牛追いの冬 (岩波少年文庫)

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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (299ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001141351

感想・レビュー・書評

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  • 『小さい牛追い』後編(もともとひとつの物語なのでやはり続けて読んだほうがいい)。
    
    自分の欲しい本を一冊だけにして、お父さんとお母さんにクリスマスプレゼントを買ってしっかり隠しておくオーラ。自分が買ったものを早く見せたくて自慢してしまうエイナール。
    男の子たちのふたりの性格の違いが際立ちます。
    
    やんちゃで誰もが好きにならずにはいられないエイナールですが、長女の私としては、お兄さん風を吹かせたり、いい子でいようとしてみたり、でも下の子たちを疎ましく思ったりしてしまうオーラに共感します。
    
    著者のマリー・ハムズンが自分の子供たちをモデルにしただけあって、子供たちのキャラクターは秀逸。そして、お母さん視点から描いていることもあって、お父さんの影が薄い。
    家事も牛やヤギの世話もお母さんの仕事で、お父さんは何をしているのか。
    
    マリー・ハムズン(マリーエ・ハムスン)の夫、クヌート・ハムスンはノーベル賞作家であり、都市文化を否定し、自ら農場生活を選んでいると帯の解説にはあるので、お父さんは小説を書いていたのかも。
    
    さらにwiki情報によると、クヌートと知り合ったとき、マリーは若い女優だったのですが、女優をやめて彼の農場生活についていきます。ノーベル賞作家ではあるものの、現在、日本語訳で普通に読めるクヌートの作品は『ヴィクトリア』ぐらい。ナチスを支持したことで(息子はナチスの親衛隊になっています)戦後は失墜し、財産を没収、農場も荒れ果てたとあります。
    
    『ノルウェーの農場』が書かれた1933年は夫婦そろって農場生活をしながら執筆をする余裕があった幸福な時代なのでしょうか。
    
    クヌートが子供時代に叔父から虐待を受けていたという話はインゲルにもつながります。農場の手伝いや学校の清掃をして暮らしている貧しいギュドブランド夫婦とか、みんなハッピーエンドになっているので暗い感じはしないのですが、作品のところどころに影も感じます。
    
    岩波少年文庫にはクリスマスの名シーンが多いのですが、本作も質素ながら美しいクリスマス。みんなで仮装して歩くクリスマスというのはノルウェー風? 仮装するのが黒人の女の子と中国人の男の子というのは時代なのか。
    
    子供のころ読んだら起伏が少なくてつまらなく感じたかもしれませんが、今はこういう地味な物語がむしろとても好きです。
    

    以下、引用。

    女の子たちは、わあわあいって、なげき、もう牛小屋へはいかないといいました。もし、あのかわいそうな子牛が死ぬのなら、もうあの子牛を見ていられないというのです。

    ランゲリュード農場では、子どもたちが、そのお客さまが前を通ったら、ちらとでもそのおもかげをとらえようと、人間としてできるかぎりのことをしていました。オーラたちは、凍ったガラスに息を吹きかけ、四つの小さいのぞき穴をつくりました。

    ときによると、お人形もあたらしい服か、あたらしい足か、あたらしい手をもらいました。

    それから、小さい袋にはいったビーズを、ふたりのいもうとに買いました。
    「女の子ってものは、いつも休みのあいだ、何か糸でつないだりするものがなくちゃならないんでね。」と、エイナールは、えらそうに笑いながらいいました。

    みんながそろって、家のまえへ出ました。すると、静かな夕やみをつたわって、遠い遠いところから、教会の鐘がきこえてきました。オーラは、この空中をつたわってくる、かすかな、ほとんどきこえるかきこえないほどの音楽が、空にただよう雪のひらといっしょになり、まことのクリスマスは、静かに全世界の上にふりそそぐのだと思いました。

    それというのも、おじさんが、「この子は、生きて家へ帰らなくてはいかん。」といったからなのです。そして、念には念をいれるために、おじさんは、しばらくのあいだは、どんな形のボーイ・スカウト運動もしてはならないといいました。ヘンリーが帰ったらーと、おじさんはいいましたーおまえたちは、まただれか、ほかに殺す人間をさがしてもよろしい、そのことまでは、おれはかまわないよ……。

    町からきた小さいヘンリーは、このとき村の友だちにたいして、白人の探険家が黒人にたいするように、えらい気がしていたのです。

    オーラとエイナールは、黒人の女の子になることにきめ、インゲリドとマルタは中国の男の子に、おとうさんは、ばら色のほおをして、赤いくちびるの、うつくしい若いご婦人になるのです。

    グスタは、ぽかんと口をあけて、ギュドブランドの話をきき、おまえは気がくるったんだ、といいました。こんなむずかしい時世に、あたらしい仕事をはじめるなんて考える人間は、ばかみたいに自信の強い人間なのです。

    「だけど、どんなに時世が苦しくったって、人間はコーヒーのまずにゃいられませんからね。」

    「あたしが、肺炎したこと、忘れないで。」

  • 「小さい牛追い」の続き。物語の子供たちはどうしょうもなく貧しいけどすごくパワフル。
    とても現代の子育てに応用出来ないけど、今、先が見えない子育てに悩むお母さんには、励みになるかも?

