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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784001140675
みんなの感想まとめ
人形たちの静かな暮らしの中に潜む優しさと残酷さが描かれた物語は、心温まる一方で緊迫感をもたらします。主人公のトチーや仲間たちが、かつての家で再会する高慢な人形マーチペーンとの関係を通じて、彼らの思いが...
感想・レビュー・書評
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上質な木でできた小さな人形のトチーは、エミリー、シャーロットという2人の子どもの家で、男の人形のプランタガネットさん、セルロイド人形のことりさん、男の子の人形のりんごちゃん、かがり針の背骨を持つ犬のかがりと共に幸せに暮らしていた。
家族のように過ごす彼らにとって、唯一の悩みは自分たちの家がないこと。そんなある時、エミリー、シャーロットの大おばさんが使っており、かつてはトチーも住んでいた人形の家が2人の少女に譲られることになる。皆大喜びだったが、トチーはかつて暮らしていた人形の家で、自分に冷たく当たっていた高慢な人形、マーチぺーンを思い出していた。
ある時、トチーは人形の展覧会でマーチペーンと再会する。トチーとのやりとりで憎悪を燃やすマーチペーン。そして、二人は再び人形の家で相まみえることとなったのだった。
冒頭こそ、エミリー、シャーロットに大切にされている人形たちの暮らしにほのぼのしていたが、マーチペーンが登場すると、一気に不穏な空気に包まれた。
人形たちは、自ら動いたり、意思を伝えることはできない。ただひたすら自分の希望を祈るだけである。その思いが強いと願いが聞き入れられるのだが、マーチペーンのような強大な力を持つ人形にはかなわない。追い込まれていく彼らに思わず感情移入し、何とかしてあげたい、と手に汗握りながら読み進めた。
著者のゴッデンは、『バレーダンサー』という物語で、子どもたちの妬みや怒り、大人たちのずるさや弱さを隠すことなく描いていた。
本書においても、舞台を人形の世界に置き換えてはいるものの、避けようのない悪意を向けられる非力な者たちをリアルに描いている。
悪意に対して悪意で立ち向かうのではなく、やさしさと祈りを持って解決しようとする方法は、現実世界ではうまくいかないこともあるかもしれない。それでも、子どもたちが希望を持って正しい方向へ進むことができるように、という著者の祈りが感じられた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
イプセン『人形の家』を読んだので、邦題が同じこちらも読んでみる。
こちらはイギリス人作家によるもの。『黒水仙』『河』といった映画化された作品もあるが、こちらは著者が初めて手掛けた子供向けの作品。
主人公トチーは小さなオランダ人形。一文人形とも呼ばれる安価な人形である。木で出来ている。実のところ、結構長生きで、今の持ち主の姉妹、シャーロットとエミリーのひいおばあさんのことも知っている。100年前のことだ。
トチーは、トチーのお父さんのプランタガネットさんよりも、お母さんのことりさんよりも前からこの家にいる。トチーたちは本当のところ実の家族ではなく(それはそうだ、人形は子供を産まない)、子供たちが彼らを親子と決めたのだ。
お父さん・お母さんのほかに、弟のりんごちゃん、飼い犬のかがりもいる。
お父さんは前の持ち主にぞんざいに扱われ、さんざん苦労をしたので、いささか悲観的で愚痴っぽいところがある。
お母さんはクラッカーの飾りだった。明るくて陽気だけれど、少々軽々しくて思慮が足りない。
りんごちゃんはわんぱくでかわいい男の子だ。
犬のかがりは背中がかがり針で出来ていて、何か良くないことが起こると「ちくん、ちくん!」と吠えて知らせる。
そしてトチーは一家の要。しっかり者の彼女は、てきぱきと働き、弟の面倒もよく見ている。
4人と1匹のプランタガネット家。皆の願いはすてきな、自分たちの家を手に入れること。
