影との戦い (ゲド戦記 )

  • 岩波書店 (1976年9月24日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784001106848

みんなの感想まとめ

内面の葛藤と成長を描いた作品で、主人公ゲドの影との戦いは、読者に深い感動を与えます。訳者のあとがきにもあるように、ゲドの苦しみや安らぎが切々と伝わり、共感を呼び起こします。派手な演出はなく、内面的な世...

感想・レビュー・書評

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  • 次男が借りて来たので、隙きを付いて私も読んだ。
    有名作品だが読むのは初めて、アニメかも見ていないので、そもそも「ゲド」が主人公の名前だとも知らなかったわ。
    そしてそのゲドは案外身勝手で虚栄心も高いという主人公にしては珍しくも人間的欠点が多くて面白い。

    ※※※ラストまで完全ネタバレしています※※※


    舞台は作者が作った架空のアースシー世界。海に浮かぶ100以上もの島々。
    島同士の戦争や、竜などの獰猛な怪獣たちの来襲がある時代。
    この世界では魔法使いがいる。
    なかでもロークの魔法学院で学び、聖人から正式に魔法使いの杖を授与されたものは正式な魔法使いとなる。待てょう使いたちは要請のある各地に派遣されたり、魔法使いとしての働き口を得て船を魔法で補強したり、風を起こしたり、村が襲われたら人々の姿を隠したりする。
    正式に魔法使いとならない者は、まじない師として日常的な小さな魔法を村の人々の生活に取り入れている。


    この世界での魔法の根源は、名前。名前は本質であり、人間には幼名と普段使う呼名と、そして自分の家族や親友や配偶者にしか知らせない本当の名前がある。
    魔法を使っての戦いは、相手の名前を知り抑えたものが優位となるし、ものの姿を変えるとは名前を変えることとなる。だから他のものに姿を変えすぎぎて名前が変わってしまうと、元の自分に戻れなくなることもある。
    なかなかしっかりしているなあと思ったのが、魔法というのは結局は言葉であり名前だというために、魔法が使えるからと言って何でもありではないということ。
    無いところからなにかを出すという魔法は、言葉を具現化すること。だから「肉を食べたい」として肉を出してもそれは「肉という言葉」を食べたことにしかならない。

    高名な魔法使いや、勇者たちには「武勲(いさおし)の歌」がある。これはこの世界でも最も優れた魔法使いのゲドの物語。武勲の歌ですら語られない彼の成長期だ。

    彼はゴント島の鍛冶屋の生まれだった。まじない師の叔母から教わった簡単な魔法はすべてものにした。動物を呼び寄せる呪文により野生の鷹を呼び寄せる姿から、彼の呼名はハイタカとなった。
    ハイタカはとても功名心が強く、怒りっぽく、虚栄心の強い性格だった。
    やがてハイタカは、大魔法使いのオジオンの弟子になる。そのときオジオンはハイタカに新しい本当の名前を与えた。
     「ゲド」 
    ゲドは師匠オデオンのもとで魔法の力を増して行き、この老師匠を深く尊敬するようにはなるが虚栄心も増して行った。
    ある時見栄を張るために禁じられた魔法を唱えたゲドは、死の国から影を呼び出しかける。

    更に強い魔法を求めるゲドは、ロークの学院に向かう。
    ここで彼は親友のカラスノエンドウと、ライバルのヒスイと知り合う。
    ゲドの魔法の力は増すばかりで、ローク学院一とも言われる。
    だがヒスイに挑発されたゲドは、死者を呼び出す魔法を唱えて、死の国から影を呼び出してしまう。
    影は激しく暴れて、ヒスイとゲドを傷つけ、そしてどこかへ去って行ってしまった…。

    この影はゲドが出したもの。ゲドが死ぬまでつきまとうもの。もしもゲドに追いついたら、ゲドを喰らって乗っ取ってしまうだろう。

    ローク学院での修行を積んだゲドは、自分が逃した影を追う旅に出る。
    かつて学院一の才能と言われたゲドの高慢な性格は、小さな島をまわり、領民と交わり、そして影との戦いに無力な自分を自覚してゆくにつれて優しいものとなってゆく。

