思い出のマーニー 下 (岩波少年文庫 111)

  • 岩波書店 (2003年7月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (234ページ) / ISBN・EAN: 9784001141115

みんなの感想まとめ

心の成長と自己発見をテーマにした物語が描かれています。主人公のアンナは、マーニーとの出会いを通じて他者と心を通わせることができ、友達を得て自分自身を受け入れるようになります。作品は、英国東海岸の美しい...

感想・レビュー・書評

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  • アンナはマーニーを通じて他の人と心を通じ合うようになり友達ができて成長する。
    また彼女自身のバックグランドについて詳しく知り自分を好きになっていく
    こんな良いお話に出会わせてくれたスタジオジブリにもお礼を言いたい

  • うん、納得。
    下巻を読みながら、どんどんキーワードが繋がっていくのが分かる。
    この作品は、下巻あってのもの。
    娯楽作品ではないので大団円という表現は妥当ではないが、ジュブナイル独特の切なさと希望を残して締めくくった。
    上巻のレビューでも少し触れたが、このお話の舞台が英国東海岸であることが、雰囲気を盛り上げるのに良い役割を果たしている。
    しめっ地、入り江、シーラベンダー、古いボート、錨、家の裏と表、などなど。
    潮風の吹きぬけるこの環境で、アンナの心がどのような変化を遂げたか。
    アニメでどこまでそれを表せるか、とても興味深い。 

    自分にとっての「外側」と「内側」という表現も分かりやすく、この部分に共鳴するひとが多数存在しそう。
    でもこれってアンナだけの感覚ではなく、すべてのひとに共通のものだろう。
    転地療養した家の「ペグおばさん」や、そこで知り合った家族の「ミセス・リンゼー」の好感度が高く感じるのも、その年頃ならではのこと。
    だって、「よそのひと」だもの。当然身内よりは良く見える。
    私はむしろ、養親の「ミセス・ブレストン」に限りなく共感した。
    大変だったろうなぁ、よほどの愛情がないと育てられないもの。
    終盤、この養親とアンナも分かり合えるけど、どうかその部分も手抜きせずに描いてもらいたいものだ。

  • なんてなんて素敵な物語だろう!

    夢とも空想ともつかず、ふわふわと不安定な霧の中で
    見えない足元に気をとられるように
    進んでいく物語にドキドキしながら、
    最後は霧がパーっと晴れるように
    閉じた空間は明るい光の中に晒されて
    溢れるような祝福に包まれる。

    子供の頃の心の中の内側と外側。

    みんなと同じでも、みんなと違う部分があっても、
    今も未来も恐れずに1つ1つゆっくりと受け止めて
    大切に真っ直ぐに進んでいってほしい。

    一人でも多くの子供の心の心が辿りつく未来の場所が
    辛かったことも幸せに塗り替えてくれるような
    そんな温かい素敵な場所だといいな。

    子供たちの幸せな未来への祈りと、
    誰もが通り過ぎる自分の中でもがく時間に
    エールを込めて贈りたい。
    そんな切なくて優しくてあったかい、
    誰にでもある心のいつか居た場所の物語。

    • nejidonさん
      こんにちは♪
      この本、読まれたのですね!
      作品よりもあやさんのレビューの方がもっと素敵なような(笑)
      同じものを読んでもひとりひとり感...
      こんにちは♪
      この本、読まれたのですね!
      作品よりもあやさんのレビューの方がもっと素敵なような(笑)
      同じものを読んでもひとりひとり感じ方が違うんだなぁと、つくづくそう思います。
      ともあれ、アニメ化されることで、作品の本来の良さがいっそうひきたつと良いなぁと思いますね。
      登場する大人たちがみんな善人だらけで、でもそれがなかなか主人公には伝わらないのが、いかにもこの子らしくて。
      私は特に養母の存在が好きでした。
      2014/04/30
    • 山本 あやさん
      猫丸さん♡

      不安定さと現実と空想のあわいの感じと、
      ほんとに絶妙のさじ加減で描かれていて
      すごいなぁと唸ってしまいました。

      ...
      猫丸さん♡

      不安定さと現実と空想のあわいの感じと、
      ほんとに絶妙のさじ加減で描かれていて
      すごいなぁと唸ってしまいました。

      真っ直ぐに愛情を疑わず成長していける
      サポートが大人はできるといいですよね[^-^]
      2014/05/09
    • 山本 あやさん
      nejidonさん♡

      こんにちは~[*Ü*]

      やややっ、拙いレビューにありがとうございますっ!

