マリアンヌの夢 (岩波少年文庫 95)

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  • Amazon.co.jp ・本 (341ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001140958

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  • 10歳の誕生日に大病を患いベッドの中から起き上がれなくなったマリアンヌは、学校にも行けず、家庭教師の先生に来てもらって勉強を教えてもらうことになります。
    10歳になったら乗馬をしてもよいと言われ、楽しみにしていたマリアンヌは、身動きのできない生活に飽き飽きし、早く元気に動き回れるようになりたいと思っています。

    お医者さんの見立てよりはずいぶん早く回復しているとはいえ、何か月も寝たきりですから退屈です。
    マリアンヌは裁縫箱の中に鉛筆を見つけ、柵に囲まれた庭と1件の家の絵を描きます。
    その晩夢の中でマリアンヌはその家に行きますが、ドアノッカーもなければ、開けてくれる人もいない家には入ることができません。

    次の日マリアンヌはドアノッカーと、家の中に一人の人影を描きます。
    すると夢の中に現れたのは病気で歩くことができず、すっかり希望を失った少年がいるのでした。

    マリアンヌと少年がなぜその家にいるのか。
    少年はなぜ”あいつら”に見張られているのか。
    そもそもなぜマリアンヌの描いた絵が夢の中で実態を持つのか。

    わからないことは最後まで分かりません。
    ただ、病気になり、したいこともできなくなり、体を動かすことが苦痛となり、楽しみからは遠ざけられ、いつ回復するのか見通しの立たない日々を送るマリアンヌと少年は、喧嘩をしながらも次第に心を通わせあい、最後は力を合わせてその家を、その夢からも、脱出することに成功します。

    少年の正体は、マリアンヌの家庭教師が教えているもう一人の病気の子です。
    作品の中では二人は実際に会うことはありません。
    マリアンヌが一方的に先生から彼の様子を聞き出すだけです。

    しかしマリアンヌの力を借りながら夢の中でリハビリをした少年は、最後に自分の力で一歩を踏み出すのです。
    そして、マリアンヌに再開のヒントを残していきます。

    だから読者は、きっと二人は出会い、お互いに良い友達になるであろうと予想しながらうれしい気持ちで本を閉じることができます。
    健康な子は、これでも十分でしょう。

    そしてもしかして病床でこの本を読んでいる、または読んでもらっている子がいたら、きっとマリアンヌたちの不安や恐怖やイライラを自分のことのように感じ、そしてつらいリハビリに立ち向かう勇気を得ることができるはずです。

    壁にぶつかって悩んでいる子にこそ、読んでほしい本だと思いました。

  • リアルと夢の世界のリンク。
    今どきの「なろう系」でもありそうな設定。
    そして漂う不気味な雰囲気。
    あれで終わっちゃうのも、想像の余地ありまくりで素敵。

  • 「マリアンヌは十歳の誕生日に、長期療養が必要な病気になってしまいます。歩くこともできず、学校に行けなくなったので、価値教師のチェスターフィールド先生に教わることになりました。
     ある日彼女は、祖母の残した古い裁縫箱から、一本の鉛筆をみつけます。スケッチブックに何気なく家と庭を描くと、その日の夢でマリアンヌはその家の前にいました。ー後日、二階の窓に男の子を描くと、次の夢ではやはり、男の子が窓から彼女を見ていました。マリアンヌは、夢の中の世界が自分の描いた絵のとおりに動いていることに気付きます。

    「不安」とテーマに、子どもの内面を描いた異色のファンタジー。」

    (『大人のための児童文学講座』ひこ・田中著 より)
    「夢の中の歩けないマークは、病気のマリアンヌ自身であり、夢の中の元気なマリアンヌは、彼女の願望が形になったものだと読むこともできる。その場合、この物語は、九週間もベッドですごさなければならない痛みと怒りと、そこから回復していく過程を、子どもの内面から描いたものといえるわけです。」

