定本 漱石全集 1 吾輩は猫である (定本 漱石全集)

  • 岩波書店 (2016年12月12日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (760ページ) / ISBN・EAN: 9784000928212

みんなの感想まとめ

テーマは、猫の視点から人間社会を鋭く観察することで、日常の中に潜むさまざまな思索や感情を描き出しています。著者の卓越した文章力により、古典でありながらも非常に読みやすく、猫の独特の視点が新鮮で、思わず...

感想・レビュー・書評

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  • 夏目金之助著『定本漱石全集. 第1巻』(岩波書店)
    2016.12発行

    2020.3.28読了
     夏目漱石の全集は過去にもいくつか出版されているが、この漱石全集は現下で最新のものである。漢字は新字体を採用しているが、仮名の字体は原則として底本のままとなっており、用字も原則として底本のまま復元されている。なので、「分り切つてゐる」や「夫迄は記憶して居る」など読みづらい部分もあるが、読み進めていくうちにだんだん馴れてくる。馴れてくると、逆に新字体が目に付き、鼻に付いてくる。作者の意思を尊重するなら、旧字体を採用すべきだったように思えてならない。
     さて、第一巻は、夏目漱石の処女作「吾輩は猫である」を収録している。明治38年に雑誌「ホトトギス」に発表されたのが初出である。夏目漱石は、1867年(慶応3年)生まれなので、38歳頃に作家デビューを果たしたことになる。すでにイギリス留学を終えて日本に帰国した後のことだ。
     本著は周知の如く猫の一人称で書かれている。そうであるからには、猫である吾輩以外の登場人物の心理描写は出来ないはずである。ところが、この名無しの猫は「読心術(p406)」を心得ており、体をその人にこすり付けるだけで、その人の心中が分かってしまうという設定になっている。したがって、一人称でありながら、三人称小説に近い視点から描かれており、「吾輩」は、その呼称自体が一つの固有名詞的働きを持っている。なぜそのようなことが無理なく出来るかと言えば、一つは「吾輩」が人間ではないことが挙げられる。さらに、「吾輩」が才学博通の人(猫)で人間界を超越した立場から観測者の如く人間の動静を観察するという評論文的要素を備えていることが挙げられる。言い換えると、人間劇を観覧する観客が文中に登場してくるようなものであり、本著は、メタ的構造を持っているということだ。「吾輩」が読者に語りかけてくる場面もあり、文章の形式的構造もこの作品の面白さの一つだ。
     内容はと言うと、落語のようなリズム感のもと、近代化、合理化、西洋化に対する文明批判がその主だったものとなっており、文章はペダンチックでいながら、決して堅くなく、滑稽さも同居していて、見事なまでに調和しあっている。とにかく言いたい放題人間批判を行って終わるこの作品は、作者の思想を全てテーブルに並べてご覧に入れた、という趣がある。「太平の逸民(p81)」と評される主人も寒月も迷亭も作者の分身と考えていいだろう。彼ら太平の逸民も鳥の目で眺める「吾輩」もまた作者の分身である。「吾輩」は、人間をさして、「自己の力量に慢じて皆んな増長して居る(p12)」と言い、車屋の黒をして「人間てものは体の善い泥棒だぜ」と言わしめている。この論を推し進めたところに所有権批判の話が出てくる。面白い話なので、引用してみせると、「元来吾輩の考によると大空は万物を覆ふ為め大地は万物を載せる為めに出来て居る――如何に執拗な議論を好む人間でも此事実を否定する訳には行くまい。偖此大空を製造する為に彼等人類はどの位の労力を費やして居るかと云ふと尺寸の手伝もして居らぬではないか。自分が製造して居らぬものを自分の所有と極める法はなかろう。自分の所有と極めても差し支ないが他の出入を禁ずる理由はあるまい。此茫々たる大地を、小賢しくも垣を囲らし棒杭を立てゝ某々所有地抔と劃し限るのは恰もかの蒼天に縄張りして、この部分は我の天、あの部分は彼の天と届け出る様な者だ。(p141)」と猫が述べている。この台詞を人間が言ったならばつまらない。猫という分身を借りて初めて成り立つ滑稽さである。と同じに資本主義の矛盾も突いている。現下の所有者不明土地問題はまさに所有権という私権そのものの矛盾だと思う。作者は、猫という身分を使って、現代社会を批評し、人間という身分でも言えることは、主人や独仙を使って文明批判している。猫は、戯画化された主人すらも痛烈に嘲笑しているが、猫と主人とで意見が一致しているところもある。それは、共に探偵が大嫌いということだ。猫は、探偵のことを「凡そ世の中に何が賤しい家業だと云って探偵と高利貸程下等な職はない(p141)」と言っており、主人は「人の目を掠めて自分丈うまい事をしやうと云ふ商売(p531)」だと手厳しい。主人はおよそ今代の人は皆探偵的だと言っており、その特徴として、自他の利害関係に鋭敏すぎるアンテナを持っており、一日中どうしたら己の利になるか、損になるかばかり考えて一刻の安心もできない人心を挙げている。主人は世渡りが下手で、大の実業家嫌いだから、そんなことを言うのかもしれないが、猫も「関係の薄い所には同情も自ら薄い訳である。見ず知らずの人の為めに眉をひそめたり、鼻をかんだり、嘆息をするのは、決して自然の傾向ではない。人間がそんなに情深い、思ひやりのある動物であるとは甚だ受け取りにくい。只世の中に生れて来た賦税として、時々交際の為めに涙を流して見たり、気の毒な顔を作って見せたりする許りである。(p463)」と言い、「冷淡は人間の本来の性質であつて、其性質をかくさうと力めないのは正直な人である。もし諸君がかゝる際に冷淡以上を望んだら、夫こそ人間を買い被つたと云はなければならない。(p464)」と主人の肩を持っている。ここに著者夏目漱石の人間観が色濃く現れているように思われる。してみて、そんな生きにくい世の中で人はどう生きてゆけばよいか。夏目漱石は主人の口を借りて、自殺を解決策に挙げている。生きづらい世の中において、人は死を願うようになると。不幸にもこの予言は的中してしまっている。夏目漱石は、独仙みたく禅の中に救いを求めたが、結局悟ることができずに胃潰瘍で死んでしまった。最晩年の夏目漱石は則天去私の境地に至ったとされるが、それが示された作品「明暗」は未完のまま終わっている。猫も「太平は死なゝければ得られぬ。(p568)」と言って、酩酊しながら死んでいく。今では日本は、先進国の中でも突出して自殺者の多い国になってしまった。「吾輩は猫である」は滑稽本の系譜を引くコミカルな小説ではあるが、処女作にして早くも死の臭いを漂わせている。この住みにくい世の中でいかに生きていくべきか。その火蓋が切って落とされた最初の作品と言えよう。