      マーニーのゆらゆらと揺れる...
      nejidonさん♡

      こんにちは~[*Ü*]

      やややっ、拙いレビューにありがとうございますっ!

      マーニーのゆらゆらと揺れる気持ちや
      空想のキラキラした世界と実際の緑のさわさわと騒ぐ感じや
      水辺の素敵さは、ジブリなら素敵な色、音、世界として
      目の前に広げてくれるんだろうなぁとドキドキです♡

      養母の不器用ながらもいっぱいの愛情、
      ほんとに素敵ですよねっ[^-^]
      2014/05/09
  • とても素敵な結末。
    上巻の後半を読んだ時の不安は綺麗に消えてしまった。
    どうも幼さ故の純粋さと繊細さを持った女の子(男の子も)が傷付くところを見たくないと願ってしまうみたいだ。
    でもそんな心配を軽々と飛び越えてくれた。
    そして奇跡としか言いようのない幸せを見つけてくれた。

    アンナから貰った幸せな気持ちのお裾分けで私も幸せな気分。
    映画もとても楽しみ。

  • 子供のための物語であるから、子供の時に読みたかった。子供の時にはきっと、ずっと共感できただろうと思うから。しかしこれは大人にとっても、救いの物語だった。とてもよかった。
    この物語の、なにが、こんなにも心に残るのだろうと考えると、やはりアンナの心をきりとって文字にもってくる、感性だと思う。
    こどもの心は混沌だ(混沌だったと思う)。うれしさ、悲しさ、悔しさ、希望、どれも鮮明すぎて、ありのままとらえることはとっても難しい(と思う)。しかし小説の中でアンナの気持ちを、いっときも作者は見失わない。アンナ、ひとりぼっちで繊細な、孤児の少女は、鮮明に存在し続ける。
    マーニーのせかいとアンナのせかいが異なることはすぐにわかるけれど、だいじなところは、そこではないのだ。アンナがはじめてともだちになるマーニー。いきいきとアンナのまえに存在する魅力的なともだち。ともだちとすごす時間はなんて楽しくてみじかいんだろう。友情は、まるで魔法のように自信をもたらしてくれる。

    そして、たとえば赤毛のアンを読んだ子供たちが成長してからはアンではなくマリラ・カスバートの気持ちに共感するように(しないか?)、わたしが共感するのは「おばちゃん(なんて善良なひとだろう)」であったりするわけでした。やっぱり子供の時に読みたかった。

    最後に明かされた事実にはきっと願いが込められているのだろうと想像する。金持ちの娘だが愛情を与えられずに育った孤独なマーニーは、産んだ娘を愛せないままこの世を去る。うまれた娘は母の愛を知らないまま、その娘を残して世を去る。そして、ひとりきり残されたマーニーの孫はやはり、捨てられた子供として人生のスタートを切るが…、
    悲しいことの連鎖がきれいに輪になって解かれるラストはとてもうつくしい。奇跡である。

  • とっても悲しいけれども、心温まるお話でした。

    そう、気づくでしょうけれども
    マーニーはあるとても悲しい経験をしていました。
    なぜ風車小屋を怖がったのか…

    それと最後に思わぬ事実が突き付けられます。
    大事な言葉がいっぱいあるので
    大人でも突き刺さる要素は多いはずです。

  • 何歳で読んでもいい。

    無理のない整合性で、主人公の成長が描かれている。すごいと思った。だから、共感した。

    月並みな感じはあんまりしなかった。

  • 下巻では、マーニーとの別れと新たなる出会いの話。

    新たなる出会いの方でアンナの心もどんどん回復していきます。

    新たなる出会いの家族がとてもいい家族で。

    そしてマーニーの正体も明らかに。

  • イギリスの児童文学を読みました
    としか感想がない

  • 原作は映画よりも、アンナとマーニーの真実についてさらっと書かれていたのだと気づけて、それもまた良いと思いました。
    リンゼー家の人たちとの出会いによって、さらに変化していくアンナを感じることが出来て、自分も満たされた!
    と同時に、翻訳って本当に大事なんだなと思う。
    言い回しとか言葉の選び方で印象がガラリと変わると思うので、文庫で出ている方も読んでみたい。

