ウサギどんキツネどん―リーマスじいやのした話 (岩波少年文庫 (1003))

著者 : J.C.ハリス
制作 : A.B.フロースト   八波 直則 
  • 岩波書店 (1953年1月15日発売)
3.67
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  • Amazon.co.jp ・本 (277ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001110036

ウサギどんキツネどん―リーマスじいやのした話 (岩波少年文庫 (1003))の感想・レビュー・書評

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  • この本は「岩波少年文庫 創刊60年記念フェア」で「リクエスト復刊」された1冊です。  2010年の10月に復刊され、11月3日の文化の日に購入。  それから昨日に至るまで我が家で積読状態だった1冊ということになります。  今回たまたまこの本を選んだのもこれといった特別な理由があったわけではなく、「岩波少年文庫全冊読破企画」を再開するにあたり、ふとこの特別装丁の本が目に留まって「そう言えばこの時購入した13冊のうちほとんどが手つかずのまんまだったなぁ・・・・」と思い出したからにすぎません。  そういう意味では KiKi にとってこの物語が特別思い入れのある作品というわけではなかったんですよね~。

    でもね、「リーマスじいや」という名前には何となく聞き覚えがあったし、畑仕事の合間のお年寄りの民話語りということでかなりの期待をもって読み始めました。

    読み始めて最初に感じたのは活字が現在の岩波少年文庫よりも小さく線も細く、老眼の始まっている KiKi にはちょっと読みにくいなぁということでした。  でもね、思い起こせば KiKi が子供時代に読んだ古い岩波少年文庫の活字組みはまさにこの字体で、そういう意味では懐かしさみたいなものも感じられました。  原典は黒人訛りがかなりすごいらしく、この翻訳ではそれをほどよく現代語っぽく訳しているんですけど、時に今ではあまり使わないような表現も出てきて、それがひらがな表記のために「え?  何??」とつまってしまう所が数か所。  でも全体としてはなかなかに面白い読み物だったと感じます。

    日本人の感覚からするとキツネは悪賢いヤツだけどウサギはさほど悪人キャラではないと思うんだけど、こちらのお話ではウサギどん、かなりのワルです。  扉の解説では「りこうな」と表現されているけれど、普通の日本人の感覚だとこういうのは「りこう」というより「悪賢い」と言うんじゃないのかなぁ・・・・。  逆にキツネどんはやられっぱなしで一般的な日本人ならついついキツネどんに感情移入しちゃうような気がしないでもありません。

    でもね、落ち着いて考えてみると見た目は愛らしいのに案外悪賢いウサギどんがいて、どちらかというと悪役キャラが板についているはずのキツネどんがこれといった理由もなく痛い目にあわされるというのはある種の「世の不条理」みたいなものを視覚化できている構図なのかもしれません。  しかも語り部が南部の黒人奴隷のおじいさんなんですから・・・・・。  

    リーマスじいやの語りを聞いているのはじいやがお仕えしている白人家族の家の坊っちゃんなんだけど、この子のお話に対する反応がまたいいんですよね~。  語り手と聞き手の人格が、そして彼らのやり取りがじいやが語る物語そのものと微妙に影響を与えあっているような感じがします。  じいやの語るこの昔語りには教訓があるような、ないような、オチもあるような、ないようなという感じで、聞き手である男の子が時にお話そのものが腑に落ちないような反応を示すんだけど、それはいつも「じいやが聞き知っているのはこういう話じゃて。  坊っちゃんが納得いかないなら他のくろんぼに聞いてみたらよか。」というような突き放しの一言で終わってしまうのが実にリアリティがあって面白いと思うんですよね~。