  • 小学生の頃に父親が買ってきてくれた本。懐かしくて読み直してみたところ、当時より興味深く読むことができました。

    著者が精神科医ということで子供の心の動きをよく書き表してくれているのですが、マリアンヌはこの年齢にしては大人っぽい考え方をするので、10歳くらいの子が読むと好き嫌いが分かれそう。
    友達付き合いも忙しく、日々社交的に暮らしているお子さんには響きにくい内容かも。

    でも世界観は素敵です。不気味で静かな夢の世界の描写には、思わず引き込まれてしまいました。懐かしさも手伝って、お気に入りの一冊となりました。


    余談ですが、こちらの本の続きである「海の休暇」もおすすめです。
    ロンドンに住む14歳のマリアンヌが、休暇で海辺の町ブライトンを訪れ、孤独な三週間を過ごしたのち、はじめて本当のボーイフレンドに出会うまでのことを書いた内容です。
    今では絶版になっていて希少本ですが、図書館などで探せば見つかるかも。本書がお好きな方であれば、あわせて読んでおきたい一冊かと思います。ぜひ、探してみて下さい。

  • 夢との現実のリンク。書いたものが夢になる。手に汗握る展開。ハッピィエンド。

    病の不安を抱えた子供だからこそ、あらわれた世界。

    生と死の淵を垣間見る。恐怖も内面。希望も内面。すべては内面を鍛えるため。いや内面だけではない。河合隼雄がいう「たましい」の鍛錬だ。

    箱庭や絵画療法をみているようだった。カウンセラー役がいなかったのが気になる。

  • 子供向けのホラー、ということで手に取った。
    夢の持つ怖さは確かにあるけど、読んでみての恐怖感は、ふくろう模様の皿、には及ばないかも。
    逃避行で自転車が壊された場面は怖かったけど、じわじわ囲まれていることの方が怖かった。

    病身の子供たちの、精神が参っているところは想像しやすい。
    本人には無意識ながら、激しいストレスに晒されているはず。
    病気のときの世界の感じ方が、望遠鏡を逆に覗いたようだ、とはいい表現。

    作中で、マリアンヌが、ランサム・サーガを読んで、出てくる子供がみんな活発だからイラっとした、というのには笑った。本書はランサム・サーガより20年くらいあとの作品。

    鉛筆で描いたものが本当になる。
    ドラえもんみたいな全能感があるけど、マリアンヌが絵は苦手で、うまく本物になるように、とヒヤヒヤしているところが可愛い。

    敵がメジェド様に見える。

  • この作品には子ども向けのお話でよく描かれる希望や夢だけではなく、嫉妬や不安や恐怖などこどもの中の負の感情がよく表れている。子どもの心の闇は大人と同等であること、そして「子どもは大人守ってあげるかわいくてかわいそうな存在だ」という従来の子ども観を破る新しい子ども観が示されている。

    ★「嫉妬や怒り」を抱くこどもの姿

    チェスターフィールド先生の誕生日の日、マークが、マリアンヌが用意したバラよりも大きなバラを先生に送ったため、マリアンヌは大きなかんしゃくを起こし「嫉妬・怒り」をあらわにしている。

    「マリアンヌは返事をしなかった。にがにがしい思いで、マリアンヌは花をながめた。感謝して、うれしそうに見せなくてはいけない、ということはわかっていた。しかし、そんなことはとうていできそうになかった。だまって怒りと失望の涙を流すのをやってこらえているだけで、精一杯だった。」(p.86 )

    子供向けのお話でよく描かれるものは希望、夢、期待などが多く、子どもにはそれだけでなくもっと負の感情があることは目を背けられてきた。マリアンヌが嫉妬でかんしゃくを起こす場面は、彼女が先生の誕生日のためにたくさん考えていたことも描写されているぶん、とてもリアルで残酷だ。

