マルコヴァルドさんの四季 (岩波少年文庫 158)

  • 岩波書店 (2009年6月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784001141580

みんなの感想まとめ

都会での生活に疲れた作業労働者、マルコヴァルドさんの四季を描いた短篇集は、風刺が効いたユーモアと共感を呼ぶ物語が詰まっています。彼の正直すぎる性格や、時には姑息な一面が、家族を養うために奮闘する姿と相...

感想・レビュー・書評

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  • 『梨の子ペリーナ』の再話者となっていたイタリア民話編纂の巨匠イタロ・カルヴィーノ氏の手掛けた児童書。

    ズバーブ商会の倉庫の人夫として働くマルコヴァルドさん。
    思いついた妙案を熟慮せずに行動に移してしまい、いつも期待していたのとはちょっと違う結末(どちらかというと失敗)にたどり着いてしまう。
    妻とたくさんの子どもらを抱え、かつかつな暮らしを送りながらも自然を愛でる心に溢れ、人並みな欲はあるけれど後先見ずに突き進んで窮状を脱せない様は返って善良さが滲み出ていてにくめない。

    そんなマルコヴァルドさんの春夏秋冬季節にひとつのエピソードを5周繰り返す形での連作短編集。

    比較的あっさりとはしているが、へんてこエピソード達の間に、「おいおい。。。」といった呆れや忍び笑いあり、人間の心の浅ましさを垣間見るものあり、ときには一抹の切なさを感じるものありと玉手箱的作品。
    挿絵がいい感じ。

    • アテナイエさん
      fukayanegiさん

      こんばんは。イタロ・カルヴィーノのマルコヴァルドさんを読まれたのですね! レビューを楽しく拝読しました。
      ...
      fukayanegiさん

      こんばんは。イタロ・カルヴィーノのマルコヴァルドさんを読まれたのですね! レビューを楽しく拝読しました。

      わりとシブくてせつないので、小学生向けとは思えないのですが、でもfukayanegiさんの言われるように、向こう見ずでやんちゃなところもあって、イタリアの小学生にウケたのでしょうか? 時代背景が二世代ほど前なので、今ではとても許されない野蛮な行動もあったり、びっくりしたり可笑しかったりします。
      言われるように、挿絵もすっきりしていていいですね。
      2022/11/23
    • fukayanegiさん
      アテナイエさん

      こんばんは。
      コメントありがとうございます!

      紹介頂いてから随分と経ってしまいました(^_^;)
      レビュー投稿するまでは...
      アテナイエさん

      こんばんは。
      コメントありがとうございます!

      紹介頂いてから随分と経ってしまいました(^_^;)
      レビュー投稿するまでは他の方のブクログレビュー等見ていなかったのですが、本日アテナイエさんの「愛らしい高貴な野蛮人」とい表現を目にして笑みを漏らすと共に、何て言い得て妙な捉え方と感心致しました。

      確かにシブいですが、その野蛮さに魅力を感じると癖になるというか、次は何してくれるんだ!?となる感じがいいのでしょうね。

      また、本書そのものの読書も楽しかったのですが、nejidonさんへ紹介されている経緯を拝見したり、お二人の読みと自分の感想を照らし合わせたりとでブクログならではの読後の楽しみを得ることが出来て本当に良かったです。
      改めてご紹介頂きありがとうございました!
      2022/11/23
  • おお、こういう書き方もあるのね!!(←この感嘆符が大事)
    イタロ・カルヴィーノならこちら、というお薦めの声で読んでみたのだが、お好きだと言うブク友さんの気持ちがとても良く分かる。
    温かいかと思えば軽く突き放され、笑わせるようでいて何やら哀しくなってくる。
    遂に教訓を垂れる場面が来たかと思うと、さらりとかわされて煙に巻かれる。
    寓意を探そうとすれば、こじつけになってしまう。
    そして全編に現れる自然描写は圧倒的に美しい。
    それはもう、時にファンタジックだったりモノクロの映画のようだったり。
    繊細で心に染みる描写に、しばしばうっとりとする。
    一体この作者の真骨頂はどこに?と思いを巡らせ、カルヴィーノの世界に迷い込んでしまう。

    これは、大都会の真ん中に住むマルコヴァルドさんとその家族にスポットを当てた短編集。
    春・夏・秋・冬の四季が5回繰り返され、4×5=20編のお話がおさまっている。
    岩波少年文庫から出ているが、主人公はおじさんだ。
    挿絵も多く、ちょっとお洒落なコミック風の作品。
    SBAV社の倉庫で働いているらしいが、何の会社かは明らかにされない。
    タフな奥さんと4人のやんちゃな子が家にいる。
    そして暮らし向きは決して豊かとは言えない。
    そんなマルコヴァルドさんの市民生活の点描とも言えるし、都市の四季を語った話とも言える。

    「作者による解説」がとびきり面白くて、ここであっさりと20編の共通項が明かされている。
    「大都会の真ん中で、マルコヴァルドさんは、
    1 身の回りの出来事や、動物や植物など生き物のかすかな気配に、季節の訪れを感じ取る。
    2 自然のままの姿にもどることを夢見る。
    3 最後には、決まってがっかりさせられる。」
    ということらしい。

