人としては、ようやく、という思い。SNSなどでは、何かと自己責任、犯罪には厳罰化の声が多いように思うが、はっきり言ってそれでは効果がないことは、様々な検証からほぼ間違いないといわれている。再犯してしまう人の多くが、出所後の支援がほとんどないために社会から排除されてしまい、社会での受け皿がないことが再犯に走る大きな原因である。そのことが社会に浸透していない。犯罪を防ぎたければ、社会で彼らを受け入れる土壌、意識、包摂の文化が不可欠なのだ。加害者に税金を使う前に被害者救済だろ、という向きもあるが、もちろん加害者の更生に向けた施策と同時に、あまりに希薄な被害者救済の手立ても進めていく必要もあるだろう。加害者がいれば被害者もいるのだから、どちらにも手を差し伸べなければ、本当の意味での問題解決には至らない。
    そのためのひとつの方法として、修復的司法の取り組みがあると思うが、思いがけず、そこに話が広がっていた。以前から興味を持ち書籍などをあたっていたが、海外では1970年代から取り入れられている手法という記述が本作中にあった。30年くらいの歴史があるものと思っていたが、そんなに以前からある考え方だったとは。死刑制度の存続を支持する人が多かったり、自己責任論、厳罰化の流れが強い日本がいかに遅れているかを改めて痛感する。
    今は包摂の時代。共生、多様性を実現したいなら、過度の自己責任論、個人への責任の押し付けは排除を生むだけだと、皆が理解しなければならない。

    本書に登場する「犯罪者」たちが、犯した罪と向き合い、自分自身と向き合って、彼らが経験できてこなかった「人とのつながりの中で、自分も相手も尊重しあう」体験は、彼らを生き直させる。更生し人として成長し「被害者」や「被害者家族」からも応援され、社会で役割をもって暮らしている姿に涙がとまらなかった。

    すべての人が同じように変われないかもしれないが、変われる人もいるのなら、それは取り組む価値がある。結局は、彼らの更生は、私たち社会に返ってくる。
    みんながそう思えるように、社会が包摂の概念を受け入れられるように、地道に進んでいくしかないのかもしれない。

    筆者によると、施設での職員の入れ替わりに伴って、島根あさひでの取り組みは本作が書かれたころに比べて、活動の様相が変化して弱くなっているらしい。なんとも残念なことだ。ぜひとも続いていってほしいし、ほかの更生施設でも取り入れてほしいと切に願う。

    そして本作を通して強く思ったのは「話す」ことと「話を聞いてもらう」こと、対話の持つ力だ。修復的司法や精神療法としてのオープンダイアローグ、メンタライゼーションや依存症の自助グループの活動、そしてこの島根あさひでの取り組みなど、やり方の多少の違いこそあれ、対話が人を癒し対話が人を変化させている。ベースとなるところはどれも同じで、そのどれもが、人の中でその人がそのまま受け止められることで、人を癒しているということ。
    つまるところ、実はその人自身にはちゃんと回復する力があって、その力を引き出すのは、その人を丸ごと受け止めてくれる誰か、なんだよなあ。
    犯罪や精神疾患に限らず、虐待だったりDVだったり生活困窮だったり、社会の中にある解決すべき課題は、どこかの時点で、その中の誰かが、人とのつながりの中に入ることができたら、きっと何かが変わるはずなのに。
    社会的な孤立や排除は、社会の問題を弱者に押しつけているにすぎない。人は人の中でしか癒されない。

  • “受刑者が互いの体験に耳を傾け、本音で語りあう。
    そんな更生プログラムをもつ男子刑務所がある。
    埋もれていた自身の傷に、言葉を与えようとする瞬間。
    償いとは何かを突きつける仲間の一言ーー。
    日本で初めて「塀の中」の長期撮影を実現し、繊細なプロセスを見届けた著者がおくる
    渾身のノンフィクション。”
    (表紙そでより)

    信田さよ子さん・上間陽子さん共著の『言葉を失ったあとで』で、映画『プリズン・サークル』のことを知った。
    どこで観られるのだろうと調べてみたら、なんとちょうど今週(2025年9月8日〜11日)だけ、舞浜のイクスピアリでリバイバル上映している!
    …でも、自宅からイクスピアリまでは車で往復2時間くらいかかり、映画の時間も合わせると、息子が学校に行っている間に観に行くのは不可能。
    諦めて、代わりに図書館でこの本を借りてきた。

    「島根あさひ社会復帰促進センター」。
    刑務所でありながら、名前に「刑務所」がつかないこの施設では、受刑者たちがグループセッションのような形で自らの過去や事件について語り合い、自らの罪や感情と向き合うというプログラムを、日本で唯一取り入れている。
    このプログラムは「TC(Therapeutic Community)ユニット」と呼ばれ、欧米を中心として世界中のあちこちで実践されているという。

    著者は2014年から2年間にわたって、「あさひ」で撮影とインタビューを敢行した。
    法的な理由で、受刑者たちとの身体的な接触や、現地で取ったメモなどの施設外への持ち出しは、固く禁じられた。
    また、編集の過程では、受刑者本人のみならずその家族、また被害者がいる場合は彼らとその近親者の意思や感情も、当然のように考慮しなければならない。
    様々な制限がかかった状況下での映画作成は、困難を極めたという。
    それでも、TCの存在と意義を世の中に伝えたいという強い思いが、映画を完成させた。