  • 人の世界には内側と外側がある。そして自分は「外側」の人間であると、周囲と自分に高い壁を作り嫌なことがあっても「何も考えない」ことで乗り切ろうとする少女アンナ。
    海辺の町に引っ越してきたアンナは、一軒の屋敷に住む少女マーニーと出会い、秘密を共有する親友となる。

    上巻では周囲とうまく馴染めないアンナの苦悩とマーニーとの不思議な出会いが、下巻ではアンナに訪れる変化と新しい出会い、そしてマーニーに隠されていた謎が解き明かされていく。舞踏会、森、そして風車小屋…マーニーと過ごした時間は、アンナの固く閉ざした心を溶かし変化と成長に大きく影響を与える。
    人は「外側」と「内側」を行ったり来たりしながら周囲と付き合っていく。「外側」であろうと「内側」であろうと、それぞれから見える景色は自分の一部となり、思い出となった出会いも自分の心にしっかりと刻まれ、糧となる。
    2014年夏公開ジブリ映画の原作本。

  • ちょっと予想通り、でも多少予想外。
    欲をいえばもうちょっとラストにかけての主人公の心情を盛り込んでほしかったなー。
    面白かった。

  • 10年ぶりに再読。
    ちょっと内向的でヒネた主人公アンナと不思議な少女マーニーとの心の交流を描いた上巻、そしてマーニーの謎をするする紐解きながらアンナが変わっていく下巻。ストーリー性も描写力も文句なし、大満足の作品でした。
    児童向けの作品なので、ストレートでわかりやすい表現が多いです。でも扱われている内容は、子どもからの脱皮を経験した大人だからこそ分かることも多いので、おそらく子供目線と大人目線で感じ方が変わるのではないでしょうか。私は10年前と今回とでは明らかに感じ方が違いました。20年前にも読んでいたら、きっともっと違いを感じたと思います。
    今夏上映のスタジオジブリ映画も期待しています。

  • じんわりと満たされていくような読後感。驚くべき愛の物語でした。これを米林宏昌監督がどう料理してくれるのか、楽しみです!

  • 恐ろしいくらいの孤独の中に住むアンナはしめっち屋敷に越してきた兄弟姉妹と打ち解けていき、マーニーの秘密も解き明かされていく中でアンナの閉ざされた心も次第に開かれて温かいものが入ってくる。孤独を感じる思春期の生徒に届けたい一冊だと思いました。

  • 何かメッセージ性を持って
    マーニーが現れたっていうのが
    主題でもよかったかな

    映画になるんだ!
    設定が日本って…(^_^);
    アンナは、日本人とのハーフになるのかな?

    孤立している時に
    勇気をもらえる本だと思う
    友達がいなくて
    図書館に通っている女の子にすすめたい

  • 物語の前半は、海辺の洋館に住む不思議な少女マーニーとの出会いと、マーニーと過ごす秘密の時間の中で、アンナが少しずつ自分と向き合い、心がほぐれていく様子が描かれています。  ようやくできた心を許せる友達だったマーニー。  でも、村人たちは誰一人としてマーニーのことを知りません。  そんな中「風車小屋事件」とでも呼ぶべき事件が発生し、結果的にアンナはマーニーと別れ別れになります。  そして後半、マーニーと別れたアンナは彼女と一緒に過ごした時間の思い出を糧に、少しずつ少しずつ彼女が「内側」と呼んでいた世界とも向き合うようになっていきます。  

    物語の後半、いなくなってしまったマーニーの正体や、 アンナが決して知ろうとはしなかった彼女の生い立ちの物語等々が明らかになります。  それら全ての謎の鍵をにぎるギリーさんというおばあちゃんが登場するのですが、そんな彼女が語る

    「あなたがたがわたしぐらいの年になれば、これは だれのせいだとか、あれはだれが悪かったからとか、 そんなことはいえなくなりますよ」

    という言葉は今の年齢になったKiKi の心にストンと落ちてくる言葉でした。  そしてそれに続いてアンナが感じるようになる

    「自分が内側にいるとか、外側にいるとか、 それは、自分自身の中でどう感じているかによること」

    という真理・・・・のようなものに思わずぐっときてしまいました。  これはKiKi 自身も折に触れ読み返してみたい物語だし、多くの人に読んでもらいたい物語だなぁと強く感じました。