    何度失敗しても、子供のような好奇心でチャレンジしていくマルコヴァルドさん。
    子どもの頃に読んだら、そのドタバタぶりを笑っただろう。
    大人になった今は一概に笑えないものがある。マルコヴァルドさんの貧しさは悲哀の域で、怠惰が招いた結果なら笑えるが、そうではないからだ。
    また、都会に住みながら自然を上手く取り入れるというのは、案外難しいものだ。
    とは言え、むき出しの自然の中でマルコヴァルドさんが暮らせるとはとても思えない。
    アンビバレンツな思いを抱えたまま生きているという意味では、ごく普通のひとだとも言える。

    ところでもう一度言うが、この作品の自然描写は特筆もの。
    最終章のラスト20行の叙情では、あっという間に別世界へといざなわれる。
    こんな終わり方をするお話は読んだことが無い。
    カルヴィーノさん、もしやここが真骨頂?
    ということで、楽しい読書時間を過ごせたので、他の紹介作品も追い追いに。

    • nejidonさん
      アテナイエさん、こんばんは(^^♪
      コメントありがとうございます!
      おかげでとても楽しい読書でした。
      追記したのですが、エンディングは...
      アテナイエさん、こんばんは(^^♪
      コメントありがとうございます!
      おかげでとても楽しい読書でした。
      追記したのですが、エンディングはまことに斬新で美しく、ここまで読んできて良かったと思いました。
      カルヴィーノさんというのは、巧い書き手さんですね。
      私は特に「牛とすごした夏休み」のオープニング部分22行の描写が好きです。

      子供向けにしては、そうですね、確かにクール過ぎて解釈に戸惑うかもしれません。
      私は「クール」という単語さえ知らない小学生でしたから(笑)問題外ですが、いまどきのお子たちは「なんじゃこりゃ」って笑うかもです。
      これは、昔子どもだった大人向けの少年文庫なのでしょうね。

      ははは(^^♪確かに「変身」は怖かったですね。
      明日目覚めたらどうなっているんだろう?って恐怖でいっぱいになりました。
      不思議なことに、そんな恐怖心さえも懐かしくなってくる今日この頃です。
      ありがとうございました。
      2018/11/06
    • アテナイエさん
      こちらこそ素敵なレビューに心温まりました。いま書架からこの本を引っ張り出してきて久しぶりに眺めているところでした。

      「最終章のラスト2...
      こちらこそ素敵なレビューに心温まりました。いま書架からこの本を引っ張り出してきて久しぶりに眺めているところでした。

      「最終章のラスト20行の叙情」や「牛とすごした夏休み」のオープニング部分22行あたりの描写がお好きということで、なるほど、nejidonさんは瑞々しい自然(と異世界の戸口)や幻想的な都会の描写がお好みなのですね。思えばカルヴィーノはリアリズムを描写しているのかと思いきや、ふと気づくといつの間にやら(物語の)異世界に誘われていて、それがなんとも心地いいのですよね。本作も舞台は確かに都会なのですが、どこかファンタジーで幻想的な都会が広がっています。マルコヴァルドさんもわんぱくな子どもたちも現代的で活き活きとリアルで、この二つが何の違和感もなく同居しているのが魔法のような不思議さと魅力なのですよね。
      私は「お弁当箱」「雨と葉っぱ」「サンタクロースの子どもたち」がとくにお気に入りです(^^♪
      2018/11/06
    • nejidonさん
      アテナイエさん、こんばんは(^^♪
      再訪してくださり、ありがとうございます!
      そうなのです、カルヴィーノの筆致は異世界と現実とのボーダー...
      アテナイエさん、こんばんは(^^♪
      再訪してくださり、ありがとうございます!
      そうなのです、カルヴィーノの筆致は異世界と現実とのボーダーがかなり曖昧で、
      目まいがしてくるような快感があります。
      自然描写は、まるで読み手もそこにいるかのような臨場感で迫るのに、
      ひとの描写となると途端にクールですよね。
      マルコヴァルドさんのことも、最期まで外側からの語り方で決して対象に迫りませんでしたし。
      機会をとらえて、ぜひ他の作品も読んでみたいものです。

      ああ、「お弁当箱」もいいですね。
      「雨と葉っぱ」も「サンタクロースの子どもたち」も好きです。
      なかなかこれぞというひとつを選択するのも難しいものです。
      「まちがった停留所」も私は好きです。ラストで愕然としますが・笑

      お返事が大変遅くなってしまいました。すみません。。
      これに懲りずにまたお越しくださいませ<(_ _)>
      2019/10/24
  • 都市で肉体労働をするマルコヴァルドさんは自然や生きものに心うばわれ、空想の世界に浸るのを止められない。灰色の都市生活から飛び立ち、その冒険にドキドキワクワクする。しかし最後には必ずなにか失敗して現実世界に引き戻される。その春夏秋冬を繰り返し。都会生活の悲哀をノスタルジックにファンタジックに描く、現代版おとぎ話。

