- Amazon.co.jp ・本 (133ページ)
- / ISBN・EAN: 9784001108477
感想・レビュー・書評
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「お話を運んだ馬」の次はこれをどうぞというブク友さんのお勧めで読んでみた。
7篇の短編の中に、子どもの頃から大好きな話があったのがとても嬉しい。
ああ、あなたはここにいたのね。
また会えてすごくうれしい。あなたのことは、ずっと忘れなかったよ。。。
思わずセンダックの挿絵に声をかけてしまった。
それが、7篇目に登場する「やぎのズラテー」だ。
年老いてお乳も出なくなったズラテーを売るために、少年アーロンはズラテーを連れて出かける。穀物は不作で、もうじきハヌカ祭り(12月のユダヤの民間の祭り)がやってくるからだ。
ところが猛烈な吹雪に巻き込まれ、偶然見つけた干し草の中で3日3晩過ごすことに。
人間を信じ切っているズラテーは、首に縄をかけるときでも素直に従う。
それを裏切らなければならない少年の切なさ。
しかし吹雪は思いがけないことももたらした。
「アーロンはもともとズラテーが大好きでしたが、この三日間で前よりも、もっともっといとおしくなりました。
ズラテーがお乳をのませてくれ、あたためてくれたのです。
ズラテーが、しんぼうづよくアーロンをなぐさめてくれたのです」
もちろん、アーロンからもたくさんお返しをした。
最大のお返しは、もうズラテーを売らないって決めたこと。
最後の数行は、胸をいためた分を取り返すには十分すぎるほど幸せだ。
言葉こそ通じなくても、確かにそこにあるズラテーとの絆がじわぁっと胸に広がる。
他の6篇は初めて出会うお話たち。
「お話を運ぶ馬」にも登場した「ヘルム」の町の、ちょっぴり足りないひとたち。
ところがどの人たちも楽しそうで、困ったら相談できる「長老」の存在もある。
わずかなモノでも交換しあって知恵をしぼり工夫して生きている。
むしろ「ヘルム」の住人は、私たちではないだろうか。
素話の「エパミナンダス」によく似た話や、狂言の「ぶす」に似た話もある。
祖国や故郷というものを持たないユダヤの人々にとって、「お話」はどれほど大切にされてきたことだろう。長老たちの知恵も、少年アーロンのズラテーへのお返しも、みな「お話」という泉から湧き出るものだ。
人を幸せにするのは高い技術でも賢さでもない、という作者のメッセージが伝わってくる。
子どもの頃に読んだら、この本の輝く部分に気づけなかったかもしれない。
大人になった今は絵本も児童書も哲学として読む。
すると、しみ込みように理解できる。
作者による前書きの素晴らしさと、モノクロのセンダックの絵の味わい深さ、後書きのユダヤ文化の解説まで、残さず味わっていただきたい。
シンガーが残したもの。
それは「大人になる機会を持てなかった大勢のこどもたち」に捧げたいと書かれた作品たちだ。
自分の子どもばかりでなく、世界中の良い子どもたちみんなをかわいがってほしいと。
大人である私たちに託された、重くて大切な永遠の課題だ。
お勧めして下さったアテナイエさん、猫丸さん、ありがとうございました。 -
1966年 原題”Zlateh the goat and Other Stories”
訳者あとがきを読むと、著者シンガーの経歴やワルシャワのユダヤ人村の景色が浮かび、このお話をさらに深く味わえる。正直で、少し間が抜けていて、信仰に厚い村の人々…長老、大人、子ども達、人間と共に生きる動物たち。
淡々とした語り口だからこそ、静かに胸に響いてくるものが。センダックの絵が叙情を添えています。 -
おとな向けのアイザック・バシュビス・シンガーの小説は、息をのむほど素晴らしく切ないのです。そして少年少女向けの本もこれまた温かい。シンガーならではの笑いと物語の力を惜しみなく発揮しています。なるほど彼が「お話の名手」と言われるわけですよね。
古きよき時代と人々のお話を通して、シンガーははたして何を伝えたかったのでしょうか……少年少女だけではなく、この日常に慣れきってしまった世界中のおとなにも読んでほしい物語です。やさしく心に沁みていくようなシンガーの思い――「まえがき」――に少しでも触れてみれば、きっとその理由が伝わるかもしれませんね。
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「過ぎ去っていく時間、その正体は何なのだろう、そう思って首をかしげるのは、子どももおとなも同じです。……過去とそれにまつわるさまざまな気持ちを思い出すうえに役立ってくれるもの、それが文学です。物語をする人にとって、きのうという日は、いつも身近にあります。それは過ぎ去った年月、何十年という時間にしても同じです。
物語のなかでは、時間は消えない。人間たちも、動物たちも消えない。書く人にとっても、読む人にとっても、物語のなかの生きものは、いつまでも生きつづける。遠い昔におこったことは、今もほんとうに存在する。
