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Amazon.co.jp ・本 (260ページ) / ISBN・EAN: 9784001140897
みんなの感想まとめ
多様な民話が織り成すこの作品は、朝鮮の人々の心の豊かさや、文化の奥深さを感じさせる魅力があります。33編にわたる物語は、身近でありながら異なる世界観を持ち、親しみやすい語り口で展開されます。ひきがえる...
感想・レビュー・書評
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9月24日、岡山県立図書館20周年企画として「コリアン・ポエムの夕べ 金素雲と茨木のり子」があり、参加しました。先に茨木のり子「隣国語の森」についてはレビューしました。実は、同様に感じ入った朗読に、最後に沢知恵が朗読した金素雲訳の朝鮮民話選「ネギをうえた人」があったのです。本を借り出してきました。
その民話はこのように始まります。
人間が、まだ、ネギをたべなかったころの話です。
そのころは、よく人間が、人間をたべました。それは、おたがいが、牛に見えるからでした。うっかりすると、自分の親や兄弟を、牛とまちかえて、たべてしまうことがありました。
そしてこう展開します。
ある人が「ああ、いやだいやだ。なんて、あさましいことだろう」と旅に出て、長い歳月の後、ネギを食べると、人が牛に見える事が無くなるとわかりました。その人はネギの種を持ち帰ります。けれども村人はネギができる前にその人を牛とまちがえて食べてしまいました。その後、村人はネギを食べて人間を間違えることはなくなりました。
「ネギをうえた人は、誰からも礼をいわれません。そのうえ、みんなにたべられてしまいました。けれども、その人の真心は、いつまでも生きていて、大ぜいの人をしあわせにしました。」(終わり)
茨木のり子「隣国語の森」には「緊張を欠けば/たちまち根(ハン)こもる言葉に取って喰われそう」と言った傍らから「すっとぼけ/ずっこけた/俗談の宝庫であり/諧謔の森であり」と朝鮮の言葉を評しています。
「人が牛に見えて食べて仕舞う」時代は、飢饉続くときにホントにあった事かもしれません。飢饉対策に日本では馬鈴薯が広まったように、朝鮮では草のようで実は滋養のあるネギだったのかもしれません。そんな「恨(ハン)」を「笑」に換える、こんな民話は、寡聞にして私は日本では聞いたことありませんでした。
この「民話選」には、日本の民話と明らかに価値観が違うお話が山のように採録されています。
大根を食い荒らす「悪いトラ」を懲らしめるためにおばあさんは、トラを騙し唐辛子で目を潰し、針だらけの布で顔を拭かせ、それぐらいで済ませば良いのに簀巻にして海に投げ込んで殺してしまいます。バカ嫁やお悔やみに来た嫁の母親の失態を、徹底的にバカにして話を終わらせます。「俗談の宝庫」「諧謔の森」。
日本PTAがあっとう間に禁書にしそうな「岩波少年文庫」です。
でも、こういう話を笑い飛ばせるのが、韓国人なのです。それは良いとか悪いとかではない。よくよく読めば、日本人では到底発想できない、「情(チョン)」や「心の広さ」も感じられます。韓国人と日本人は、顔が同じでも、明らかに文化的バックボーンは違うのです。でも同じような「心」もあるんだということも、やはり感じられます。何故なら、読んでいて「とっても楽しい」からです。
子供たち含めて、新しい世界を開かせる良本です(宮崎駿もお勧めしていたそう)。
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近くて遠い国の、似ているようでちょっと違う民話集。朝鮮の人々の、のどかな心の姿を垣間見る。
あとがきの「編者のことば」にあるように、私達は欧米の物語はよく知っていながら、なぜ隣の国の話は何も知らないのか…。幼い時に読んでいたかった。 -
山や川 、じしんのわけ、キジとハトとカササギ、シカとウサギとヒキガエル 、ナンキンムシのさかもり 、三人のバカよめ 、おくやみ 、おむこさんの買いもの 、わるいトラ 、トラとウサギ 、ネギをうえた人 、ブンブン東 、金のつなのつるべ 、火の玉のムク、シカと木こり 、龍宮の青い玉 、大蛇とヒキガエル 、キジのかね 、青い葉っぱ 、恩をかえしたトラ 、カボチャの種 、ワシにさらわれたおひめさま、物語のふくろ 、すがたを盗まれた話、あいずの旗、かくれ頭巾 、おとうさんのかたみ、ヒキガエルのむこ、金剛山のトラ 、果報せむし、銀のさじ 、めくらネズミ 、シカの足のおかあさん 、王さまの旅
33編 -
朝鮮の民話集である。
民話の類は結構読んでいるような気がしていたが、そういえば朝鮮の民話って知らなかった。表題作がかなりシュールだという話を聞き、こりゃおもしろそうだと図書館で借りてみた。
岩波少年文庫。かなり年季の入った本だ。
34のお話が入っている。ごくごく短い1~2ページ程度のものから、やや長めの10ページを超えるものまで。
トラが多く出てくるのが印象的。やはり身近にいた動物であるということだろう(参考までに、トラの生息域http://www.wwf.or.jp/activities/2009/01/605313.html)。悪役で登場することが多いのは、やはり人が襲われることもあったということか。
ヒキガエルやシカやウサギも多いような。
ざーっと読んでいくと、類話を目にしたことのある話もある。「おむこさんの買いもの」は「松山鏡」にちょっと似ているし、「銀のさじ」は「御神酒徳利」に似ている。「トラとウサギ」は「かちかち山」みたいだ。「金のつるのなべ」は、「おおかみと七匹の子ヤギ」に「お天道様金の鎖」を足したよう。
ふーん、そうですか、という感じのとりたてて毒のない話もある。
が、目が点になるものもいくつか。エキゾチックでは片付けられない。この発想はどこから来るのか。すごい。
表題作を除けば、個人的仰け反る話の一押しはこれか。「物語のふくろ」
「物語好きの男の子がいて、物語を聞くたび、『ためておくんだ』と腰のふくろに物語を押し込んでいた」・・・はい・・・?