    こんな物語あるんだ…!!という驚きで、気持ちがまだふわふわ漂っている、というのが正直な感想。楽しい話なんじゃないかと想定して読み始めたら、確かに一つ一つの話はヨーロッパで典型的・古典的なコミカルな話の体裁を取っているんだけど、全体を通して読んだときに感じる都会生活の悲哀が切なくて切なくて、切なさが心をぐっしょりと濡らし、色んな感情が飽和状態でなんだかぐったり。

    都市生活をよそ者の目で見て、どんなに失敗を繰り返しても「効率的で便利な都市生活に魂を明け渡さない」マルコヴァルドさんを主人公に据えつつ、だからと言って農村生活を無批判に賛美しないという絶妙なバランス感覚もよかった。

    最後についている解説が秀逸で、頭に浮かんだキーワードはほぼ網羅されており、あまり付け足すことがない…

    作者より「もしかすると、ごくシンプルな物語の構造を利用して、作者が世の中と自分自身の、とほうに暮れるほど不可解なかかわりをえがこうとしたものかもしれません。」

    訳者より「奇想天外な空想と、ちょっぴりシニカルな笑い、美しい言葉づかいの豊かな語彙に裏打ちされた流れるような文体を通して、人間という存在や社会の真の姿をえがき出そうという姿勢は、どの作品にも共通してみられます。」

    たしかに、情景描写もよき。夜の都会。
    164p 屋根の高さをつかさどる暗闇が、まるで黒いバリアのように下の世界をへだてています。下の世界では、あいかわらず黄色や緑や赤に光る文字がうず巻き、信号がウインクするように点滅し、だれも乗っていない路面電車が明かりをつけたまま走りつづけ、車体の見えない車が三角錐のヘッドライトをおしながら進んでゆくのです。そんな下の世界からうえにあがってくるのは、けむりのようにぼんやりとひろがる、青白い光だけでした。

    シンプルなのに高密度だったー……!!

    (追記:マルコヴァルドさんの子どもは、5人いる気がしました。イゾリーナ、ミケリーノ、フィリッペット、ピエトロッチョ、テレザの娘2人、息子3人の5人。娘たちの存在感が薄め)

  • 「まっぷたつの子爵」で紹介したイタロ・カルヴィーノを引き続きレビューしてみようと思い、彼が精魂込めた「イタリア民話集」にしようかと迷いつつ、まずはなんとも愛らしい高貴な野蛮人! マルコヴァルドさんということになりました。

    50年ほど前に書かれたとは思えない色鮮やかな作品で、タイトルどおりマルコヴァルドさんの四季×5年=20話の短編集。じつは「小学校5~6年生以上」の読み物になっているのですが、いやいやどうして、どの話も奥深くてちょっぴりほろ苦いオチがついて、人生経験を積んだ「大人」が読んでも(読んでこそ)感動できる作品になっています。

    高度産業社会の都会に暮らす中年男と、ちょっぴり口うるさい妻にわんぱくな子どもたち。低賃金に重労働、社会の歯車のようなマルコヴァルドさんの悲哀と郷愁が漂っています。でも決して暗い作品ではありません。ユーモアがそこかしこに溢れていて、素朴で飾りすぎないカルヴィーノの詩情が素晴らしい。

    自然を愛するマルコヴァルドさんは、高貴な野蛮人として日々を過ごしています。まるで都会の中のロビンソン・クルーソー♪ 高級レストランの生けすにそろ~っと糸を垂らして釣り上げた魚をライバルの野良猫と取り合ってみたり、アパートの屋上にしかけたとりもちにかかったハトをゲットしたのも束の間、公共のハトを捕獲しているという通報で警察が押しかけてきたり。


    「マルコヴァルドさんは、あまり都会の暮らしにふさわしくない目をしていました。道路の標識や信号、ショーウィンドーやネオンサイン、ポスターなどは、どんなに人の注意をひくように工夫されたものであっても、決してマルコヴァルドさんの目にとまることはありません。砂漠の砂の上をすべるかのように、とおりすぎてしまうのです。ところが、木の枝で黄色くなった葉っぱや、屋根瓦に引っ掛かっている鳥の羽根といったものは見逃しません……そこからいろんな考えが広がっていき、季節の移りかわりや……自分がどんなにちっぽけな存在かといったことに思いをはせるのでした」


    たしかに住宅街にも自然はいっぱいですね。人さまの家のブロック塀から顔を出した白とピンクのマーブル模様の椿。じっと見つめていると、とても美味しそうです。職人が作りあげた美しいチョコレート菓子のようで。自然は芸術を模倣するか? 雪景色の小さな公園には、一羽の少年カラス。エサを探している様子もなく、ただひたすらよちよちと歩きまわっています。彼は一体何をしているのか? 久しぶりに積もった雪の感触を踏みしめている? 何か大事な哲学をしているのか? さては彼女にフラれたか? う~ん、キリがありません(-_-;)