    しかし、読者はマリアンヌと同じように、言葉では表しきれないほど大きな失望や自分の思い通りにならない怒りを心の中で共有することができる。負の感情を押さえ込まれプラスの感情だけ表されているお話ばかり読んでいると、自分が嫉妬や怒りを抱いてしまった時に「これはいけない感情だ」と否定してしまうかもしれない。しかし、この作品のように負の感情を抱くこどもがきちんと描かれているものと出会うことによって、負の感情を抱くのは決して悪いことではない、人間だから当然だ、と子どもたちが知ることができ、負の感情の肯定をすることができるのではないかと思った。

    ★『恐怖・不安』を抱く子供の姿

    また、この作品には独特のダークな雰囲気があり、特に目のある石たち、『they』の存在は、正体がわからないのもあいまってぞっとするような恐しい存在である。マリアンヌがマークに灯台への出発を急かそうと説得する場面で、『they』に対する「不安・恐怖」について以下のように発言している。

    「一つにはそうしなくちゃならないって感じるの。もう一つは、ここにいるのは安全じゃないってことが、わかってるからよ。ここに来るたんびに、前よりもっと危険になってるって感じがするんだもの。それに、よくわかってるでしょ。あいつらはだんだん近づいてきてるのよ。」(p.274)

    彼女は『they』に対する恐怖が大きくなっていることを確かに感じ取っている。しかし同時に、『they』の存在が一体何なのか掴みきれていない。つまり、『they』の正体とは、「言い表せないけれど確かに感じている心の中の不安や恐怖」ではないだろうか。

    「子どもはいいよね、何も不安なことなんてないもんな。大人になると大変だよ」という意見をよく耳にするが、大きな不安に駆られることがあるのは大人だけではなくもちろん子どもも同じだ。どうしようもできない不安や恐怖はこどもたちの心の中に常に存在しているもので、それは人間がともに生きていかなくてはいけないもの。しかし、自分1人だけがその恐怖や不安を抱いているのではないかと思ってしまうこどもたちは多いと猪熊葉子は指摘する。

    正体がわからないけれど確かに怖い『they』のように、心の中の言葉では言い表せない不安や恐怖が描かれているものを読むことによって、恐怖や不安を抱いているのでは自分1人ではないんだ、と読む人を解放することができると思った。

    ★「新しい子供観」

    さらに、マリアンヌとマークが自転車で灯台へ逃げている場面には、お互いを助けたい!というお互いの強い気持ちが表れている。

    「『行けよ!』マークはいった。『ぼくはだめだ。自転車は捨てて、走るんだ!』『いやよ!』マリアンヌは叫んだ。・・・マークは支えられたままになっていたが、ずしんずしんという足音が後ろから近づいてくると、またいった。『きみ行けよ。』『だめよ!走るのよ』『だめだよ。』『走らなくちゃだめ。』」(p.302)

    多くの大人は、子どもは大人が守ってあげているかわいくてかわいそうなものだという伝統的な子ども観を持っている。しかし、この作品に表れているのは、誰かを守りたいと強く思いそのために行動する自立的な新しい子ども観だ。誰かに教えられることなく自分で気づいて誰かのために努力するこどもが描かれており、それは読者にこどもを信じることの大切さを気付かすものなのかもしれない。

    このように、この作品はこどもの心の内部を探っており、こどもの負の感情の肯定や、こどもが自分で考えて誰かのために行動する自立したこどもの姿など、新しいこども観がよく描かれている。自分の中に生きている「子ども」のために生涯大切にしたい作品だ。

  • 図書館でオススメされてて読んでみた。
    夢の中でしか会えない男の子。
    怖いものが結構好きな私。
    なんか寝るときに夢を想像してウキウキするようになった。
    ただし一回も男の子が出てくる夢は見ていない。

  • なんの流れでこの本を読もうと思ったのか忘れてしまった。

    夢もだけれど、嫉妬や嫉妬からくる憎悪が生々しい。
    何から逃げているのだろう。

  • 幸せにも驚くほど病気らしい病気をしてこないでここまで生きてきたのですが、たしかに自分の身体が思う通りにならない歯がゆさから他人にきつく当たってしまうのってあるよな~~・・・。でもそれも、全て自分の精神的成長につながってるんやな・・・。

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