「男の子は大きくなり、結婚することになった。」・・・え、いきなり時間経ちすぎちゃう・・・?
「物語たちはせまいところに押し込められていたことを、非常に恨みに思っていた。」・・・まぢですか・・・?
「そして物語たちは、復讐を企てた。」・・・!!!
衝撃である。そんなことがあるのである。夢にも思いませんでした。
どうなるか、気になった方はぜひ本書を。
教訓。
皆さん、物語を独り占めにしてはだめですよ。おもしろい話を聞いたら、どんどん回りの人に教えて、物語に恨まれないようにね。 -
ひきがえるが実は素敵な若者だったり、いじわるな爺さんがいい爺さんの真似をして、ギャフン、てなったり、よくある昔話も多く、テンポの良い語り口に昔話の世界に引き込まれる。だけど、悲劇的な結末もある。表題の、ネギを植えた人は、世のため、人のために努力したのに、報われないどころか、残酷な最期を迎える。人の世がはらむ大いなる矛盾も感じられて、朝鮮民話、奥が深いぞ。
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ネギを食べる前の人間は、人間が牛に見えて、親、兄弟でさえ食人していたとは、物騒な世の中でした。ウィルス対策にもネギを植えて村中の皆で収穫し食べるくらいの特効薬があれば良いのですが。ひきがえるが実は若者で住み着いたその家の婿になる話はグリム童話にあったような。
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オチの着地点がどれも想定外で面白い
赤ずきんみたいな話はどこの国にもあるんだろうか -
韓国の人の手になる朝鮮の民話選。前半に収められたいくつかの小噺的な話が肌に合わず(個人的に好き好きが分かれる話では?と感じた)、あまり期待せずに読み進めていたが、中盤の物語色が強い話になるととても面白かった。「何処かで聞いたような」お話もありながら、肝心の部分が独特の展開になっていたり、そこはかとなく土地柄を感じられて楽しめた。
そして、『編者のことば』の中の「こんなに近い二つの国が、心のへだてではフランスやドイツよりも遠いというのはさびしいことです」という一文が、心に響いた。 -
善と悪がハッキリしているのはどこの国でも民話に特徴的なのだろう。良い人は最終的には金銭的にも恵まれるという日本の民話に登場する話と似ている。
唯一違うのがこの本の題名にもなっている「ネギをうえた人」。よく考えると残酷なストーリーではあるが、1人の犠牲により平和がもたらされたという内容。
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意外に知らない朝鮮半島の民話集。北欧神話に似たもの、日本や中国に似たもの、世界各地の民話に類似したものなども多いが、この板の人間に取っては呪術的な話がいくつか含まれているのが嬉しい。
「すがたを盗まれた話」は川で切った爪を食べた野ネズミが、爪の持ち主になり変わる話。爪には人間の精気が宿っているため、それを食べることで化けることが可能だった。表題作は、「そのころは、よく人間が人間を食べました。」で始まるカニバリズムくさい話。どうしても人間が牛に見えてしまうため、人々は間違ってお互いを食べてしまっていたが、主人公も間違って兄弟を食べてしまったことから反省し、人間が人間に見えるまともな国を探し放浪する。 -
ほのぼのとして良い。
なんか童心に帰れます。
挿絵も素敵! -
朝鮮の神話は少し読んだが、民話は読んだことがなかった。暖かく、優しく、滑稽。昔聞いた子守唄のように懐かしい。同じ木と土の文化圏の昔話なんだな。民話が洋の東西を問わず似ているのは不思議だなあ。人づてに伝わってきた話が、それぞれの国にそれぞれの姿で定着した証なんだろうか?
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韓国の民話。トラの登場が多いのと、展開が日本のものと似ているようで、終わりというか展開の仕方がやっぱりちょっと異なるなと感じた。
ほとんどが短いお話なので、簡単に読めて良い。 -
ネギをうえた人は、だれからも礼をいわれません。
そのうえ、みんなにたべられてしまいました。
けれども、その人のま心は、いつまでも生きていて、大ぜいの人をしあわせにしました。
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「愛する人に食べられたい。そして、その人を幸せにしたい。その人とともに幸せでいたい。」
最上の幸福についてそのように語った女がかつていた。
決して大ぜいでなくともよい。
(もちろんそれに越したことはないが。)
でも、ま心が、いつまでも生きていたらいいな、とは思う。 -
☆おむこさんの買いもの 2012/07/21
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