    話を戻すと、この本の魅力は、マルコヴァルドさんの物語もさることながら、なんといっても「作者による解説」です。大人向けの小説ではなかなかお目にかかれないもので、これを読んでみると、自然や生き物や人間の生を慈しむカルヴィーノの想いや、子どもたちに向けた優しい眼差しを感じることができます。

    「……この本に一貫しているのは、けっしてあきらめず、どこまでもねばる姿勢なのです。ここまでみてくれば、わたしたちをとりまく世界と向き合うときのこの本の立ち位置が見えてくるでしょう。……世の中のできごとや状況にたいしては、ものすごく批判的なまなざしを向けながら、人情にあふれた人々や、あらゆる生命のきざしに対しては好意に満ちたまなざしをむける……そんな身の回りの世界をながめるときのマルコヴァルドさんのまなざしこそ、この本の教訓があるといえるのかもしれません」

    鬼才カルヴィーノという彼の中には、いつまでも消えることなく息づいている繊細で遊び好きなカルヴィーノ少年が宿っています。子ども心溢れる寓話のような物語を創造しながら、なんとも移り気で気難しい迷宮のような現実世界を大人の目で厳しく見つめます。そこに生きる私たちに物語をとおして様々な想いや思索を投げかけながら、カルヴィーノは決して結論めいたことは言いません。それぞれの読者がそれぞれ気づき感じるままに……ふと気づけば、いつのまにか作者の姿は物語の森の中に消えてしまいます。そんな彼の「物語」に託す想いと選び抜かれた美しい言葉の数々。いつもながら見事なものだよな~♪

    「もしかすると、ごくシンプルな物語の構造を利用して、作者が世の中と自分自身の、とほうにくれるほど不可解なかかわりを描こうとしたのかもしれません。おそらくそうとも言えるでしょう」

  • 「この本は、子どもの本なのでしょうか?若者むけの本?それとも、大人むけの本?」
    ー作者による解説より

    「マルコヴァルドさんの四季」というタイトルと表紙を見て、どんな内容のお話だと思いましたか?
    私はマルコヴァルドさんという男性が四季おりおりの情景の中で何か素敵なものを見つけ、小さな幸福とふれあう物語を想像しました。
    …これが遠からずも当たらず。

    この本はマルコヴァルドさんとその一家が過ごす四季×5年分の20話を収めた短編集。
    マルコヴァルドさんは、イタリアのどこか知らないけど都会の街で8人家族を養う大黒柱。
    そしてどんな仕事をしているのかさっぱり分からないけど、低賃金労働者で家計は苦しい。
    ひもじくて野生で生えてるキノコを採りまくろうとしたり、寒さに震えながら薪を買うお金がないから森で薪を調達してきたり、スーパーで他の客がパンパンにカートに商品を詰め込んでいるのが心底羨ましくて買う気はないけどカートを品物でパンパンにしてみたり。
    そんなこんなで田舎から出てきたマルコヴァルドさんは、田舎の自然に思いを馳せ、都会の汚らしさにため息をつきながらも、その街で家族と暮らしていきます。

    さて、その短編一話一話の展開なのですが、どれも一話ごとに起承転結がしっかりしていて皮肉と哀愁とちょっとした希望に富み、面白いのです。
    ただ悲しいかな、物語の最初に街の中でマルコヴァルドさんが小さな幸せや生きがいを見つけることは、読む前の想像通りなのですが、ラストはいつも悲しい結末に突き落とされ、こちらは読みながら呆然とします。
    …ええっ!?ここみんなで笑ってハッピーエンドじゃないんだ!!?
    救いようがないとまではいかないけど、ちょっとつらい。
    割と毎回、そんな感じ。シビアな終わり方も。
    どんな展開でそうなるのかは読んでのお楽しみということにして…。
    この、何かいいことを見つける→なんやかんや盛り上がりの展開がある→切ないラスト、という展開は、どうやら作者のカルヴィーノが意図的に織り成していたらしい。
    完全に術中にハマる。
    けれどあまり悲壮感なくページをめくり読み進めてしまうのは、マルコヴァルドさん含めマルコヴァルドさんの子どもたちがめちゃくちゃ逞しくて、次みつけた希望に目を輝かせられるガッツがあるから。
    そしていつもマルコヴァルドさんが幸せだ、素敵だと思い焦点を当てるのは、街中のネオンでも喧騒でもなく、植木鉢でぐんと背を伸ばしている植物や、星が輝く夜空、きれいでおいしい空気。
    そんなマルコヴァルドさんの感性は、「都会の暮らしにふさわしくない目」と解説などで表現されています。
    なるほど、ふさわしくない。
    たしかにそうかも。
    でもそれと合わせて印象深かったのは、田舎から出てきたばかりのマルコヴァルドさんには都会の街の風景がキラキラして見えたということ。
    これも対比として表現しているのかな。