    https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I027753508

  • ※私が読んだのは50年ほど前の版ですが、一応ここに書きます。

    ルビがついていたのには少し驚きましたが、普通に読めました。「吾輩は猫である」の一節が有名ですが、思ったより猫が色々考えているなと思いました。
    最期がどこか悲しかったです。

  • 「吾輩は御馳走も食はないから別段肥りもしないが先々健康で跛にもならずに其日其日を暮らしている。鼠は決して取らない。おさんは未だに嫌いである。名前はまだつけて呉れないがよくをいっても再現がないから生涯此教師の家で無名の猫で終る積りだ」
     諦念の気持ちを静かに伝えてくる、良い文章だと思う。

    「天秤棒は避けざる可からざるが故に、忍ばざるべからず。人の邸内へは入り込んで差し支へなき故込まざるを得ず。此故に吾輩は金田邸へ忍び込むのである」
     格調高い言い方だけど、ダジャレじゃないか!

    「鈴木くんは是は迷惑だという顔つきをして頻りに主人に目配せをするが、主人は不導体の如く一向電気に感染しない」
     面白い比喩だ。

    「無事是貴人とか称えて、懐手をして座布団から腐れかかった尻を話さざるを以って旦那の名誉と脂下がって暮らしたのは覚えて居る筈だ」
     随分と辛辣な物言いだ。

     第十一回目で、寒月がヴァイオリンを弾こうとした話を披露するシーンがある。彼は話をなかなか進行しようとせず、自分の逡巡の思いを、聞き手の苦沙味先生たちに体感させようとして、なんども同じ状況の話を繰り返す。寒月がなかなか話を進行させない場面は、滑稽なように聞こえるが、当人の当時の苦しみを伝えるには、説明を端折るわけにはいかなかったのだろうし、恐らくこの説明をいくらしても十分ではなかったのだろうなぁと感じてしまった。
     寒月が話をするこの一連のシーンにおいては、苦沙味先生や迷亭、独仙、東風それぞれの反応が截然と異なっており、面白い。
     
     詳しい注解を一々参照しながら読み進めるのは、少し大変だったが、中学生のときに挫折したときには感じなかった面白さを、今回は味わうことができた。第十一回には、現代人が抱える自己意識の高さに関する、漱石の意見が書かれており、漱石の思想の萌芽が見られて興味深かった。彼の作品を一通り読んでからもう一度読むと、また違った感想を得られるだろう。其時を楽しみにしたい。

  • 新宿に新しくできた漱石記念館…だっけ?へ行ったら、夏目漱石を読みたくなったので、読み始めることにする。
    これが8000アイテム目だ。だからどうということもないが、なんとなく。

    創造性は人を守る。守らないかもしれないが。
    夏目漱石は創造性を最大限に活用して、ともかく精一杯に生きた人だ。

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著者プロフィール

1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)にて誕生。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表。翌年、『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

「2021年 『夏目漱石大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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