ある幸運から、そんな皆の夢がかなうことになる。
時代はヴィクトリア朝だろうか。
子供たちは、丁寧に人形たちの手入れをしながら大切に遊ぶ。古びた人形の家が手に入れば、一生懸命に汚れを落とす。調度品が足りなければ、大人の手を借りながらもどうにかあまりお金を使わずに手に入れる。
つつましく、幸せな日々。
人形の展覧会、そしてクリスマス。
ちょっとした事件も経て、プランタガネット家は何気ない幸せを手に入れたかに見える。
だが、大きな不幸が少しずつ近づいていた。著者は注意深く、ところどころに不幸の足音を忍ばせている。悪い予兆の影は次第に大きくなっていく。
生きていれば時に、理不尽な目に遭う。無垢なるものがいつでも救われるとは限らない。
けれども。
傷を抱えながらも人は生きていく。よいことも悪いこともやってきては去っていく。それでも生きている限り、幸せに生きていくのだ。亡き人の思い出を胸に。
結末はもしかしたら子供向けにしては重すぎるかもしれない。
だが著者は、世界に冷酷な一面があることをそっと伝えたかったのではないか。
そういう意味ではあまり小さい子ではなく、やや大きい子向けだろう。
思いのほか深い。 -
ちいさなオランダ人形のトチーと(児童文学好きならここでもうああ♡となります、オランダ人形といえばメアリー・ポピンズ!)その寄せ集め家族のおはなしです。
トチーは今は、エミリーとシャーロットの子ども部屋に暮らしていますが、もとはこの二人のひいおばあさんと大おばさんのところで暮らしていました。
ここ、すでに一筋縄でないのです。
エミリーとシャーロットのものでも、大おばさんの所有物でもなく
"彼女たちのところで暮らしていた" というのがゴッテンの人形に対する視線なのです。
トチーは小さな安い木の人形でしたが、おそらく100年近く生きている。ときどき自分のルーツである素晴らしい木のことを考えたりします。
_その木の中をめぐっていた力と樹液のこと、春になれば芽をめぶかせ、夏には若葉をしげらせ、秋の木材や冬の嵐のさなかにもその木をじっと立たせていた、あの力と機液のことを考えました…
「そうよ、わたしは、ちっちゃなその木なんだわ。」_
こんな思慮深い人形なのです。
落書きのヒゲが消えないプランタガネットさん、奥さんはクラッカーに付いてきたセルロイドのコトリさん、小さな男の子りんごちゃん、モールでできたチクチクする犬のかがり。彼らはそれぞれのルーツがあり、本当の家族でないことはわかっています。そして彼らに足りないのは人形の家だけでした。
トチーは100年前に作られた人形の家にかつて住んでいたことがありました。それはローラ大おばさんのところにまだ残っているはず、その家をなんとかして手に入れようと願い始めます。
この人形たちはとにかく願うのです。
願いによって欲しいものをメアリーとシャーロットが(偶然なのかそうさせられるのか)人形の家に運んでくるのです。
河合隼雄さんが『児童文学の世界』にこう書いています。
_こんなところを読んでいると、果して人間というものは、自分が信じているほどの自由意志をもっているのかな、と疑問に感じるのである。エミリーとシャーロットは人形の家の整備に一所懸命だ。これはしかし、彼女たちの意志によるものなのか、あるいは、人形たちの願いを生きさせられているのか、果してそのどちらであろう…
中略
人形をひとつのものと考えると、人形と同じくこの世のすべてのものは願いをもっており、縦横無尽に張りめぐらせた、ものたちの願いの網の中で、人間はそれらのうちのどれかをキャッチして、動かされて生きているのではないか、などと考えさせられるのである_
こんな風に読めるのですよまさに。
物語はエミリーとシャーロットが人形の家の足りない家具を買うためにお金を稼ごうとする所から急展開していきます。
・大おばさんのアイデアで人形の展覧会にトチーを貸し出し、お金を得ようとする。
・そしてこの展覧会でかつて一緒に暮らした嫌な人形、マーチペーンと再開します。
この2つの出来事によって、エミリーとシャーロットが成長してゆくのです。。
ラストはとんでもない展開!