    個人の感想だけど、マルコヴァルドさんはちょっとなよっとした感じがあるけど、その子どもたちはめちゃくちゃパワフル。
    自分たちは食うに困る生活を送っているのに、裕福だけど日々をつまらなさそうに送っている男の子を見て「恵まれない子どもだ」と感じるというタフネス。
    一連の物語で輝いて主人公然としていたのは、案外子どもたちの方なのかも。
    あとはこれが書かれたのは1950〜60年代初期というのに、古びた感じが一切しない。
    つい去年書かれたばかりですよと言われても納得してしまいそうな新鮮さ。
    マルコヴァルドさんが過ごす四季は、はちゃめちゃな展開もあるけれど、今の私たちの生活と照らし合わせて共感を呼ぶものだと思いました。
    なんだかついまた読みたくなる、そんな本。
    ちなみに特に好きだなーと思ったのが、
    「高速道路ぞいの森」「牛とすごした夏休み」「毒入りウサギ」「月と《ニャック》」「けむりと風とシャボンの泡」「がんこなネコたちの住む庭」「サンタクロースの子どもたち」
    です。


    以下備忘録がてら目次をば。

    春 都会のキノコ
    夏 別荘は公園のベンチ
    秋 町のハト
    冬 雪に消えた町

    春 ハチ療法
    夏 土曜の午後、太陽と、砂と、まどろみと
    秋 お弁当箱
    冬 高速道路ぞいの森

    春 おいしい空気
    夏 牛とすごした夏休み
    秋 毒入りウサギ
    冬 まちがった停留所

    春 川のいちばん青いところ
    夏 月と《ニャック》
    秋 雨と葉っぱ
    冬 スーパーマーケットへ行ったマルコヴァルドさん

    春 けむりと風とシャボンの泡
    夏 都会に残ったマルコヴァルドさん
    秋 がんこなネコたちの住む庭
    冬 サンタクロースの子どもたち

    作者による解説
    訳者あとがき

  • 都会暮らしに慣れない、作業労働者のマルコヴァルドさんの、自分の気持ちに正直すぎて社会からはみ出てしまう、風刺の効いた四コマ漫画のような作品の短篇集。自然を愛するからといって、まったくの善人と言うわけでもなく、ちょっと姑息な一面も持ち合わせているマルコヴァルドさん。安月給で子沢山の彼にとっては、家族を養い、都会で生きていくのに精いっぱい、綺麗事だけでは成り立たないのに、最後は罰を受けるというオチがついて終わる作品が多い。このマルコヴァルドさんはなぜか漫画『サザエさん』の主人公を思い起こさせる。
    1952年から1963年の間に書かれた本書だが、サザエさんの原作漫画も同時期に描かれたものではなかったか。戦後の厳しい時期を、笑いあり涙ありで駆け抜け、経済復興とともに、主人公たちの暮らしぶりに変化があるのも両者の共通点か。
    食べることに事欠く時代から、周りにモノがあふれる時代になっても、恩恵に預かれないマルコヴァルドさん一家の様子へと変わっていく様子も興味深い。

    印象に残った短篇として、先ずは「毒入りうさぎ」。打算的なマルコヴァルドさんは、病院のうさぎ(研究用)をこっそり連れ帰るが、うさぎの危機を知り逃す子どもたち。そしてうさぎの切ない心の声と、めまぐるしい展開に翻弄される読者。うさぎの叫びが、今日本中で本来の山深い生息地から里山に降りて人に危害を加えるようになったクマの叫びにオーバーラップしてしまう。
    『月と《ニャック》』はなぜかかつて見た日本のウィスキーCMを思い浮かべさせる。
    そして、この本を読むきっかけとなった『がんこなネコたちの住む庭』。この物語だけ完結(独立)した短篇といって通用する。作者カルヴィーノの視点も他の短篇に比べて発展していく街の様子と取り残される住民について丁寧に描写し、読者を物語の世界に誘ってくれる。街で暮らす猫さえこんなに生き生きと描くカルヴィーノは、猫好きに違いない!と、些細な気づきがこの作家への関心へと向かわせる。
    本書巻末の『作者による解説』のこの末尾の文章とともに。「ごくシンプルな物語の構造を利用して、作者が世の中と自分自身の、とほうに暮れるほど不可解なかかわりをえがこうとしたものかもしれません。おそらく、そうともいえるでしょう」

  • 『遠くから吹いてくる風は、都会に思いがけないおみやげを運んでくるものです。もっとも、それに気づくのは、よその土地の花粉でくしゃみを連発してしまう花粉症の人のように、感じやすい心を持った、ほんのひとにぎりの人たちだけですが』―『都会のキノコ』

    「『見えない都市』を歩く」の文章に誘われて読む。岩波少年文庫の一冊。けれど、『この本は、子どもの本なのでしょうか? 若者むけの本? それとも、大人むけの本? これまで見てきたとおり、さまざまな側面がつねに糸のようによりあわさっているといえるでしょう』、と、作家自らが解説する通り、事は決して単純ではない。もちろん、子どもの思考が単純だと言っている訳ではなく、ともするとありがちな勧善懲悪、白黒のはっきりとした物語ではない、という意味である。と、和田忠彦先生も書いていたので読んでみたのではあるけれど。