  • 夏が終わり、山の上にある牧場からふもとの村に降りてきたランゲリュード農場の子どもたち。
    秋からは新学期が始まります。

    長男のオーラは11歳。
    大きな子が通う学校に進みます。
    次男のエイナールと長女のインゲリドは今までと同じ学校に通いますが、先生が変わります。
    とても厳しくて怖いおばあさん先生。(でもとてもいい先生であることはのちにわかります)
    末っ子のマルタはまだ6歳なので学校に行く必要はありませんが、ひとりで家にいてもつまらないので、頑張ってみんなと一緒に学校に通います。
    こういう、成長への強い志向が時に幼い子どもに現れます。素晴らしい。

    近所に住むヤコブとアンナ兄妹のところに、貧血症の転地療養のため、都会に住む従兄弟のヘンリーがやってきます。
    都会を鼻にかけたいけ好かないやつだと嫌だなーと思いましたが、ヘンリーはなかなかのやんちゃ坊主で、都会風を吹かすときもありますが、たいていは田舎の生活を謳歌して、動物たちともうまくやっているので好感度は高いです。

    夏の牛追いで儲けたお金で、兄二人はそれぞれ両親や妹たちへのクリスマスプレゼントを用意します。
    それに気づいた妹たちは、自分たちが両親にプレゼントを買ってあげることができないことを悲しみますが、それでも自分たちにできること〈絵をかいてプレゼントすること〉で、両親を喜ばせるのです。

    末っ子のマルタが病気になります。
    高熱が続き、うわごとを言い、両親は家のことすべてを後回しにして彼女の看病にかかりきりになります。
    死の淵をさまよった挙句、なんとか峠を越したマルタは、それでもすっかり体力が落ちてしまって、歩くこともままなりません。
    彼女は賢い子ですから、家族みんなに心配をかけたことはわかっているのです。
    でも、自分の要求を通すために「あたしが肺炎をしたこと、忘れなさんな」と脅したりもするのです。
    このしたたかさも、子どもらしくて笑っちゃいます。

    オーラの初恋の行方など、どのエピソードも、ほのぼのとしたたかにえげつなく子どもらしくて、すっかりこの家族たちのとりこになりました。

  • 『小さい牛追い』の続編。というか『ノルウェーの農場』という一つのお話を二つの本に分けたんだって。どんどんこの4人兄弟姉妹が好きになりました。脇役のかわいいヤンや、都会っこのヘンリー、インゲルなど、全ての子供達がお母さんらしい愛情のこもった描かれ方をしていて、愛さずにはいられません。インゲル、ハッピーエンドでよかった。

  • この間の『小さい牛追い』の続き!

    本好きの長男オーラとお店の人とのやりとり、
    みんな大好きシラカバ・ラルス、
    学校に行くようになった小さい妹たち、
    公正で優しい先生…

    意地悪を言われたマルタをインゲリドが助けるシーンが
    最高だ。

    オーラと弟エイナールは自分が仕事で稼いだお金で
    皆のクリスマスプレゼントを買おうと計画する、
    頼もしいなあ!

    向かいの農場に遊びに来た、ヘンリー、
    この子が私が嫌いなタイプのいたずらっ子で、
    出てくると本当に頭が痛くなるんだけれど!
    (感情移入しすぎ)、
    「この子、早く、自分の家に帰らないかな…」と思いながら、読む。

    重い病気になったことで暴君と化したマルタ。
    (お父さんがお人形のお洋服を…!)

    『大草原の小さな家』の男の子版と言う感じ、
    いたずらなんかも度が過ぎて命が危ないことも多々あるけれど、
    逞しいお父さん、優しいお母さんが
    しっかり見守っているから安心よ。

    小さなヨン、ヨンのご両親も面白い。

    何度でも、読むんだ!