    学院を出てから2年後、ゲドは先に卒業していたカラスノエンドウと再会する。彼らは本当の名前を教え合う親友だった。
    カラスノエンドウは、ゲドの影との戦いに同行を申し出る。

    影と戦うには、影の名前を知らなければならない。だがあの影に名前などあるのか。
    海の長旅の末影に追いついたゲドは悟る。
    自分から出た影は自分自身だ。
    ゲドと影は同時に相手の本当の名前を言う。
     「ゲド」
    ゲドとその影は一つになった。
    ゲドは自分の死を自分のものとして、自分自身を全て受け入れたのだ。
    そうなったゲドは、もはや憎しみや破滅にとらわれることなどなく、己の生を全うするために生きるのだ。

  • 素晴らしかったです。訳者のあとがきにもあるように、ゲドはわたしだ、と思いながら読み進めました。影との戦いにおけるゲドの苦しみが始終切々と伝わり、束の間訪れる安らかな時間には共に胸を撫で下ろし、涙し、安堵して…。大人になって、今、この作品と出逢えたことを嬉しく思います。

  • かなり渋い作風でした。
    ハリーポッターとかと違って、派手な演出はないし、映像化のしづらい内面世界をうまく描いてます。
    魔法(という言葉を使ってますが、便利になる手段でしょうか)は使い方を間違えれば、世界の均衡を脅かすという強いメッセージが作品全体に染みています。
    特に、主人公が影との戦いを通じて一気にボロボロになる様は暗いなぁ、と驚きました。
    スカッとする作品ではありませんが、優しさや言葉の大切さを改めて噛みしめられる良作でした。
    対象年齢も子どもから大人まで楽しめるのではないでしょうか。

  • もう3回か4回シリーズ通して読んでます。

    映画よりも原作をお勧めします。
    よかったら手にとって見てください。

  • やっぱりファンタジーといえばこれは外せない。

    映画は1~3巻までをごちゃ混ぜにした闇鍋みたいでした。

    映画しか知らない人に読んで欲しい。
    真の名前や言葉を大切にしていくゲド戦記の世界観は日本人の言霊を大切にする世界観と似たものがあると思うのです。

    1巻の最初では本当に青臭い、自分に自信満々のゲドが、苦難に立ち向かいながら、立派な賢者になっていく姿はとても頼もしく、また先の自分も
    今はまだまだ駄目な子どもだけれども、いつかゲドのように賢く優しい大人になれるのだろうか
    と思ったことがあります。

  • 昔から持ってる本はこちら。
    テレビでアニメを見たら、原作がどうだったか気になって…4度目ぐらいの読み直し。
    一巻目は特に、ゲドの若い頃なのでアニメとは関係ないんですが、作品世界や基調はああ、こうだったと納得。
    やはり、すごい作品です!
    ゴントの貧しいヤギ飼いの少年ハイタカは、親戚の女性に少し魔法を習っただけだったが、魔法の才能を見いだされ、ローク島の学院に招かれて学ぶことになる。
    桁外れの才能を持ち、学ぶことにかけては意志が強いが、気が荒く世間知らず。
    気の合わない学友にそそのかされて力を見せつけたくなり、禁忌を犯して恩師を失うことに…
    若き日の傲慢なゲドの遭遇した事件。
    映画とは違うストーリーですが、後にアレンが追われる影とは何なのか、その原型がここに描かれています。