    イタロ・カルヴィーノの一冊と言えば「見えない都市」かも知れないけれど、個人的には「冬の夜ひとりの旅人が」がお気に入り。どことなく多和田葉子の「容疑者の夜行列車」と重なる印象があるのだけれど、全体としてはエーコの小説を読んでいるのかなと思わせるくらいに凝った仕掛けがある一冊。もちろん空想科学小説的なカルヴィーノの小説も好きだけれど、そちらの仕掛けは何となく虚構感が強くて素直には読み解けない。一方、冬の夜ひとりの旅人が、や、見えない都市、は哲学的な思考に嵌まって脳がぐるぐるとする感じがとても良い。その対比の軸で考えると本書は哲学的な方の分類へ傾くのだけれど、何かもっと素朴なことを言っている印象に塗されてカルヴィーノの本当に言いたいことが見えにくい。

    足掛け10年を費やして書いた一冊ということで、そこには何等か通底するこだわりのようなものがあるだろうとも思うのだけれど、全体の印象としては日刊新聞の四コマ漫画のような風刺の匂いこそするけれど、何かを強烈に否定している訳ではないし文明社会を批判している訳でもない。自然を愛する一見純朴そうなマルコヴァルドさんにしても、絵に描いたような子だくさんの貧乏生活を営む青色労働者だけれど、小賢しいことを考えたり、小さな悪事を躊躇なくしてみたりと簡単に肯定も否定もできない人物として描かれている。ではそんなあくせくと働き生活に汲々としている人物を見てくすりと笑っていればいいのかと言うと、如何にも都市生活の流れに上手く乗っている人々との対比の中では思わず擁護したくなる人物でもあったりするので、何となく読んでいて落ち着かない。例えば、そんな風に左右に揺さぶられるような感覚は、実は冒頭引用したこの本の始まりの文章の中に既に見出せるとも言えるのだけれど。

    わざわざそんな人物とその家族の暮らしを春夏秋冬の繰り返しの中で描いてみせるのだから、作家にはきっと狙いがあったのに違いない。恐らく一番大切なことは自分たちが生きている今、自分たちを取り巻く環境や様々な人々の思惑、のようなものから目を逸らさずに、一つひとつ考える、ということなんだろう。それがカルヴィーノの言いたかったことなのかな、と思う。

  • 期待以上におもしろかった!

    おもしろさの方向性で言えば、「サザエさん」のようなおもしろさだ。
    登場人物たちの思考や行動が容易に予想できて、その結果も予想できてしまう。
    「あ~あ、またあんなことして、もう、サザエは。」みたいな。

    この本では、マルコヴァルドさんの春夏秋冬に関する短いお話がたくさん収録されていて、四季が何周もする。
    四季が何周もするのに、マルコヴァルドさんは懲りない。まったく懲りない。
    毎回、「マルコヴァルドさんか家族がなにかを見つける・思いつく→大喜びでそれにくいつく→うまくいかずにがっかりする」という展開だ。

    個人的にとくに愉快だったのは、
    スーパーの話(家族でスーパーに行ったけどお金がなくて何も買えないから、カートを押して買わない商品を入れることを楽しむ・・・)
    洗剤サンプルの話(こども達が洗剤サンプルを大量にあつめて売ろうとしたが・・・)
    バスを乗り過ごす話(マルコヴァルドさんが知らない停留所で降りてしまい、目的のルートに戻るために四苦八苦・・・)

  • 子だくさんで、半地階に住み、会社と家との往復で生活に疲れきっているようなマルコヴァルドさん。そんなくたびれた中年男にも自然の四季折々はいくばくかの潤いをもたらしてくれる。真面目な気持ちで読んでいると、ずっこけてしまう。それはないだろうというオチが待っている。しかし・・・これって子どもの読む本かなぁ、首を傾げたくなる。大人の私にはそこそこ楽しめるけれど。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「これって子どもの読む本かなぁ」ですよね。初めて読んだ時、何とも言えない気持ちになりました、大人だからシミジミ思うって感じですねぇ~
      「これって子どもの読む本かなぁ」ですよね。初めて読んだ時、何とも言えない気持ちになりました、大人だからシミジミ思うって感じですねぇ~
      2012/03/01
  • 春夏秋冬をテーマにした短編が5編ずつ。ひもじくて味気ない都会生活に親しめず、自然を愛する主人公のマルコヴァルドさん。しかし、自然も別にそんなに優しくはないのだった……という突き放し具合が絶妙。どの話にもオチがあり、皮肉も風刺も効いているが、諦めの中に生じる笑いには都会で逞しく生きる人々への慰めのようなものを感じる。「高速道路の森」「よい空気」「毒いりウサギ」「月とニャック」が特によかった。

  • 以前読もうとしていたが、皮肉が強すぎて嫌遠してしまった。今回、ゆっくり読んでみたら、皮肉さの中に秘められた切なさに気がついて、自分に馴染んでいった。これから何度も読み返すことになるだろう。

  • 自然を愛でることが得意(というより現実逃避が上手い?)な貧乏子沢山のマルコヴァルドさん
    児童文学の顔しながらそのじつ随所に散りばめられた皮肉とブラックユーモアに大人も楽しめるお話たち
    一話が短いし繋がりもほとんどないので気が向いたときに一話、また一話と気軽に読みすすめられる

  • 思っていたのと違って、すごく考えさせられる内容だった。
    小さい頃読んでいたら、純粋に楽しい話で、裏の世界は見えなかったと思うけど、色々考えてしまうあたり、自分が大人になってしまったんだなーと思って、少し寂しくもあり・・・
    でも、いい作家を知れてよかった!

