河合隼雄著作集 日本社会とジェンダー (10)

  • 岩波書店 (1998年9月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (338ページ) / ISBN・EAN: 9784000918404

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  • ようやく色んなことがストンと落ちた。
    社会学的なフェミニズムではなく、あくまで生物学…というか、心理学から読み説く男と女。
    とりかへばや物語から、社会において(特に平安時代)は、男女差はあまり関係ない。ただ、社会がそのように作っている。ただし、それでも超えられないのは、生物的な男・女の役割…。(感情的には、男が泣いたってかまわない)
    それから、だれしも心に父性と母性の両方備えている。

    男性優位というのは、社会が作り出したもの。

    恋愛も、双方の男性性・女性性を理解し、深めていくもの。広げることと深めること。広げることはやさしいが、深めることは難しい。
    p.309 人生の「広さと深さ」の問題になってくるであろう。自分の人生を構築していくのに、深さと広さと、それのバランスをどの程度にもってゆくのか。広さを求めるためには走りまわらなくてはならないし、深さを求めるためには立ち止まっていなくてはならない。…もちろん、このみのもんだいであろうが、一般的には、どうしても「広さ」のほうが目に見えやすいので、「深さ」のほうが忘れられがちになる、といっていいだろう。

  • 『とりかへばや、男と女』(新潮社、1991年)のほか、『母性社会日本の病理』(中央公論社、1976年)や『中空構造日本の深層』(中央公論社、1982年)などに収録された論考6編を収めています。

    著者はユング心理学におけるアニムスとアニマを参照しつつ、西洋と東洋の違いにも目配りをおこなって、「切断する」ことを本質とする男性原理と、「包摂する」ことを原理とする女性原理の区別をおこない、それに基づいて『とりかへばや物語』を解釈しています。

    ユング心理学に対して本質主義という批判が投げかけられることがあります。しかし本書では、生物学上の男に男性原理が、そして生物学上の女に女性原理が、それぞれ割り当てられているというわけではありません。むしろ両者をより深い次元で統合することに、ユング心理学における「個性化」のプロセスを見ようとするところに、著者の解釈の特徴があります。著者は『とりかへばや物語』を、近代的な登場人物の心理を描く「小説」として理解するのではなく、「たましい」の深まりを描く「物語」として理解するべきだと主張しています。

    とはいえ、本質主義という批判はけっして的外れではないと考えます。「男性原理」と「女性原理」の統合に深いレヴェルが見いだされるとしてもなお、この二つの原理が対立的に解されていることには違いがないからです。そこには、ドゥルーズらの言う「n個の性」へと開かれていく可能性は認められないように思います。

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