そんな気持ちから、わたくしはこの本のお話しを書きつづりました。実生活のなかでは、ここに書かれた人々の多くは、もうこの世にいません、でも、わたくしにとっては今もいきつづけている、そこで、わたくしの願いは、この人たちの知恵、奇妙な考え方、また時には、そのとんまぶりが読者の笑いを誘うことです。
わたくしは、<おとなになる機会を持てなかったおおぜいの子どもたち>に、この本をささげます。あの子たちが、大きくなれなかったのは、ばかげた戦争、ざんこくな迫害が、町まちを荒らして、罪のない家庭をめちゃくちゃにしたせいでした。みなさん自身が、お父さん、お母さんになったとき、自分の子どもばかりではなしに、世界じゅうの良い子どもたちみんなを、かわいがってほしい、わたくしは、そう願っています」(『やぎと少年』まえがきより抜粋) -
少年文庫になるのを待っている一冊。。。
やぎと少年 - 岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b255049.html -
とんまな村のお話もたのしいんだけど、最後の「ヤギのズラテー」は忘れられないお話し。
少年の心になって雪の中、神様を思い、ヤギとお互いを思いあって過ごす3日間は、なんて素晴らしい体験なのだろう。これをお話の中で体感する、素敵なことだ。
東欧の寂しく豊かな自然の懐に包まれたきもちになった。
シュレミールのお話は、世界中どこにも同じような物語があるという不思議に驚かされました。 -
イディシ語で書かれたものを英語に翻訳したものを、さらに翻訳した本。原語で読めたら素敵だろうな。
M.センダックの挿絵も素晴らしい。 -
書はアイザック・B・シンガーが、若い読者のためにはじめて書いた本である。
7編の短編がおさめられており、いずれもユダヤの昔話風です。
しかし、シカゴの新聞の評のように、「アンデルセンのお伽話が、デンマークの子ども向けにとどまらなくなったと同じように、シンガーの物語は、ユダヤ人の子ども向けだけではない」わけで、
ユダヤ特有の「ハヌカ(ユダヤの民間の祭日)」「ヘルム(ポーランドのユダヤ人の昔話にでてくる伝説の町)」「ドレイデル(こま遊び)」など私たちに馴染みの薄い言葉や文化もシンガーの物語のなかでは、スーっと読者の中にはいってきます。
ユダヤ人のシンガーはアメリカにいたおかげで、戦時中、死をまぬがれますが、この悲劇によって失われた命、ポーランド、時、深い悲しみを忘れません。
シンガーは、この本のまえがきに、この本を読んだ人が親になったなら、自分の子どもだけではなく世界中の子どもたちをみんな可愛がって欲しいと願っています と書いています。
ユダヤ人としてポーランドに生まれ、アメリカで多くの時を過ごしたシンガーの願いが今日、人々の耳に届いていないのを悲しく思います。 -
最後のやぎと少年のお話、これほどシンプルで胸を打つお話があるだろうか…。装丁と言い、宝物になる一冊だ。
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皮肉と優しさが含まれている⁉️
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大阪天満宮の「天神さんの古本まつり」で、この本が私を買って!と呼んでいた。こんな美本が古本まつりのワゴンの上に乗ってるとは。箱のセンダックの絵がたまらない。I.B.シンガーさんは全く知りませんでした。これを機会にほかの本も読んでみよう。
この本を入手されると思うと、なぜかすごく嬉しい!
人のことでも、自分のことのように心弾みます♪
一冊の本が、いっぱいの幸せ...
この本を入手されると思うと、なぜかすごく嬉しい!
人のことでも、自分のことのように心弾みます♪
一冊の本が、いっぱいの幸せを運んでくる。いいないいなぁ。
連想ゲーム?中で、シンガーからは、同じポーランド出身で移民のマヤ・ヴォイチェホフスカを、ユダヤ系移民から、E・L・カニグ...
連想ゲーム?中で、シンガーからは、同じポーランド出身で移民のマヤ・ヴォイチェホフスカを、ユダヤ系移民から、E・L・カニグズバーグを、そしてセンダックからは、ご自身の「ブルンディバール」を、、、
元に戻って、アンソロジーでシンガーを拾っていたら「東欧怪談集」にイツホク・バシヴィスとして
遊んでないで読まなきゃ。と思いながら一日が過ぎてしまいました。。。
なんて楽しい連想ゲームでしょうね。
センダックとの繋がりの発見だけで結構驚いたばかりです。
身体の弱い人で、終日窓か...
なんて楽しい連想ゲームでしょうね。
センダックとの繋がりの発見だけで結構驚いたばかりです。
身体の弱い人で、終日窓から外を眺めて過ごしたそうですね。
あの画風にはそんな背景があったなんて。
まぁそんな理解を深めたばかりで、猫丸さんの書き込みに更に笑いました。
これは大変。私も少しずつ読まなきゃデス。