    (全文はブログにて)

  • 私がbk1で本書の上巻に書評をつけたのは2008年11月30日。

    今日は、いつもに増して自分語りになってしまい恐縮なのだが、
    私は、2008年4月に大切な人を亡くしている。

    旅立った人は病を得ていたこともあり、
    2008年2月から会うことができないでいた。

    書評も2008年2月から2008年10月中旬まで1本も書けなかった。

    本書の上巻への書評を書いていた頃は、読書も復活していて、
    文章も書けるようにはなっていたものの、
    読むものも書くものもどこかで
    彼のことを思い出させるものばかりだったように思う。

    本書も少女時代の自分と非常に縁の深い本だったこともあり、
    再々読し、重ねて原書にもチャレンジしたのだった。

    彼は、少女時代の自分と縁のある存在で、
    再会後の1年半の間に自分に自信のなかった私が
    自己肯定感をもてるように助けてくれた存在だったからである。

    上下巻ある本書の書評は、上巻に集約させて終わらせるつもりでいた。

    ところが、1年半が経ち、もう一度本書を読み返した今、
    前回の書評で書ききれなかった分をさらに書いてみたいと思うに至ったのである。

    そして、それを書く日は今日をおいて他にないと思っている。

    原書である"When Marnie Was There"は、
    入手しづらい状態になっており、
    前回チャレンジした原書はブッククラブで借りたものだった。

    先日、やっと中古で見つけたそれが、2010年4月27日届いたのである。

    まるで、誰かが今だと背中を押してくれたような気がした。

    前回の書評は、アンナがどういう子であるか、
    そして、風車小屋に自分を置き去りにしたマーニーを許したことには
    大きな意味があったということについて書いた。

    だが、上巻と下巻をまとめて1本で書くつもりでいたため、
    あらすじについてはきちんと書けてはいなかった。

    上巻で印象的なのは、
    「あんたの通りに見える」とサンドラに言われて、
    アンナが大変傷ついたというエピソードである。

    彼女が自己肯定感が低かったことの現れである。

    受け取る方がどうとも思わなければ、どうともない言葉。

    だが、自分のことが好きになれない存在にとっては、これほど痛い言葉はない。

    そして、発した相手もそれをわかっていて突いてきているのだ。

    悪口か否かは、言葉ではなく、投げ手、そして、受け取り手が決める。

    リンゼー家のアンドルーに「やぶにらみの妖精」と
    言われてもアンナが怒らないのが好対照な例である。

    アンナの心理描写は痛いくらいに当時の私であり、
    今も時おり顔を出す、私、である。

    大好きなお友だちを独り占めにしていたい気持ち。

    似ているところがあるからこそ惹かれあい、
    似ていないところは羨ましくて、
    でも、本当は相手の奥底にある他の誰もが
    触れないような淋しさに気づいていて、
    だからこそ、その根っこの部分で惹かれあったのだ
    ということわかっている。

    それでこんなことを言ってしまったりする。

      あたしは、あなたにいてほしいの。

      あなたがあたしにいてほしいより、
      もっと、ずっと、あなたにいてほしいの。

    マーニーに言い返されるように、
    むちゃくちゃナンセンスなのだけど、
    この言葉、自分の言葉として痛いほどにわかる。

    上巻で展開されるのは、アンナとマーニーの物語である。

    マーニーがアンナを風車小屋に置き去りにし、
    エドワードと帰ってしまうのは、
    下巻の最初のエピソードである。

    そして、マーニーはしめっ地やしきから去り、
    アンナとはもう会うことはない。

    下巻は、アンナとリンゼー家の物語である。

    リンゼー家の人々は、新しく修繕されたしめっ地やしきにやってきた人たちで、
    アンナは、マーニーに会うずっと前にリンゼー家の5人兄弟を目撃している。

    だが、そのときに村の人は誰も彼らを知らないと言ったため、
    アンナは彼らを自分の想像の中の人たちだと思っていたのだ。

    マーニーと会っていた頃のアンナは、
    しめっ地やしきの裏側である海側から訪問していたのであるが、
    リンゼー家に訪問するときは、しめっ地やしきの表側から訪問する。