  • ファンタジー以外の児童書は滅多に読まないのだけれど、
    児童文学作家の先生が描写がすごい本として挙げていて、読んでみた。
    裏表紙の解説を読んで、抒情的なもっとウェットな内容を想像していたけれどとんでもない。
    都会の中の自然や、季節のうつろいや音・色・香りなどに対する描写は確かに素晴らしい。
    でもそれ以上に現代社会への皮肉が壮絶にこめられていて、読んでいて始終にやにやしてしまう。
    子供と大人で楽しみ方が全く変わる作品だと思う。
    マルコヴァルドさんやその一家が結構悪いことをするので
    (それらもコミカルにユーモアたっぷりに描かれていて大変面白いが)
    なかなか日本では出せない作品だなあと感じる。
    他の方も書かれていたけど、これを少年文庫にいれる岩波はすごいと思った。その内容の普遍性と言い、描写の美しさと言い、実はかなり文学性の高い作品だと思う。
    表紙・挿絵もとても合っていて素敵な本。

  • まずはこの表紙の腰をかがめたおっさんの何とも言えないとぼけた表情が◎です。  で、この表紙の絵やら本をパラパラとめくった時に目に入る挿絵を見る限りではどれもこれもどことなく風刺的 & おとぼけ風の印象を持ち、ほのぼの~としていつつもちょっぴりピりっと風刺が効いたお話、例えて言えば新聞なんかに掲載されている4コマ漫画的な物語を連想するわけです。  ところがどっこい、これが読んでみるとちょっと違うんですよね~。

    物語のタイトルにもなっているマルコヴァルドさんはとある町(都会と言うべきか?)で会社勤めをしている中年の男性です。  会社勤めと言ってもいわゆる「ホワイトカラー系」ではなく「ブルーカラー系」の労働者です。  当然のことながら会社の廊下を風をきって颯爽と歩き、高収入を得ているタイプではなく、ま、はっきり言ってしまえば貧乏暮しを余儀なくされているおじさんです。

    そしてこのマルコヴァルドさん、「貧乏子だくさん」の言葉通り、6人のお子さんを抱え、最初は半地階みたいな部屋に、次には屋根裏部屋に住むようなファッショナブルという言葉とは無縁の生活をし、言ってみればギリギリの生活を送っている生活者です。  借金まみれで家賃の滞納は当たり前、日々の食事もギリギリという生活ぶりらしい・・・・。  周りには豊かなものがいっぱいあるにも関わらず、それとは無縁の生活を送っていて、そのことに全く傷ついていないわけではないものの、基本的には「現代風」と呼ばれるものに関しては根っこの部分では興味を持っていない、ちょっと超然とした人物です。



    かなりの夢想家で、四季折々の風物を愛でる溢れんばかりの心を持っているのですが、それが裏目に出て都会生活者としては失格と言えるようなドタバタ喜劇(悲劇?)を演じてしまう・・・・・そんな人物。  物語はそんなマルコヴァルドさんの「脱線物語」が20編(春夏秋冬 5回り分≒5年分)描かれています。

    自然を愛する(それも観光としての自然ではなく、本来地球上に人間と共存している自然物をあるがままの存在として愛おしく思う)と言うと、現代では「人間性の回復」という言葉と一緒に語られることが多いわけだけど、マルコヴァルドさんのドタバタぶりを見ていると、単なる変人でもあり、「困ったちゃん」でもありというあたりが、この物語の最大の風刺部分なのではないかしら??

    と言うのもね、この物語。  言ってみればある1つのパターンが20編全てで貫かれているんですよ。

    四季折々の風物の描写
     ここは瑞々しい文章で時に詩的で時に音楽的。  何とも言えない風情を醸し出します。



    マルコヴァルドさんが自然に触発され「変な行動」に走る
     「気持ちは分からないじゃないけど・・・」と思わせられる、でも「都会人としては常識はずれ」な行動に呆気にとられます。



    想像以上に話が大きくなってしまいやれやれ・・・・・
     「ホント困った人だねぇ」と思いつつも、彼の努力(?)はいつも報われず、そんなマルコヴァルドさんのことをカラカラとは笑えなくて、そこに何かしらの「哀しみ」みたいなものを感じます。

    というパターンです。  著者のカルヴィーノも解説文の中で、このマルコヴァルドさんの物語のことをこんな風にまとめています。

    大都会のまんなかで、マルコヴァルドさんは、
    1. 身のまわりのできごとや、動物や植物など生きもののかすかな気配に、季節のおとずれを感じとる。
    2. 自然のままの姿にもどることを夢見る。
    3. 最後には、決まってがっかりさせられる。
    そしてそんな物語20編を読了した時にふと思うのは、これってかなりデフォルメされてはいるけれど、現代の日本にも通じる部分がある物語だよなぁ・・・・・ということです。