    それにしても黒人が出てくるお話と言えば「アンクル・トムの小屋」が有名(特に KiKi の子供時代は)だし、あの物語に出てくる黒人は本当にむごい扱いを受けていたけれど、この物語のリーマスじいやと彼の雇い主や「風と共に去りぬ」に出てくる黒人奴隷の人たちと主人との関係なんかを見ていると、「奴隷」という言葉から想像される残酷さは必ずしもプロトタイプ化されるようなものではなかったんじゃないかと感じます。  もちろん「自由人」として生きる権利は保障されて然るべきものであることは間違いないことだけど、この物語の中のリーマスじいやと話の聞き手である坊っちゃんとはある意味で親子のような親密さ、本当のおじいちゃんと孫のような相通じるものがあるように感じられるんですよね。

    男の子が毎日のようにリーマスじいやの所に入り浸っていても彼の両親はそれを咎めるでもなく、逆にまるで塾か保育園に預けているかのような雰囲気だし、男の子は時にじいやの仕事のお手伝い(邪魔とも言えるかも 苦笑)なんかもしながらじいやの物語を楽しみにしているわけだから、これはこれで1つの健全な交流のように感じられる部分もあったりするんですよ。  

    そうであるだけに巻末に敢えて付されている「くろんぼという言葉について」という注記がちょっと鼻につく・・・・・。  もちろん「くろんぼ」という呼び方には蔑称的なニュアンスがないとは言えないわけで、こういう配慮が現代では必要なこともわかるけど、少なくともこの物語の世界の中では誰もリーマスじいやを蔑んではいないし、ましてじいや自身が「くろんぼ」と言う言葉を自分や自分と同じ黒人仲間にもまるで愛称のように使っているんですよね。  「言葉をどういう場面でどういう感情をこめて使っているのか?」という肝心なところがあの注記では必ずしも子供に上手に伝わるようには書かれていない・・・・そんな気がしてしまいました。

    特にそう感じたのは最後の方に「くろんぼが黒いわけ」という章があって、ここが秀逸なお話であるだけに尚更だったのかもしれません。  曰く、

    昔々、ず~っと昔は人間はみんなくろんぼだった。  でもある所に池があってその池につかると誰でも真っ白になるということで、人々はこぞって池につかりにいった。  こうして多くの白人が生まれたがこの世の中にいるすべての人がつかるには池は小さすぎたし池の水も十分ではなかった。  結局すばしっこい人間は白人になり、それよりちょっと出遅れた人間は白くはなりきれず日本人のような有色人種になり、かなりのんびり屋の人間は足と手をパチャパチャやることしかできなかった。  だからくろんぼには手のひらと足の裏しか白い所がない。

    とのこと。  人類が発祥したのはアフリカでグレート・ジャーニーの結果として世界中に人類が広まったとするならば、人間は本来みんなくろんぼだったというのはありうる話だし、このお話の中にこそ「人類はみな同類」という強烈なメッセージが含まれているだけに、KiKi にとってはあの注記は何とも余計なものに感じられて仕方ありませんでした。

  • ウサギどんが性悪すぎる…。

    バックス・バニーの原型な気がするんだけど、アメリカ人にとってのウサギ像って、こういうめんなのかしらね?

    さんざんヒドいことするのに、結局いつもウサギの勝ちで、おとがめもない話ばかりなのだが、こんな話ばかり聞いていたら、アメリカ人はこずるい人間ばかりになるのでは?と心配です。

    そのあたりが、このリーマスじいやの話が日本では有名じゃない理由な気がする。
    日本人には受け入れがたい価値観なんだよね。


    あともともとアメリカの黒人なまりでかかれた本で、日本語訳でも、なまり表現になってるのだけど、それがけっこう読みにくい。

    お話自体は面白いんだけどねー。

  • ふっと笑えるお話から、ちょっぴり残酷で想像するとぞっとするような
    お話まで、皮肉たっぷりに語られる物語でした。
    昔のお話だからなのか、それとも読解力が微妙だからなのかは
    わかりませんが、理解するのが難しい部分もありました。
    資生堂の「よむ花椿」に、現代風に読みやすく翻訳している
    連載があるので、そちらが書籍化することも今後期待しています。

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