あとがきによると、ゴッテンが初めて童話形式で書いた小説とあります。そして自身でも高く評価しているようです。
物語の楽しさがしっかり詰まっていながらも、自然と深く考えさせられる、まさに文学的な物語でした。 -
約20年ぶりに再読。人形の家に暮らす人形たちの物語。誇張の無い、淡々とした優しさと残酷さが描かれている。子供の頃に読んだが内容はうろ覚えで、残酷さの部分だけが印象に残っていた。再読して、それ以外の優しさの部分をたくさん見いだせたので良かったと思う。人形にも心はある。でも人形だから、声を出すことも、涙を流すこともできない。悲しくて辛くても、ただひたすら祈るだけ。セルロイド人形“ことりさん”が好きだ。
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クリスマスの奇跡の話かと思ってあまり期待していなかったら、面白かった~。
人形が喋ったり(人間には聞こえないけれど)、人間が見ていない間に動いたり出来る世界。
次がどうなるのか気になってどんどん読み進められた。
親子代々大切にされてきたおもちゃ、人形って素敵。
残っている家はいいな。
トチーは100年受け継がれてきただけあって、分別のしっかりしたお人形。
プランタガネットさんはお父さん役だけれど、少年の人形だけあってあまり貫禄がない。
ことりさんは、クラッカーについていた人形だけあって、頭がちょっと足りない。
りんごちゃんは赤ちゃんの人形でいつも高いところから落ちて遊ぶやんちゃな子。
ことりさんの最後が悲しい。
考えがない割にりんごちゃんを守ろうとして…。
マーチペーンが傲慢で酷い奴。
炎がドレスに移って燃えて二度と見られない酷い姿になってしまえばよかったのにと思うほど。
人形たちの願いが人間に通じるというよりも、エイミーはマーチペーンに操られているのではないか、と思うほどマーチペーンの思い通り…。
読んでいて、早く目を覚まして、と思った。
博物館に飾られるだけなのと、遊んでもらえるのどっちが幸せ?
飾られるだけならそれは「もの」だ、というプランタガネットさんの言葉が印象的。
「人形の家」=「イプセン」という図式が出来ていて、でも、この本の作者はゴッデンなのに、何度見てもイプセンかと思ってしまうのか…。
と思っていたら、イプセンの作品にも「人形の家」があった。
こっちの方が有名だから何となく知っていたのか…。 -
平和に暮らしていた人形たちの家の空気が徐々に変わっていく、何かが壊れていく。子供ながらに数々の不条理に憤慨し、ことりさんの行動に涙した。最後の、プランタガネットさんとトチーの会話が心に沁みる。
ずっと手元に置いておきたくて、最近購入しました。 -
子供の頃読んだものを再読。ストーリーはほとんど覚えていなかったが、とても悲しかったのだけは覚えていた。
挿し絵を見てまず懐かしさがこみあげた。そしてなぜ悲しかったかも。
再読してもなぜこれが子ども向けに書かれたのか今ひとつわからなかった。 -
比喩ではなく、タイトルそのまま人形たちとその家周辺の話。ちょっと古めかしい感じはするけど私は結構好きだった。
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受動性、隷従性しかない人形が最後にとった行動は。これは何の寓意なのか。痛ましさ、切なさとともに、我々を見つめる神のような目がこの世にはあることを示しているのか。
望まない人がいる。それでも居場所はある。付き合う必要は無いところで。 -
キラキラ読書クラブ掲載本。
古いお話で訳語にも「家令」など、難しい言葉がありましたが、人形遊びの経験のある女の子なら、きっと自分の人形を思い出すのではないでしょうか。
素材の違い、性格の違いはあっても、家族として過ごす人形たちの気持ちや願いがひしひしと伝わってきました。
女の子にドールハウスなど買ってあげるなら、この本とセットにして贈るのをおすすめしたいです。
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イプセンの「人形の家」も読んだことがないのですが
こっちは人形たちが主人公のかわいらしいお話
でもけっこう切実
新しい家がほしくてすったもんだ
展覧会に行ってすったもんだ
性格の悪い人形がやってきてギギギ・・!