    リンゼー家の人たちと知り合ってから、アンナの世界は急展開する。

    一見、マーニーのエピソードとリンゼー家のエピソードは、
    違う物語のように見えるのだが・・・。

    自分に自信がなく、周りの人たちとの関係をうまく築けなかったアンナは、
    マーニーと友だちになり、その関係を経た後、成長を遂げている。

    アンナはマーニーとの出会いを経ていたからこそ、
    リンゼー家の子どもたちと友だちになれたのではないか。

    これはマーニーの置き土産であったといっていいだろう。

    リンゼー家の5人兄弟の中で、もっともアンナと仲良くなるのが
    プリシラなのだが、そのことは、
    プリシラをプリシラと知る前からアンナにもわかっていて、
    遠くからアンナを見つけていたプリシラにもわかっていた。

    つかまえてほしいけど、そう簡単にはつかまえてほしくなくて、
    続けてしまう追いかけっこ。

    そんな気持ちも自分のことのようにわかった。

    お互いにお互いではなければない相手というのはわかるものである。

    アンナにとってのマーニー、マーニーにとってのアンナ、
    アンナにとってのプリシラ、プリシラにとってのアンナ。

    そして、アンナはなぜマーニーと出会ったのか、
    出会わなければなからなかったのか。

    そのすべてをここで語ることはできないのだが、
    ひとつだけ前回の書評から展開させておきたい。

    自分を風車小屋に置き去りにしたマーニーを許すことができたのは、
    アンナにとって大きな意味があったということについて。

    風車小屋の事件が起こる前に、アンナは、マーニーに
    今まで他の誰にも言うことができなかった秘密を、悲しみや怒りを語っているのだが、
    そのひとつに、自分を置いて亡くなってしまった母や祖母に対する怒りの心がある。

    自分をひとりぼっちにして旅立ってしまったことへの怒り。

    マーニーはそんな怒りを表出したアンナにいくつもの意味で深い答えを返している。

    その言葉の深い深い意味は、すべてがわかったときにつながるのだが。

    アンナがマーニーを許したことの意味のひとつは、
    自分を置いて行ってしまった者への許しであり、
    それは母や祖母に対する許しにもつながるのだ。

    そして、それは、出会いが一瞬でもう会えなくても、
    その相手を愛することであり、感謝するということなのだ。

  • 面白かった!!
    終盤でさまざまな出来事や伏線が回収されていき、それを受けて改めて序盤からのやり取りや言葉を思い返すと、まったく違った印象で見えてくる作品だった。
    観る前はシンプルな少女の成長物語なのかと思っていたが、実際には多くのテーマを内包しているように感じた。
    自分が愛されていたことに気づく物語でもあり、本当の友達とは何かを問いかける物語でもある。また、孤独だと思い込んでいたアンナが、さまざまな人との出会いを通して少しずつ変化していく物語でもあった。
    特に印象的だったのは、アンナが救われるのが「特別な力」や「劇的な出来事」によってではなく、自分を取り巻いていた人たちとのつながりや、自分が受け取ってきた愛情に気づくことによってだった点だ。
    マーニーとの出会いは不思議な体験として描かれているが、その先にあったのは、過去と現在、家族の記憶と今を生きる人々とのつながりを見つめ直すことだったように思う。
    観終わったあとには、「自分は一人だと思っていても、本当は多くの人とのつながりの中で生きているのかもしれない」という静かな感覚が残る作品だった。
    誰かが残した記憶や物語に触れることで、自分自身の見え方が変わっていく。その意味では、家族の歴史や写真を通して自分を見つめ直す営みにも通じる作品だと感じた。

  • そんなことがあったのね…と過去が明らかにされて納得させられました。アンナが、幸せになれたと思うので、よかったと思いました。

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著者プロフィール

1935年、愛媛県に生まれる。早稲田大学第一文学部国文科卒業後、コロンビア大学大学院で児童図書、および図書館学を学ぶ。絵本に、『ふしぎなたけのこ』『かさ』(以上福音館書店)、『こぎつねコンとこだぬきポン』(童心社)など多数。訳書に、『時の旅人』(アトリー作)、『思い出のマーニー』(ロビンソン作)(以上岩波書店)などがある。2011年永眠。

「2016年 『にわとり城』 で使われていた紹介文から引用しています。」

松野正子の作品

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