あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))

制作 : 上田 真而子  岩淵 慶造 
  • 岩波書店
4.00
  • (93)
  • (78)
  • (86)
  • (1)
  • (2)
本棚登録 : 625
レビュー : 101
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784001145205

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 基本図書。
    夏には戦争の本を一冊読んだほうがいい気がしていて、図書館で借りました。

    ぼくとフリードリヒは、同じ学年で、同じアパートに住んでいる。
    ぼくはドイツ人で、フリードリヒはユダヤ人。
    ぼくのお父さんは失業中で、フリードリヒのお父さんは公務員だったけれど……。

    短い章が、数年おきに進んでいく。
    「裁判(1933年)」 で安堵する自分が毒されていることに気づく。
    裁判長の言葉にすがる気持ちが絶望に変わることを知っている読者に堪える。
    「ポグロム(1938年)」のぼくと、アパートにいるぼくは、同じなのに違う。
    集団ヒステリーほどこわいものはない。
    なぜユダヤ人を排斥・虐殺することになったのか?
    最後の年表の字面からも狂いが臭ってくる。
    ほかに悪者をつくって団結する汚さ、人がその汚さにたやすく流されてしまうこと……、私たちが「そういうもの」であるということを忘れてはいけない、ということだと思う。

  • ユダヤ人に悪い人はいないのか?と、ユダヤ人が迫害されたという話を読むにつけ、疑問に思う事はないんかとも思う。話の持ってき方の都合もあって、99%良い人だし。
    と言っても別にユダヤ人にどうこう言うところがあるわけではなく、この手の話にはやっぱり迫害される善人と迫害する悪人、っていう設定が分かりやすくて、こりゃ水戸黄門を見るにつけても、古今東西変わらぬ心理ですな。
    そしてなかなかに道徳本として興味深いネタがいっぱい転がっているんで、子どもらに読ませてモヤモヤさせるのにうってつけ。ユダヤ人は迫害されてるけど、それはユダヤ人が他民族より優れているからなのだ、とユダヤ人ラビに言わせてみたりするあたり、一筋縄ではいかない。でも道徳の本って大概そうやね。そして世の中ほとんどグレイで白黒つかんのよ、ってのを教わるのに、世の中は白黒つけさせられる事ばかりで、これがまた、甘くないわ。

  • 「子どもを本好きにする10の秘訣」>「昔話・神話・歴史」で紹介された本。

  • ドイツがナチスの指導の元第二次世界大戦へと進む中で、ドイツ人の「ぼく」が隣人、そしてユダヤ人のフリードリヒとの交流を日記にして当時の時代を描いた作品。
    中学生のころ一編が教科書に掲載されており、当時読んだが、20数年の時を経て、古本屋で三部作で販売されているのを見て再読。そしたら最初は辛くて読めなかった。
    「ぼく」はフリードリヒ一家と近所づきあいしていたが、数々のユダヤ人迫害政策により、社会全体(国からご近所さんまで)がユダヤ人迫害に動く様が分かる。その中でも「ぼく」の家庭を含めてユダヤ人を守る、というより隣人愛からユダヤ人迫害に加担しない人々がいたことも記されているが、もしかしたら、作者の後悔に伴う懺悔なのかもしれない。
    「ぼく」の父親は可能な限りフリードリヒ一家を助けるが、その父も職のためにナチス党員になっている。
    当時のドイツにおけるユダヤ人のあり様が分かる作品。

  • 目次:生まれたころ(一九二五年)、じゃがいもパンケーキ(一九二九年)、雪(一九二九年)、祖父(一九三〇年)、金曜の夕べ(一九三〇年)、入学式(一九三一年)、学校からの帰りみち(一九三三年)、とめ輪(一九三三年)、ボール(一九三三年)…他

  • 触れたくない思いで来てしまったナチスとユダヤ人の話。
    児童書ということで。
    児童書だからこそよけいに痛々しく感じる。
    反対に子供にもナチスの考えが洗脳されてゆく過程がわかって恐ろしい。

  • ずっと課題だった本をようやく読了

    この時代のユダヤ人ものは、どれを読んでもつらすぎる。
    けれども、あえて繰り返し読まねばと思う。

    今回、気にとまったところは、「フリードリヒ」という名前の連呼。その名が印象に残るように書かれているのだと思う。それに対して「ぼく」には名前がない?