  • 恐らくこの本は、イマドキの都会の早熟な子供たちにはつまらない本なんじゃないかと思います。  「ハイジ」に似ているところもあるんだけど、ハイジの場合は「アルプスの山の上」と「フランクフルトという大都会」を経験している分、都会暮らしの自分に引き寄せて読むことができる「とっかかり」みたいなものがあるんだけど、この物語で描かれている子供たちの世界っていうのはイマドキの都会育ちの子供たちには想像するだに難しい「遊びの世界」なんじゃないかと思うんですよね。  牛に振り落とされたり、ボタンのお金で交換したり、沼地で壊れかけた筏に乗って釣りをしていたら漂流しかかったり・・・・・・。  モノで遊んでいなかった時代の子供たちの姿が瑞々しく描かれています。  

    でもね、昨年の夏、Lothlórien_山小舎に親戚が泊りがけで遊びに来たんだけど、その子供たち(小学生と幼稚園児)はこんな山の中だと何をして遊んでいいのかわからないみたいだったんですよね。  で、結局、家の中で KiKi の Nintendo DS でゲーム三昧の時間を過ごしていたわけだけど、KiKi の子供時代であれば山の木が基地に見立てられたり、水の中を泳ぐ小さな虫や蛙が妖精にも悪魔にも化けたりして飽きることがなかったことを思うと、そういう経験をしたことのない子供にはこの物語に出てくる四人きょうだいの他愛もない遊びは全くと言っていいほど理解できないんじゃないかと思うんです。

    で、そういう遊び(と言いつつも、彼らにとってはそれが単なる遊びの範疇を超え、現代的に言うならば夏休みのアルバイトを兼ねていて、そこには労働が伴っている)の中で彼らは彼らなりの大冒険を経験しているんだけど、昨今の物語に多いCG使いまくりのハリウッド映画的な冒険と比較するとどうしても地味な感じは否めません。  その地味さ加減が KiKi なんかの世代には懐かしくもあり羨ましくもあったりするんですけどねぇ・・・・・・・(苦笑)

    この物語の凄い所は、子供が持っている愛らしさと残酷さ、優しさと冷たさが余計な装飾なしに素直に、でもちゃんと両立して描かれているところだと思います。  勉強好きで物静かでどちらかというと思索家タイプのお兄ちゃんが勉強嫌いで人当たりがよくお調子者の弟を疎ましく思う気持ち、逆にそんな弟がどうしても頭の上がらないお兄ちゃんを暴君のように思う気持ち、命を落としかねない肺炎を患い家族中の心配を一身に集め、甘やかされているうちに、それが当然と思うようになってしまった末っ子の気持ち。  そのどれもが KiKi 自身にも身に覚えがないわけじゃない感情で、読んでいてちょっぴり切なくなってみたりもして・・・・・・(笑)

    (全文はブログにて)

  • 4~5年から。『小さい牛追い』から続けて読む。クリスマスの描写は温かくて幸せで、読みながらにんまり。その他独自のボーイスカウト、マルタの肺炎と。「肺炎は人間をあまりよくしないということに意見が一致」する兄弟の面白さ。
    彼らは4人兄弟だけれど、私は長子のオーラに共感を寄せてしまう。
    そしてインゲルの登場で調子の狂うオーラがほほえましい。楽しいおはなしだなぁ。

  • 『小さい牛追い』の続編。前作と同じく、四人きょうだいの上ふたり・オーラとエイナールの存在感は大きいが、下のふたり・インゲリドとマルタも少し大きくなって、読んでいて存在感がましてきた感じ。

    スヴァルタがうんだ子牛が、みんなの期待に反して牡牛だったとき(牝牛なら市に出して売る)、子どもたち、とりわけエイナールはこの子牛を生かしておくようおとうさんたちに嘆願した。子牛はブタといっしょにクリスマスに殺してしまうことになっていたから。

    何を聞かされても、エイナールは子牛のいのちを救おうという望みを捨てず、ものすごい計略を考えついた。最後の手段として、それを実行して…

    子牛はある朝、牛小屋からこつぜんと消えていた。どろぼうがぬすんだのか?その子牛がとなりの農場でほえたてているのがみつかった。ランゲリュード家の子牛がいなくなった話はほうぼうへ伝わっていたから、人びとは大いに驚いたのだった。

    ▼ランゲリュードの牛小屋から、どろぼうが子牛をぬすんだことは、たしかだと、みんなは思いました。けれども、子牛が、どうしてまた、どろぼうの手からにげだしてきたかということは、とけないなぞでした。(p.79)

    そして、子牛はランゲリュード農場で英雄のように迎えられ、奇跡の子牛だというわけで生かしておこうということに決まった。なまえは「ミラクル(奇跡)」!その奇跡がおこったわけを知っているのはエイナールだけ。

    いとこのヘンリーの話や、マルタが肺炎で死にそうになる話、シラカバ・ラルスの話など、読んでいてほんとうにおもしろかった。そして、きょうだいで一番上のオーラの言動は、この男の子が子どもから大人へとむかう年頃になってきたんやなあとほほえましく、懐かしいような気もするのだった。

    新装版の巻末には、訳者の石井桃子の一文とともに、瀬名恵子(せなけいこ!)による、「なつかしいなあ~『牛追いの冬』」がおさめられている。総領だった瀬名は、やはり上の子・オーラの気持ちがよくわかるという。

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