    つまり、マルコヴァルドさんは、都会の暮らしにどこか居心地の悪さを感じていて、自然への憧れを持った人物なわけです。  でも、自然に帰ろうとすると必ず失敗してしまう可愛そうな人でもあります。  そんなマルコヴァルドさんの姿に垣間見えるのは「都会人というのは、マルコヴァルドさんと同じように、田舎に憧れてはいるけれど、実際には田舎では暮らせない人」のことを言うのかもしれない・・・・・という現実だったりするわけです。 

    「夏、別荘は公園のベンチ」を読むと、自然に憧れるマルコヴァルドさんが、都会生活の中で手に入れられる自然というのは結局のところ「都会の真ん中の公園」、つまりは人工的に作られた自然でしかないことが描かれています。  そんな姿に都会生活に疲れはじめた頃、「六義園」とか「新宿御苑」とか「後楽園」を徘徊していた我が身がダブリます。  

    又、「別の夏、牛とすごした夏休み」を読むと、都会の労働者が皆、同じような時刻に一斉に目覚まし時計でたたき起こされ、寝ぼけ眼のまま朝食をかっこみ、満員電車に揺られて同じ方向に向かって民族の大移動を始め、「相手のわき腹をひじでおしあいながら」前へ前へと進んでいく様子が描写されます。  これを読んでいる時、KiKi は随分昔、新宿駅で感じた「こんなに多くの人が脇目も振らず同じ方向にまるでベルト・コンベアに乗せられた部品の如くに動いているのって、ひょっとしたら変なことなんじゃないか?」という想いを、そして、その延長線上に今のLothlórien_山小舎生活があることを思い出させられました。

    都市生活、文明社会、資本主義社会、拝金主義等々を揶揄しながらも、そこに何とも言えない優しいまなざしを注いでいるカルヴィーノの文章に、ある種の達観を感じつつ、「人間が生きている現代」「都会の中にもある自然」を感じ、一つ一つの短編をじっくりと味わうことのできた読書でした。  良書だと思います。  もっともこれ、子供向きの本かどうかはちょっとビミョーなところかもしれません。  少なくともさわやかな読後感、未来への希望というよりは、人生の現実・悲哀みたいなものがかなり表に出ちゃっているので・・・・・。  

    でも、この年齢になった KiKi が読むと「自然」と「文明」の狭間の中で、飄々ともがいている(って変な日本語ですけど)マルコヴァルドさんの姿に、何とはなしに親近感を覚えてしまうんですよね~。  マルコヴァルドさん、都会で暮らしていた時代には決してお友達になれそうもなかった人物だけど、今の KiKi ならそれなりに仲良くできるかも・・・・・・(?)しれません。

  • 馴染んでいたせいか、前に出されたときの訳者によるものの再版でなくて、少しがっかりしましたが、マルコヴァルドさんを通して見る少し不思議な世界……おすすめです。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      私が読んだのは安藤美紀夫訳でした。何となく不思議だななぁと思いながら読んだ記憶があります。
      久々に新訳で読んでみようかな・・・
      私が読んだのは安藤美紀夫訳でした。何となく不思議だななぁと思いながら読んだ記憶があります。
      久々に新訳で読んでみようかな・・・
      2012/05/15
  • これ、児童書でいいのかな?
    かなり風刺のきいた作品。

  • 話の内容自体はごく単純だけどシビアな表現で書かれた文章です。気分転換に気軽に楽しめるかと思って読み始めたら、意外と考えさせられることの多い短編集だった。
    作者による解説によると「産業社会」というあまい夢だけでなく、「いなかの生活」というあまい夢も、攻撃の的となっているそうで、「昔にもどる」ことができないだけでなく、その「昔」自体が、じっさいには存在したこともなく、幻想にすぎないとのこと。
    マルコヴァルドさんの自然に対する愛着は、都会に住む人だけが持つもの、都会で自分のことを「よそ者」と感じているマルコヴァルドさんこそ、ほんものの都会人、という作者の言葉にすごく納得できた。

  • 笑えるというか「こんなことしていいのかよw」という話が多かった。ラスト2話が怖い。中之条ガーデンの森の図書館で読んだ。

  • マルコヴァルドさんの四季のタイトル通りマルコヴァルドさんが四季を過ごす話。身近なものから季節の変化を感じとる感性が素敵。

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著者プロフィール

イタロ・カルヴィーノ(Italo Calvino)
1923 — 85年。イタリアの作家。
第二次世界大戦末期のレジスタンス体験を経て、
『くもの巣の小道』でパヴェーゼに認められる。
『まっぷたつの子爵』『木のぼり男爵』『不在の騎士』『レ・コスミコミケ』
『見えない都市』『冬の夜ひとりの旅人が』などの小説の他、文学・社会
評論『水に流して』『カルヴィーノの文学講義』などがある。

「2021年 『スモッグの雲』 で使われていた紹介文から引用しています。」

イタロ・カルヴィーノの作品

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