    フリードリヒ=ソロモン

    ぼくの父は失業していて、家計に苦しんでいた。(父は共産党員であった)
    一方フリードリヒの父親は公務員で安定した仕事で、多少の余裕があった。~祭りのエピソード

    時代が流れ、ぼくの父はナチス党員となることで、職を得る。またそこで得た情報でフリードリヒの父に国外へ逃げることもすすめる。
    しかし一家は逃げることなく、ドイツにとどまり、悲惨な運命へと流されていく。

    先日レイ夫妻がパリから脱出してアメリカへにげおうせた話を聞いたばかりだったので(それもかなりの幸運があったからのたまものだったとは思うが)、早い時期に国外へ逃れたユダヤ人の決断を思う。
    きっとレッシュとの裁判で、アパートにいられることになったのが不運だったのかもしれない。
    あの裁判長は正しいことをしたのだけれども、皮肉なことになってしまったのかもしれない。

    ポグロム(破壊)は、ぼくにとって奇妙な体験であると同時に、当時の普通のドイツ人が巻き込まれていく様子がみてとれていっそう不気味。
    意識なく、自覚なく巻き込まれていく様がよく描かれている。

    いずれも、時の流れとともに、様子が変わっていくことがよくわかる作品。

    著者は当時の経験をどこかに残したいと思ったのだろう。フリードリヒにこめた、ユダヤ人全体を残したかったのだろうと思う。

    三部作
    「ぼくたちもそこにいた」
    「若い兵士のとき」

  • 2017.03.15

  • ずっと本棚にあったので、てっきり読んだと思っていたけど読んでいなかった。(←と思っていたんだけど、2000年ごろの読書日記読み返したら、読んでた(^_^;; 読んだことすら忘れるって、読書の意味あるんかいな。)

    思ったより淡々と描かれているけど、それだけにいっそう、刻々と状況が悪化するありさまが伝わってきて、背筋が寒くなる。36年に主人公「ぼく」のお父さんは、シュナイダーさんに亡命するようはっきりすすめたけど、そのときはまだシュナイダーさんは、状況が好転すると信じていたのね。
    アインシュタインは、その3年前、ヒトラーが首相になった33年にアメリカに亡命している。たぶんこのころから国外へ逃れるユダヤ人は増えていたんじゃないだろうか。でもシュナイダーさんも言うとおり、行った先で受けいれられる保証もないし、まして、つてもなければ脱出することもかなわなかっただろう。

    子どものころは、ドイツ人によるユダヤ人迫害の話を聞いて、どうして人間が人間にそんなことをできるんだろうと単純に思ったけど、今、ネットなどにあふれるヘイトを見ていると、この世界がぜんぜん遠くないことに気づいてがく然とする。(しかも、迫害されていた当のユダヤ人――イスラエル――も、パレスチナでは迫害するほうにまわったりしている。)

    どうやったら人間は、憎み合いをやめられるんだろう。
    むりなのかな。
    でも、国家が主導するようになったらほんとにおしまい。その最後の一線だけはぜったいに越えてはならないと強く思った。

  • 教科書に長いこと載っている作品ですね「ベンチ」。
    この「ベンチ」が自分が生徒だった頃、そして先生になった今、とても印象深い作品なのですが、今年始めて授業の中でシッカリ『あのころはフリードリヒがいた』を使ってみようと思い立ちました。近隣の図書館をめぐり、どうにか4冊ほど手に入れまして、色々と考えてみたわけです。

    この本の実に面白い(不謹慎な意味ではなく、本の作りとして)ところは、「ベンチ」を学習した後にこの本を手に取ると、「ぼく」が何人なのか、フリードリヒはどうなるのか、といった謎が解けるようになっているんですね。
    目次を読み、最初と最後の話をさっと見た時に、「ああそうか」という気付きがたくさん見つかる。

    教育出版が指導書にいけしゃあしゃあと「学習者一人につき1冊この本を用意したい」とか書いているのを見た時は「出版社から幾らもらったんだ」と思いました(し、未だに無茶言うんじゃねえよとは思う)が、「本を読みたい、他の短編を読みたい」、そう思わせる力のある素晴らしい作品だと感じます。

    今まで「ベンチ」単体で扱ってきたことが申し訳ないようなもったいないような気持ちになる昨今です。

全101件中 21 - 30件を表示

ハンス・ペーター・リヒターの作品

ツイートする