ジャータカ物語―インドの古いおはなし (岩波少年文庫)

制作 : 茂田井 武  辻 直四郎  渡辺 照宏 
  • 岩波書店
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本棚登録 : 48
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (231ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001141399

感想・レビュー・書評

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  • ブッダになるまでのお話が教訓的にかかれた言い伝え?伝承?民話?みたいなかんじでした!
    輪廻転生が書かれていて、人間でもうさぎでもサルでも、良い行いをすれば生まれ変わって仏様になれるといったお話。グリム童話とかイソップ童話にも近いお話がたくさんあって、こういうのは万国共通なのかなあと思いました。もしくは輸入してるのか…。

  • 釈迦が仏陀となる前のボーディサッタ(菩薩)だったころの説話、ジャータカから、子供向けに30のエピソードを選んで訳出したもの。この岩波少年文庫版は、英訳版を和訳したものを下訳として使用し、それをパーリ語の原文と対照してまとめている。
    ジャータカはインドでも一番古い形を伝える説話集であることが知られ、紀元1世紀には大体今の形になったらしく、イソップ物語やアラビアンナイトにも影響を与えているとか。
    半分以上の話はボーディサッタが主人公。いろんな生き物間で転生を繰り返すインドらしく、毎度違う動物として生まれ、毎度知恵と体格が図抜けた存在として、群れを率いるリーダーとして登場する。ただ、あくまで自然界に生きる生き物なんで、不殺生なんてとんでもなく、結構他の動物を残酷に殺してしまう。
    あと、現代人からすると話の展開が結構不思議。マンガのような展開って表現があるけど、2000年も前のインド人の頭の中は現代日本人とはかなりギャップが大きいようで、ときどきマンガより遥かに都合よくというか、話が不思議な方向につながっていったりする。

  •  大乗仏教を生んだ種に、このジャータカ物語がある。釈迦が前世においてまだ修行の身(菩薩)であった頃、衆生を救おうと利他行を積み重ねていたという「事実」をもとに、個人の悟りだけでなく多くの人の悟りをめざすべきだという教えが生まれた。本書のあとがきを読むと、ジャータカ物語がいまあるような形で編集されたのは5世紀頃だが、その原型は西暦前1世紀というから、大乗仏教が起こる時期とほぼ符合する。
     物語そのものはどれもたわいのないものだが、どれも仏教のめざす慈悲の教えに溢れている。仏教は悟りの教えなので、奉仕の精神はあっても悟りに向けた方便であり、奉仕を重視するキリスト教と比べて、原始仏教には慈悲の思想は薄かったという見方がある。原始仏典を読めば、慈悲の大切さは各所で触れられているので、そのような見方は誤解だと言える。ただ、そのような見方が存在するのは、部派仏教時代に、あまりに僧侶専門家集団内部の修行の手段と化した結果、慈悲の教えから遠ざかってしまっていたからではないか。その意味で、仏教の教えの中で、もう一度慈悲の思想を前へと押し出す役割を、このジャータカ物語が果たしたといえる。
     本書に掲載されている30話の中で、私が一番印象深かったのは「ウサギの施し」だ。托鉢をする僧侶になんの施しもできないウサギが、たき火の中に身を投じて自らの肉体を僧侶に供ししようとした話である。同じ話が手塚治虫の『ブッダ』の中にも出てくる。興味深いのは、この話の結末に、神がウサギの徳をたたえて「月の表面にウサギの似姿を」書いたことだ。月にウサギがいるという話は日本固有のもののように思っているが、原型はインドにあった。もう一つ。この自己犠牲の精神は、熱心な日蓮宗徒であった宮沢賢治の中で発酵し作品の中に注ぎ込まれた。

  • インドの民話って子供時代にそれと知って読んだことがないように思うんですよね。  どちらかというと、それをベースにした仏教説話(今昔物語とか)という形で似たようなお話を読んだような記憶はあるし、奈良は法隆寺の玉虫厨子に描かれた「飢えたトラに我が身を捧げるお釈迦様」の図象で見たことはあるものの、それらの馴染みある物語のいくつかが「ジャータカ」を出典としていることは今回の読書で初めて知りました。

    この本にはおしゃか様の前世の姿、つまりは「菩薩(ボーディサッタ); 後にブッダになる人(生き物)」の物語が30編集められています。  仏教の世界では輪廻転生、要するに生まれ変わるという概念が生きているわけですが、お釈迦様もお釈迦様になる前には随分と色々なものに生まれ変わっては修行をなさったものです。

    「輪廻転生」という概念はお釈迦様みたいな偉い人に限ったことではなく、一般的なことなんだということが否応なくわかるのは物語の語り出しの部分です。  ここに収録されているお話の全てが・・・・・というわけではないけれど大半の物語の出だしがこんな文句から始まっています。



    むかしむかし、ブラフマダッタ王が、ベナレスの都で国をおさめていたころのことです。



    別にその王様の治世に限っていろいろな出来事があったとしてもいいんだけど、この名前の王様がこの都で国を治めていた頃に、ボーディサッタは「猿」になったり、「鵜」になったり、「象」になったり、「イヌ」になったり・・・・・。  人間よりも寿命の短い生き物になるだけだったらまだしも、「金持ちの商人の息子」にもなれば、「王様の補佐役」にもなるし、「バラモン僧」にもなる・・・・・と八面六臂(?)の大活躍です。



    ブラフマダッタ王がヌメノール並みの長寿だったのか、はたまたブラフマダッタ王は1世から100世ぐらいまでいらしたのか、不勉強の KiKi にはよくわからないんだけど、とにかく気が遠くなるほど長~い年月をボーディサッタは生まれては善行を施し、又生まれ変わっては修行をしと努力し続けたらしい・・・・・。  そして時にはこの王様ご自身さえも・・・・・。

    どのお話も説教くさいといえば説教くさいんだけど、物語としてはシンプルなうえに楽しくて、安心して読み進めることができる説話集だと思います。  「アラビアン・ナイト」や「イソップ物語」に通じるものがあるように感じられました。

    因みに KiKi は無宗教な人間なので、仏教に関しても実はあんまり詳しくなくて(詳しくないのは他の宗教も同じだけど)、ものすご~く正直に言ってしまうと「神様」と「仏様」の違いが本当のところよくわかっていなかったりするんだけど、この本を読んでみるとどうやらボーディサッタはお釈迦様になる前には天上の神様になったこともあるみたいです。  

    つまり、この物語の世界観の中では「猿」も「鵜」も「象」も「イヌ」も「人間」も「神様」もほぼ同列(但し「神様」だけはそれなりの善行をしないと生まれ変わることはできない雰囲気です)なうえ、「神様」になった後に又どんな星回りからか何らかの行為の影響かは定かではないものの、又、「猿」にも「鵜」にも「象」にも「イヌ」にも「人間」にもなることがあるらしい・・・・・・。  う~ん、このヒエラルキーはどうなっているんでしょうか??  ついでに言えばそんな中、「ブッダ」というのはどんな存在なんでしょうか??

    実は KiKi は昔は「人間を超えた力をもち人間を支配する力をさえ持つのが神様、それに対して仏様というのは『覚者(めざめたるもの)』、つまり 真実の智慧を悟ったものを言う」という風に何となく理解したつもりになっていたんですけど、どうやらこの物語に出てくる「神様」はそんなに「絶対的な力」はお持ちではなさそうです。  

    これを機会に「神様、仏様」に関して一度整理してみるのも面白いかもしれません。  もっともテーマとしては大きすぎて、かなり厄介そうだけど・・・・・(苦笑)

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