    罪を犯した人間の自由や権利を剥奪し、厳しく罰することに重きを置く、従来型の刑務所システム。
    対して、受刑者たちが自らの罪と根本的に向き合い、行動の原因を究明する機会を作ることで、再犯を抑制し、社会復帰を促進するTCユニット。
    日本においては、芸能人や政治家の不祥事の事後を見ると感じるように、一度の失敗を許さず、新たなチャンスを与える余地なく完膚なきまでに叩き尽くす、というような風潮が強い。
    そういった国風の中で、このような活動はなかなか理解を得ることが難しいだろうなぁと、読みながら歯痒さを抱いた。

    長期間にわたって連続猟奇的快楽殺人を犯してきたような人が、このプログラムによってすぐ更生し、社会復帰できるとは思わない。
    けれど、軽犯罪だったり、初犯だったり、まだそれほど犯罪傾向が進んでいない人なら、自分が罪を犯してしまった原因を究明することで、同じ過ちを犯さないよう軌道修正できる可能性は少なくないと思う。
    既に犯してしまった罪の言い訳には当然してはいけないけれど、人が罪を犯すに至った過程には、必ず何らかの原因がある。
    幼少期に虐待、ネグレクト、いじめ、暴力などで日常的に心に傷を負い続け、それが当たり前になってしまっていたら、今の自身の衝動性や暴力性の根本に過去のトラウマがあったのだということを自覚すること自体、難しいだろう。
    そこに気付いて初めて、人生を新たな軌道で描き始める準備が整う。

    TCユニットの特異な点は、カウンセラーや精神科医などがその気付きを促すのではなく、受刑者同士の対話セッションの中で、自らで気付き、自発的に語り出すのを待つ、という点だと思う。
    周囲の発言に背中を押されたり、メンバー同士の対話で心に想像もしなかった化学変化が起きたりして、ずっと無言だった人が突然語りだす、というような機会も少なくないという。
    男は、女は、と物事を語ることは御法度だけれど、それでもやはり「語る」ということ、特に「自分自身について語る」ということについて言えば、苦手とする男性の方が多いように思う。
    「嫌い」なのではなく、「苦手」。
    幼い頃から「男なんだから泣くな」「感情を露わにするなんて女々しい」などと言われ、常に強くあることを求められてきた男性であれば、あのときは辛かったと認めること自体が苦しいだろうし、人前で傷付いた自分を曝け出すなど、至難の業に違いない。
    男性ならではの生きづらさもあるなぁと感じる。

    新しい取り組みを始めることは難しい。
    ましてや、刑務所の中なら尚更だ。
    会ったこともないどこかの受刑者の心の声を聞く筋合いはないと切り捨ててしまうことは容易だけれど、罪を犯してしまう人の数が減れば、結果的に世の中全体の豊かさも高まる。
    TCユニットは、きちんと結果を出している素晴らしい取り組みでありつつ、従来型のシステムに馴染んだ人たちからはなかなか賛同を得られなかったり、法的な制限が多く思うようにプログラムを勧められなかったり、課題も残っているとも書かれていた。
    わたしは、このような取り組みがもっと広まっていけばいいなぁと思ったし、今後の動向も引き続き追っていきたい。

  •  考えさせられた。犯罪者に対して、被害者に同情して厳罰を求めてしまいがちだが、いくら罰を与えても、根本的な問題を解決しなければ再犯してしまう。そして、受刑者の多くが虐待やいじめを受けてきたということも衝撃だ。犯罪に手を染める前に、彼らを救済することはできなかったのだろうか。

    暴力を受けることによって暴力を「学んで」しまった彼らが「暴力を学び落とす」のは簡単ではない。ここにあるような更生プログラムはすごいと思う。もっと広がってほしいし、出所後のサポート体制も大切だと思った。

  • とても面白い。

    もちろん全員ではないが、自分の犯した罪に対して罪悪感がない受刑者って一定数いるんだろうなと思った。
    本書でも「なんで悪いのかわからない」とか「なんで自分ばっかりこんな目に遭わないといけないの」とか言ってる人何人もいて驚いた。

    だって彼らは公判でも反省していますと言ったり反省文書いたりする。
    でも、やっぱほんとはそうでもないんだと驚いたし、
    そのリアルな内心を拾えたことが本書のまず大きな成果だと思う。

    受刑者たちは幼少期に虐待やいじめなどの経験がある子も多く、生きづらさを抱えている人が大概であるから、被害者意識の方が強いというのも興味深い。
    そして自分と向き合って自己憐憫を認めてその原因を考えてそれを取り除いた上で初めて、罪悪感をもち反省する気持ちが芽生える、ということもよくわかった。
    私たちは反射的に「悪いことしたら反省しろよ」と思ってしまうが、それは実は途方もなく長いプロセスが必要なんだな。
    罰としての刑務作業ではなく、罪悪感を持ち反省に至るような思考のプロセスを形成できるトレーニングを提供しないと、絶対にまた再犯するだろうしこの世から犯罪はなくならないと強く思う。
    来年の拘禁刑導入を機に、刑罰の形が良い方向に変わるといいな。

  • 5月に本を開いたが、中断ののち、9月から再開してようやく読了。「学び」が多く、一度にはまとめられない。改めての機会を待ちたい。

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