  • ゲドの驕りと妬みの心が呼び出した影との戦い。これがファンタジーとは思えないほど、リアルな描写に驚き

  • 子どもの時ぶりに読んだが、壮大な世界観と、最初の頃のゲドの傲慢さに改めて感心した。

    ゲドは欲が強いが故に、どんどん、もっともっと、、と魔法習得にとりつかれる。

    そして、自分は人とは違うんだという、傲慢さというか偉そうな思考回路というか、、ハリーポッターの若かりし頃のヴォルデモートを思い出した。

    こんなゲド、どうなることやらというかんじだったが、友達と出会ったり色んな勉強、経験をして最後にはトゲがなくなり立派に成長してほっとした。

    言葉は取り返しのつかないこともあるとか、言葉の大切さが印象的だった。

  • おもしろかった。自分の半身ダークサイドと一つになるという話なのだが、主人公のゲドのコミュニケーション能力がちょっと低いように思う。もっと仲間を信ずるとかそういう側面があってもいいと思う。

  • 小学生の頃に初めて読み、衝撃を受けた。その後の自分の考え方に影響を与えた本。ストーリーが大変面白く、残りページが少なくなるのを残念に思いながら大切に1ページずつ読み進めたことを思い出す。

  • ジブリ映画のゲド戦記が好きで、でも原作の方が面白いという意見を見かけたので興味があって読み始めてみました。

    「影」に追われる恐ろしさをたっぷり書きながら、少しずつ影に立ち向かえるように成長し、強くなっていく様子に読み応えがあって最後まで楽しめました。

    このあとのお話も楽しみです。

  • ファンタジーにユングの心理学の要素を取り込んでおり、非常にユニークで、完成度の高い作品となっており、今、読み返してみても、なんら古さを感じさせず、むしろ現代にこそマッチした作品ではないかとも思えてくる。

    ”ゲド”という名前を持つ魔法使いが、成熟した人間になる過程が描かれていてるが、一人の人間の人生というものがファンタジーという姿を借りて象徴的に書かれているようにも感じられる。その為、子供の時、この作品を読んだ人は、人生の節目節目にこの作品を読み返すごとに新たな印象をうけるのではないだろうか?

    私も学生時代にこの作品を読んだ事があったが、つい最近、また読み直してみた。年齢を重ねた現在は、また違った目でこの本を読む事ができ、大きな満足が得られた。

  • 小学生6年生の息子も何とか読了。私も最初からぐいぐいと引き込まれました。少年ゲドから青年ゲドへの成長の痛み、そしてこの大魔法使いの試練を自分のことのように受け止めながら読んでいきました。
    中学生、高校生時代にはぜひ読んでおきたい物語の一つだと思います。

  • 30年ぶりの再読!

    「カラスノエンドウ」の花を見て、ゲドの親友の名前だったと思い出し、読みたくなりました。

    「真の名前をしる」「均衡」、読んでいた当時のキーワードをたくさん思い出しました。

    当時の書き込み、今と、ほとんど感覚的に変わってなく、嬉しいやら、成長なしやら。
    今日は、家事を投げ出して、再読、再書き込みです。

  • 全6巻?だけど1~3巻が本編なのでとりあえずそこだけ読めばいいです(←
    ファンタジー古典の名作って言われるだけある逸品。世界観・物語・キャラクターの絡み合いが素晴らしい!
    だいぶ暗め重めだけど読みやすいので長編読める人ならおすすめです。
    あと映画版は忘れよう!あれは偽物だ!(言い切った

  • 本がすりきれるまで読んだ。
    中学時代の人格形成期に読みふけった本。
    ほんとにおもしろかった。
    今読んでもやっぱりおもしろい!

  • 無数の島々と海からなるアースシー。
    並はずれた魔法の力を持つ男ゲドの波瀾万丈の生涯を軸に、アースシー世界の光と闇を描く壮大な物語。
    ダークファンタジーの真髄と言ってもいいのではないのでしょうか?今まで読んで来た本の根っこが「ゲド」という感じがしました。ゲドが活躍する1〜3巻は大好きです。★は3コ半あげたい。

  • ことばは沈黙に
    光は闇に
    生は死の中にこそあるものなれ
    飛翔せるタカの
    虚空にこそ輝ける如くに

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      オジオンのような師に巡り合いたい。。。。
      オジオンのような師に巡り合いたい。。。。
      2013/01/29
  • 私たちは誰もが自分の影と向き合わなければならない『影との戦い』は、そんな普遍的な真実を描いた物語です。

