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Amazon.co.jp ・本 (460ページ) / ISBN・EAN: 9784000926515
感想・レビュー・書評
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網野善彦著作集
歴史学者網野善彦が、賤民として差別の対象となったひとたち―芸能者や女性たち―に焦点を合わせ、その卑賤化の経過や実態について、諸説を参考にしつつ、独自の論を展開する。透徹な視線で史実をみつめ、平明な解説文と的確な例文で中世の世界へと読者を導く好著。
読んでいると、各所に同じ文言や例が繰り返し使われるのが眼につく。これは本書が書き下ろしではなく、諸処に書いたものを集めた「著作集」であることを鑑みれば致し方ないだろう。
歴史学者であるが、澁澤敬三をはじめ宮本常一らの民俗学の成果を取り入れつつ当時の人々のあり方を解いてゆくやり方はわかりやすく説得力を持つ。
本書で取り上げるのは、前述したように芸能者や女性たちである。彼らに共通する特徴は、耕すべき土地を持たぬ人々―漂泊民―であることである。何故彼らは卑賤視されねばならなかったか。ことに芸能者は「河原者」と呼ばれ、苛烈な卑賤視にさらされていた。彼らはかつては「まれひと」「ことひと」と呼ばれ畏敬の対象であったはずである。けれども「定住的社会が成熟するとともに、神は乞食に、畏敬は侮蔑・蔑視に転化する(P4)」と網野は断言する。
しかしながら、その卑賤視は近世には決定的であったけれども、中世においてはまだその身分に縛られることなく自由闊達にその生活を営むこともあった。
その立場からの自己主張は、定着民、農業的―水田的秩序に立つ見方に対し、十分拮抗するだけの力を持ち、ある場合は重大な脅威となり、またあるときは強い魅力を持って、定着民の秩序内の人びとをひきつけてやまなかったのである。
その意味で、この時期の遍歴民、遊行民を、体制から「疎外」され、国家的秩序の最下層に「差別」された「賤民」と見ることはできない、と私は考える。(P15-16)
思えば、『大乗院寺社雑事記』に登場するある「下人」又四郎は、その身の代を一貫で主人から買い取り、自由を得たのだった。しかし彼は大乗院門跡尋尊の勧めにしたがって、興福寺の鼓打ちとなるのである。一介の下人が、自らの身分を買い取るほどの蓄財ができたこと、その息子のひとりが尋尊の稚児として出仕していること(当然読み書きをはじめ、かなりの教養は身につけていた)などから、「下人」といわれる人々の暮らしぶりは我々が思うほど粗悪ではなかった。また尋尊が又四郎親子に向けた温かい支援の数々を鑑みると、少なくともこの事例を見る限り、鼓打ち=芸能者が決して賤民ではなかったことを示唆するのではあるまいか。
われわれが近世期の身分制から連想する「遊女」や「下人」といった身分のあり方と、中世のそれとは随分とかけ離れていることを、網野は丁寧に説いてゆく。
たとえば、「平安末から鎌倉期にかけて、遊女・白拍子・舞女を母に持つ公卿・貴族が数多くあり(略) このことは、貴族としての官位の昇進にマイナスの作用をしていないのである。(P28)」と説く。
こうして日本における最も聖なる存在である天皇に遊女・白拍子が直属していただけでなく、いわゆる「非人・河原者」たちもそうであった。(P311)
中世、天皇や神仏の直属民であったのは、非人・河原者だけではない。商工民、芸能民、呪術的宗教者等、多くの職能民が、こうした「聖なるもの」に結びついて供御人、神人、寄人などの称号を与えられ(略)自ら「神奴(じんぬ」「寺奴(じぬ)」と称し、「聖別」された存在として平民と区別されたさまざまな特権を持って(略)「聖別」された身分に属していたということができる。」(P311)
これらは今我々が抱えている大変デリケートな問題―所謂被差別部落民とされる人たちがある種の特権を持っている、あるいは持っていると部落民以外の人たちが思っていること、それに基づいて彼らが未だに卑賤視に晒されていること―に結びついていると思うのは私だけだろうか。詳細をみるコメント0件をすべて表示
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