おもちゃ箱に入れっぱなしはいやだとか
子どもに遊ばれてなんぼとか
トイストーリーみたいな感じでした。 -
久しぶりに再読。
幼いころと同様、トチーのように小さなオランダ人形が欲しくなりました…
深い、メッセージ性の強いお話です。
ルーマーゴッテンの別の本「ふしぎなお人形」の主人公と、シャーロッタが似ているなぁと、最近思いました。
彼女の描く子供の人形遊びは描写が細かく、惹きこまれます。-
ゴッテンの深さみたいなのは、日本では受け入れられ難いのかなぁ?もっと紹介されなきゃオカイいと思うのですが、、、私は「ねずみ女房」と「アンデル...ゴッテンの深さみたいなのは、日本では受け入れられ難いのかなぁ?もっと紹介されなきゃオカイいと思うのですが、、、私は「ねずみ女房」と「アンデルセン夢をさがしあてた詩人」が好きです。2012/03/01
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ことりさんが大好きです。
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ひいおばあさんのししゅう型の詩句に、豊かなものを感じて、ゆっくり読むように心がけました 味わい深いファンタジーですね
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感想記録なし
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抑圧されて一人の人間として扱われない女性の姿を人形になぞらえている。男性の方も無意識に女性を家庭によかれと思って、しかも無意識さげすみながら閉じ込めて人形ちゃんにしようとしている姿が面白い。
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主人公は
純粋で真っ直ぐで
冷静な判断力を持った
トチ-という女の子。
上等な木でできた
小さなオランダ人形です。
持ち主は
エミリーとシャーロットの姉妹。
気弱で優しいお父さん役の
プランタガネットさん。
セルロイドで出来た
お母さん役のことりさん。
弟役のりんごちゃんに 犬のかがりと
小さな靴の箱の中で 暮らしています。
ある日 姉妹は
大叔母さんの形見として
古いけれども 立派な
ドールハウスを譲り受け
トチーたちは
そのドールハウスで
幸せな日々を過ごすのですがー。
一見 素朴な児童書のようでありながら
そこかしこに チクッと刺す棘も
感じられます。
人形は 自分自身で
動くことができません。
全ては 子どもたちの気分次第。
ラスト辺りでは 思わず
「えっ!!」と 息を呑んでしまうほど
ショックな出来事も。
トチ-は 自身が
"上等な木で作られた”ということに
誇りを持っていて
その木の一生を体感し
思い浮かべるシーンが
とても 清々しく。
大人になっても
何度も読み返したくなる
物語です。 -
人形にもそれぞれ性格があり、人間関係ならぬ人形関係がある。複雑です。
人形も人形づきあいで大変な思いしてるんだな…。
兄弟姉妹で同じおもちゃで遊ぶときにはよくありますよね、お互いの思いがすれ違うこと。
私はこう遊びたいのに、向こうはそうじゃない。
それによってその遊び自体がお互いに楽しくなくなってしまったり。
マーチペンさんが性質の悪い人形だったとは思いたくない。
ただ、あまりにも性格が違ってた。
何でも混ぜてしまおうとして失敗すること、実際の遊びでもよくある。 -
子供の頃読んだんだろうか…記憶には残ってないがなんとなく懐かしい。お人形さんで遊んだなーとしみじみ思い出した。姉妹がいなかったので近所のお姉さんとこへ行ったりした。作中のマーチベーンがいやな感じで、こういう高そうな人形あるよなーと思いつつ読了。子供時代を思い出したいときに再読したい☆
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人形は「願うだけ」。セルロイドの「ことりさん」本当に取るべき行動が見えてたんですね。
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著者プロフィール
ルーマー・ゴッデンの作品
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