    物語は、少年が魔法の才能を開花させていく過程から始まります。彼は荒々しい山村の鍛冶屋の息子でしたが、その類まれな魔法の才能を見出された後、魔法使いの島ロークに渡り、魔法学校で学びます。そこで彼は多くのことを学び、成長していきますが、同時に自分の中にある危険な傲慢さも育んでいきます。その傲慢さが、やがて取り返しのつかない過ちを引き起こすことになります。

    グウィンは従来のファンタジー作品によく見られる「善と悪の戦い」という単純な図式を避けています。代わりに彼女が描くのは、一人の少年が自分の内なる闇と向き合い、それを受け入れていく成長の過程です。ゲドが追いかける「影」は、錬金術でいう「ニグレド(黒化)」の段階を思わせます。それは魂が自らの暗部と出会い、それを浄化していく過程の始まりなのかもしれません。影から逃げ回るうちに、彼は重要な真実に気づいていきます―影は倒すべき敵ではなく、自分自身の一部なのだということを。

    作品の舞台となるアースシー世界は、広大な海に浮かぶ数多くの島々からなる豊かな世界です。そこでは魔法は学問として体系化され、言葉の持つ力が重要な意味を持ちます。すべてのものには「真の名」があり、それを知ることは、その本質を理解することを意味します。これは古来からの神秘思想に通じる考え方です。物や存在の真の名を知ることは、その内なる本質との魂の次元での出会いを意味するのです。
    グウィンの文体は詩的でありながら無駄がなく、一つ一つの言葉が慎重に選ばれています。彼女は壮大な冒険を描きながらも、その本質は人間の内面の旅路にあることを忘れません。ゲドの航海は外なる世界の探検であると同時に、内なる世界への巡礼の旅でもあるのです。

    物語は魔法や竜、幻影といったファンタジーの要素に彩られていますが、その根底にあるのは深い人間理解です。私たちは誰もが自分の中に光と影を持っています。陰陽のように、これらは対立するものではなく、互いを補完し合う存在なのです。その両方を受け入れ、バランスを取ることができたとき、はじめて本当の意味で「全体」となれる―そんなメッセージが、この物語には込められています。

    特筆すべきは、この作品が「若者向けファンタジー」の枠を大きく超えている点です。確かに主人公は若者であり、物語は「成長」をテーマとしていますが、そこで提示される問題や洞察は、年齢を問わず私たちの心に響きます。自己との和解、バランスの探求、名前と本質の関係、力と責任の問題―これらのテーマは、読者の年齢や経験に応じて、様々な深さで読むことができます。

    アースシーの海を渡る帆船のように、この物語は私たちを未知の水域へと導きます。その航海は時として、古来の賢者たちが語った「魂の暗夜」を思わせます。そして航海の終わりに私たちが見出すのは、新しい場所についての知識だけでなく、自分自身についての深い理解なのです。グウィンは私たちに、影を恐れることなく受け入れる勇気を、そして自分自身の全体性を受け入れる智慧を語りかけてくれます。

    『影との戦い』は、ファンタジーという形式を通じて、人間の心の真実に迫った傑作です。それは恐れや孤独、プライド、そして最終的には自己受容について語る普遍的な物語です。

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著者プロフィール

1941年、北朝鮮に生まれる。児童文学者・翻訳家。2010年3月まで青山学院女子短期大学専任教員。主な訳書に、アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』全6巻(岩波書店)など。最近の著書に、『あいまいさを引きうけて』『不器用な日々』『本の虫ではないのだけれど』(かもがわ出版)、『大人になるっておもしろい?』(岩波ジュニア新書)、『そして、ねずみ女房は星を見た』(テン・ブックス)、『青春の終わった日――ひとつの自伝』(洋泉社)など。

「2019年 『子どもの本のもつ力』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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