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Amazon.co.jp ・本 (504ページ) / ISBN・EAN: 9784000917261
感想・レビュー・書評
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本巻に入っているものは1909(明治42)年に書かれたものが中心で、この年荷風は29歳、12月には30歳になる。米仏から帰国してすぐの頃で、「帰朝者」として旺盛にあちこちに書いたようだ。
帰国後すぐに書いて発刊したのが短編集『歓楽』で、ただちに発禁を食らった本だが、これの収録作全部と、その後の幾つかの小説、「すみだ川」等が収録されている。
全体に「若書き」の感があるが、巻頭の「歓楽」を読んで驚いた。作中の人物が「芸術を求める生」と「巷間に生きる日常性」との相克に煩悶するという典型的なモティーフで、荷風はその後こんな芸術観を示さなかっただけに、読んで意外な感じがした。いかにもこれは青臭くないか。観念に走ってしまうのは青年らしいというか、甘さというか。
が、はっきりと「青い」観念性はこの作品くらいで、短編集「歓楽」収録の他の作品はそんなこともなかった。とりわけ季節感のある風景描写が充実しているのは、この頃既に荷風文学が確立している観がある。ほとんど風景描写しかないような小説もあって面白い。
「帰朝者の日記」(のちに「新帰朝者日記」と解題)などは、米仏に5年間を過ごした荷風がどんなことを感じ、考えていたかを直接的に表していてたいへん興味深い。
米仏滞在とその文化の吸収、特にフランス文学への惑溺が、江戸文学や漢詩への愛着とどのように結び付いたかということが、私には結構謎に思われている。本巻には同年および翌年の、随筆というか雑記、短文がたくさん入っていてこれも意外な面白さなのだが、それを見ると、江戸文学と漢詩に関しては荷風が少年期から親しんでいた最初の文学体験であり、こちらが土台であって海外文学への傾斜は青春期のものだ。海外から帰国した荷風の目には明治日本のあまりにも急速な「西洋化」は拙速に過ぎ、江戸時代の残り香のような古き良きものがどんどん失われていくことに非常に憤慨したのである。
その雑文の内、最も興味を惹いたのは「文章の調子と色」という短文で、後の「小説作法」よりもこちらの方が、荷風文学の神髄を伝えているように思う。
「文章の形式を韻文にしなくても、散文として、夕暮なら夕暮の感じ、其他、嬉しいとか、悲しいとか云ふ微妙な心持を、微妙な文章の音楽的調子に依って、人に伝えることが出来ると信じて居る。
そして、私は文章の中に、矢張り音楽的の調子を加味することに苦心して居る。」(P.404)
荷風は実は子供の頃から音楽が好きだったようだが、その文章、特に風景を描写しているだけのような箇所にもある種の空気感があらわれ、「音楽的」滑らかさをもって文章ストリームが形成される。という点に、私が荷風作品をとても好む原因があるような気がする。
そしてまた、荷風の小説の「私」がしばしば随筆における「私」との区別が曖昧で、小説的ストリームと随筆フィールドがほとんど差異なく溶け合うという、『墨東奇譚』に代表される特質も、この頃から既に見られる。
荷風においては、随筆でさえも、言葉を書いていくことは直ちにフィクションの世界を紡ぐことであり、日記においてすら、立ちあらわれるあらゆるものは、すべてがフィクショナルなのではないか。それが荷風にとって「書く」ことの本性だったのではないか。それは「嘘をつく」というようなことでもなく、言葉そのものの本質に根ざしていたのではなかったか。
私が荷風文学に関して感じていたことは、荷風全集のこの初期の巻においてもやはり確認されたように思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示
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