フロイト全集〈1〉1886‐94年―失語症

著者 : フロイト
制作 : Sigmund Freud  兼本 浩祐  中村 靖子  芝 伸太郎  立木 康介  渡邉 俊之 
  • 岩波書店 (2009年2月26日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (604ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000926614

作品紹介

本全集は、フィッシャー社(ドイツ、フランクフルト・アム・マイン)から刊行された『フロイト全集』(全十八巻、別巻一)に収録された全著作を翻訳・収録したものである。本巻には、一八八六年から九四年に執筆された著作を収めた。

フロイト全集〈1〉1886‐94年―失語症の感想・レビュー・書評

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  • 予定としては2年かけて読もうと思っています。時間系列の構成なのでそれに従うことにします。

    これはなかなか良いという感触を得ました。じっくりと吟味を必要とするものには読み易いということが絶対条件です。だれでもわからなければならない。

    それでもその人が理解しないならそいつがアホか根性が腐っているのだ。そいつが犬のゲロより劣るものだからだ。

    僕はフロイトは真理の在り方を示していると考えています。そしてそういったものは人間の反省に依っていると考えています。反省とは自己省察でありそれは悟性能力の錬磨でありそして悟性の使用からの倫理というものが悟性(反省)からの秩序としての理性としてあります。倫理と理性が反省からあるということが僕が至った理念であります。

    そこにフロイトの自己省察が結びつき、それは帰納としてある。フロイトの運動が帰納としてあるということが倫理と理性と結びついている。そういった反省(自己省察)がカントと結びつき、そして反省からの悟性からある秩序が理性という倫理へ至りそれは遊侠と結びつく。マルクスの批判がプロレタリアへの遊侠へ結びつくのもそういった理性と倫理からあると言える。

    僕はこういった考えを柄谷行人を吟味することで得ました。僕のような反省と悟性からの秩序である理性が倫理、遊侠としてありそのように考える変な奴が柄谷の影響で存在するということはきっと面白いことであると思いますが柄谷本人はどう思っているのか僕には知る由もありません。

    こういった真理の在り方をこの全集を読んで考えてみたいと思い時系列に読んでみようと思いました。

    なかなか読みやすく印象がいいです。

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